二話 転生初日に
金の話をしよう。シュロトヘイム王国には二種類の非流通貨幣と五種類の流通貨幣がある。非流通貨幣とは巨額の決済に利用されるもので、一般人はまず目にすることがない。それがこれ。
・王国白金貨。日本円換算で1枚1000万円。
・大金貨。日本円換算で1枚100万円。
次に流通貨幣とはその名の通り一般に流通している貨幣のことだ。以下がそれである。
・金貨。日本円換算で1枚10万円。
・大銀貨。日本円換算で1枚1万円。
・銀貨。日本円換算で1枚1000円。
・錫貨。日本円換算で1枚100円。
・銅貨。日本円換算で1枚10円。
銅貨未満の少額貨幣はないらしい。俺が受け取った日本の物価基準で百億円相当の金は全て金貨で用意させた。アイテムボックスに入っているのは十万枚だ。非流通貨幣なんて持ってても使えないからな。
ちなみに物価は一律ではないものの、現代日本とそれほど変わりはないそうだ。例えばニンジンなら一本錫貨一枚、日本円で百円程度である。お一人様なら金貨二枚もあれば一カ月くらい暮らせるらしい。ラフィエルはそんな端金で済まそうとしやがったのだ。堕天すればいいのに。
俺の体、転生体は要望通りというより色んな種族がいるので、どの種族からも超絶イケメンに見られる外見にさせた。人間相手が一番違和感がないが、エルフや獣人の女の子にも興味があるからな。
とは言え片っ端から色目を使うつもりはない。転生してきたのはラノベやアニメなどでよくある陰キャの非モテではなく言わば成功者、勝ち組なのだ。女に妥協するなど愚の骨頂である。
そんな風に思っていた時期もありました。
と言うのも、このシュロトヘイム王国の王都ラドルファスで見かける女性は、どの種族も粒揃いなのだ。決して関わることのなさそうな通行人モブの女性でさえ、日本のトップレベルのアイドルとか俳優顔負けの容姿をしている。関われるものなら関わりたいよ。ナンパする気はないけどな。
話は逸れたが、金があるとは言っても働かないのは俺の性分に合わないので、とりあえず冒険者ギルドに会員登録することにした。ギルドの会員証は身分証明にもなるらしい。よくある話だ。
「冒険者ギルドの王都ラドルファス本部へようこそ。依頼ですか? 受注ですか?」
ギルドの受付嬢は胸にジェリカと彫られた名札を付けていた。言わずもがな彼女の容姿もトップアイドルのレベルで、サラサラの長いブロンドヘアをポニーテールに結っているのがよく似合っている。
粗雑な冒険者を相手にするからか革鎧のような衣装を身に着けているが、胸ポケットが大きな果実のせいで余計に色っぽく見える。ボトムは水色の膝丈スカートだ。
「冒険者登録したいのだが」
「新規登録ですね。ありがとうございます。こちらにご記入をお願い出来ますでしょうか。もし代筆が必要でしたら仰って下さい」
「代筆は必要ないよ」
「は、はい?」
「代筆は必要ないと言ったんだが」
「あ、申し訳ありません。そのように優しく言われたのは初めてでしたので」
普通に返事したつもりだったが、これで優しいと思われるとは冒険者というのははどれだけ粗雑なのだろう。なお、登録用紙への記入は惑星ジース全域で通用する翻訳スキルのお陰で難なく終えることが出来た。
「これでいいか?」
「はい、問題ありません。口座はどうされますか?」
「口座?」
「報酬などを受け取るための口座です。すでにお持ちなら登録しておきますし、ないなら開設をお勧めしますよ」
口座は開設料として大銀貨一枚必要だが、入金も出金も手数料はかからないそうだ。ただし口座間取引の場合は額に応じた手数料が発生するとのこと。
「持ってないから開設を頼む」
「承知致しました。この後は試験を受けて頂くのですが、戦闘と目利きのどちらになさいますか?」
戦闘試験は文字通り試験官との模擬戦闘である。魔物や盗賊などを相手にする、いわゆる討伐依頼や護衛依頼を熟せるかどうかを確認するという意味を持つ。
一方の目利きとは、薬草などの採取依頼を熟せるか確認するためのものだ。戦闘は言わずもがな、鑑定眼のある俺にはどちらも楽勝の試験である。
「どっちでも構わないが需要のあるのはどっちだ?」
「じゅ、需要ですか?」
「なるべく人の役に立ちたいと思っているからね」
「レン・イチジョウ様は見た目だけではなく思想も優れた方なのですね」
レン・イチジョウ、それが俺のこの世界での名だ。多くの種族がいる王都ラドルファスでは、名前の響きを特に珍しがられることもなかった。それはいいとして、ジェリカの視線が潤んでいる。もう一押しすれば夜を共に出来そうだが、ここはウブな少年を演じておこう。なにせ今は十七歳なのだから。
「えっと、そんなことを言われたのは初めてです」
「そうなんですか? 分からないことがあったら何でも私に相談して下さいね」
ウブな少年ムーブは成功したらしい。
「需要でしたよね。やはり皆さん効率のいい護衛や魔物、盗賊を討伐する戦闘職を選ばれます。ですのでギルドとしては目利きの方がありがたいですね。危険も少ないですし」
「なるほど。では目利きの試験を受けるとしよう」
「はい!」
ジェリカに案内されて通された部屋には、魔女のような黒いとんがり帽子を被ったエルフのお姉さんがいた。彼女の名はエベルレイというらしい。
モスグリーンの長い髪に顔の幅と同じくらい横に尖った長い耳が種族の特長をよく表している。むろん息を呑むほどの美人だが、夢を壊さないために鑑定眼を使わず口頭でも年齢は聞かないでおいた。
鑑定眼はチートスキルだ。だから迂闊に使うべきではない。持っていることがバレれば面倒なことに巻き込まれるのが必定。そのくらいの知識は俺にだってある。
「テーブルの上に三本の薬草を置いた」
エベルレイが低い声で呟いた。確かに見た目では全く見分けがつかない長さ三十センチほどの草が三本ある。
「手足や目の欠損まで治せるエクストラポーションが作れる上薬草。上薬草ほどではないが指の欠損や深い裂傷まで治すハイポーションが作れる中薬草。擦り傷や切り傷を治せる普通のポーションが作れるただの薬草。これを見分けてみるがよい」
「一ついいですか?」
「なにかな?」
「この中に上薬草はなく、あるのは中薬草とただの薬草が一本ずつ。最後の一本は毒にも薬にもならないただの野草だと思うのですが、まさかそれを薬草と言われてます?」
「えっ!?」
驚いた声を上げたのはジェリカである。しかしエベルレイは俺を見てニヤリと笑った。
「小僧、レンとか申したな?」
「ええ」
「お主、鑑定眼を持っているのか?」
「まさか。見た目で判断しました」
「見た目でか。よしジェリカ、レンはDランク目利きで登録するがよい」
「い、いきなりDランクですか!?」
「小僧は惚けておるがワシの見る限り此奴は鑑定眼持ちだ。鑑定眼があるなら本来はCランクからスタートだが本人が否定しているのでな」
エベルレイの年齢が気になっても我慢して鑑定眼を使わないでおいたのに、どうやら彼女にはバレてしまったようだ。
ところで冒険者ギルドのランク制度では最低がFで最高がAとのこと。Aランクの上にはAAやAAAが存在するが、これらはいわゆる名誉ランクである。Aランク冒険者がドラゴンなどを討伐して素材を国に納めたなどの功績に対して与えられるランクだ。
もっとも実際にはAランク冒険者が束になってもドラゴンの討伐は不可能らしい。ちなみに現在はAAもAAAもおらず、よくあるSなどというのはいないのではなくランクそのものが存在しない。
俺のDランクは下から三番目、冒険者としては中級の位置づけである。目利きとの肩書きだから護衛や魔物、盗賊の討伐依頼は受けられないが、王国内の他領への出入りで恩恵が受けられるのだ。
入領税の免除である。EとFのギルドカードでは他領に入るのに入領税を取られるが、Dランク以上は不要なのだ。これは戦闘職でも同様らしい。
「ではこちらがレン・イチジョウ様の会員証です。なくさないで下さいね」
「なくしたら?」
「お仕置きです!」
「……」
「じょ、冗談です。再発行のために手数料として大銀貨一枚が必要となります」
「一万円か。高いな」
「はい?」
「いや、なんでもない。世話になった」
「いえいえ。ところでレン・イチジョウ様」
「うん?」
「私そろそろ上がりなんですけど、夕食をご一緒にいかがですか?」
転生初日にいきなりギルドの受付嬢に誘われたヤツなんて、ラノベの世界でもそうはいないだろう。しかもだ。
「ジェリカ、夕食の後に俺も食おうとか考えてるんじゃないだろうな?」
「うふふ。食べられたいですか?」
「俺は(この世界では)童貞だぞ」
「まあ! それは楽しみです!」
夕食後、宿を取っていなかった俺はジェリカの家に招かれ、新しい体で早くも異世界女子に食べられまくった。これはあまり聞かない話だ。
そうそう、ジェリカだけなのかも知れないしたまたまだったのかは分からないが、彼女は下着を着けていなかった。ま、些細なことだ。
——あとがき——
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