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琴音の手記

作者: 葱と落花生
掲載日:2024/06/03

 【琴音の手記】


 無学は罪なのでしょうか。

 学問は無くとも、知識は誰よりも豊富な人でした。

 祖母の生き方を思い返すと、辛く悲しい気持ちが抑えられなくなります。

 本籍地不明、生年月日不明。

 親の顔を覚える前に、この町に売られて来ました。

 祖母には学ぶ機会など無く、生きる為だけに働き続けてきたのです。

 祖母の不平不満を聞いた事が有りません。

 祖母にとっては当たり前の人生だったのでしょう。

「この世の中には、もっと辛い思いをしている人が大勢いる。あたしなんか、まだまだだよ」

 祖母の口癖だった言葉は、今の私にはとても重いです。 

 学問から出てきた言葉ではない、祖母の生き様そのものだから。

 ドラマで世界中の人が哀れみ涙した、母と娘が引き離される場面。

 ポツリと「この子は幸せだ、親を知っているんだもの」

 祖母が生涯に一度きり、他人を羨んでいました。


 この世の無情に耐えてきた祖母が、私の義兄を撃ち殺してから随分と年月が流れました。

祖母が義兄を殺したのは、一族を悉く殺してもなお、私を盾に祖母に詰め寄ったから。

 そうしなければならない状況に、義兄を追いやった自分の罪滅ぼしと考えた結果が、曾孫の父親殺し。

 義兄はこの家に養子として入って来ていましたが、姉に代わって祖母から離縁状を突き付けられました。

 多くの親戚の命日が同日である理由を、二人の姪、未来と真紀は理解しています。

 未来の弟、鉄也には両親の記憶がありません。 

 未来の母親は焼身自殺しました。

 彼女の起こした事件は彼女の責任ではない、子供と自分を生き地獄から開放する為に起こしてしまった事件。

 本当の悪党は、姉の旦那なのだから。


 義兄は離縁されてもなお、この家の財産に未練があったのです。

 日頃の悪さが積もり積もって、刑務所送りになった義兄。

 釈放されてしばらくは消息不明でした。

 儀兄が投獄され、この家に居辛くなった姉は、まだ乳飲み子だった【あおい】を連れて家を出ました。

 あおいには本当の父親の記憶が無いけど、あんな奴の記憶など無い方がいいんです。

 当時、私がもっと強かったら、あんな義兄は生かして置かなかったのに。

 そうすれば、私一人の罪で済んだのに。

 自分自身に嫌気がさし、事件の後暫くは茫然とする日々を過ごしていました。


 今でこそ当主などという肩書きに振り回されてはいますが、昔を振返ると心が痛みます。

 そんな時、姉からあおいの危篤を知らされました。

 持ち直したものの、移植手術が必要と山武先生から聴きました。

 同時に、私の余命が幾ばくも無いとも知らされました。

 この体使えるならばあおいの為にと、山武先生に無理な御願いをして、私もようやく生き地獄にさようなら出来ると思っていました。

 貴方があおいを治すまでは。

 結果として、私は貴方に命を救われました。

 何時か話さなくてはと思っていても、きっと話せない。

 磯家の事。


 知ったからと、何の得にもなら無い事ばかりですが、磯の家の事。

 少しだけ書き残しておきます。

 何時か貴方が読む頃、私はもう居ないかもしれません。



 戦前に祖母が売られた来た先は磯家。

 子供の頃、社務所の雑用として働いていました。

 祖父が結婚すると、祖父の連れ合いの世話役としての役割でしたが、連れ合いが早くに亡くなり、祖母が祖父の面倒一切を見るようになりました。

 そのうちに子が出来、当家の嫁になったものの、嫁とは名ばかり、それまでの生活と何ら変わる事なく、奴隷のように扱われていました。

 曾孫のあおいが生まれると同時期に、祖父は他界。

 祖母はこの家の当主になりました。

 無抵抗主義者の勝利です。


 磯家はたどって行けば神話の時代に遡るほどの旧家で、辺り一帯を支配し続けてきました。

 今でも玄関を出てから数㌔離れた鉄道の駅まで、人様の地所を通らずに行けます。

 神社の敷地総てが、私達に残された遺産。


 昔は町全体が神社の敷地で占められていました。

 固定資産税は免除されているし、公園化した敷地のあちらこちらに町が作ったテニスコートやプール、サッカー場、野球場などと、絶叫マシーンこそ無いですが、ちょっとしたテーマパークですね。

 そんな施設用地に対して、町から支払われる地代で私たちの生活は成り立っています。

 神社が有って、その中に後から人が住むようになったのが、この街の成り立ちです。

 氏子は皆、幼馴染かその親兄弟。

 祭りの打ち合わせなどと言っては寄り合い、祭り用に作った御神酒を飲んでしまう困った人達。


 祖母は私に、磯家の総てを託して他界しました。

 私が神主に成る等と、誰が予測できたでしょう。

 今となっては、。一族で生き残ったのは私とあおい、未来、真紀だけ。

 女の神主と珍しがられるのも嫌です。

 私はここを、神主不在神社としました。


 何がどうしてこの様な事態になってしまったのか、詳細を書き残しておく必要が有るのではと常々思っているのですが、どうも筆が進みません。

 私の書き出す文字は個性的で、時に達筆と評価する人も居ますが、大凡常人には解読の域を超えているようです。

 歴史の古い家の娘は、象形文字が書けるのかと聞かれた時もあるし、自分でも読めなくなる時があります。

 そのコンプレックスが、私の筆にブレーキを掛けていました。

 ところが、科学の進歩とはありがたいもので、近年パソコンなる物の出現によって、書残す作業が苦痛でなくなりました。

 とは言うものの、どこから書き残しておけば良いものか。


 社務所の納戸にはおびただしい数の古文書が残されています。

 どれもこれも酷く難解。

 文字自体がインカの絵文字や、象形文字や草書体の様な文書で、学者でさえ首を捻る代物ばかり。

 私の祖先らしい筆使いには感動しますよ。

 史記を残す意欲は有るものの、文字を書くという分野においての独創性は、代々受け継がれて来たものらしく、この社の継承者にとっての必須条件なのかもしれません。

 この太古からの書物を紐解き、万人に理解出来るようにするのは不可能。

 なんとか読める部分の抜粋で、繋ぎ合わせて話を創るしかないのです。

 先代もまたその先代も、同じ試みに失敗しています。

 必ず何処かでつじつまが合わなく成ってくるのです。 

 きっと、何代さかのぼって調べたところで、同じ様な事が繰り返されては書き直されて来ているに違いありません。

 抽象文字がDNAの成せる技ならば、私のいい加減良い塩梅適当にのらりくらりの性格も、引き継がれてきた代物のようです。

 御先祖様が、真実をそのまま丁寧に記録して来たとは到底思えません。 

 何にしても磯家の不可思議極まる形状と歴代、繰り返される一族の悲劇的事件について、記録しなければならないのは確かです。

 ここに有る膨大な量の古文書も、その事を伝えたかったのだと思います。


 どこまで書き続けられるかは私の余命次第ですが、まずは、この要塞の様な神社全体の構造から記していきます。              

 私の住むこの神社は、通称【奥の山・磯神様】だけで構成されている物では無りません。

 東西南北に角を持つ正方形の石垣が、標高58mの小高い山を取り囲んでいます。

 石垣は万里の長城に似ていて、石垣の上は車一台が通れる道幅が有ったようですが、今は雑木に埋もれて正確には測量できません。

 高さは5m程ですが、一辺が3㎞弱と長く、所々に物見の塔が設置されています。

 この塔は確認できますが、つたが絡まっていて中には入れません。

 入る気もしませんが。

 外見は要塞そのものです、戦後間も無くGHQが視察に来たとの記事が残されていますけど、詳しくは樹木が障害となって調べられていません。

 要塞見学の為だけに来たのではなかったらしいのですが、農地解放にどうあっても応じない農民が理解出来なかったらしいです。

 今となってみれば、その方が利口だったようで、総ての農作物から家畜は神への奉納の為と帳面上はなっています。

 節税甚だしく、脱税と言った方が正しい表現ですね。

 こんな状況が戦前よりはるか昔から、税という考えが生まれた時から大手を振ってまかり通ってきた地域です。


 石垣の南の角は海に迫り出していて、周囲1㎞程の島が石垣と一体化しています。

 島の南海岸、本来ならば石垣の角になる筈の海中に鳥居が有ります。

 そこから参道を進むと、島の中央に朱雀神の社が海を眺めている筈です。

 四神門の中で唯一、門が無く鳥居で門を表しているのがこの島の特徴で、朱色の鳥居を持つのもこの朱雀神社だけです。

 朱色となっていますが、海中の鳥居、藻等が付いていて色を確認するのは困難なんですよね

 沖に出る時は必ず鳥居の上を通過しなければならないというのが、古くからの慣わしだったようです。

 今は知っている人はほとんど居ません。

 朱雀と言っておきながら、神様として恵比寿が祭られているのが変ですね。

 それでも朱雀が御神体なのだそうです。

 その朱雀はというと、何時の間にやら狛犬代わりに恵比寿の祠の前で翼を広げてあうんのポーズを執ってます。

 全国でもここだけだそうです。

 妙に自然に見えるのは、私がこの町で産まれ育ち、この景色に慣れてしまったからでしょうか。


 朱雀の鳥居から壱海里ばかり沖に出ると、海底から突き出た岩山がつい最近発見されました。

 世界最北端の珊瑚礁がダイバーを呼び、素人が発見した貴重な史跡で、水深20mの海底山頂に福禄寿の石像が置かれているそうです。

 泳げないので、私は行った事ないですけど。

 かなり古い代物で、大きさも大人の背丈ほど有るとダイバーさんが写真を見せてくれました。

 数百年もの昔にいったいどうやってここに運んだのか、それよりなにより、そんな昔に福禄寿信仰がこの地にあったのでしょうか。

 興味が尽きません。


 不思議を数え上げるときりが無いのですが、これもその一つ。

 島は全体が雑木で覆われていて、秋になると見事な紅葉の島になるのは地元の貴方なら知っていますよね。

 住人はというと、大昔から、恵比寿・朱雀・福禄寿の三家族だけで、その家の家長は皆宮司です。

 家族は代々島の神を奉り守ってきています。

 元々、福禄寿という姓が有ったのですが、海底の遺跡が発見されてから宮司に成って居ます。

 おそらく、長い年月で遺跡の存在が忘れられてしまっていたのだと思います。

 他の二家族も住まいの近くに有った神社を姓にしたのでしょう。

 島の周りの海は神聖な場所とされ、ここでの漁が許されているのは島に住む三家族だけです。

 町の漁師はずっと沖で漁をします。

 それが太古からのしきたりで、これを破るものは地元にはいません。

 数年に一度この禁を破って、他から密漁船が入ってきますが、そのほとんどは海底に引きずり込まれ、乗組員は虫の息で岸にたどり着いています。

 何か怖いですよね。


 東の門は青龍門と呼ばれ、厚く頑丈な大木戸には、雲間を飛び交う青龍が描かれています。

 石垣の外はぐるりと御堀が回らされ、門と外界との行き交いに使う跳ね橋が上げられている時は隠れています。

 木戸をくぐるとすぐに、薄青の鳥居が見える筈です。

 狛犬代わりに、あうん、の青龍。

 これもここだけの珍しい物だと聞きました。

 奥の社には何故か吉祥天女が鎮座ましましています。

 東の門から壱里、小高い丘の頂上には弁才天神社があります。

 この町の住人の宗教に対する節操の無さは今に始まったのではなく、代々受け継がれてきた物の様で、御神体そのものでさえ平気でコロコロとっかえひっかえして来たようです。

 深く調べる程、理解に苦しもむのが、この町の常です。


 西門には当然の如く、白虎が睨みを効かせまくっていると思うでしょう。

 確かに白虎の神社は有るのですが、すまない事に猫屋敷になっています。

 よほど住み心地が良いらしく、その数は二十八匹、ここ数百年か数千年、生息数に変化が無い奇怪な場所です。

 誰も気にしていない様なので、私も気にしない事にしました。

 御神体は大黒天、これもまた後から勝手に取り替えてしまったのでしょう。

 人の二倍もの数の神々の中で、どの神がどこで何をしようが知った事では無いと言った所でしょうか。

 神々のおおらかさには常々関心させられます。

 ただ、広すぎるほど無駄に広大な境内で、白い虎を見かけたと言う酔っ払いは駐在の処理範囲を超越しています。

 駐在もドブロクに酔って、頻繁に白虎とじゃれ合っているらしいです。

 本当に居るのかもしれません。

「俺最近疲れてるみたいで」と、駐在に相談された事があります。


 西門から壱里、布袋和尚を祭った社が有るには有りますが、実態はこの町に唯一の仏教寺院『布袋寺』です。

 ここは御寺ですが宮司が居て、僧侶は居ません。

 他所から来た人は、ひたすら不思議がっています。


 北の玄武は大木戸を開くと黒の鳥居に狛亀、その先に亀池、そこに流れ込むりのは亀川、石畳などの遊歩道が整備され、公園になっています。

 貴方も一度私と行っていますよね。

 でも、社はここには見当たりません。

 公園の突き当たりが30mもの絶壁で、社はその上に南向きで建てられているからですよん。

 絶壁は石垣を作る為に切り出された石切り場の跡で、絶壁には巨大な玄武が浮き彫りにされているのを見て「すげー、すげー」って何度も騒ぐ貴方が恥ずかしくて、他人のふりしてましたよね。


 彫刻には玄武の社側から湧き出た水が、滝になって降り注ぎます。

 玄武を洗う様に落ちた滝は亀川となるのですが、滝壺の裏側にかつて生贄の儀式が行われていた寝台があります。 

 石の寝台から手彫りのトンネルが社や祠につながっています。

 祖母は義兄をこの寝台に寝かせ、散弾銃で撃ち殺しました。

 川も池も紅く染まって。

 池の水位は年間を通して変わりません。

 御堀に流れ込んでいるのではないようです。

 義兄の死から暫くして朱雀の島に有る朱池に、微かに紅い血が広がったと知らされました。

 どうやら二つの池は地下で繋がっているらしいのです。


 玄武の御神体は毘沙門天、1㎞北の祠には寿老人が祭られています。

 世が乱れると、神に許しをこう為、代々の巫女が生贄となって来たとの記載が古文書の所々に見られるのですが、言い伝えられてはいません。

 当然、私も生贄になるつもりは有りません。


 四神に守られた石垣の外は、十二支の干支を祭った神社が、時計の文字盤の様に円を描いています。

 十二支の三分の一は海底に有るとされていますが、確認されていません。

 怪しいですよね。


 海底の鳥居とか石像でもビックリなのに、社まで有ったら人が造ったとは思えないですものね。

 この神社、神官と成る為の修行の場として、宿舎が作られたのが始まりらしいです。

 後に守護神として奉られる様になったのですが、今でも修行者は後を絶たず、ここ数年、総ての宿舎は宿泊の予約で一杯になっています。

 といっても、なんの世話をするでも無く、どの様な修行をしなければいけないなどと言った決り事は一切ありません。

 低料金の宿泊施設化しているのが現状です。

 賽銭箱にいくら入れるかは気持ちですから。

 昔からこの場で修行した者が巫女や宮司となり、当家の後継者と夫婦になって家を継いで来ています。

 記録上、その人の氏素性は不明になっています。

 祖母もどこぞからかつれて来られ、宮の手伝い、下働きなどと働いている間は、この宿舎に寝泊りしていました。


祖母は二人の子を授かっています。

 長男が居たのですが、早くに亡くなりました。

 私の母は一人娘で、何処からとも無くふらりと修行にやって来た父と結婚して、この家を継いでいます。

 姉と私は双子で、姉が巫女をしていた頃、隣町の頗る評判の悪い男が姉に付きまとって来て。

 男に免疫の無い姉は、コロッと落とされてしまった訳で。


 同じ頃、亀池に姉の友人でアルバイト巫女の娘が浮かんだのですが、誤って池に落ちて溺れたとの検死結果が出されています。

 父はそれから間も無く、玄武神社の崖から転落死したとされています。


 母は私を産むとすぐに亡くなってしまったので、母の想い出は私には有りません。

 しっかりはっきり、私はおばあちゃん子です。


 十二支の円の中には正五角形を描く配置の各角に、麒麟、獏、白狐、不死鳥、河童を御神体とする神社が有ります。

 二体が海底に位置するので、これも実際に有るのかは不明です。

 何だかこの街って神社ばかりですね。

 中心に位置するのが【奥の山・磯神様】と呼ばれているこの社です。

 参道の鳥居は有りません。

 中心に三本柱の鳥居が有るだけで御神体も有りません。

 何処の何をどう引っくり返しても無いのです。

 無いのではなく、書けなかったのかもしれません。

 悍まし過ぎて。


 磯家代々の墓所は、スタジオ代わりに使ってもらっているドームですけど、それとは別に、社の真下に掘り進められた螺旋の石階段を下りて行くと、各神社に通じる地下道の合流点にたどり着きます。

 やや広がった空間の中心には、石の蓋でしっかり塞がれた正方形の深い縦穴が有ります。

 これが当家代々、生贄となった身内を投げ入れた穴なのだそうです。

 大正まではそのままの亡骸を投げ入れていたと、祖母に聞きました。

 穴の底を見た者は無く、見たいと思う者もいないでしょうが。

 どれだけの深さなのかは未だに不明です。

 この穴の中の遺骨、魂、そこまでに至った経過が御神体のようです。

 誰も教えてはくれない、ただ私がそうではないのだろうかと。


 何時か氏素性の知れぬ修行者が現れて、私か姉のどちらかと一緒になる様な事がおきたなら、生贄だとか事故死か殺人とか自殺とかとかあれれやこれやと、姉と怖がっていた事が現実に起こってしまいました。

 姪達にはこうなってほしくないと思っていたのですが、そうも行かなくなってしまったようです。

 巫女の真似事をしている姪達には、特別な力が有リます。

 これを世間様では「超能力」と言うらしいですね。

 未来は真紀を通して霊界との交信が出来ると言っています。

 真紀はというと、バーチャルですが時空を自由に行きかえると。

 彼女達にしてみれば、死の定義も相対性理論もまったく意味の無い空論なのだそうです。

 私には何の事やらさっぱりで、話に付いていけません。


 姉と私は学校に行った事がありません。

 正しくは、この馬鹿広い境内に有る分校に通っていました。

 学友と言えば、同じ境内に住む宮司の子供達だけで、世間をあまり良く知りません。

 私は貴方に出会っているので、今ならば世間を知っていますね。

 他の宮司の子達も、多かれ少なかれ特殊な能力をもっています。

 このエリアに限って言えば、そうそう珍しい出来事でもないのです。

 私も念動ぐらいは出来たのですが、世間様にすっかり染まってからというもの、爪楊枝さえも動かせなくなってしまいました。

 この閉鎖された能力者の世界については、大昔から超極秘なのですが、今は町の皆が知っている公然の秘密。

 あまり良い傾向とは言えないのですが、世の中が変わったという事なのでしょうね。


 このように秘密が秘密でない開けっ広げの生活ですが、あまり知られていない秘密も有ります。

 【代理人】の存在です。

 代理人といっても、裁判などの時に出没する弁護士ではありません。

 私達の能力によって、難問を解決してほしいという依頼をうけ、それを私達に伝えに来る仲介者を、私達は代理人と呼んでいます。

 代理人は私達の能力が、町の人に知られている程度の中途半端な物で無い事を知っています。

 仮に、依頼人が私達の正体を知ってしまい、世間に言触らしたらどうなるでしょうか。

 私達は瞬く間に、世界の脅威と見なされるかもしれません。

 命に関わる問題です。

 そうならない為の代理人だと伝えられてきていますが、どうしても納得できない部分が有るのは、私が捻くれ物だからでしょうか。


 代理人は、太古から様々な登場の仕方をしてきています。

 プテラノドンに乗って来たり、馬車であったり。

 狭い山道を通れる筈の無いリムジンで来た事もありました。

 クリスマスにはトナカイのソリでやって来て、子供達を乗せて空を飛び喜ばせて帰っています。

 変わりゆく身の無情かなとか叫びながらやって来ます。 

 自分で変身しているくせに、ここが神社だと知っていてやるんですよ。

 こんな代理人が、私達よりも優れた能力の持ち主であってはいけないと思うのですが。

 私達を危険な目に合わせて何かをさせる前に、御前が自分でやれと言いたくなります。


 仕事の内容はと言うと、いろーんな事。

 萬請負です。

 非常に弱いのですが、総ての能力者と同じ内容の能力を持っているので、内容によってその道の得意分野の者を手配するのが私の一番の仕事。

 交霊ならば未来と真紀のコンビ、人探しなら真紀。

 病気を治せるのは朱雀で、新船の魔除は恵比寿、裏のちょっと危ない仕事は玄武といった具合です。

 玄武は特に強い力を持っていて、超能力者の力の総てや一部を封じる事が出来ます。

 うちわ喧嘩を停めるのは何時も玄武です。

 田植えの時期になると大黒が特別に忙しくなります。

 そんな時、問題の無い田の祈祷はアルバイトで済ませてしまう時もあります。

 気休めですから。

 除霊や難病、急患治療、妖怪悪魔祓いや誘拐事件などといった厄介な依頼は、数人で行く事もしばしばです。

 報酬がどうなっているのかは、代理人しか知りません。

 というか、頂いた記憶が無いのです。

 それは誰に聞いても同じで、何の為にと言えば、単なるヒーロー気取りの人助けでしかありません。

 何もしないで能力を持余し、日がな一日のんべんだらりのグウタラ生活を続けるよりは好いのでしょうね。

 簡単でもいいから、代理人から会計報告があっても良いと、この頃思っています。

「昔からのシキタリだから」で総ては説明済み、というのが代理人の見解らしいです。

 そんなもの、何の説明にも成ってないわ。


 いかに超能力を持っているとはいえ、所詮は人の子。

 寿命が来れば彼の世逝きです。

 極最近は、玄武の御爺さんが亡くなりました。

 後継者は居るので仕事面の問題は無いのですが、御爺さんが封じていた能力者の余計な部分が解き放たれてしまいます。

 今回は、未来と真紀の怒りや絶望感から飛び出た能力でした。

 玄武は、二人の祖母と母の事件や、義兄のその後についての残酷な事実を和らげ、引き起こされる異常現象を封印していました。

 それが玄武爺さんの死によって、一瞬で二人の頭の中に飛び込んだのです。

 残酷ですよね。

 一時的にしろ、精神の混乱で二人の能力が暴走してしまったら、時空と霊界の境目が無くなってしまいます。

 主が弱り、後継者がその力を完全な物にするまでには数日掛かります。

 未来と真紀はその間、御神体の無い空社に閉じ込めて、数人がかりで決壊を張るしかありませんでした。

 中では朱雀達が、少しでも二人の苦しみを和らげる為、その能力を使い切ってしまいました。

 今回は、予知能力によってこんな準備が出来たからなんとかなったものの、過去においては、予知能力者の死と災害を押さえ込む能力者の死がほぼ同時期だった為に、大地震と津波で、辺り一帯が壊滅的被害を受けたとの記録があります。


 玄武の遺書に私宛の一通がありました。

 ほんの一行『玄武の胃袋』と書かれていただけだったのですが、私にはそれで総てが解りました。

 事件を起して、祖母に殺された義兄の死後の居場所です。

 かなり危ない玄武組の若い衆が、義兄の霊をとっ捕まえて来ていました。

 義兄に玄武じいさんがどんな苦痛を与えたのか、普段の仕事内容からしておおよその見当はつきました。

 この世に封じ込められたまま、あの世に逃れる事も出来ず、永久につづく苦しみの日々を、岩山の壁に彫刻された玄武の胃袋の中で過ごすのです。

 もう何人が玄武の胃袋に送られたでしょうか。

 帰ってきた者は居ませんが。

 代々玄武の家ではその苦しみを「地獄に落ちて行ける者は幸せだ」と伝えています。


 ここ数ヶ月、平穏な日々が続き、すっかり忘れた頃にやって来たのが代理人で、スーパーマンの格好をして空からやって来ました。

 そういえば今日はハロウィンでした。

 姪達が作った南瓜のランプ明かりが、鳥居と妙にマッチしています。

 目立ちすぎだ代理人。

 格好はハロウィンで誤魔化せても、空は飛べないわよね、普通。

 日が悪いのか、代理人に悪魔が乗り移ったか、今回の依頼は「亡国の要人暗殺」私達はそんな事をする集団ではなーい。

 と、よくよく詳しく話しを聞けば、国民を迫害し私利私欲に走っている、どうにも救いえない男です。

 しかしながら、その国の難民を救うにも、その男がいる限り如何し様も無く、ガードも固い。

 どんな国の諜報機関でも、暗殺は不可能との変なお墨付き。

 第一に、自然死でなければ内戦や対外国との全面戦争にもなりかねないとあって、残る手段は呪い殺すしかないようです。

 ブードゥーに頼めばと言ったのですが「いろーんな事やってみたけど、あちらにはかなり強力な能力者がガードに付いていて」それでは、私達がやったところで同じ事ですよね。

「皆でやれば、強くなれるでしょ」って、代理人。

 今回ばかりは、アンタの能力も使わせてもらいますわよ。


 請けた仕事とはいえ、私達は殺人集団ではありません。 

 いかに相手が極悪人といえども、殺す事はシキタリに反します。

 こういった場合、多くはダミーを作ります。

 ダミーに死んでもらうのです。

 本人はというと、当然、玄武の胃袋送りとなります。

 死んだ方が楽だと言いながら、掟に反するとして殺さないって、かえって残酷なんですけどね。

 私達の自己満足です。

 ダミーにお亡くなりに成って貰う筋書きですから、十日も有れば片付くでしょう。

 遠くの国まで出張する必要も有りません。

 真紀の能力で、私達はこの町に居たまま、目的地と同じ経験、行動、仕事が出来ます。

 とはいえ、私達に出来るのは精々其処までで、長い町の歴史には幾度となく同じ様な依頼をうけたと記録されています。

 それなりに下調べはするし、どこぞの超極悪人に利用された事などは有りません。

 結局、クーデター・内戦・国連軍の介入と、物騒な結果になるのは必至のようです。

 一時的な混乱の後に、人々には安泰の日が来るのだから、と言われれば確かにそうですが、犠牲が大きすぎるのは否めません。

 何時もながら、あまり気乗りのしない依頼です。

 依頼が有ったとは言え、世間様には私達の日常は極々普通に映っているに違い有りません。

 総て真紀の創り上げた異空間での作業なのですから。


 仕事はなんの問題もなく、順調に終わりました。

 後日、その国では後継者をめぐってクーデター、そして内戦。

 お決まりで被害者は、か弱き国民達です。

 悲惨な難民受け入れでは、周辺各国がごたごた。

 浅い思考と深い後悔の日が続きます。

 ある日酔っ払った勢いで、皆に聞きました。

「なんで私達が外国の内政にまで関わって、あんな事こんな事までやらなきゃならないのでしょうか」

 そうじゃ、そうです、そのとうり、と一同大いに盛り上がった結果。

 代表として、私が代理人と交渉をする破目となってしまいました。

 此方から依頼人を呼び出すのは滅多に無いので、言い伝えでしかないのですが方法はただ一つ。

 狼煙をあげる。

 西部劇で観たくらいで、狼煙のあげ方など知りません。 

 ああでもないこうでもないと、薪を集めている時は喧々諤々の衆。

 点火してみれば、薪の選び方がよかったのか悪かったのか、キャンプファイアーのように勢い良く燃え上がる気配はまったく無く、ひたすら体に涼しく目に痛い白煙が立ち上るのみです。

 事前に消防には連絡しておきましたが、町から見上げればおおよそ山火事です。

 それでなくとも、狼煙で世間様の注目を集めているのですから、代理人には過激な登場の仕方をしてほしくない。

 昼からの狼煙は夕方まで続けられました。

 代理人が現れる気配もなく、皆「やはり、単なる言い伝え」とあきらめていたその時、一つの願いは叶いました。

 代理人の登場です。

 もう一つの願いはやはり叶いませんでした。

 ユニコーンにまたがり、カウボーイの格好に加え拳銃を撃ち鳴らしながらの登場です。

 いったい何処からこの格好だったのか。

 まさか、国道を走って来てくれてはいないだろうと願うのみです。

 道交法に馬での通行に関する規制は有ません。

 当然、ユニコーンに関しては有る筈が無く、違法ではないのですが目立ち過ぎ。


 話はいたって簡単です。

「私達は、もう貴方の依頼を請ける気は有りません。バイバイ」

 これだけなのだから、とは言ったものの、数百いや数千年も前からの慣習を変えてしまう事を、代理人が簡単に受け入れるでしょうか。

「んー、ん。そうだね。昔に戻るだけだもんねー。いいんじゃないの」だって。

 なんともはや軽い。


 話はしてみるもの、現在の様にそこ等中にでしゃばって依頼を受ける様になったのは、幕末辺りからだと代理人が言いました。

 それ以前は極近辺の依頼だけ請けていたそうです。

「動乱期にあれこれの依頼に応えて行く内、こんなんなっちゃったのねー」

 とのたまった代理人は、いったい何才になるのでしょうか。

 そんな事、どの記録にも残っていませんでした。

 解読出来なかった99%の記事の中に残されていたのでしょうか。


 自分が不老不死の超人である事に気付くのには、百年ほどかかったらしいですが、代理人は人探しや物探しといった探偵の様な生業で、世間様に知られていたようです。

 仕事が増えれば、人も雇うし知人も頼る。

 磯家の従者として仕えて来た代理人の名は久蔵。

 長く使えていたので、地域住民の能力については熟知しています。

 代理人は大昔のように、探偵業を始める事とあいなりました。

 事務所開きは盛大に、宣伝も大げさに。

 その後は閑古鳥と貧乏神にすみつかれたらしく、業績不振。

 三期連続の赤字のようです。

 昔に戻すにあたって、私達との約束が一つだけあります。

『困った時は助け合う』

 実に簡単な言葉ですが、いざ実行するとなると障壁は山ほどあります。

 実際、代理人は困窮しています。

 したがって、私達が助けなければならない。

 代理人はここ一ヶ月ほど、神社に入り浸っています。

 これまでの実績があるのだから、ちょいと営業すれば簡単に仕事に在りつけそうなものですが、どうにもやる気が無いようです。

「俺はもう歳だからさ、ゆっくりのんびり、隠居生活したいのよ」

 言われてみれば、見掛けよりも歳はとっています。

 同年代ならば、その遺骨でさえ風化していそうな年齢なのですから。

 昔助けた人を頼って、東京でLIVEハウスを引き継ぐとか、貴方もそのうち、久蔵に会うかもしれませんね。


 私が史記を綴っているのを知って、只今居候中の久蔵から貴重な話を聞きました。

 彼の生家には何代も前のおばあちゃんが健在なのだそうです。

 本当かな。

 戸籍屋から戸籍を買って現在に至った訳で、度々姓名が替わっては居ますが、同じ人らしいです。

 久蔵にしても「ピーターパンと呼んで」と自己紹介したくらいだから、姓名等々は頻繁に変えざるを得ないのでしょう。

 代理人の生家では史記を残す習慣もその気も無いらしく、過去の記録と言えば依頼に関する走り書きや、その資料程度らしいのですが、それでも私には助かります。

 第一、字が綺麗。

 読めるんですよ。

 一般的には読んでもらう為に書くのだから、読めて当然なのでしょうけど、何百年か何千年かは知りませんが、二人の記憶もしっかりしたもので、学識も並々ならぬものが有ります。

 何故か弁護士さんも同席で、その弁護士さんが当家の顧問弁護士の方。

 当家の経理をしてくださっている計理士の田増さんも居ます。

 当家の事務一切は、昔から久蔵さんが手配してくれていたようです。

 おばあちゃんに会って驚くのは、久蔵と兄弟にしか見えない事。

 久蔵には娘さんが一人。

 この娘もいったい何歳なのか。

 やはり同年齢に見えるのですから、困惑しました。

 三人とも別姓を名乗り、生計もまったく別々。

 いたってドライな関係らしいです。

 おばあちゃんの記憶力がこれまた素晴らしい。

 その時誰が何と言ったか、迷いもなく一言一句しっかりはっきり話してくださいました。

 それはすごくいい事だったのですが、全部を聞いていたら私の寿命が尽きてしまいます。

 この三人、見かけよりもかなりの年寄りですから、とっても話し好き。

 一時にワイワイガヤガヤと話してきます。

 有りがたいのですが迷惑です。

 なんとかならないでしょうか。


 記憶はしっかりしているのに、話が古くなると、どうしても信じたくないような、からかわれているような話になります。

「ヤマタノオロチの酒を、よく盗んで飲んだ」

「アルバイトで、聖徳太子の家庭教師をした」なんてね。

 また、話が飛ぶ飛ぶんですよ。

 今、天岩戸の真実、なんて話していたかと思えば、何時の間にやら「式部ちゃんがねー」と。

 私の頭では整理しきれないので、話を聞く時はボイスレコーダーに記録して、後に整理する事にしました。


 気になったのは久蔵の一族。

 見えない何者かに創られたといってきかないのです。

 おばあさんによれば「これは呪いじゃい」ですって。

 貴方達が呪いの元凶ですと、言ってやりたかった。

 太古に、久蔵の家の男達は、悪さの限りを尽くす族だったようです。

 それをなんとかせねばと、奥の山磯神様で相談したところ。

 不死鳥の力によって、男達の母親を不老不死とし、永遠に我が子達を叱りつづけさせた。

 神話ですよね、ここまで来たら。


 そんな事もあって、代々私達は久蔵を気に掛け、なにかと手助けをしてきたようです。

 としても、いつまでも久蔵に居候されているのも困りものです。

 せめて私の史記の手伝いで、いろいろと調査してもらいましょう。

 久蔵が心よく承諾してくれたのには、訳が有りました。

 以前のように、自分の仕事の時にも私達が手伝ってやる条件を、言葉巧みに何時の間にか飲まされてしまいました。

 まったく年の功というか、人生経験が私などとは桁違いです。

 久蔵の探偵事務所の看板に一行。

 超能力でどんな難事件もたちどころに解決。

 いかにも怪しい。

 依頼人は思いっきり引いてしまう。

 逆効果のような気がするのですが。

 これも想像を超えた人生経験から導き出された、キャッチコピーなのでしょうか。


【溺れる者はわらをもつかむ】は本当です。

 看板の一行を書き加えたとたんに、高額仕事の依頼が来ました。

 二十年近く前に消えてしまった土偶探しだそうです。

 久蔵の助手が、消えてからずっと探し続けているのですが、どうしても見つからないのだそうです。

 磯家の人間なら絶対に探し出せると、久蔵は言い切っています。

 探す私達でさえ不安なのに、何処からそんな自信が出て来るのでしょうかね。

 史記の仕事を手伝ってもらっている以上、こうなっては久蔵を手伝わないとはいえなく、不本意ながら探偵業の助手にされてしまいました。

 現在、私は神主不在神社の巫女と探偵、実にバランスの悪い二足のわらじを履いています。

 仕事は出版社なんて、嘘ついてごめんなさい。

 抽象的な文字の私に、出版社勤めは出来ません。


 多くの能力者の中には不届き者もいます。

 特に占いや予言といった類の者は、事前の調査や依頼人の話の内容、表情、動作などを分析して、お告げなるものを語っているのが殆どです。

 それもまた才能と言うか、能力と言えなくも無いですが、超能力・ミュータントとか言って欲しくないです。

 神官と調査は古くから切っても切れない関係にありました。

 星の動き、太陽の動きで天候を予測する事で、神の存在を人々に認めさせていたのですから、満更、探偵業と神主が無関係ではないと、自分に言い聞かせている今日この頃です。


 まだまだ久蔵には得体の知れない所が沢山有って、聞きたい事は山ほどですが、私には時間があまり残されていません。

 未来・真紀・あおいには、こんな厄介な仕事は早すぎる気がして、出来れば貴方に引き継いでもらいたくて、こんな取り留めのない事ばかり書き連ねていますが、何時に成ったら貴方が見るのかな。

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