旅立ち
鉢植えに植えた若葉殿に水を与える。結局あの後トモリ殿はロッカ殿に嫌と言うほどつきまとわれ遺体を渡すことになった、そのおかげで自分は若葉殿の外出をロッカ殿に認めてもらえた。
「…ただいま戻りました」
「トモリ殿。お疲れ様ですぞ」
ゲンナリとした様子でトモリ殿が帰ってきた。思ってたより消耗している。ロッカ殿にもう一体欲しいとか駄々をこねられたんだろうか。
「ロッカさんが離してくれなくて…メメに食べてもらって復活した瞬間に逃げてきました」
ちゃっかり追加の一体もゲットしたらしい。
「その花が若葉さんの?」
「えぇ、植え替えも終わりました。いつでも出発できますぞ」
「でしたら、早いうちに出ませんか?なるべく早く」
トモリ殿はロッカ殿のことが大分苦手になったらしい。
「しかし、挨拶くらいはしておいた方がよいのでは?」
「…」
嫌そうな顔だぁ。
最近トモリ殿を見ていて思ったがトモリ殿は結構表情豊かだった。
口に出してない分が顔や雰囲気でわかる。
今のは「体面を取り繕うより自分の精神を繕いたい」という表情だ。本当にそう思ってるかはわからぬ。
「出会ったら挨拶します」
出会いたくないので挨拶しません。だ。わかりやすい、
「まぁ、トモリ殿がそうおっしゃるならお暇させてもらいましょうかな」
鉢植えを更に布で包んで抱える。おっと、景色が見えるように少し緩めておこうか。
扉を開いて外に出るとそこには
ロッカ殿が立っていた。
トモリ殿は言うまでもなく自分の後ろに隠れた。
「大丈夫ですよぉ。お見送りに来ただけなので」
「それはご丁寧にどうも」
「…」
トモリ殿は喋らぬ。口は災いの元を経験したからだろうか。
「プレゼントさん。こちらをどうぞ」
紙を手渡される。
開いてみると何かの植物のお世話の手順が書かれていた。
「若葉ちゃんは控え目な子でしたから、些細な仕種を見逃さないであげてくださいねぇ」
「参考にさせてもらいますぞ」
「まさかこの町から外の世界に行く子が出てくるとは思ってもみませんでした…若葉ちゃんのことを頼みます。枯らしたりしたら地の果てでも追い詰めて苗床にしちゃいますからねぇ」
「…ロッカ殿とはもう少し色々な話をしてみたかったんですが」
「アタシもお二人のこともっと知りたかったですけど、こう見えて忙しいのです。皆のお世話がありますから」
ロッカ殿はいつも土で汚れている。やはりそれは、見た通りのことなのだろう。
もらった紙をポケットにしまう。
「そうだ、お返しと言っては何ですが…」
何も書かれてない紙とペンを渡す。
「こちらにロッカ殿の願い事を書いていただけませんか?」
「?これまた奇妙なお返しですねぇ」
「…プレゼントさん」
トモリ殿が何事か言いたいようだったが手でそれを制する。
「心の底から叶えたいものを書いていただけませんか」
「それならば決まってますよぅ」
さらさらと紙にペンを滑らせる。
「はい、どうぞ」
差し出された紙には『いつかまた若葉ちゃんがここに帰ってこれますように』と書かれていた。
「なんか意外ですね…とにかく花をいっぱいとか書くのかと…」トモリ殿が言う。
「それはアタシが自力で叶えますよぅ。そのためにもいっぱい欲しいものがあるんですけど…」
言いきる前にトモリ殿は走っていった。
それを見て自分とロッカ殿はクスクスと笑ってしまった。
「残念ですぅ…」と、聞こえたのは気のせいだろう。
「この願い事はプレゼントさんに託しますよぅ」
差し出された紙を受けとる。
「確かに託されましたぞ」
トモリ殿を追って、町から離れる。
ロッカ殿は自分たちが見えなくなるまでその場から動かなかった。
その代わり背中を押すような風が強く吹いた。
旅立つ我が子を送るような
そんな風だった。