第十話 執事を
キパラ大森林の泉の畔ではひと騒動あったものの、帰り道で寄り道してイートンも二頭狩れた。ま、実際に狩ったのは俺に観念したBランク冒険者パーティー『蒼き竜』である。むろんそんなことで許すつもりがなかった俺は、冒険者ギルドに今回の件で苦情を申し立てた。結果、彼らが投獄されたというわけだ。
そして今日は再び奴隷商グライムスの館へ。コレッタも誘ったが、家事や買い物があるからと断られた。もしかして気を遣われたのだろうか。ということで商談の前にカタリーナとたっぷり楽しんだ。
「どんな子がいいの? 今度は夜伽オーケーの子?」
「いやいや、とりあえず男性二人。執事を任せたいと思ってるんだよ。戦闘職のBランク冒険者程度の能力があるとなおいい」
「戦闘職Bランクで執事? 二人も必要?」
「王都の屋敷ともう一カ所屋敷があるんだ。だから二人」
「戦闘の実力を求める理由は?」
「俺がいない時にコレッタや他の使用人を護ってほしいから」
「他の使用人?」
「執事が見つかれば他にも何人か奴隷を買いたいと思ってるんだ」
「そうなのね。ねえ、ちょっと気になったんだけど」
「うん?」
「もしかしてレンさんってめちゃくちゃお金持ち?」
「うーん、それなりに持ってるかも知れないけどめちゃくちゃってほどではないと思うよ」
基準分かんねーし。
「なんで?」
「だって王都にお屋敷があるのに他にももう一カ所あるんでしょ? それについこないだコレッタを買ったばかりでもう次の奴隷。しかも執事を二人とか他にも何人かとか。レンさんの歳だと考えにくいんだもの」
「あー、そういうモンか」
加えて冒険者ランクは戦闘職がFで目利きがDだ。どう考えても王都に屋敷を持てるような稼ぎにはならないはずだし、別の屋敷まであるとなると元からかなりの金を持っていたとしか考えられないそうだ。
「お家がすっごい裕福とか、どこかの大貴族様の庶子で放逐する代わりに多額の手切れ金を渡されたとか」
「どっちでもないな。親兄弟はいないから天涯孤独なのは間違いないけど」
雇われ天使の手違いで日本での存在を消されたお詫びに、ごっそりせしめてやったとは言えない。実は逸失利益についてはぼったくりもいいところだ。前より二十歳以上も若返っているから、この世界では単純計算でも日本にいた時より多く稼げる可能性が高い。
実際買い取り価格が変わらないという条件下ではあるが、上薬草だけで年収三千万(手取り)が可能なのだ。これを日本での定年である六十五歳まで続けたとすれば、四十七年間で約十四億になる。
念のため言うと今は十七歳だから四十八年の間違いじゃねと思うかも知れないが、現在はまだ栽培が実現していないから最初の一年はノーカンとしたのだ。なお希望的観測とか、とらたぬ(捕らぬ狸の皮算用)というのは否定しない。
それでも逸失利益として上乗せさせた二億円分の金貨二千枚は、本当は不要だったというのはお分かり頂けたと思う。あの雇われ天使がバカでよかった。名前なんだっけ。ラファエル……ラフィエルだ。
「で、いそう?」
「男性で執事を熟せて戦闘職Bランク相当なんてかなり値が張るわよ」
「具体的には?」
「最低でも一人金貨千枚ね」
それだけの実力がある男性奴隷が一人一億で手に入るなら安い買い物だ。
「構わない。ここにはいる?」
「ええ。ただ本人たちが了承しないと売れないの」
「そういう奴隷もいるんだ」
「女の子はほら、夜伽拒否とかあるでしょ。それと同じようなものよ」
「なるほど」
「会ってみる?」
「ぜひ!」
条件に合うのは三人とのことだった。面接は一人ずつで、最初に連れてこられたのは四十二歳のギルバートという細マッチョ系の男性だ。黒髪の短髪で所作も洗練されているように思えた。
「まず聞きたいんだけど、どうして奴隷に?」
「前に仕えていた貴族様の不興を買いました」
「不興?」
「女性使用人にふしだらなことを繰り返されておいででしたので、お諌めしたのです」
「なるほど。買われることに対するギルバートの条件を教えてもらえる?」
「妻と息子二人を探す許可を頂ければ」
「ん? 探せじゃなくて許可でいいの?」
「はい。もちろんお仕えする私がいきなり主様の許を留守にするわけには参りませんので、人を雇う資金の貸し付けをお願いしたいと存じます」
「給金から返済するということだね?」
「はい。何年かかりましても」
「見つかる保証はないと思うけど?」
「半年間探すか、王都にいないことが分かったら打ち切りで構いません」
「承知した。結果はカタリーナに知らせるよ。ありがとう」
ギルバートは深く一礼して部屋を出ていった。
家族と別れた理由は、自分が奴隷に落とされる前に縁を切って難が及ばないようにしたからだそうだ。だから誰かと再婚して幸せならばそれが分かるだけでいいし、もし自分を待っていてくれるなら会いたいとのことだった。
二人目は明らかに俺を若僧と見下し、どうしても自分が欲しいなら奴隷からの解放と契約金として金貨千枚を要求してきたのである。彼との面接を終えた時点でカタリーナも頭を抱えていた。実は彼はプライドが高く、上級貴族家以外には仕えたくないと言っていたそうだ。なんで会わせたんだよ。
三人目は十七歳の俺と年齢がほとんど変わらないように見える若い男性だった。ただし横に耳が長い。エルフだ!
「エルンストと申します」
「失礼かも知れないが、種族はエルフで間違いないかな?」
「はい。間違いございません」
「年齢を聞いても?」
その時、頭の中に彼の声が聞こえきた。
『すでにご存じなのでは?』
『もしかして貴方も?』
『はい』
念話だ。これは驚いた。彼はぜひ欲しい。すると今度は普通に声を出して答えてくれた。
「百五十歳からは数えておりません」
実は鑑定眼で彼のステータスを見たのだが、本当の年齢は二百十七歳。そしてBランク冒険者パーティー『蒼き竜』のリーダーよりはるかに高いステータスの持ち主だったのである。具体的には二桁以上だ。もちろん俺には到底及ばないが。
加えて鑑定眼を持っており、多彩な攻撃魔法に治癒魔法、瞬間移動まであった。おそらくカタリーナには本当のところは明かしていないのだろう。
「エルンストはどうして奴隷に?」
「百年ほど前に里が戦争に巻き込まれました。その時に捕虜となり奴隷に落とされたのです」
ここからは念話を飛ばす。
『貴方の能力なら切り抜けられたのでは?』
『同族の多くを人質に取られてしまい、逆らうことが出来ませんでした』
『その同族は?』
『散り散りに売られました』
『生きているなら助けたい?』
『出来ることでしたら』
念話終わり。
「エルンストの買われる条件は?」
「ございません」
「えっ!?」
驚いたのはカタリーナだ。
「値段もカタリーナ様にお任せ致します」
「エルンスト、それでいいの? これまでは無理難題を突きつけていたはずだけど?」
「レン・イチジョウ様でしたら我が主として申し分ありませんので」
「そう……」
「結果はカタリーナに知らせるよ。ありがとう」
『貴方を買わせてもらう。よろしく』
『はい、ありがとうございます。若様』
最後に飛ばした念話に、エルンストは深く頭を下げて部屋を出ていくのだった。
——あとがき——
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