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邪気をいただく診療所

作者: 藤川なつめ

痛いのは腰?肩?背中?首?

あなたのお望みの治療でお読みください。


ちなみに時代設定は現代です。

 ガーガルマップを片手に目的地にたどり着いた。

 目の前の建物を見上げる。


「ここかあ」


 ひっそりと奥まった敷地にぽつんと静かに佇んでいる建物は夕日に照らされて、なんとも寂れた雰囲気になっている。

 これは儲かっているのかと他人事ながら心配になってしまう。


 けれども、ここは噂に名高いゴッドハンドがいるという診療所なのだった。

 ネットでの口コミの評価も高く、近所だったこともあり急遽、足を向けることにした。


「しかし暗いなあ」


 建物の中は薄暗く、まだ夕日がある時間帯だからか電気が点いていない。


「本当に営業しているのかなあ」


 だんだん不安になってくる。他の客ともすれ違わない。

 建物内にある階段を上がって扉があった。そこには診療中と書いてあった。


 古びた木製の引き戸を開けてみるが、客はいない。

 恐る恐る自分の靴を脱ぎ、入り口に置いてあるスリッパに履き替える。

 左手を見ると受付のようなところがある。


「こんにちは」


 人はいないが開いている小窓に向かって声を掛けると奥の方から人が出てきた。


「はいはい。診察券は?」

「初めてなんですが」

「じゃ、この用紙に記入してください。書き終わったらこちらにまた戻してください」


 鉛筆と藁半紙に歪んだ印刷をされた記入用紙を渡された。

 今時こんなにワードもエクセルも下手なことが丸わかりな紙を渡されるとは驚きだ。

 線と線が重なっているし、フォントがバラバラで見るに耐えない。


 渡された紙は片手の掌に収まる大きさの四角い紙だ。

 中身は住所と氏名、生年月日、診療にした理由を書くように項目分けされている。

 他の病院や診療所で見る記入用紙とは違って、かなり簡易な内容で済むみたいだ。


 簡単に書き終わり受付に紙と鉛筆を返すと誰もいない待合室のソファに腰掛け、待つこと数分。

 耳を澄ましてぼーっとしていると奥の施術室から声が聞こえてきた。


「先生のおかげでだいぶ体の痛みが和らいできたわ」

「いつも頑張っている体だからね。大事にしてあげないとね」


 とても明るく満足気な女性の声とドラマなどで耳にする、いかにも好好爺のような声がする。


 物音がしなかった空間に音が戻ってきたようだ。

 床を踏む音、ガチャガチャと鍵を開ける音、軋む木の扉を開ける音。

 様々な音が次第に響いていく。


 暫くすると施術室から先程の声の主であろう女の人が出てきた。

 入れ替わりに名前を呼ばれて、待合室から移動する。


 案内されたロッカーに荷物を預けて初診療の為、施術をしてくれる先生に自分の症状について話す。

 その後、二人いるうちの一人の愛想のない先生からざっくりと説明も受けてから、言われた通りに施術用ベッドにうつ伏せになる。


 バスタオルを背面に掛けられて、その上から施される何やらよくわからない治療はなんだろうか。はてさて。

 今いる診療所の名称は接骨院なのだが、接骨院とは骨をつなぐ場所なのだと思っていたので正直、治療法について謎である。


 そういえば待合室にある張り紙に◯◯流とか書いてあったような気もする。武術みたいだなと思った。

 つらつらとそんなことを考えている間に時間はあっという間だった。


「はい、終わりました」

「ありがとうございます」


 終わったと言われたので起き上がって荷物をロッカーから取り出しに行く。

 時計を見ると治療開始時間から30分程経っていた。

 待合室に戻って会計を済ませ、帰路に着く。


 混んでいなかったし、スムーズに終わって良かった。あとはのんびり寝るとしよう。

 それにしても自分の身体に一体、何が行われたのか。

 どのように治療されたのかについては、ついぞわからなかった。


 マッサージのように身体に触れることもなく、鍼や電気のような身体に刺激が生じるものでもなく。

 自分自身がうつ伏せで目を開けていられない状況だったので何もされていないのでは? と思ってしまうほど身体に何か施されたという感覚がなかった。


 わかっているのは先生がちゃんと治療しているような動きでベッドの周りを歩いている足音があったというだけだ。


「なんだったんだろう」


 考えれば考えるほどわからない。

 ちなみに患部の痛みは引いていたので詐欺施術ではないらしい。

 妙なこともあるものだ。



 ......




 真夜中の近所の住人たちが眠りについた頃。

 例の診療所は夜も電気が薄らと点いていた。


「はい、お終い」

「アリガトヨ、センセ」


 治療が終了して窓から飛び立つ患者を見送る。

 羽の付け根の不具合は無事に治ったので問題ないようだ。


「次の方を呼んで」

「わかりました」


 次々に夜の患者を治療していく。

 昼間より夜の方が混む診療所も珍しいだろうか。

 そもそも深夜にやっているところがあるのかどうか。


 まあ、うちがやっているくらいだからどこかで誰かがやっているだろう。

 そんなことを思いつつ、施術を行なっていけば時間は刻々と過ぎていった。


「人に憑いた悪意は人体に害意を及ぼし、体のどこかを悪くさせる。私たちはその邪気をいただく」

「そしてそのエネルギーを糧に夜の治療を行う」

「よく出来たサイクルだよ」

「ほんとほんと」


 治療も一段落して客は皆帰った。

 もう客も来ないだろうと見込んで茶を淹れる。

 営業終了時刻までもうちょっとなので相棒のもう一人の治療師とこの前貰った差し入れで饅頭を食べることにした。


「昼は人間の邪気をいただく診療所。夜は妖怪の邪気を補う診療所。作って良かったよねえ」


「私たちはあまり眠くならない種族だから時間とエネルギーを有効活用できる仕組みづくりができたのは僥倖だった」


「そうそう。休診日に寝れば十分さ」


 大きなカラスの頭がケラケラと嗤い、影が揺れる。


 深夜3時。

 店仕舞いの札がくるりと舞った。


 了

お読みいただき、ありがとうございました。

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