第九話 品のなさが
「旦那様、ダッサソーがいます」
「あれ、ダッサソーっていうのか?」
「はい。魔物図鑑で見ました」
コレッタによるとダッサソーは火魔法で攻撃してくるそうだ。しかし魔力が少ないため一発か二発ですぐに打ち止めとなるらしい。見た目は猿のようだが普段は集団で行動しているとのこと。群だと厄介だが、目の前にいるのは三頭ほどなのでそれほど脅威でもないと思われる。
「あれって売ったらどのくらいか分かるか?」
「さすがに私は館の外にはあまり出られませんでしたので分かりません」
「弱そうだけどコレッタには危険だろうから狩っとくかな」
「気をつけて下さいね」
「楽勝だよ。エアカッター!」
魔法名など口に出す必要はなかったが、コレッタの前でちょっとだけカッコつけてみた。エアカッターは文字通り風の魔法なので不可視である。だからいきなり首が飛ばされたダッサソーを見て、コレッタが凄い凄いと喜んでいた。うん、可愛い。
ところで目の前で生き物が血を噴き出して死ぬ光景に忌避感はないのかと尋ねたら、相手は魔物だからと涼しい顔で言われた。それに自分と関わりのない人が傷ついたり死んだりしても、気の毒だとは思うがそれ以上の感情は湧かないそうだ。頼もしい限りだよ。
「旦那様、今のは何ですか?」
「エアカッター、風魔法だね。風の刃を飛ばした感じって言えば伝わる?」
「風……目に見えないなんて遠くから狙われたら防ぎようがありませんね」
「まあそうかな。だけどあくまで風だから射程距離はそんなに長くはないんだよ」
俺の場合は五百メートルくらいなら威力を失わないが、通常はせいぜい数十メートルといったところだ。空気抵抗の影響をもろに受ける上に水中では全く効果がない。
「それでも凄いです!」
「血の匂いに誘われた魔物が寄ってきても面倒だし、一応死体は回収しておくか」
これも無用の動きだが、俺はダッサソーの死体に向けて手のひらをかざす。すると一瞬でそれらが消えてしまった。遠隔収納は本当に便利だ。
「今のは!? 今のはなんですか!?」
「アイテムボックスだね。生きている動物や魔物以外なら大抵の物は収納出来るよ。植物もね」
「凄い凄い!」
「しかも中に入っている間は時間が止まってるんだ。食べ物なんかは腐らないし温かいものは温かいまま、冷たいものは冷たいままだ」
「もしかしてお弁当もですか!?」
「うん。作ってくれた時のままだね」
「でも……魔物の死体、入れちゃいましたよね?」
「あはは、中はちゃんと区切られてるから大丈夫」
「そ、そうなんですね……」
「気分的に嫌?」
「い、いえ。旦那様が大丈夫と言われるのですから大丈夫です!」
無理してないかな。今度からは気をつけよう。
それから俺たちは敷物を敷いてランチタイムと洒落こむことにした。人の手がまったく入っていない泉は美しく、時間がゆったり流れている感じがする。ダッサソーを討伐して以降は魔物の気配もなく、二人で敷物に寝転がって穏やかな時を過ごしていた。
ところがそんな俺たちの気分をぶち壊す奴らが現れた。
「あれ? お前ら何してんの? てか女じゃん!」
「ひゅーっ! こんなところで女の子に出会えるとは思わなかったぜ」
男性五人組、言わずと知れた冒険者のパーティーだろうが、品がいいとはお世辞にも言えない出で立ちである。三十歳前後のいい大人なのに、顔から何から薄汚れたままだしちゃんと体を拭いてないのか臭い。ああはなりたくないものだ。
「なんだアンタら?」
「見て分からねえか、ガキ! 俺様たちはBランク冒険者パーティー『蒼き竜』だ」
冒険者というのは見れば分かるが『蒼き竜』なんて知らねえよ。
「旦那様……」
「大丈夫だ、コレッタ」
「旦那様? てことはその女は奴隷か?」
「答えてやる義理はないな」
「一応聞くがお前も冒険者か?」
「それも答えてやる義理はないな」
「ナマイキ言ってんじゃねえ! まあいいや。ガキはその女を置いてどっか行きな。後でちゃんとヒュブル村まで送り届けてやるからよ」
「断る!」
「さっき名乗ったはずだぞ。俺様たちはBランク冒険者パーティーだってな」
「Bランクってのは品のなさのランクのことか?」
「ンだとてめえ!」
「だ、旦那様!」
いきなり蹴られた俺をコレッタが慌てて庇おうとする。俺は立ち上がって彼女を後に下がらせた。
「問題ない。それよりコレッタ、コイツらが先に手を出したのを見たな?」
「え? あ、はい、見ました」
「後で必要になったら証言してくれ」
「分かりました!」
「先に手を出しただあ? ボクぅ、わけの分からないことを言ってると殺しちゃうよぉ」
「あれは脅迫だ。聞いたな、コレッタ」
「聞きました!」
「ふざけたこと抜かしてんじゃねえ! ガキだからって容赦しねえぞ!」
「どう容赦しないんだ?」
「分からせてやるよ! うがぁっ!」
拳を振り上げて殴りかかってきた一人の腹に、エアバレットを撃ち込んでやった。エアバレットは風魔法の一つで、空気の弾丸を撃ち出すものだ。ただし俺のエアバレットは魔力量により大きさを自由に変えられる。今回男に叩き込んだのはバスケットボール大の塊で、男の体が五メートルほど後に飛ばされていた。
「魔法か!?」
「おい、このガキ魔法を使いやがるぞ! 防壁展開しろ!」
「舐めやがって。生きて森から出られると思うな!」
「コレッタ、あれは明確な殺意だ。つまり自分たちも死ぬ覚悟が出来ていると宣言したのと同じだ」
「……」
「怖いか、コレッタ?」
「あ、いえ、あの人たち可哀想だなって。でも仕方ないですよね。旦那様を殺すなんて言っちゃったんですから」
「おい女! それじゃまるでBランクの俺たちがやられるみたいじゃねえか!」
「旦那様は何事もそうですが、品のよさでもAランクだと思います。品のなさBランクの皆さんに勝ち目があるとは思えませんから」
「ひ、品のよさ!?」
冗談のように言っているが、コレッタがボケている様子はない。品の良し悪しで冒険者ランクは変わらないからね。
「一応警告してやる。命が惜しかったらさっさとこの場から離れて二度と俺たちの前に姿を見せるな。あとここにも来るな」
「ガキが! 誰に向かって口利いてやがる!」
「警告無視ってことでいいんだな?」
「るせえ! やっちまえ!」
次の瞬間、先ほどエアバレットで吹き飛ばされて気絶している一人を除く四人がうつ伏せになり、手足をばたつかせて呻き声を上げていた。
「な、なんだ……体が……押し潰される……」
「グラクラ、グラビティクラッシュって魔法だ。重力で押し潰す俺のオリジナル魔法だぜ。苦しいだろ」
「オリジナル魔法だと? 防壁を張ったはず……ふぐぁっ!」
「お前らの防壁なんて鼻紙だよ鼻紙」
「ハナガミ?」
「ティッシュだ。しかも二枚重ねを一枚に剥がした状態の方な」
「な、何を言って……うぐっ!」
「さて、言い残すことがあるなら聞いてやるぞ。直にお前らはぺしゃんこになるからな」
「ま、待て! 謝る! 謝るからこの魔法を止めてくれ!」
「やだよ。せっかく警告してやったのに無視したのお前らじゃん」
「そこを何とか……俺には妻も子供もいるんだ!」
「そりゃご愁傷さま。遺言くらいなら届けてやろう」
「だから待って……ぎぎぎ……」
「旦那様、ちょっと残酷です」
「そう?」
すでに呼吸もし辛くなっているのか四人は涙とよだれ、鼻水を垂れ流してチアノーゼ、唇が青紫色に変化しはじめている。
「あ、違うんです。旦那様が残酷という意味ではなくて、ひと思いにやっちゃうのかと思ってたのであれが気持ち悪くて……」
「あー、確かに」
俺はグラクラに魔力を流し続けるのをやめる。するとようやく重力から解放された四人が荒い呼吸を始めた。Bランク冒険者も大したことないな。ああ、そう言えばコイツらは品のなさがBランクだったか。
これは後日談だが、Bランクの『蒼き竜』が戦闘職としてはFランクの俺に先制攻撃を仕掛けたり、殺人を仄めかす脅迫をした事実により投獄される結果となった。
こんなのもよくある話だ。