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破戒僧の手記

作者: 一条氏真

破戒僧の手記

    

一、教理

神の義と神の国を求めてはいけません。

最後の審判の日、キリストの事は「知らない」と答えなさい。

キリストに石を投げて、「ヘイヘイヘイ」と彼を挑発したユダヤ人は私だ。

地獄に落ちなさい。そうして自ら地獄の底のドン底まで行って、燃え尽きなさい。

救いを求めてはいけません。

精一杯まで、貪欲に全力で生きなさい。

   

二、対話

「最近、私は一つ気がついたことがありますよ。大発見ですよ!」

「なんだい? 私は変な話を聞かされるのかい?」

「あのね。私は『救われたくない』という事なんですよ! それに気が付いたんです。結構な発見だと思わない?」

「なんだ。そんな事か…。別に大した発見とは思わないね。川端康成に『仏界入り易く、魔界入り難し』というのがある。大方、あんたも『魔界』に魅了された口だろ?」

「そうなんですよ。私は盲滅法、ジタバタあがいて、あの愛と憎しみの、焦熱地獄のどん底で、のたうち回って、くたばりたいんですよ!」

「ドストエフスキーにでもかぶれたんですか? あんた?」

「そんなの関係ないですよ。あんた。これは私自身の発見。私の意志ですよ!」

「でも、まあ、それもまた、人間の真実というものかもしれないねえ。もし、『救われたい』というのが、人間の本音なら、人類はとっくに救われていると思うんですよ。あなた。人間が永遠に救われないのは、人間自身が『救われたくない』と思っているからなのかもしれませんよ」

「難しい話は、私には分かりませんよ。けれども、直観的に思うのは、天国というのは地獄の反対ではなく、むしろ地獄のどん底――地獄の苦しみを突き抜けた所にある、という気がするんですよ。私は、行けるとこまで、行ってみたいですねえ。堕ちるとこまで堕ちてみたいのですねえ。」

「救いのない事が救い、ですか。」

      

三、逆理

「思い悩むな。飛ぶ鳥を見なさい。蒔かず、刈らず、倉に納めず」(キリスト)

「苦しみ悩め。地を這う蟻を見なさい。歩き回り、刈り取り、倉に納める」(破戒僧)

    

「敵を愛し、自分を迫害する者のために祈りなさい」(キリスト)

「敵を憎み、自分を迫害する者は全力で殴りなさい」(破戒僧)

   

「叩きなさい。さすれば門は開かれん」(キリスト)

「叩くな。門などない」(破戒僧)

    

「求めなさい。さすれば与えられん」(キリスト)

「求めるな。さすれば最初から何も与えられない」(破戒僧)

     

「偽善者よ。断食をする時、なぜ苦しそうな顔をするのか?」(キリスト)

「正直者よ。断食をする時、苦しい顔をするのは当たり前だ。」(破戒僧)

   

四、捨

「悟り」なんて求めるから、いつまでも「悟りたい我執」にとらわれて、悟れないんです。

「救い」なんて求めるから、いつまでも「救われたい我執」にとらわれて、救われないんです。

だから「悟り」なんてお捨てなさい。「救い」を求めるのもおやめなさい。

もっといえば、「神」も「仏」も捨てておしまいなさい。

そうして、潔く地獄に堕ちましょう。

そうやって、全部捨てて「無一物」になって、地獄に堕ちて、はじめて得られる気づきというものがあるんです。


五、苦

煩悩に執着してしまうと、それが新たな煩悩となって、我々を苦しめます。「「苦しみ」から自由になろうとする苦しみ」から自由になろうとする苦しみ」から自由になろうとする苦しみ」から自由になろうとする…」――苦しみの連鎖は、どこまでも、どこまでも、どこまでも続いていきます。だから、苦しみから逃げてはいけません。いっそ苦しみのドン底に飛び込んでみたらどうでしょう。

    

六、絶望

希望が全くない、ということで

そんなにノーテンキになれるのかい?

希望が全くない、ということで、

そんなに無意味に明るくなれるのかい?

絶望よ

お前はなんて希望に似ているんだろう。

お前がいてくれないと、僕は不安でたまらない。

  

七、死

「あなた。あのね? こんな風に考えてみたら、どうかしら?」 

「なんだい、また、変な話を聞かされるのかい?」

「死というのは『ギャグ』なのよ? その人の命を賭けた『全力ギャグ』なのよ? だから、笑ってあげないと、失礼じゃないかしら?」

「今すぐ、精神病院に行きなさい! あなた。人が一人生きて、一生懸命生きて、最後は天に召されるのだ。その人を愛した人、その人に愛された人。皆悲しむ。どこに笑いの要素があるってんだい?」

「いや、でもねぇ。私、今、こうして生きてるけど、『死にたくねえ…』『死にたくねえ…』って思いながら、生きてるけど、最後は死ぬのよ? 私の今の努力は何?って、くらい、呆気なく死ぬのよ? 落語でいうと、死は『オチ』なんだわ。何をしようと、何をやろうと、私の人生は、オチのついたコント(落語)にされてしまうのよ。そう考えたら、何だか笑えて来るじゃない?」

「いや、笑えないねぇ。」

「あなた、滅茶苦茶一生懸命に生きた人が、突然、ぽっくりと死ぬのよ。こんなギャグある? 死は、最後にその人が発する渾身のオナラなのよ! ――私が死んだら、全力で笑ってほしいわ!」

「なら少なくとも、皆に笑って見送ってもらえるほど愉快な人生を送ったらいい。葬式がパレードになるくらい。」

「いいえ、私だけじゃないわ。人は皆、そういう人生を目指した方がいいと思うの。死の儀礼は、葬式ではなく、パレードであるべきよ。死には暗さではなく、明るさが似合うわ。皆で大笑いしながら、見送ってあげるの。いかが?」

「悲しい人はどうするんだい? 身寄りのなくなった人はどうするんだい? 病気で苦しむ姿を見守り続けてきた人はどうなんだい? あなたの考えは、滅茶苦茶だよ。」

「泣き笑いよ、あなた! 悲しい人も、全力で号泣しながら、全力で笑って、死んだ人を、あの世に送り出してやるの。『生きる』って、そういう事でしょ!」


八、金色の悪魔

歌え、もう一度。

病める犬の如くに。

笑え、もう一度。

酷薄なピエロの如くに。

誘え、もう一度。

狂ったアポロの如くに。

お前は光から生まれた悪魔だ。

お前は僕を狂わせる理性だ。

お前は僕を破滅に導く希望だ。

ああ、お前

金色に光り輝く聖なる悪魔よ

僕のルシファーよ…


九、読者に

僕を嫌悪する人間を、僕は全力で呪う。

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