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第3話 部下、ゴブリンと一緒に魚を釣る

 目を開けると、薄暗い天井が見えた。いや、正確には天井なんてものはなく、藁と木の枝で簡単に編まれた日除けみたいなものが頭上を覆っているだけだった。


「田中君、ちょっと起きてもらえますか」


 背中越しに聞き慣れた声が届く。


「……おはようございます。何かあったんすか?」


 まだ眠気の抜けない頭を起こしながら声をかけると、課長は膝の上に開いたノートパソコンを指差した。


「AIを使って調べていたらちょっと面白い発見をしましてね。この世界、どうやら“ステータス”という概念が存在しているようです」


「ステータス……ああ、ゲームとかによくあるあれっすか?」


「ええ。『ステータス』と声に出すか、あるいは強く念じれば、目の前に自身の情報が表示されるらしいですよ。しかも、表示されたステータスは共有設定で他人にも見せられるようです」


 なんかそれっぽい異世界感きたな、と思いながら、試しにやってみる。


「……ステータス」


 瞬間、目の前にうっすらと光の板のようなものが浮かび上がった。そこには、見慣れない文字と数値が並んでいた。


———————————————

【名前】田中寿樹矢

【職業】なし

【レベル】3

【体力】76/76

【精神力】21/21

【筋力】B-

【敏捷】C+

【耐久】B

【知力】C

【運】C

【スキル】

大剣豪(常時発動) → 剣術に関する技能適性が高く、初撃の威力が上昇する

反応強化(常時発動) → 多対一の戦闘で反応速度と視野が強化される

———————————————


「おお、これはどうなんだろう。課長、見てみます?」


「共有してもらえますか」


「ちょっと待ってくださいね……よし、課長限定で設定っと」


 指先でステータス画面を操作すると、共有範囲を選べるようになっていて、なぜか名前ではなく“課長(上司)”と表示されていたのが地味にツボだった。


「共有しました。これで課長にも俺のステータス見えると思います」


「確認できました。なるほど……初期値としては、この世界の平均を大きく上回っていますね」


「……おお、”大剣豪”とか超かっけぇw これ、多分剣道の影響すね。高校のとき全国一応とってるんで」


「えっ、全国一位? それはすごいですね」


「いやまあ……昔の話っすけど」


「でも、それだけの実績があれば“剣豪”系のスキルを持っていても不思議ではありません。現実の経験がそのまま影響するとは、面白い仕様です」


 テンションが少し上がる俺を横目に、課長は自分のステータスを確認していた。


「私は……うん、数値的には平均的ですが、スキルに“上司”と“中間管理職”と出ています」


「……それ、なんの効果あるんすか」


「えぇ…”部下のモチベーション管理”と、”上司と部下のバランス調整”とありますね…」


 いや、ぜったいネタ枠だろと思ったが、課長の真顔を見ると笑えなかった。


 俺は軽く画面をスワイプして閉じ、ひとまず立ち上がる。


 異世界生活三日目にして既に慣れてきている自分に驚きである。


 *


 朝食の時間になると、いつものようにゴブリンたちが木の実と虫を盛った大皿を運んでくる。今日もまた、大家族の朝食のようなわちゃわちゃした雰囲気が辺りを包んでいた。


 課長と俺は端の方で木の実をつまみながら、それを静かに見守っていた。


 食事を終えたところで、課長がボスゴブリンに話しかける。


「今後の予定の共有する前に一点確認です。この場所──今のこの拠点に、特別な思い入れなどはありますか?」


 課長の問いに、ボスゴブリンは真剣な表情で何度か頷き、ゴブリン語で仲間たちに問いかけた。少しの間のざわめきの後、彼は答える。


「ニンゲン、クル。ココ、ミハリ、ヒツヨウ」


「なるほど。人間たちが侵入してくる可能性のあるルートなんですね。となると、ここを放棄するわけにはいかない、という判断ですね」


 課長は納得したように頷くと、改めてパソコンを開いて話を続けた。


 そういえばこの世界にてきてまだ人に出会ってないことに気づく。


「それでは、昨日話し合った内容を実際の行動に移していきましょう。まずは、“食”と“住”の整備からです」


 課長は画面を操作しながら話し続ける。


「拠点の質を上げていくため、今日は二つの班に分かれて作業を行います。一つは“工事班”──見張り台と屋根のある建物を整備する担当です。もう一つは“食料調達班”──川で魚を獲ってくる役割です」


 俺とゴブリンたちは真剣な面持ちで課長の言葉を聞く。


「工事班は設計も必要になりますから、PCを持っている私が担当します。通訳のためにボスゴブリンにも同行してもらいます」


「オレ、カチョウ、イッショ」


 ボスゴブリンの表情が嬉しそうに見えるのはきっと気のせいに決まっている。


「田中君には、釣り経験を活かして“食料調達班”をお願いしたい。ビジネスバッグの中にあったソーイングセットの糸を活用して釣り糸にしましょう」


「ういっす」


 課長は言葉を締めくくるように、ゴブリンたちを見渡して言った。


「この2つが整うまでは、少しだけ皆で無理をしましょう。生活環境は、今後の全てを変える力になります」


 その言葉をボスゴブリンが力強く翻訳すると、周囲のゴブリンたちが一斉に立ち上がり、拳を突き上げて叫んだ。


「カチョウ、サイコウッ!」


 昨日と同じ歓声。だが、その響きにはほんの少しだけ、団結のような空気を感じた。


 その様子を見た課長は、笑みを浮かべながら言葉を続ける。


「では、それぞれが希望する班に分かれて行動を開始しましょう」


 ざわつくゴブリンたちの中から、自然と工事班・調達班への希望がまとまり始める。


「田中君には、“食料調達班”の指揮をお願いします」


「……みんなモチベ高いっすね」


「はい。彼らなりに、どの班に属したいかを表明しているようです」


 課長は笑みを浮かべて頷くと、俺に向き直る。


「彼らなりに変わろうとしているんでしょう。非常に良い傾向だと思います」


 課長はさらに一歩進んで言った。


「田中君には、“食料調達班”の指揮をお願いします」


「え、俺がっすか……」


 一瞬たじろいだものの、手を挙げているゴブリンたちの熱い視線を前に、もう逃げ道はなかった。


「……承知っす! 泥船に乗ったつもりで待っていてくださいっすよぉ!」


 その言葉を聞いた瞬間、ゴブリンたちが一斉に立ち上がり、拳を突き上げて叫ぶ。


「タナカ、サイコウッ!」


「…泥船……」


 課長が何か言った気がするけど関係ないっしょ!気持ちっしょ!!


 *


 俺は調達班の面々と一緒に、拠点から少し離れた川へと向かっていた。


 川の音が近づくにつれて、ゴブリンたちはだんだんとソワソワし始める。中には肩で風を切るような歩き方で張り切っているやつもいて、妙に微笑ましかった。


「さて、釣り糸はこれで……っと」


 俺は課長のビジネスバッグから取り出したソーイングセットの糸を、拾ってきた木の枝に結びつけていく。


「……やっべ、これ、小学校の理科の時間ぶりっすね」


 隣ではゴブリンの一匹が、俺の真似をしながら器用に糸を結ぼうとしていた。

 課長が言うには自分の意思で覚えようとするやつは絶対に伸びるらしい。その理論でいうとこのゴブさんは期待大っすね。


 全員分の即席釣り竿が完成すると、ゴブリンたちは川岸に並んで一斉に糸を垂らす。なかなか壮観な光景だった。


 ただ、並んだはいいものの……


「…………」


「「「「…………」」」」


 しばしの無言。


 風の音と、川のせせらぎだけが聞こえてくる。


「……俺、何やってんだろ」


 このシュールな状況がに、さっきまでの盛り上がりが嘘のように、急速に現実に引き戻される。盛り上がりがデカかった分反動もデカい……


 ゴブリンと並んで川に糸垂らしてる俺って、なんなんだろう。


 しかし、そんな思考を吹き飛ばすように──


「ギャッ!!」


 バシャバシャと水をはね上げながら、ゴブリンの一匹が何かを引き上げていた。どうやら魚が釣れたらしい。


「スゲエ! ゴブさん、マジで釣ったんすか!」


 思わず駆け寄って声をかけると、ゴブリンは満面の笑みで魚を掲げてみせる。


「グギャ! タナカ!」


「見てた見てた! やるじゃないっすか!」


 それまで顔も表情もすべてのゴブリンが同じに見えていたけど全然違うわ…意外とこの人たちも笑顔が眩しいっす。なんか何言ってんのかわかってしまう俺もいるし笑

 

 さっきまでの虚無感が嘘のように、少しずつ空気が温まっていく。


 そしてその輪の中心に、俺がいる。


 ……うーん…悪くないっすね、こういうのも。

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