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第18話 課長と田中、出過ぎる

 朝。薄く雪の積もった村の広場に、しんとした静けさが満ちていた。


 天気は快晴。白銀の大地に陽光が差し込み、あたり一面がまるで神殿のような神々しさに包まれている。そんな美しい景色とは裏腹に、俺の心は穏やかじゃなかった。


 なぜなら今、俺は村の皆が見守る中、まさに“試されようとしていた”からである。


 事の発端は昨夜、鍛冶師のガンザムとリリルが「最強の武器を打つに相応しい使い手かを試したい」と言い出したことに遡る。


 その試練とは──彼らが展開する“防御魔法”を突破すること。


「ううぅ…なんで俺がこんな目に……」


 朝一番、課長に連れられて広場へ来たとき、そこにはもう魔法陣が刻まれていた。 いや、“浮かんでいた”と言った方が正確だろう。空中に描かれた幾重もの光の紋様が、淡く揺らめいている。


 見た瞬間、男としてちょっとテンションが上がってしまったのは正直否定できない。


 ボスくんの土魔法もなかなかの迫力だったが、やはりこういうエフェクト系は胸が躍る。いや、躍ってる場合じゃないのはわかってるんだけど。


「……準備は整った。ではバルドとクッコロが認めるその力を試させてもらおう」


 ガンザムが腕を組みながら、俺に熱い視線を送ってくる。


「ちょ、ちょっと待ってください!」


 思わず両手を上げて制止する。


「えーと、その前に確認なんですけど。俺がやるって、いつ決まったんですか?」


「ん? 昨晩のうちに、課長殿からも強い推薦をいただいたのでな。田中殿は”課長殿の右腕”と聞いていたのだが間違いだったかの?」


「……課長ォ!」


 思わず横を向くと、課長はにこやかに微笑んでいた。そこに悪びれたり後ろ暗さは一切見つけられない。


「万が一帰還する方法が見当たらなかった時に備え、今のうちに実力を確認しておくべきだと思いまして…迷惑でしたらお詫びします」


「いや言っている意味はわかりますけど…だからって、いや…うーん。そう言われると反対する意見が見当たらないっす!」


 焦る俺をよそに、ガンザムが神妙な口調で続ける。


「我らが試練に挑んだ者は数多い。だが、防御を破った者はいまだ存在しない」


「この世界に“矛盾”はないのよ。最強の矛であるクッコロとバルドが、私たちの盾を破れなかったんだから」


 リリルが淡々と告げる。


「おいおい、またその話か」


 低い声が割り込んだ。


 見ると、バルドが腕を組みながらこちらに歩いてきていた。クッコロもその隣に並んでいる。


「たしかに俺たちはあのとき、突破できなかった。だが、それは俺たちが未熟だっただけの話だ」


「それにね、リリル。アンタたちの防御魔法、たしかにスゴいけど……いつまでも過去の話にすがってちゃ、成長はないわよ?」


 クッコロが涼しげに笑いながら言った。


「というわけで」


 二人は同時にこちらを振り向く。


「師匠。まずは俺たちにもう一度、挑戦させてくれ」


「ど、どうぞどうぞ」


 むしろ望むところです!! ぜひお願いしたい。


 二人はそれぞれの得物──大剣と手甲を装備し魔法陣の中心へと向かっていった。


 そして。


「時間がもったいない。二人同時で構わない」


 リリルが煽るように二人に向けて言葉を放つ。


 次の瞬間、空気が震えた。


 ガンザムとリリルの足元に、幾重にも組まれた防御魔法陣が展開される。その輝きはまるでネオンのようで、見る者の視線を吸い寄せる。


 重なる光の層が幾度も回転し、音もなく空間を包み込んでいく様子は、もはや神聖な儀式のようですらある。


「はっ!」


 先に飛び込んだのはクッコロだった。  鋭い踏み込みとともに、音速の一閃が魔法陣を数枚撃ち抜く。


 ──が、ガンザムとリリルの元まで届かない。


 光が撥ね、音が潰れ、クッコロの剣は確かに命中しているのに、何も起こらなかった。


「くっ……!」


 間髪入れず、バルドが拳を叩き込んだ。


 重厚な一撃。大地を砕くほどの威力がありながらも、魔法陣はまだ半分以上残っていた。


「まだ、無理か……」


 バルドが歯噛みしながら呟く。


 その表情は悔しさよりも、どこか誇らしげですらあった。


 そのとき、静かにガンザムが口を開いた。


「……あのころと比べると雲泥の差じゃの」


 まるで懐かしい思い出を噛み締めるように、ほんの少しだけ目を細める。


「あと十年剣を振り続けたら、或いは高みに届くかもしれないわね」


 リリルも淡く微笑みながら静かに言い添えた。その口調には厳しさではなくわずかな期待が滲んでいるようだった。


 そして、いよいよ俺の番が巡ってきた。


 バルドとクッコロが一歩下がり、今度は俺が魔法陣の前に立たされる。


「田中くん」


 課長が柔らかい声で呼びかけてくる。


「最悪の場合を想定して、この世界での生活が長引いた場合、どのような手段が通用するのか……今のうちに把握しておきたいと思いまして。無理はしなくていい、ただ君の“本気”を少しだけ見せてくれると助かります」


「はい…やれる範囲で頑張ってみます…」


 そうは言いつつも、実は内心ではほんの少し、確かめてみたい気持ちもあった。


 この世界に来てから、身体の調子がやたらといい。力も、反応も、視野の広さすら桁違いに冴えている気がする。


 そして──俺のステータスには“スキル:大剣豪”“スキル:師範”という、チートみたいな肩書きがついている。


 あのとき、レオンやカレン、クッコロと初めて手合わせしたときの手応え。


 あれはただの偶然だったのか。


 いや──そうじゃない。


「わかりました。じゃあ……やってみます」


 俺は深く息を吸い、ゆっくりと腰を落とした。


 構えるのは、訓練用の木刀。


「え? 木刀? ちょ…」


 何かガンザムが言っている気がするが集中している俺の耳には届かない。


 振るうのは、一撃だけ。


 静かに足を踏み出し、息を整える。


 一歩。

 二歩。


 気配を、重心を、呼吸を、すべて魔法陣に向けて収束させる。


 そして、三歩目──


 踏み込みと同時に、俺は木刀を振り抜いた。


 ……その瞬間。


 世界が、止まった気がした。


 風がざわめくような音。

 空気が鳴るような衝撃。


 バシュッ、という乾いた音とともに、魔法陣がまとめて一気に砕け散る。


「──ッ……!」


 その場にいた全員が、息を呑んで見つめる中。


 俺の木刀が、ガンザムの目前まで一気に振り抜かれたその瞬間──


 猛烈な衝撃が発生し、ガンザムとリリルの身体が紙切れのように宙を舞い軽やかに数メートル後方へ吹き飛んだ。


 二人の姿は、雪を巻き上げながら地面に軽く着地し、そのままくたりと倒れ込む。


 そのときだった。


「ふ……ふふふ……」


 ガンザムの肩が震えている。笑ってる?


「ま。まさか、ここまでとは……!」


 そのまま、がくんと膝をつく。


 リリルも口元を手で覆いながら、頬を紅潮させていた。


「これよ……これ……こんなにも、暴力的な一撃! あぁぁ、最高……」


 二人はそのままその場に崩れ落ち、昇天したような表情で、ゆっくりと意識を手放していた。



 場面変わって、村の客間。

 暖炉の火がやわらかく揺れる中、ふかふかの布団に包まれて横たわるガンザムとリリル。その傍には、食糧調達班の面々──ゴブ姐さんたちが世話を焼いていた。


「芋、もう少し潰す? まだ気絶してるけど、口は開いてるわよ」


「体は冷やしちゃだめよ! 火ぃ強めて!」


 素朴な看病風景だったが、ゴブ姐さんたちの手際の良さは妙に板についていた。


 そこに目を覚ましたガンザムが、突然がばっと上体を起こした。


「田中殿……!」


 その目は真剣そのもの。


「是非とも我らにあなたの剣を打たせて下され!」


 リリルも飛び起きて、熱に浮かされたような声で叫ぶ。


「あなたのためにこの命をかける価値があるわ……! 私たちの人生をかける大業物にしてみせるわ! 是非!!」


 そんなガンザムとリリルの様子に、無責任にもレオンとカレンが興奮気味に言葉を交わしている。


「最強の矛は田中だったのか……」


「クッコロ様とバルドに続いて、あの名工コンビの”ガンザムとリリル”まで…これで確実にこの村は発展することが約束されたわね」


そんなレオンとカレンの横でクッコロとバルドも笑顔で意見を交わしている。


「課長殿に王となっていただいて、師匠を軍団長に押し上げよう」


「バルドにしては名案ね」


 俺はこの村の関係者全員に”出る杭は打たれる”という格言を送りたい。それと同時に”出過ぎた杭は打たれない”という偉い人の言葉は思い出さないようにするのだった。

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