2杯目.恋都とエルフのお裾分け
『エルフの人と付き合ってると困ることは時間の感覚が合わないところですかねー、一ヶ月とかメッセージ返してくれないことあって、でも全然悪気ないんですよ。一ヶ月を長いと思ってないんです』
適当につけているテレビからインタビューが流れてくる。異世界から来た、人間じゃない種族と付き合ってる人は外国の人と付き合ってる人よりも当たり前にいる。
「恋都~、今日ご飯カレー作っといたからあっためて食べてよね~」
着飾ったお姉ちゃんがバタバタ出ていった。デートか飲み会かわかんないけど、今夜は帰らないらしい。
お姉ちゃんの名前は愛海という。愛の海と書いてまなみ。愛の海と恋の都の姉妹。うちの親は随分とロマンチストだ。
お姉ちゃんがこっちで働いているので、アパートに二人で一緒に住むことを条件にわたしは実家から遠い学校を受験できた。お互いがお目付け役って感じらしい。過保護なんだか放任主義なんだかわからないけど、今となっては宵ノ森さんの近くに住んでいられるのでどっちでも嬉しいと思った。
(宵ノ森さんと夕御飯一緒に食べる仲になりたいな……)
一人ぶんのお米と水を入れた炊飯器のスイッチをいれるとなんとなくテレビを眺める。狐と狸の獣人の芸人が異世界あるある漫才をしていた。こっちの世界のわたしたちにはいまいちピンと来ないけど異世界人には大人気。
まだ宿題とかやる気分でもないので時間をもて余していたらチャイムがなった。出てみると隣の部屋のカップルだった。
「あ、恋都さん今日は一人でした?」
隣の部屋のあまねさんとヌシさんは女子大生とエルフ男性で同棲してていつも仲良しだ。ヌシさんはちょっと粗野で怖いけどあまねさんはまじめそうで優しいので時々ご近所付き合いをして来た。
「ヌシさんが出張先で栗をたくさん貰ってきて、二人だと食べきれないからお裾分けしたくって、できたら貰って欲しいんですけど」
「俺がわざわざ貰ってきたのに食いきれねえとか言いやがってよ……」
「さすがにこんなに食べきれないですよ! 森に住んでるエルフと違うんですから~」
「もし俺の故郷に来たら毎日森で採れたもん食って暮らすんだぞ」
「え? わ、それって……♡」
二人はラブラブなので放っておくといちゃつき始めてしまう。
(い、いいなあああ……、わたしも宵ノ森さんの故郷に行きたいいいい!!)
今さっきテレビでエルフと付き合うのは大変ってやってたのを見たばかりだけど、こうやって身近にエルフの彼氏とラブラブしてる人がいるとわたしだって夢見ちゃうんですけど!
ビニール袋いっぱいに入った栗をわたしに差し出した二人は、やいやい言いながら隣の部屋のドアに吸い込まれていった。ラブラブっぷりに気圧されて受け取ったけど、よく考えたらこの殻付きの栗ってうちでも困るかも……とようやく気がつく。お姉ちゃんがいれば二人で考えることもできるけど今夜はいないし……うーん、うーん、どうしよう……。
「それでこんなにいっぱい木菓子を持ってきてくれたと言うわけだね」
「はい……宵ノ森さん栗好きかなって思って。丸投げするみたいで申し訳ないんですけど他になんとかできる人が思いつかなかったんです」
気がつくとわたしはいっぱいの栗をぶら下げて『Cafe宵ノ森』に来ていた。ここは夜六時で閉まってしまうので、夕方の今は客が少なくて閑散としている。
「まあ、エルフは大体木菓子は好きだよ。僕はダークエルフだけど同じ森棲みだったから御多分に洩れず好きさ。こんなにもらってこっちこそ申し訳ないくらいだね。丸々としていい栗だ」
宵ノ森さんは栗をひとつ摘んで鼈甲の眼鏡の瞳の前にかざして感心するように眺めた。うわっ今この瞬間わたしも栗になりたい! それはそうと彼は見た目はおしゃれでかっこいい都会的な感じだけど年齢はおじいちゃんだから木の実のこと「木菓子」って言うんだな……。
「そうだ。もし申し訳ないって思うなら明日これで何か作るから恋都さんが良ければ手伝ってくれるかい? 夜の仕込みだから六時以降になっちゃうけど。帰りはご家族に迎えに来て貰えばいいかな。手伝いで恋都さんの申し訳なさはチャラ、出来立てを最初に食べられることで僕の申し訳なさがチャラだ。どうかな?」
「!!!!」
「あっもしかしたら若い娘さんだからダイエットとかしてる?」
「し、してないです!」
急なお誘いにびっくりして思わず体重管理してないことを大声で自己申告しちゃうわたし。後から恥ずかしくなって顔が熱くなってしまう。でも、宵ノ森さんの出来立ての料理を客じゃなくて食べられる!? そんなの嬉しすぎるんだけど!!
「そんなの最高……、あ、でも残念。今日だったらお姉ちゃんいないから帰りは宵ノ森さんに送ってもらえたのにな……」
「栗は一晩水につけないと剥きづらいからね……、じゃなくて、そんなのダメだってば。お余所のお嬢さんをお家の人に無断でお借りできませんよ」
(ちぇ……堅いんだから……)
家の近くまで送るから今日は気をつけて早めに帰りなさいと言われてしまった。季節柄もう結構暗い。ちょっとの間だけでも送ってもらえるから今日はいいことにする。
宵ノ森さんは並んで歩くと店で見るより背が高い。彼の顔を時々チラチラ見ているのにきっと気がついているのに、学校はどう? なんてカフェでいつも話してるようなどうでもいいことを聞いてくる。本当はもうちょっと踏み込んだ話をしたいなって思うけど、もしかしたらこうやって二人で歩いてると知らない人には恋人同士に見えるかも? とか思うと、なんでもない会話でもウキウキ楽しかった。
「あ、あそこのアパートが家です」
「そうなんだね。じゃあもうこの辺でいいかな。あんまり具体的な家の場所を人に教えたらダメだよ。僕が悪い人だったらどうする?」
「異世界の人はこっちで悪いことしたら強制送還でしょ。大丈夫ですよ」
「それは、裏を返せば異世界人のふりしたこっちの人だったら強制送還無しってことでしょ。まあ僕は見た目でバレちゃうけどね。どっちにしろ気をつけないとダメ。じゃあまた明日ね」
宵ノ森さんはひらひらと手を振って帰っていった。アパートの廊下からわたしは小さくなっていく黒い人影が見えなくなっちゃうまで家に入らずにずっと見つめていた。その姿はやがて夜の闇に溶けるように消えちゃった。
(あーあ。上がってご飯を食べて行ってって言えれば良かったのに、あんなこと言われちゃ誘えないよ……。でもああいうちゃんとしてるところもかっこいい……好き……♡)
帰ってきたらご飯は炊けていた。お姉ちゃんが作ってくれたカレーを一人で食べるのは少し寂しいけど明日はきっと賑やかだから、それを思うといつもより楽しい夕食だった。
(わたしも料理少しくらいは練習したほうがいいような気がするな……)
お姉ちゃんは料理が得意でわたしは掃除が得意なのでそういうふうに家事を分担してるけど、こうやって料理を作って宵ノ森さんに食べてもらえたらそれはきっととても幸せそうだと思った。
「まあ、明日はお手伝いに行くんだし!!」
宿題をパッパとすますと別に何かあるわけでもないのに、わたしはお風呂に入っていつもより念入りに体を洗って早めに寝床に入った。明日の朝お姉ちゃんにお迎え頼まないとな……。宵ノ森さんあの栗で一体何を作るんだろう……そんなことを考えているとお風呂で温まった体にだんだん眠気が忍び寄ってきて、朝まで夢も見ないでぐっすり眠った。次の朝お姉ちゃんは二日酔いだったけど、お迎えを頼んだら「おけまる……」と了承してくれたので、わたしは安心して登校するのだった。
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