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第15話 課長、四天王に説教をする

 朝の空気はひんやりとしていて、吐いた息が白くなる。村の広場では、今日も朝の調理が始まっていた。炭火の上で焼かれる魚が香ばしく、湯気の立つ蒸し芋が籠に並んでいる。俺──田中は、食糧調達班のリーダーとして、いつものように今日の献立と人数を確認していた。


「魚、焼き上がりあと五分ですー」「芋、追加で三籠分蒸せそうだぞ!」


 ゴブさんたちの活気ある声が飛び交う中、課長は例によってパソコン片手になにやらデータを見ていた。俺は人数分の焼き魚と芋を配膳しながら、ちらっと課長に声をかける。


「課長、今日の朝食分はばっちりです。配膳完了まであと十……いや、八分ってとこっす」


「ありがとうございます、田中君。いつも助かります」


 すっかりこの村の食事情の中心を担うことになった俺だが、慣れてきたせいか最近ではゴブリンたちの方から食材の提案までくる始末だ。いや、頼もしいんだけど。


 例えば「昨日の川辺に白いきのこが生えていた。蒸すといけそう」とか、「干した虫を戻したら柔らかくなるんじゃないか」とか……。いや、試す勇気はまだない。意欲は買うけど。


 *


「……あー申し訳ない……非常に言いにくいんですが……」


 遠慮がちに声をかけてきたのは、朝食の最中ずっと思い悩む表情を浮かべていたクーロンさんだった。


 魔王軍南方辺境の監察官であり、常識派として定評がある(俺調べ)。しかし、今朝の彼の表情はなんというか……明らかに『ヤバい案件抱えてます』という顔だった。


「……朝から重い空気出して何すか。胃にくるやつじゃないといいんですけど」


「えー……いや、ちょっと……あのですね……」


 クーロンさんは何度か言い直そうとしたが、結局深くため息をついてから言った。


「……昨日、私の直属の上司にあたる四天王のバルド様と別件でテレパシーで話をする機会がありまして……その際ついでにこの村のことも少しだけ話してしまったんです」


「ついで、って……」


「はい……そしたら、“そんな突拍子もない嘘をつくな”っと怒られまして……で……」


 クーロンさんの視線が左右に泳ぐ。


「……たまたま今日、別の四天王、ミラージュ様がバルド様の所にいらっしゃる予定でして。で、彼女、転移魔法が使えるんですよ……」


「……え、つまり……?」


「はい。今日の昼前にふたりで村を見に来るそうです」


 うーーーーーむ…。


 広場の配膳係全員の手が止まり、静寂が落ちる。


「……ちょ、昼って今日の? そんな突然?」


 胃が痛い。


 課長は冷静に眼鏡をクイッと直し非常に険しい顔をし、俺は内心で「終わった……」と何度もつぶやいた。


「そうです。たぶん、というよりそろそろいつ来てもおかしくは……」


 とクーロンさんが話をしている最中、


 ──パチンッ!


 乾いた破裂音のような音が空間を裂き、視界の端が歪んだ。


 何が起きたのか一瞬わからず、俺は思わず立ち上がる。


「な、なんすか今の……?」


 蒸し芋を抱えていたゴブさんがぽかんと空を見上げる。


 そこには、真っ黒な渦が空間にぽっかりと開いていた。


 次の瞬間、二つの影がそこからゆっくりと降り立った。


 一人は、岩のような筋肉に包まれた巨漢の男。


 もう一人は、黒いレースと傘を携えた、小柄でどこか人形じみた少女──というか子どもにしか見えない。


「……誰……?」


 見たことのない二人組。だがその“場の支配力”みたいなものは尋常じゃない。


 まさか、あれが……? いや、まさかとは思うけど──


 クーロンさんが、俺の横で小さく呟いた。


「……バルド様、ミラージュ様……」


 ──やっぱり!?


 四天王……! 本当に来たのかよ……!


 俺の知識の中の通りだとすれば、魔族の中でも結構な大物のはずである。


 村が、一瞬で静まり返った。


 バルドと思われる男前のゴリラみたいな男は、周囲に見向きもせずクーロンさんの方へまっすぐ歩み寄る。


 歩くたびに地面が鳴るような気がする。でかい。圧がすごい。なんかもう見てるだけで肩が凝ってくる。


「クーロン」


「は、はいっ!」


「“ゴブリンが家を建てた”だの、“人間と共存している”だの……そんな突拍子もない報告を、私は信じられると思ったのか?」


 その声には明確な怒気はなかった。ただ、信じがたいものを前にした人間の、率直な疑問という感じだった。


 でも、それが逆に怖い。


 次の瞬間、バルドさんの視線が俺たちの背後に向いた。


 城の天守、整備された水路、干してある保存魚、畑の列──


「………………」


 バルドさんの目が細くなる。見渡す限りの整然とした景観、秩序だった作業の気配。


 彼は明らかに戸惑っていた。何かを言いかけて、黙る。そして、ぼそりと呟く。


「そ、そんなことが……あるのだな……」


 その口ぶりは、驚愕というより、動揺と後悔を誤魔化そうとするかのようだった。


「……この村を、防衛拠点として整備するというのも……選択肢かもしれんな」


 急に話題を切り替えようとするバルドさん。


 と、そのとき。


「まずは、謝罪が先でしょう」


「(おぉぉぉおおおいっ!)」


 静寂を破るように、課長の声が響いた。

 口を塞いでこの場から連れ去りたいが、こうなった時のこの人は相手が拳銃を持っていても譲らないだろう。


 淡々として、けれど一切の遠慮がなかった。


「あり得ない報告・事象に対して疑いを持つこと、自らの目で確認しようとする姿勢。それ自体は、上に立つ者として当然のことだと思います」


 その一言に、バルドの目が僅かに細められる。


「ですが、自身の誤りに気づいたのであれば──まずなすべきは、部下への謝罪でしょう」


 え? ちょ、課長? 今それ言う!?


 俺は心の中で頭を抱えた。


 バルドが、ゆっくりと課長の方へ顔を向ける。


「……誰だ、貴様は」


 冷たい声。


 だが課長はひるまなかった。


「私はこの村に身を寄せているただの人間です。……ただ、それ以上に、同じく部下を持つ立場の者として、部下を守るべきだと思ったまでです」


「………………」


 しばしの沈黙。


 ふたりの視線が、鋭く交差する。


「うむ。……主が正しいな」


 やがてバルドは、視線をクーロンさんへ戻し一礼。


「すまなかった、クーロン。私の誤解だった」


「い、いえっ! とんでもありませんっ!」


 クーロンさんは慌てて頭を下げたが、頬がほんのり赤い。

 

 クーロンさんは上司に謝られることなど想定もしていなかったのか、自身も何故か頭を下げて狼狽えている。


 そんな光景をしばし眺めた後、バルドがふたたび課長へと向き直る。


「……で、主は一体何者だ。なぜこの村にいる?」


 課長は少しだけ考えるそぶりを見せてから、簡潔に答えた。


「ある事故により、この世界に飛ばされてきました。私だけではなく、こちらの田中君も一緒にです」


 そう言って、課長は俺の方をちらりと見やった。


「へっ!? あ、はいっ!」


 突然話題に出されて思わず声が裏返った俺に、バルドの視線が向けられる。


「ふむ。……そやつも人間か」


「私の目的は、田中君を無事に元の世界に帰すことです。そのために、まず私たちの安全を確保する必要があると判断しました」


 バルドの目が細まる。


「ふん。では、この村を乗っ取りでもするつもりか?」


「いえ。この村の皆さんに助けられた立場ですから、むしろ感謝しているくらいです。だからこそ、できる限りの恩返しがしたいと考えています」


 課長の声には揺るぎがなかった。


「ただ、申し訳ないが……争いに巻き込まれるくらいなら、この村を捨てて逃げる覚悟もある。もちろん、ゴブリンさんたちが望むのであれば、一緒に連れて」


 その言葉に、広場の端で話を聞いていたゴブリンたちがどよめいた。


「か、課長ぉ……」

「ぐすっ……一緒に逃げてくれるのか……」

「や、優しすぎる……」


 泣いていた。


 俺は慌てて後ろを振り返ったが、ちょっとびっくりするくらい全員号泣していた。


 いつの間にこんな忠誠心が……。課長の素晴らしさに気付くとは流石ゴブさんたちだと思う。


 そんな空気の中、バルドが大きく息をつき、盛大に笑った。


「がっはっはっはっは! お主は我儘だな!」


 だがその笑いが止むと、表情は真剣なものに戻っていた。


「……だが、その我儘を通すだけの力がお主にはあるのか?」


 重たい沈黙が落ちた。 課長が何かを言いかけた、その瞬間——


 ドンッ


 何者かに俺は背中を押され一歩前に出る形となり、バルドさんが俺へと視線を移す。


 ボスくんも言っていたけど、あり得ないくらい顔が怖い。やばい。


「えっ? ちょ、えっ!? おい、誰っ──」


「えっ? ちょ、えっ!? おい、誰っ──」


「その男の家臣、冴えない男田中だ。この男がその課長の”力”だ」」


 その声の方に視線を移すとバルドの目がカッと見開かれた。


「……クッコロ!? き、貴様……なんでこんな場所に……?」


 声の主はクッコロさんだった。


 バルドとクッコロさんは魔王軍幹部と王国軍幹部として幾度となく剣を交えた中であり、言葉を交わしたことこそあまり多くないが、互いに良きライバルとして考えていた。


「驚いてるところ悪いが、この冴えない人間──私よりも数段強いぞ?」


 少し冴えない冴えない言い過ぎではないでしょうか。私にも心の痛みというものがあるんです。


「……その冴えない男が、貴様より強いだと?」


 クッコロさんの言葉にゆっくりと俺の前に進み出るバルド。その足音だけで地面が揺れている気がする。


 いや、マジで待ってくれ。話の流れが明らかにおかしい。俺にはわかる、これはこのまま俺が戦わされる奴だ。


「よし、田中やってやろうぜ!」


「田中、貴方の力を見せてやりましょう!」


 いきなり現れたレオンとカレンに両サイドを固められて俺の逃げ場は完全に失われた。


「人間よ」


 呼びかけられて、ビクッと背筋が伸びる。怖い。なんかもう目が怖い。筋肉が喋ってるようにしか見えない。


「わしと一手、交えてみよ」


「……ひゃっ」


 声にならない声が喉から漏れた。


 誰か助けてください。主に課長、あとクッコロ。いやお前が言い出したんだろ責任取れよぉぉぉおおお!

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