9、セイキを思いっきり吸った!?
何やら、まあるいモノがふたつ。ふるふると、背中でゆっくり蠢いている。とっても気持ちがよい・・・。・・・と思ったのも束の間、
――んっぐっつ!! く、苦しい・・・。
今度は背後から、首に大蛇のようなものが、いきなり巻きついてきた。
――た、助けて~!
そう叫んで目が覚めた。
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何だろう…。この心地良さ。永年の闘いでの傷が、癒されていくような、まるで甘美な酒の海にぷかぷかと浮かび、幸福感に包み込まれていくような…。
荒々しく、人を寄せ付けない魔王様のそれとは違い、あたたかく、心を和ませる。
――そうか…、これは勇者どのが放つ、精気の波動……。
そう気がついて目が覚めた。
「んがぁあ~」
呻いて身を捩じった。眼の前に女の顔。女も今、ゆっくりと目を開けた。首に巻きついていたものは、大蛇などではなく、女の白く、しなやかな腕であった。それが自分の首に巻きついている。
女は、にこりと笑い、男の眼を見つめながら、
「やっと目覚めたか、勇者どの・・・」と言った。
「なんで? どうして? 昨日のお姉さんがここに……」
弾けたバネのように跳ね起きたタクヤが尋ねた。
「勇者どのが気を失ってしまわれたのでな、私がここまで運んだのだ。そのままなかなか目を覚まさぬから心配したぞ」
ゆっくりとベッドの上に身を起こしたミィーリィーが言う。
「そう言えば俺、あの後、急に目の前が暗くなって…」
「そうだ。そのまま倒れ込んで、赤子のように私の胸に顔をうずめて寝ていたぞ」
「えっ? 胸に・・・」
思わずタクヤの視線が豊満なミィーリィーの胸に注がれる。
「ハッ、ハッ、ハッ、どれ、ご所望ならもう一度やってやろう!」
ミィーリィーが両手を差し出した。
「いえ、いえ、いえ。と、とんでもない、た、たいっへん失礼しました!! どうか、警察に突き出すのだけは勘弁してくださぁ~い。
俺には年老いた母親と、まだ幼い妹が~~。二人が世間の人たちから、後ろ指をさされるようなことだけは~~」
べッドの上に正座し、両手を合わせて拝むように頭を下げる。
「いや、いや、勇者どのが気を失ったのは、恐らく…、ほとんど私のせいだ。だから、気にせずともよい」
「えっ?」
「うむ。勇者どのが発する香りがあまりにも芳しくてな。ついその、思い切り精気を吸ってしまったのだ」
「なっ!? お、俺の性器を、思い切り吸った!? それで俺が気を失った…。い、いつの間にそんなことを…。お、お姉さん、やっぱり痴女だったのか…」
青ざめたタクヤが、自分の股間に手を当てて確認しようとする。
「痴女??? 勇者どの・・・。何か勘違いをしてはいまいか?」
ミィーリィーが首を傾げ、タクヤの顔を覗き込む。
「性器ではなく、精気。――勇者どのが持つ精力。生命の根源となる力だ」
「な、なぁ~~んだ。そうか、焦っちゃいましたよ。・・・って、精気を吸うって何?」
「まあ、勇者どのがお望みとあらば、上からでも下からでも、私は一向に構わんのだが…。その時には痴女だろうが淫魔だろうが好きなように呼んでくれても構わんぞ……」
そう言うと、ぽっと頬を赤らめ、妖し気な眼をしてタクヤに纏わりついてきた。
とん、とん、とん、と、軽やかに、誰か階段を駆け上ってくる音が聞こえる。そのままカチャッとドアが開き、
「お兄ちゃん、朝ご飯出来たって!」と妹の妙子が叫んだ。
次の瞬間、妙子の表情が凍り付き、固まった。
とろん、とした目、絡まるように抱きつき、半開きの唇をタクヤの頬に軽く押しあてる、ほとんどハダカ同然の黒いビキニ姿のミィーリィー。身動きできず、硬直するタクヤ。
二人、いや、三人の眼が合った。
そのまま、自然にカチャリ、と静かにまたドアが閉まり、
「お母さん! お兄ちゃんがベッドに女の人連れ込んでる~~!!!」
どん、どどん、どん、どんと、今にも転げ落ちそうに、叫びながら階段を駆け下りて行った。