3杯目.恋都と栗のスコーン
「ねえ、今日学校終わったらドーナツ屋行かない? 新しい秋メニュー出てるんだけどさあ」
「ああ~、ごめん。今日は先約があるんだよ~、でも新メニューは興味あるから良ければ食レポお願いしたいな~」
学校で一番仲良しの女の子の未来ちゃんが誘ってくれたけど、今日だけは外せない用事がある!
「あ~、残念。しょうがない、弟誘おうかな。でも最近恋都元気だから安心したよ。一時期の恋都、ぐちゃぐちゃだったからさ。心配してたんだよ」
「あはは、ごめんね……。でももう大丈夫だから。ありがとね」
「学校の外に恋人でもできたの?」
「えっ!? ええっ!? ち、違うよっ。違う……けど、まあ、うん。恋人ができたわけじゃないけど、通ってるとこがあって……」
「え~、なんか恋都が遠い存在になっちゃうみたいで寂しいよ~。もし恋人出来たらあたしにも紹介してよね!」
「んん、できたら、できたらね! 今はいません! 残念!」
宵ノ森さんに会ってから、わたしは用がない日はいつも『Cafe宵ノ森』に通っている。だから、未来ちゃんにとっては付き合い悪い友達になっちゃったと思う。だけど、宵ノ森さんとの出会いはわたしにとってそれだけ大きな出来事だったんだ。
(ごめん。男同士でふざけてて、それでノリで告白して、引っ込みつかなくなっちゃっただけで……ほんとは他に好きな子いるんだ。だからあんまり噂が広まっても困るって言うか……とにかくごめん)
わたしに初めてできた彼氏は、付き合って三か月で別れを告げて来た。わたしはもともとそいつのことが好きなわけじゃなかったけど、お友達から始めましょうって感じで三か月間、何回かデートに行ったり、スマホでメッセージをやりとりしたりして、だんだん好きになっていって、もう完全に好きになっちゃったあとでそんなふうにばっさり振られた。考えてみれば一緒にお昼食べるときも人気のない所だったし、デートも知り合いに会わないような遠方で、人に見られないようにしてるのに気が付かなかったわたしもボンヤリしてたとは今は思う。だけど当時はとても辛くて悲しくて……。未来ちゃんがいろいろ気を使って誘ってくれるのも断って、しばらく抜け殻みたいに過ごしてた。未来ちゃんは相手に凄く腹を立ててくれたし、他の友達も同情してくれたけど、わたしはなんだか怒る気にもならなくて……。けど、一週間もしないうちに元彼が本命と思われる女の先輩と相合傘で腕組んで歩いてるのを見たとき、なんか、キレた。
その日は土砂降りで、わたしは全身ずぶぬれになりながら気が付けば街中を駆け抜けていた。ひどい、ひどい。わたしに心があることなんか無視して罰ゲームかなんかみたいに好きだって嘘ついて、さっさと振ったら自分だけすっきりして本命の恋を手に入れて!! 空がわたしより泣いてくれてて良かった。ぐちゃぐちゃに泣いたわたしの顔は多分凄く不細工だったから。
気が付いたら、わたしは通ったことのない路地の喫茶店? らしきお店の軒下にへたり込んで座っていた。しばらく息を整えていると、カランと音がして横のドアが開いて、店員さんらしきダークエルフの人がひょこっと顔を出して言ったのだ。
「大丈夫かい? カフェオレ飲んでく?」
それがわたしと宵ノ森さんの出会い。ちゃんとした珈琲のカフェなんだろうに、ダークエルフさんはものすごーく甘いカフェオレを入れて、洗い立てっぽいふんわりタオルをそっと手渡してくれた。どっちもすっごくあったかくて、わたしはさっき走ってる時これでもかってギャン泣きしてもう涙が出ないと思ったのに、しとしととダメ押しみたいに涙が出た。
「よければ何があったか、できる範囲で構わないから話してくれるかい? 場合によっては警察を呼ばないといけないかもしれないから……」
そんなことを真剣な顔で言うので、わたしはただの学生同士の色恋沙汰だということを慌てて答えた。
「そうだったんだね。警察を呼ぶような事件じゃなかったことはよかったけど、そんなになるほど泣くんじゃ君にとっては全然『ただの』『色恋沙汰』ではないよね。辛かったろう。それは僕のおごりだからゆっくりお飲み。飲めたら風邪をひかないうちにおうちに帰ってお風呂に入るといい」
「は、はい……ありがとうごじゃいます……ぐず」
「人間は寿命が短いから傷つくときも全力だね。そういうところは羨ましいとさえ思うよ……おっと、これは失言だったかな? できれば次は笑顔で来店してもらえると嬉しいね」
そう言って微笑んでくれた宵ノ森さんの静かな瞳に、わたしはその時、恋をしたのだ。
「こんにちは~、あれ? なんかコーヒーと違う香ばしいにおい……」
「いらっしゃい恋都さん。昨日の栗を仕事の合間に渋皮煮にしたんだよ」
出会いの日のことを思い出しながらにまにま来店すると、宵ノ森さんはもう栗を料理しちゃってたみたいだった。
「しぶ……かわ……に? ええっ、もう料理しちゃったんですか? わたしのお手伝いする分は?」
「ははは、このまま食べても美味しいけど、カフェで出すには家庭的過ぎるからここからまたひと手間かけるよ。その時手伝ってほしいな」
閉店一時間前なので、いつも通り全然お客がいなくて、わたしはまた宵ノ森ブレンドに挑みながら宵ノ森さんに今日作る物の作り方などを聞いた。
「皮剥くのが一番大変だったんじゃないですか? 大変なところお手伝いできなかった……」
「いやいや、僕は森のエルフだからね。栗を剥くのなんか得意中の得意だから。まあちょっとめんどくさいから渋皮を残してもいいものを作ったけど。これ以上お客さんも来ないようだし始めようかな。恋都さん、こっちに来てよく手を洗ってね」
煮た栗を刻んで欲しいと頼まれたので、エプロンを借りて宵ノ森さんと並んで作業をした。なんか、こうやって並んで料理してると夫婦みたい……!!
わたしが栗を刻んでる間に宵ノ森さんは粉を振るったりバターを混ぜたり、オーブンを予熱したり手際よくぱっぱと仕事をしていく。男の人の大きな手が魔法みたいに食材を扱っていくのについ見惚れそうになった。
「できたかな?」
色っぽい声でそう言われてわたしは慌てて残った栗を仕上げると彼に渡す。捏ねた小麦粉にその栗たちは混ぜられ、小さくまとめられて、オーブンで焼かれていった。焼けるまでの間、またコーヒー休憩。
「栗の渋皮煮はね。昔まだこの世界と自由に行き来ができなかったころ、僕の住んでる森に迷い込んで来た人がいてその人に教えてもらったんだよ」
「そんなことが……。その人はこっちに帰れたんですか?」
「うん。いろいろあって、帰って行ったよ。僕がこっちに来れるようになったころにはもう寿命を全うしていたようだけどね。だから恋都さんが栗を持ってきたときに懐かしくてうれしくなってしまった」
なんとなく、宵ノ森さんが遠い目をしたので落ち着かなくなったのでもっと詳しく聞こうと思ったらオーブンが焼き上がりを知らせて来た。
「ああ、焼けたね。ほら、栗のスコーンだよ。手伝ってくれたからすぐできた。じゃあ焼き立ての味見を恋都さんにしてもらおう。熱いから火傷しないようにね」
「はい、いただきます。はふ、はちち」
ほんのりと甘い栗の入った焼き立てのスコーンは外側がさくっとして、中ははしっとりしててほっこりと美味しかった。
「美味しいかい?」
「ほいひいれふ! はふ」
「ははは、明日はこれをお客に出すよ。おすそ分けありがとうね、恋都さん」
「はい!!」
その後後片付けして、迎えに来てくれたお姉ちゃんと家に帰った。宵ノ森さんはスコーンをいくつかと、余った渋皮煮を持たせてくれた。
夜お姉ちゃんと一緒にその渋皮煮を食べていると、お姉ちゃんは「これなんか昔食べたことある味なんだよね……」と首をかしげていた。
わたしはというと、並んで料理した記憶が甘美すぎて夜ベッドに入るまでポーっとしていた。将来、毎日あれが出来たらいいのにな、とそんなことを思った。
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