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第八話 日帰りで

「ここがこれからコレッタが暮らす屋敷だ」


 ジェリカと最後の日を過ごしてから三日後、俺は奴隷商グライムスの館から王都の屋敷にコレッタを連れ帰った。実はさすがに落ち込んでしまい、予定より迎えに行くのが遅くなったのだ。


 心にぽっかり穴が開くというのはこういう気分をいうのだろうか。決して恋愛経験がないとか浅いとかはなかったが、この感情は経験したことがなかった。もしかしたら自分で思っていた以上に、俺はジェリカが好きだったのかも知れない。


 そんな気持ちなど知る由もないコレッタは、これから暮らす新しい屋敷を見て嬉しそうにしている。カタリーナに大切にされていたせいか、彼女には奴隷特有の悲壮感というものが見えない。俺にも笑顔を向けてくれるし、怯えずに受け答えもしてくれる。今の俺にはありがたい存在と言えるだろう。


「旦那様、これからよろしくお願い致します」

「うん、よろしく」

「あとたくさんの服もありがとうございます!」


 彼女にはカタリーナに金を渡して、望む衣類を買い与えてもらったのである。もちろんロング丈と膝上丈のメイド服もだ。仕事着はメイド服だが、普段着もなぜかミニスカート系が多かった。俺が欲情するのを誘っているのだろう。カタリーナの思惑を感じる。


 そしてよりにもよって初日にコレッタが着ているのは、膝上丈のメイド服だった。可愛い彼女にはめちゃくちゃ似合っている。まあ、コレッタならきっと何を着ても似合うだろう。


「ところでコレッタ」

「はい、なんでしょう」


「ここで見る不思議なことは一切口外してはならないからね」

「もちろんです!」


「じゃあその一つを見せてあげよう。手を握るけどいいかな?」

「え? あ、はい、どうぞ」

「じゃ、行くよ」


 俺はコレッタを連れて第二拠点に瞬間移動した。ジェリカと過ごした一週間の内、彼女が仕事に行っている間に壁を仕上げておいたのである。だから周囲からは中を覗くことは出来ないが、屋敷はこれからなので敷地内にはまだ何もない。


「えっ!? ええっ!?」

「驚いた?」


「お、驚いたなんてものではありません! なにが起こったんですか!?」

「瞬間移動してみた」

「しゅ、瞬間移動?」


「俺が行ったことがある場所なら、こうしていつでも一瞬で行けるんだよ」

「すごい……すごいです、旦那様!」


 ダメ、そんなにピョンピョン跳ねないで。下着が見えそうだから。あ、履いてないのか。これはもう、この後カタリーナのところに行くしかないな。それにしてもコレッタは可愛い。握った手も柔らかかった。そう言えばジェリカの手も柔らかかったな。


「旦那様?」

「あ、うん、どうした?」

「なにか心配事ですか?」

「え? いや、なんで?」


「落ち込んでいらっしゃるように見えたので」

「コレッタ……」

「きゃっ! だ、旦那様?」


 思わず彼女を抱きしめてしまったが、すぐに我に返って体を離す。


「す、すまん」

「いえ。ですが本当に大丈夫ですか?」

「ひとまず屋敷に戻ろうか」

「はい……」


 再び瞬間移動で第一拠点の屋敷に戻ると、俺はコレッタに頭を下げた。


「いきなり抱きしめてたりして悪かった」

「そんな、頭を上げて下さい」

「嫌じゃなかったか?」


「私を抱きしめて旦那様が少しでも辛いことを忘れられるならいつでもどうぞ。でも、なにがあったのかは知りたいです」

「聞いてくれるか?」


「はい! もちろん他言はしません!」


 十五歳の少女に何を言っているのかと思いながら、俺はジェリカとのことを話した。かなり長い時間だったはずだが、彼女は身じろぎもせずに時折相づちなどを打ちながらずっと聞いてくれた。


「旦那様はそのジェリカさんて方を心から愛していたのかも知れませんね」

「そうなのかな」


「一緒にいた時間は短くても、とても濃密な時を過ごされたのではないでしょうか」

「失って気づくものなのかも知れないな」


「さっきも言いましたけど、私でよければいつでも抱きしめて下さいね。私では代わりにもならないと思いますけど」

「いや、ありがとう。その気持ちだけでも救われる思いだよ」


 彼女はすっと俺の前にきて、両腕を背中に回してきた。いい匂い、やばい。コレッタはただ慰めようとしてくれているだけなのに俺ときたらなんと不謹慎な。


「旦那様、カタリーナ様のところへ行かれるなら私のことはお気になさらずにどうぞ」

「へ?」

「私ではお慰め出来ないところですから」


 バレてたらしい。体が若いんだから仕方ないじゃないか。


「もしかして彼女とのこと、知ってるのか?」

「いえ、そんな気がしただけです」


「そうか。しかしこれじゃバラしたも同然だよな」

「誰にも言いません」

「ありがとう。でも今日はやめておくよ」


 行ったら猿になりそうだ。


「あ、でも」

「うん?」


「私は旦那様に捨てられない限りはずっとお傍に仕えさせて頂きますから」


「捨てたり売ったりはしないけど、給金を貯めて自分を買い戻すことも出来るんだぞ?」

「はい。ですが私は買って頂いた服を着て、瞬間移動で色んなところに連れていって頂きたいです」


 他にも多くの秘密があるのだろうから、それを知るのも楽しみだと言う。彼女といれば俺が立ち直るのも案外早いかも知れない。


 そんなこともあったせいか、第二拠点の屋敷は思いの外早く仕上がった。コレッタは第一拠点の屋敷に置いておくつもりで購入したが、俺は基本的に第二拠点の屋敷に住むので彼女もそちらに連れていくことにしたのである。もちろん本人も了承してくれた。


 そうなると第二拠点用に加えて、第一拠点用にも新たに奴隷を購入する必要がある。特に第二拠点にはよくある優秀な執事みたいな男性も欲しい。メイドはコレッタがいるから広さ的にあと二人か三人、出来れば若い女の子同士のきゃっきゃうふふが見たい。


 それと上薬草を栽培するので専門の庭師も雇いたいところだ。もちろん栽培は俺のスキルで始めるが、維持するのを任せたいのである。こっちは奴隷である必要はないだろう。ただし奴隷に偏見を持っていたり見下す者はダメだ。


 料理人は最低でも二人か。一人だと休めなくなるからな。あるいは一人は下働きでもいいが、住み込みになるのでやはり奴隷で賄いたい。


 他に馬車も考える。俺には不要でも、屋敷の者が市場などに買い物に行く時に徒歩では気の毒だからだ。ただこっちは最初から買うのではなく、とりあえずレンタルして様子を見てからかな。御者は住み込みではなく外から雇うようにしたいが、購入する奴隷がやれるならそれに越したことはない。


「カタリーナ様のところで買われるのですか?」

「そのつもりだが、急がなくてもいいかな」


「でしたら旦那様、私キパラ大森林に行ってみたいです」

「危ないぞ」

「旦那様のお傍にいたいんです」


「まあコレッタ一人護るくらいどうということはないけど……イートン狩っても解体がなあ」


 いや、問題ない。アイテムボックス内で解体が出来るのを忘れていただけだ。初回に『紅蓮の決死隊』と行った際、危うく解体しかけてしまって焦ったのを思い出した。


「今日はコレッタの装備を買って、明日にでも行ってみようか」

「はい!」


 彼女のために購入したちょっとおしゃれな革鎧がよく似合っていた。実用性よりファッション性を求めた最近の王都での流行である。上だけ革鎧でボトムがミニスカとかかなりそそられた。


 翌日、昼食用に弁当を作ってもらって俺たちは片道三日半、例の泉の畔までだと更に一日か二日の距離を一瞬で移動した。もちろん予定は日帰りである。よくある話だ。

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