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第19話 課長、部下に裏切られる

 朝の光が差し込む広場横の休憩小屋。窓の外には、前夜降った雪がうっすらと積もっている。薪の燃える匂いが、木造の建物全体を包んでいた。


 俺はその小屋の中、湯気の立ち上る木製のカップを両手で包み込むように持ち、椅子に深く腰かけていた。


 向かいには、バルドさんの元部下であり、今や四天王にを“押し付けられた”クーロンさん。そして隣には、王国軍の尖兵であり、クッコロさんの直属の部下であるレオンとカレンが座っていた。


 俺、田中。この中で唯一、普通の会社員──だったはずだが、最近は色々と怪しい。


 それでも俺たちは、自然とこうして一緒に茶を啜るようになった。上司に振り回されてばかりの共通点が、妙な親近感を生むのかもしれない。


「……それにしても、雪やまないわね」


 カレンがぽつりと呟いた。


「このまま根雪になるかもしれん。薪の備蓄量は確認しておいた方がよさそうだ」


 クーロンさんが答える。彼は魔族だが、性格はどこか公務員的で真面目そのものだ。


「ボスくんたちが今朝も薪を集めに行ってくれてますよ。俺、昼には交代入れ替えてきます」


「……お前、本当に“右腕”なんだな」


 レオンがしみじみと呟いた。


「いや、“右腕”とかやめろ。ただの組織上の部下だ。」


「まあでも、あれで課長殿の下についてるってだけで、すでに一目置かれてるぞ? 俺たちの界隈でもちょっと話題になってるくらいだ」


 レオンのその言葉に、俺は嫌な汗をかきながら首をすくめる。


「えー……それはありがた迷惑ってやつですね……」


 そのとき、クーロンさんが湯を啜りながらぽつりと口を開いた。


「……しかし、戦力が整いすぎているのも問題です」


 室内の空気がすっと変わる。


「どういう意味だ?」


 レオンが眉をひそめて問い返し、カレンも姿勢を正した。


「今この村には、バルド様とクッコロに加え、ガンザムとリリルといった歴戦の戦士たちが集まっています。さらに進化を続けるゴブリンたちが数を増やし続けている。……そこに極めつけは田中殿の武力だ」


 認めたくはないけどこの世界での俺はどうやら相当強いらしい。目立たない程度にお茶を濁しながら生きていきたい…。


 クーロンさんは視線を机に落としながら言葉を続けた。


「意図せずともこれだけの陣容が一ヶ所に集まれば、周囲の国々はどう見るか…」


 そこまで説明を受ければさすがの俺もクーロンが何を言いたいかわかる。


「俺たちにその気がなくても、外から見れば“反旗を翻す勢力”に見えるってことですか……」


「ええ。この状況で“敵意はない”などという言い訳が通じるはずもない」


 俺は黙って湯飲みを見つめた。


 湯気がすーっと上がっていく。それを追うように、思考が空へと逃げていく。


 そのとき。


「で、課長殿はいつ世界を獲るんだ? やっぱり春から動き出すのか?」


 レオンがさらっと爆弾を投げてきた。


「は? はあああああ!?」


 盛大にむせた。


「何言ってんの!? 獲るわけないでしょ世界なんて!」


 俺が慌てて否定すると、今度はクーロン、カレン、レオンの三人が揃って俺を見た。


「……お前、マジで言ってんのか?」


「自覚なさすぎて逆にすごいわよ」


「田中殿。状況を俯瞰で見てみてください」


「……えっ、いや、あの……」俺は言葉にならないまま、視線を宙にさまよわせた。ダメだ会話にならんぞこれは…。


 あれでうちの課長、昇進とか権力に関して本当に無欲なんだよなー。どうするつもりなんだろう…。


 一人思考の渦に飲まれた俺の様子を見て三人は顔を見合わせて黙り込んだ。


 それっきり、話は自然と途切れた。


 カップの中のお茶はすっかり冷めていたが、俺の思考はそれ以上に冷え込んでいた。


 ──このまま、課長はどうするつもりなんだろう。


 *


 その日の夕方、城の最上階に、主要メンバーを招集した。


 雪はまだ降り続いていたが、厚手の外套に身を包んだ仲間たちは、皆黙って階段を上がっていく。


 かつて応接室として使われていたこの最上階の広間は、今や村の会議室のような場所になっていた。城自体は現在、村人たちの公共の場として活用されている。


 その中心に、課長が立っていた。珍しく真面目な表情で、手元の資料のような紙束を軽く確認している。


「皆さん、お集まりいただきありがとうございます」


 課長は、部屋に視線を巡らせながら、ゆっくりと口を開いた。


「今日は少し、私と田中くんの立場について話しておきたいと思いまして──」


 集まったのは、クッコロ、レオン、カレン、バルド、クーロン、ガンザム、リリル、そしてゴブリンの代表としてボスくん、ゴブ姐さん、ごぶ男さん。俺は課長の隣に立ち、少しだけ居心地の悪さを感じている。


「既に気付いている方もいると思いますが、私と田中くんはここではない遠くの国の出身です。色々あって、この世界に来ました。詳しくは申し上げられませんが──いつか元の場所へ戻る可能性もあります」


 一瞬、空気がぴたりと止まった。


「私がこの村の改革を進めてきたのは、私の部下である田中くんの安全を守るためでした。最初は、それだけが目的だったんです」


 課長の声に迷いはない。だが、その言葉はどこか後ろめたさをかんじさせる。


「皆さんを騙すつもりはありませんでした。ただ……裏の整備や拠点化が始まったのは、すべて田中くんのため。結果的に皆さんの生活も改善されたと思いますが、それは偶然に過ぎません。全てが善意だったわけではないんです」


 頭を下げる課長。その隣で、田中も黙って頭を下げた。


(相変わらず課長らしいな……笑)


 田中は、小さく苦笑いしながらぽつりと呟いた。


 だが、次に言葉を発したのは──ガンザムだった。


「……で、あんた、それを言って何がしたいんだ?」


 突然の直球に場が静まり返る。だが、ガンザムは真剣な表情のまま言葉を続けた。


「目的がどうあれ、あんたがここを動かしてきたのは事実だ。だったらその責任は、あんたが取るべきだろ」


 課長が少し目を見開いた。


「私に……責任を、ですか?」


「ああ。覚悟の話だ。トップの器とかそんなんじゃない。今この村をまとめられるのは、あんたしかいない。なら、その立場をちゃんと受け入れてくれ」


 その言葉に、頷いたのはバルドだった。


「課長殿が何を目指すにせよ、我らが集まっている理由の一つは、あなたの姿勢にある。信じて動ける相手は、そう多くはない」


「……課長が率いるなら、私はついていきます」


 カレンがぽつりと呟き、レオンも肩をすくめて同意した。


「課長殿、何を目指すんだ? 正直言ってこのメンバーなら大抵のことは出来るぞ?」


 バルドの問いかけに、今度はクッコロがすかさず乗ってきた。


「それこそ──世界だって獲れると思う」


 場がざわつく中、課長は少し言いにくそうに、それでもしっかりと答えた。


「……帰るかどうかは別にして、帰る手段をまずは見つけたい。あとは平和に暮らして、美味しいものが食べられればそれで充分です」


 一瞬、空気がふっと緩んだ。


「ただし──勿論、田中くんもそうだけど、もう我々は仲間です。皆さんに何かトラブルが起きれば、私は全員で助けたい。そのためなら、私は命を懸けられる」


 静かに、しかし確かな熱を帯びたその言葉に、部屋はしんと静まり返った。


「さすが田中殿が慕うお方だ。ならば我々も、全力で支えていこう」


 ガンザムの言葉に続いて、リリル、バルド、クッコロが次々に頷き、レオンとカレンも当然のように立ち上がった。


「……課長を王にし田中殿を軍団長に……」


 バルドのつぶやきに、クッコロが乗っかる。


「ほう、バルドにしては名案だな」


 その流れに、さすがの課長も焦りを見せた。


「ちょ、ちょっと待ってください! 私の話、ちゃんと聞いてました?」


 課長の声は空しく広間に響いたが、すでに皆の中では何かが動き始めていた。その様子を見て俺は悪い笑みを浮かべる。


「ちょっと田中くん!? 黙ってないで助けて下さいよ…」


「………………」


 ここ最近俺の事を散々振り回した挙句、昨日は俺に助け船を出すどころか一緒にはめに来やがった恨みを忘れた訳ではあるまいな…。


 俺の苦悩を思い知るがいい。

 …そして望まぬ出世を果たし王にでもなんでもなってしまえ!!

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