第十六話 決めつけるのは
テイムしたドラゴンはポチと名付けた。日本と同様に、この世界でも犬に付ける名前としてはポピュラーなのだそうだ。嫌がるかと思ったが、その辺りは最強生物の名をほしいままにしていた貫禄からか、特にクレームは上がらなかった。
「いいかポチ。ここにいるコレッタたち四人に加えて拠点にいる者は全員お前より先輩だ。先輩は敬い言われたことはちゃんと聞くように」
「分かりました!」
「あー、それから『ドラゴンスレイヤー』の諸君」
「「「「「ひっ!」」」」」
「今日ここで見たこと、これから見ることは決して口外するなよ。したらポチに食い殺させるからな」
「わ、分かった」
「ラウドスネークはドラゴンが食った。ギルドにはそう報告しておけ。嘘じゃないしな。これなら成果なしでも納得してもらえるだろ。俺もそう報告する」
「了解だ」
「それと王都やギルドで俺たちにウザ絡みするのはやめろよ。さもなくば『ドラゴンスレイヤー(笑)』がドラゴンを見て漏らしてたことをバラすからな」
「ウザ……分かったよ」
「よし。じゃあさっさと帰れ」
バティルたちは背を丸めて自分たちの馬車に乗り、間もなくヒュブル村へと帰っていった。彼らはそこで一泊してから王都への帰路に就くはずだ。一方俺たちはと言うと瞬間移動でポチと共に第二拠点に戻り、屋敷の者たちにドラゴンをテイムしたことを伝えた。
「ポチ……」
「ふぉっふぉっふぉっ。若様といると飽きませんな」
料理人のダーグは顔から血の気が引いている。エルンストは姿だけではなく口調まで老作りしているようだ。
「みんな怖がらなくていいからな。ポチはお前たちの後輩だから気に入らないことがあれば遠慮なく言ってやれ。基本的にはキパラ大森林で生活させるが、呼べば瞬間移動ですぐに駆けつけてくれる」
正直なところ毎日ドラゴンに食わせるほどの食材を手に入れるのは不可能に近い。だからポチには呼んだ時以外はこれまで通り大森林に棲んでもらうことにしたのだ。
「それとポチ、鱗と牙と爪は換金していいな?」
「ご自由にどうぞ」
「喋った……」
「喋ったぞ……」
「意思疎通は会話の他に使える者は念話でも可能だ」
「旦那様、念話ってどうやるんですか?」
「んー、心の中で呼びかける感じ?」
コレッタがギュッと目をつぶって何やら一生懸命にがんばっているようだが、念話はスキルだと思うから持ってなければ無理だろうな。しかし皆と念話で話せたら楽だとは思う。買い物で頼み忘れた物があったりとか、ちょっとした内緒話とか楽しそうだ。
ん? 待てよ。スキルか。俺は自分でイメージした魔法を使うことが出来る。ならばスキル付与とかも出来ちゃうんじゃないだろうか。
「コレッタ、ちょっとおいで」
「はい?」
「これから念話スキルを付与します」
「えっ!? あの旦那様、どうして敬語を?」
「そこはいいから。ただそのために抱きしめなければなりません。アナタハオレヲシンジマスカ?」
「変な旦那様。もちろん信じます」
「では」
クスクスと笑っている彼女をそっと抱きしめると、柔らかい感触と甘い香りに鼻腔をくすぐられる。それにコレッタも俺を抱きしめてくれるので一体感がハンパない。思わず忘れるところだったが、何とか念話スキルの付与には成功した。
当然だがスキル付与に抱擁は必要ない。ただコレッタは絶対に拒否しないと思っていたし、ルラ、ルリ、ルルの三人も合法的に抱きしめることが出来る。いやだって仕方ないだろ。四人ともめちゃくちゃ可愛いんだから。
しかしそこで俺は重大なやらかしに気づいた。エメリとリネアは少女の見た目だからまだいい。問題は料理人のダーグとボラン、ハンナの老夫婦だ。あと第一拠点のギルバートも。
そんなことを考えていたら老夫婦からはスキル付与を辞退された。どうしても必要な時は屋敷の誰かに伝言を頼むそうだ。結局ダーグとはハグしましたよ。自分で撒いた種だから仕方ない。ギルバートとは誰も見ていなかったのでハグはせずに済んだ。
そうしているうちに『ドラゴンスレイヤー』がそろそろ王都に帰ってくる頃合いとなったので、俺は冒険者ギルドに向かった。ラウドスネークがドラゴンに食われたと報告するためだ。しかし少々早かったらしい。
「ドラゴンに食われた? それで無事に帰ってこられたと。信じられませんね」
今回の担当はグンター、ギルドの中間管理職のようだがいけ好かないキツネ顔である。体型もヒョロッとしているが出っ歯じゃないのが救いかな。
ラウドスネークの死体ならここでいくつか出して討伐報酬を受け取ってもよかったのだが、ポチのために預かっておくと約束したからな。
「信じられないもなにも事実だぞ」
「ふん! 新参の『新緑の翼』はBランク冒険者が一人とCランク冒険者が二人。しかもその三人は奴隷でレン・イチジョウ様ともう一人は戦闘職Fランクですよね」
「だからなんだ?」
「素直に推奨受注ランクが戦闘職Bのラウドスネークに恐れを成して逃げ帰ってきたと言えばいいじゃないですか。依頼は失敗、虚偽報告の疑いありとして馬車代はお支払い出来ません。もちろん報酬もです」
「ふーん。ちなみに聞くが、俺の話が事実だった場合はどうなるんだ?」
「ありえませんね。そもそもドラゴンに遭遇して生還すること自体が考えられませんから」
「可能性の問題はいい。質問に答えろ!」
「馬車代はお支払いとなります。対象のラウドスネーク討伐報酬はお出し出来ませんが、危険手当としてお一人につき金貨一枚が支給されます」
「アンタの処分は?」
「は?」
「証拠もないのに俺たちが虚偽報告したと決めつけたアンタの処分はと聞いている」
「そうですね。私は現在ギルドの依頼担当主任という立場にありますが、数カ月間の減俸といったところでしょうか。降格まではないでしょう」
「そうか。確か同じ依頼を『ドラゴンスレイヤー』も請け負っていたはずだよな」
「その質問にはお答え致しかねます」
「彼らとはあっちで会ってるんだ」
「そうですか。なら大方彼らがラウドスネークを討伐してしまって何も出来なかったのではありませんか? 最初からそう言えば虚偽報告の疑いなんてかけられませんでしたのに」
「彼らはまだ報告に来ていないようだから明日にでもまた来る」
「そうして下さい。虚偽報告の処分内容も決定しているでしょうから。逃げないで下さいよ」
本当にいけ好かないヤツだ。ジェリカはあんなのの下で働いてたのかな。元気で幸せにやっていることを願うばかりである。
そうして翌日、一緒に行くというコレッタと共に再び冒険者ギルドを訪れると、俺たちは応接室に通されるのだった。昨日の件かな。ギルドマスターが待っているとかだったらよくある話だ。




