第七話 衝撃の
買ったのはコレッタという十五歳の少女だった。ライトブラウンの肩甲骨辺りまでの細くサラサラした髪にどちらかというと丸顔。栗色の瞳に長い睫毛が可愛らしく、アニメに出てくれば間違いなくメインヒロインとなるだろう。
身長は百四十センチほどで俺からするとかなり小さいが、なで肩に年齢らしからぬスタイルのよさが印象的だ。しかしさすがに胸は小振りである。こういう子は最近のSNSでは高い需要があったと思う。
もちろん俺も嫌いではない、と言うか胸の大きさは女性に対する俺の判断基準には入っていないのだ。あと決して少女趣味はなかったが、今は十七歳だし特に問題はないだろう。
いや、しないよ。だって彼女は夜伽NGだし。生娘だし。まあでも同意があれば……
「ダメですよ、レンさん。どうしてもと言うなら私のところにいらっしゃい」
つまり生娘で夜伽NGなのはカタリーナの策略だ。コレッタで欲情したら自分のところに来いというやつである。と言うかなんで俺の考えてることが分かった?
最初はどうしてこんな可愛い子を俺に売ろうとしたのか不思議だったが、意図を教えられて納得するしかなかった。ま、これだけ可愛いから傍にいてくれるだけで癒やされるだろう。奴隷だから裏切られることもないしな。
ところでコレッタが奴隷になった経緯だが、母親は彼女が幼い頃に他界。十二歳までは男手一つで冒険者だった父親に育てられたが、盗賊の討伐依頼を受けて旅立ってから帰らず。
もしもの時のためにと残してくれていた金も親戚を名乗る者に持ち逃げされ、途方に暮れていたところで奴隷商グライムス館に身売りしたというわけだ。事情を知ったカタリーナは簡単に奴隷に落とすのは忍びないと、孤児院に入れようとしたが運悪く空きがなかった。
「こんな可愛い子、貴族オヤジに買われたら間違いなく慰み者にされると思わない?」
確かにそう思う。この国の貴族がどういう連中かは知らないが、彼女から聞く限りではほとんどがゲス。よくある話のようだ。中には真っ当な者もいるらしいが、そういう貴族は孤児院には寄付しても奴隷を買ったりはしないらしい。
なるほど、カタリーナはこれでなかなか慈悲深いところがある。相手をする回数を少し増やしてやろう。どんだけ上から目線なんだよ、俺。
「今なんか失礼なこと考えてなかった?」
「いや、別に」
コレッタとの奴隷契約はその場で済んだが、登録する必要があるとかでそのままお持ち帰りは叶わなかった。俺も今夜から一週間はジェリカとの約束があるのでちょうどいい。
グライムスの館でたっぷり遊んだせいで、出る頃にはジェリカが仕事を終える時間になっていた。女は匂いに敏感なので、しっかりとクリーンの魔法で証拠を隠滅する。
別に彼女でもなんでもないし他の女性と遊んでもいいとも言われている。それでもさすがについさっきまで別の女性といたしてたことを知ったら気分はよくないだろう。これは最低限のマナーだ。
俺はジェリカはもちろん、カタリーナにも事後に避妊の魔法をかけていた。彼女たちには言ってないが、望まない妊娠はお互いに不幸になる可能性が高いからだ。うん、アフターケアも万全だね。
「あ、レン君、ちょうどよかった!」
俺は彼女の家の前でバッタリ鉢合わせというタイミングで訪れた。これから一週間はこの家に泊まる。平日は彼女に仕事があるから一緒にいるのは夜だけとなるが、最後の週末二日間は朝からベッドに溶け込もうなんて言われたよ。たっぷり楽しめそうだ。
「すっごく美味しい!」
早速イートンの肉を焼いて食べた彼女は微笑みさえ浮かべていた。美味いものを食べると笑えるというのは本当である。思わず顔がほころんでしまうのだ。
「もう! こんなの食べたらその辺で売ってるイートンなんか食べられなくなるじゃない」
「それは悪かった。残りは俺が食べるよ」
「ダメ!」
こんなに喜んでくれるなら、次にキパラ大森林に行った時はイートンを狩ってこよう。『紅蓮の決死隊』に分けてもらったことにすれば誤魔化せるはずだ。ところが俺のそんな思いが露と消えることになる。
一週間目の夜、ジェリカが突然こんなことを言い出したのだ。
「あーあ、レン君とも今夜で最後かあ」
「は? どういうこと?」
「私ね、結婚するの」
「えっ!?」
「実は私、これでも貴族家の令嬢なんだよ」
「嘘だろ……」
「家が決めた結婚なの。本当は嫁きたくないんだけどね」
もしかしたら彼女は行くな、俺と逃げようという言葉を待っていたのかも知れない。なんてもちろん思い上がりということは分かっている。しかしそうでも思わない限り、俺は気持ちの整理がつけられなかった。
さすがにジェリカを生涯の伴侶として考えていたわけではなかったが、この世界に転生して初めて抱いた女だ。思い入れも一入である。それが出会ってわずかしか経っていないのに突然のお別れ宣言だ。泣きたくなっても仕方ないだろう。
「結婚はいつから決まってたんだ?」
「ごめんね。レン君と会うずっと前から」
「そっか」
「でもね、そのうちなくならないかなあなんて淡い期待もしてたのよね」
「俺と寝たのは?」
「レン君が私の好みだったことは本当だよ。でも半分は家への抵抗もあったかな。気分悪いよね?」
「ああ、悪いな。悪いからお仕置きだ!」
サイレントの魔法を使っていなければ、その夜の彼女の喘ぎ声は通りの外まで響き渡っていただろう。俺たちは獣のように求め合い、力尽きた頃には外はすっかり白んでいた。
今になって何故彼女があれだけキパラ大森林への遠征に反対したのか分かった気がする。危険というのもあったとは思うが、限られた時間を俺と過ごしたかったのではないだろうか。最初から分かっていれば上薬草の採取なんて後回しにしたのに。しかし後悔しても過ぎ去った時間は戻ってこない。
魔法で時間を巻き戻す? それは禁忌だ。この世界に送られる時に、ラフィエルから時間を操作する魔法だけは使ってはならないと言われていたのである。それをしていいのは神様のみだと。その神様でさえ安易に使えばこの世界だけではなく他の世界にも影響を及ぼし、最悪は全ての世界が崩壊してしまう危険性があるそうだ。
それに時間を巻き戻したところで、ジェリカが嫁いでいく事実は変えようがない。
「政略結婚だとしても、ジェリカならきっと幸せになれるさ」
「ありがとう。慰めてくれるのね。でもいいの。レン君と過ごした時間は短かったけど、きっと私の人生では一番幸せな一時だったと思うから」
「ジェリカ……」
俺の胸に顔を埋めながら声を殺して泣く彼女を、疲れて寝息を立てるまでずっと抱きしめていた。
翌日、冒険者ギルドのカウンターにはジェリカの姿はなかった。サラサラの長いブロンドヘアをポニーテールに結った彼女の笑顔を、俺はきっと忘れはしないだろう。