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第23話 豚、成る

「……で、師匠さんよ。お前、さっきのアレは一体なんだった?」


 正座させられている俺。鋭い目つきでこちらを睨むのはバルドさんだった。 その隣では、クッコロさんが腕を組み、じと目でこちらを見ている。


「…あの剣圧、私たちと手合わせしているときと全然違うものだった。誤魔化せると思うなよ?」


 真剣な二人の表情に逃げられそうもない。


「いや……その……決して手加減してたわけじゃなくて……その、課長が……めっちゃ怖くて……なんかリミッター外れたっていうか……」


 我ながら嘘くさい言い訳だと思うが実際その通りなので他に言いようもない。心に大きな傷を負った俺に対してこれ以上追い打ちを掛けないでもらいたい。


「つまり、普段は舐めプってことか?」


「それはありません! 断じてそんなことありません!!」


 どれだけ否定しても、バルドさんとクッコロさんの圧が緩むことはなかった。  誤解にせよ手加減されていた、という事実が二人のプライドを大きく傷つけたのかもしれない。


 そんな横で、課長は落ち着いた様子でオー吉と話をしていた。


「……では、あらためてお聞きします。なぜ、オー吉さんは村を支配するような真似を?」


 オー吉は、目を伏せたまましばらく黙っていたが、やがて口を開いた。


「……支配しようとしたつもりは、なかったんだ。ただ……なんていうか、昔からモヤモヤしてて……」


 言葉を選ぶように、ぽつりぽつりと話し出す。


「僕は、小さい頃からずっと村の畑を耕して、周囲を見回って……それだけの毎日だった。変わらない日常。誰も疑問なんて持たない。でも、僕は思ってたんだ。これでいいのかって」


 語る横顔には、先ほどまでの傲慢さは影もなかった。


「村の皆には、もっと幸せになってほしかった。パパにも、ママにも……みんなに楽させてやりたかった。でも、今のままじゃ無理だってどこかで思ってた。豚みてぇなこの鼻のせいで、人間にも魔族にもバカにされて……」


 そこで一度言葉を詰まらせ、深く息を吐いた。


「そんなときだった。ある日、風の噂で聞いたんだ。ゴブリンの誰かが、劇的に進化したって話を。俺たちよりも正直下に見てた種族が、先に変わっていったって……それ聞いた瞬間、なんか、頭の奥でカチンと音がしたんだ」


 オー吉は拳を握りしめ、力なく笑った。


「自分がオークを率いれば、もっと上手くやれる。そう思った。そう信じた。そしたら──気づいたら、今の姿になってた」


 そこまで話し終えると、オー吉は首を垂れるように深く頭を下げた。


 しばし沈黙。


 それを破ったのは、課長だった。


「……志は、非常に立派です。ですが、オー吉さん。あなたは今、気づいていますか?」


 静かな声だった。


「周囲を幸せにしたいと願って動いたはずが、その結果──周囲を不幸にしてしまっている現実に」


 その言葉に、オー吉の肩がびくりと震えた。


「あなたの手で、仲間の生活は苦しくなり、誰一人として笑っていなかった。村人の表情、見ていましたか?」


「……っ」


「あなたの行動は、独りよがりだった。想いの根は純粋だったとしても、その実、あなたがやっていたのは支配です。押し付けです。そういうのを、本末転倒と言うんです」


 その瞬間、オー吉の目から涙が零れ落ちた。


「うっ……ううう……なんてことを……なんてことを、してしまったんだ……っ!」


 地面に手をつき、声を上げて泣き崩れる。


 その姿に、村のオークたちの中から怒声が上がった。


「調子乗りやがって!」


「俺らを使い潰しやがって!」


「偉そうにしやがって!」


 誰かが石を投げる。小さな石が、ぽてんとオー吉の足元に転がった。


 そのときだった。


 オー吉の前に、すっと影が差す。


「やめろ!!」


 それは、オー太郎だった。


 彼はぐっと歯を食いしばりながら、振り返った村の仲間たちに声を張り上げた。


「は、恥を知れぇ!!」


 その声に、投げかけようとしていた石を手に持ったままのオークたちが、ぴたりと動きを止める。


「仲間が間違えたときに、そいつ支えてやれねぇで、何が村だっぺ!? 何がオークだよぉ!!」


 その一言が、胸に突き刺さった。


「オー吉は、たしかにやり方間違ってた。でもよ、村のこと真剣に考えて動いてたんだっぺ! 誰よりも本気だったんだよぉ!!」


 その言葉と共に、オー太郎は膝をついて、泣き崩れたオー吉の背中に手を置いた。


「……支えてやれなくてすまねぇ。ひとりで抱え込ませちまって……許してくんろ……」


 オー吉もまた、顔をくしゃくしゃにして、嗚咽を漏らす。


「お、オー太郎ぉ……っ……」


 村中に二人の嗚咽が響き渡り、誰ももう石を投げようとはしなかった。


沈黙の中、課長が静かに一歩前に出た。


「……オー太郎さん」


 呼ばれた本人は驚いたように顔を上げた。


「非常に差し出がましいかもしれませんが、オー太郎さんがこの村を支えてみてはいかがでしょうか」


「お、オラっすか!? そ、そんな無理だべ! オラにはそんな器なんて──」


「無理だと思っているのはオー太郎さんだけのようですよ? あなたのように仲間を思い声を上げられる人こそリーダーにふさわしいと思います」


 しばらく押し黙っていたオー吉が、ふらりと立ち上がった。


「僕より……オー太郎の方がみんなを率いてくれる」


「オ、オー吉……」


 オー吉は泣き顔のまま、くしゃくしゃの笑顔だった。


 その様子を見て、周囲のオークたちが次第に口を開いた。


「オー太郎でいいべ」


「一緒にやってこーぜ」


「オー吉、悪ぃな……」


 ぽつりぽつりと謝罪の言葉が続き、空気がやわらいでいく。


 その輪を見渡した課長が、最後に言った。


「そしてオー吉さん。あなたもまた他人事ではありません」


「……え?」


「あなたの行動力は確かに素晴らしい。ですから、これからは田中くんが私を支えてくれているように──あなたもオー太郎さんを支えてあげてください」


「か、課長さん……」


 その言葉に、オー吉の瞳が再び潤む。


 次の瞬間──淡い光が二人を包んだ。


「な、なんだっぺ!? 身体が……あったけぇ……」


「こ、これは……っ!」


 光が収まったとき、二人の姿は少しだけ変化していた。


「お、おら……なんだか背筋が伸びた気がすっぞ……。これが、リーダーの重み……」


 そうつぶやいたオー太郎の目には、しっかりとした覚悟が宿っていた。そして──その顔立ちはまた驚くほど整っていた。凛々しい眉、引き締まった顎。背筋は伸び、そして豚の鼻…堂々とした雰囲気を纏っている。


 まさにどこに出しても恥ずかしくないイケメン豚であった。


 さらにオー吉にも変化があったようだ。


「……ぼ、僕は……“オークタナカ”へと転職したようです……」


 俺の名前を勝手に職業の概念に加えないでもらいたい。


 せめて俺やレオン、クーロンさんみたいに上司に振り回されず幸せな毎日を過ごせる事をただただ祈るばかりである。

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