ズィズィミの万幸湯
オタマヒコは、自転車よりはゆっくりだが、快適なスピードで走る動物だった。
普通は風を受けながら進むと思うのだが、ここでは“水”(さらに言えばお湯)を顔に受けながら進んでいく。
その感覚がとても心地よくて新鮮だった。
そして何よりも、この湯治の場は凄いところだ。
さながら竜宮城といったところだろうか。
カバとサイのハイブリッドの体内とは思えないほどに広い。
行ったことはないが、野球場やドームくらいの広さはあるのではないか。
空のようなものも上を見上げるとある。
動物の体内だからか、全体的に淡いピンク色の場所が広がっている。
目の錯覚かと思うくらい広くて開放的な空間だ。
もっと驚いたのは、やはり“温泉”だ。
見る限り、さまざまな温泉があちらこちらにある。
それも空中に浮かんでいるものは、猫足のバスタブだったり、それこそバスだったり、蓮の花に何十本も足が映えたような不思議な平たい風呂だったり、見たこともない“浴槽”がところ狭しと浮遊していたり、地面に並んでいたりした。
そのどれもが個性的で美しく、こだわりを持った造形美をしていて、怖さとも言うよりも圧巻だった。
「ハーイ!みなさま!“ズィズィミの万幸湯”へようこそー!」
周りの景色に呆気に取られていると、突如テンションが高い声が舞い込んできた。
「私はガイド兼メイドのエチノダーンだよ!よろしく!
みなさまのことは、ネモフィラさまからの紹介状で存じておりまするー!
ウリさまとネリさまの代わりに、このズィズィミの万幸湯を案内するわねー!」
ヒトデだ。
黄色のヒトデに顔がついていて、話している。
でも、小動物のようで愛らしい。
くねくねと動くこの体や動く度に小刻み揺れる青や白の小さな吸盤は、見ていて癒される。
「ここは、秘湯ズィズィミだよ!普段は動物の体内にカモフラージュしてるの!誰でも入れる訳じゃないからね!
前はねマチンコリンっていうトゲトゲがいっぱいついた狂暴な奴の体内にいたり、その前はコンコンマイっていう何処にでもいる虫の目の中に仮住まいさせてもらったり、時代で場所を移してるんだ!すごいでしょ!
もう数えるのをやめたから、正確な数字は分からないけど、ざっと9万種類くらいの温泉が今はあるのかな」
「9万?!」
「そーう!未だに増えてるからねー!ズィズィミの万幸湯には、それ自体に意識かがあって、治癒者の悩みや病に応じて自ら作り出しているのだ~!」
エチノダーンは、オタマヒコの上に乗りながら、振動を上手く受け流して説明を続けてくれた。
私もヒルナもクロノも、いま目の前を流れていく景色に理解が追い付いていない。
「そんなすごい湯治場を仕切っているのが、双子のネリさまとウリさまなの!すごいよね!」
エチノダーンは興奮して少し早口になった。
「あ、ちなみに、最初にみんなを案内してくれたのは、マイチーチャルっていうんだ!
体はなくて、空気中に浮いている気体すべてがマイチーチャルなんだよ!
つまりは、この万幸湯の子供ってところかな。マイチーチャルの声は、治癒者の体内に染み込む温泉のもとで、血中に溶けて、そのまま脳に語りかけているんだなー!」
どこで息継ぎをしているのか分からないが、次から次へとすらすら情報が出てくるこのヒトデもどきは、なかなか高性能らしい。
「エチノダーンさん、とても案内に慣れていますね」
ようやく息継ぎのタイミングがあったのか、私は話しかける合間を見つけることができた。
「そうなのー!私はここにいる治癒者全員にガイドをしてるからね!
ただ治癒するだけじゃなくて、しっかりとズィズィミの万幸湯を知ってほしいというのが、ネリさまとウリさまの希望なのよー!」
エチノダーンは、くるくるとダンスを躍りながら、鼻唄混じりに答えた。
ウリさまとネリさまという双子は、どんな人物なんだろうか?
ネモフィラさまの言っていることが本当であれば、なかなか骨が折れる。
精神分離の魔法の治癒のためだが、一波乱ありそうだ。
「着いたよー!ここがネリさまとウリさまが待っている宮殿だよ!」
エチノダーンが更にテンションを上げて、大きな声で跳ねながら言った。
「おお…」
それまで発言を控えていたヒルナとクロノも感嘆した。
「これは…トルコ…?」
トルコなんて行ったことはないが、イメージだけで言うと、そんな神秘的な雰囲気の宮殿が雲を突き抜けて、高く高く聳え立っていた。
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