第4話 部下、ゴブリンに慰められて泣く
──ゴブリン自治区の朝。川沿いの小道を、ぬかるんだ地面を踏みしめながら戻る。空気はひんやりしているが、足取りは妙に軽かった。
「ゴブさんたち、やるっすねぇ!」
俺が振り返って大漁の魚が入った袋を高く掲げると、すぐさま後ろのゴブリンたちが拳を突き上げた。
「タナカ、サイコウ!」「サカナ、タイリョウ!」「リョウリハ、アイジョウ!」
「いや、みんな言葉覚えんの早過ぎっすw」
この短期間で、ここまでコミュニケーション取れるようになるとは。嬉しいっちゃ嬉しいが、韻を踏んでいるのは流石に気のせいだろう。
昨日まで「タナカ、メシ」とか言ってた連中が、今やノリまで理解してる感じだ。ていうか“料理は愛情”って俺そんなこと言ったっけ?どこで覚えたそれ。
「……いや、でもマジで、なんかすごいっすね俺ら。これなら課長も喜んでく…れ……そう」
自然とテンションも上がる。異世界でも意外となんとかなるもんだな──そう思った、その時だった。
「……え? は? なにこ……れ」
村に戻った俺たちは、言葉を失った。
そこには、明らかに場違いな建築物──三階建て程度はありそうな、“戦国時代の城”のようなものが、どどんと建っていた。
「いやいや、絶対昨日こんなんなかったでしょ!? え、何時間で建てたのこれ!?」
しかも屋根の端には、見覚えのあるシルエット。鯱が反り返ってやがる。
「……鯱……名古屋城かよ……」
思わず呟いた声に、ゴブリンたちが「ナゴヤジョウ!」と即座にオウム返し。
「いや、そこは覚えなくていいからっ!!」
とりあえず叫んでおいたが、頭の中の整理は追いつかない。
なにこれ。いや、ほんと、なにこれ?
混乱している間にも、後ろのゴブリンたちはキャッキャと笑いながら城の前まで走っていき俺を手招きしている。少し可愛いのが悔しい。
「田中くん、お帰りなさい。釣果はいかがですか?」
そこに間違いなく諸悪の根源であろう男が現れた。こいつ何しやがった…?
「……課長、あの、いや、ちょっと待ってください。いったいこれ、なんすか?」
「え? ああ、これですか? なかなか良い出来でしょう?」
そう言って微笑む課長の背後──緑色の肌のイケメンが一歩前に出てきた。
「あ、田中先輩お帰りなさい! 他のゴブリンたちは今資材集め中です」
どこかで聞いたような声、でも明らかに姿が違う。身長は俺とほぼ同じ、緑色の肌に切れ長の目。イケメンのゴブリン……?
「……ど、どなたですかこの方は……?」
どうしよう、嫌な予感しかしない。どうか俺の予想よ外れていてくれ。
「え? あぁ、ボスゴブリンのボスくんですよ。進化しました」
「進化て!!?」
あっさりと期待を裏切られた。
驚愕する俺の横では、釣り組のゴブリンたちが「サカナ!」「タイリョウ!」「タナカ、サイコウ!」と口々に叫びながら釣果の袋をボスゴブリン改めボスくんに誇らしげに掲げている。
気づけば、課長とボスの周りには、楽しげに報告するゴブリンたちの輪ができていた。
誰も、俺の混乱など意に介していない。
「……お、俺が気にし過ぎなのか…?」
ちょっとだけ遠くを見ながら、俺はぼそっと呟いた。
「課長、次は姫路城に挑戦させてください!」
「ボスくん、姫路城はそんな甘くないですよー笑」
あかん……突っ込みを入れる気力もそろそろ怪しくなってきた。俺がこの場を仕切らないとこの世界が城だらけになる。
キレちまったぜ俺は……
「おい、お前ら全員横に並べ」
「「「「「 」」」」」
*
「「調子乗ってすみませんでした…」」
「「「…デシタ」」」
「おう、次からは気をつけろよ?」
一列に整列した課長とボス君、巻き込まれた食料調達班のゴブリンさんたち。課長に俺たちが出掛けた後の話を尋ねる。
「さぁ課長、俺らが出掛けてからの出来事を話してもらいましょうか」
「はい…まず、田中君たちが出発して間もなく、私は工事班のゴブリンさんたちと改めてミーティングを行いました。その際、ふと思い立って、ボス君にスキルの有無を確認したんです」
「スキル、っすか?」
「はい。田中君のステータスを見た経験から、ゴブリンにもスキルがあるのではと思いまして。ステータスという概念自体をボス君は知りませんでしたが、説明するとすぐに『共有』してくれました」
「……それから?」
「そして判明したのが、ボス君には『土魔法』というスキルがあることでした。具体的に聞いてみると──進化前のボス君が、“ツチ、ホル、ウメル、カタメル”と教えてくれたんです」
「なんか、めちゃくちゃ汎用性高そうっすね……」
「ええ、私もそう思い、試しに“こういうのはできますか?”と、たまたまPCのデスクトップに表示されていた城の画像を見せたんです。すると、あれが出来上がりました」
「 」
「ちなみに最初は中身も土で埋まっていたんですが、部屋の画像などを見せることで、細部まで精巧に調整してくれたようです」
「そ、そうですか…。で、どうして進化したんですか……?」
「ええ、その後、私が会話の中で『ボス君、あなたはもう名実ともにこの集団のリーダーですね』と伝えた瞬間、彼の体が白い光に包まれて……今の姿になったのです」
「なるほどわからん」
「えぇ私もボス君も理解していないので、この事案に関しては引き続き調査が必要ですね」
とりあえず課長の言う通り暫く調査は必要かもしれないが、進化自体は悪いことではないだろう。何よりボス君が有用すぎるし。
「でもまぁ、これで今後は工事関係はボス君一人に任せれば効率爆上がりっすね!」
俺の発言にそれまで優しかった課長の目が鋭く光る。
「それは違います」
簡潔に、しかしとてつもなく鋭く俺の発言を切り捨てる課長。
「ボス君一人にすべてを任せるのは、効率的かもしれませんが組織として健全とは言えません」
それまでの半分おふざけの含まれた空気感が嘘のように、場の雰囲気が固まる。
ボス君もゴブさんたちは気まずそうに目線を逸らす。
「技術の共有と継承、それがなければ組織の発展はあり得ません」
「え? いや? 冗d———」
「仮に冗談でもそんなことを言うべきではありません。昔から何度も伝えてきたはずです。”個人の力量に頼った組織運営は衰退を待つだけ”だと」
そういわれ、突如思い出される課長との思い出。
―——誰もやりたがらない仕事、だけど誰かがやらなくてはならない仕事。
そんな仕事を遅くまで残って一人でやっていると、どこで知ったのか課長がどこからともなく現れて付き合ってくれ、二人で終わらせた後、終電前にラーメンをご馳走してくれる。
「田中君一人に押し付けるのは間違っている! そもそも仮に今田中君がいなくなったら誰がやれるんですか!? 組織としても健全ではない!!」
翌日、いつも部長や役員に俺の為に怒ってくれた課長———
急に仕事モードに切り替わった課長の正論に何も反論できず涙ぐむ俺…
「タナカ、ガンバレ」
「タナカ、カチョウ、ナカヨク」
「シドウモ、アイジョウ」
そっと肩を叩いてくるゴブさんたちの優しさに迂闊にも泣きそうになった。
明日からの異世界も頑張ろう………。