異世界と現実の狭間の愛密
八枝子は、卑弥呼時代の記憶と能力を遺して、ネモフィラとして転生した。
ネモフィラとしての人生は、すべて自分のために生きると決めた。
“さいたんの姫”としての最後が、彼女の通り名となって、異世界でも轟いた。
産んでくれた親の顔すら覚えることをやめた。
兄弟がいたのかすら忘れてしまった。
育った場所が村なのか街なのか、それすらも記憶にない。
そのくらいの気持ちと年月で、ネモフィラとして、生きてきたのだった。
ネモフィラはこの異世界に産声をあげてから、大いに能力を使った。
幸いにして、この世界では魔術や魔法が当たり前の世の中で、誰もが使えるわけではないが、能力を持っていることでいじめられたり、疎まれる環境ではなかった。
母の胎内にいる頃から、ネモフィラは自我があり、意識もあり、物心つく時期にはひとりで旅を始めた。
誰もいない森の中で、心ゆくまで魔法を使ったことを忘れない。
夜空に打ち上げた火花の魔法、花を咲かせて花びらを舞い散らせる魔法、星を隠す雲を散らせる魔法ー。
思いっきり能力を使ったあの夜のことは、決して忘れることはなかった。
そうして、自分自身のために生き、力を使う快感をひしひしと感じのだった。
今まで塞がれていた欲望が一気に放出されたことをきっかけに、ネモフィラの能力は錬金的にさらなる高みを見せた。
抑圧されて行き場を失っていた力が、まるで自らの意志で成長するかのように、振り幅を増やしていった。
ネモフィラは、持って生まれたセンスと想像力で、数々の新しい魔法を生み出した。
そのうちの一つが、“精神分離の魔法”だ。
魔法で肉体と精神を分けるという、極めて高度な魔法術を編み出した。
精神分離の魔法は、対ロキ戦のときに、ヒルナがイズミにかけたものである。
しかし、この魔法はハイリスクローリターンという代物で、なぜこんな面倒な魔法をネモフィラが作り出したのかは甚だ謎だった。
精神分離をしても、結果として幽体離脱の状態に等しく、精神世界では生きることはできるが、すぐに元の肉体に戻らなければ、一生精神として生きることを余儀なくされる。
そんな算段な魔法を大魔法使いともなった人物が作るのには、誰も理由を見つけられずにいたし、そんなことはどうでもよかった。
皆々は、ネモフィラが大魔法使いであることや、その魔法で恩恵をうけること、この2つがあれば彼女が魔法を新しく作り出す理由なんて、露知らずだ。
ネモフィラは、自分のためだけに生きるというただひとつの目的のために生きていたが、その裏側にこそ、やはり真実がある。
長年、八枝子として生きていた頃に愛を交わしあった武政のことだけは、どうしても忘れられなかった。
自分をありのままに愛してくれて、体も心もすべて捧げてくれた武政だけが、どんな忘却魔法を使っても、ネモフィラの記憶からは消えなかった。
それは、武政を最後の最後まで救えなかった呪いのようにも思えた日もあれば、“私を忘れないで”という武政からの愛のメッセージにも捉えることができた。
心の葛藤が起こる度に、ネモフィラの胸の中には、深く深く武政との温かい日が思い起こされ、刻まれていくのだった。
八枝子からネモフィラに転生をする間、ネモフィラは不思議な夢を見た。
武政がいて、ふたりの間には子供がいた。
決して子供ができる間柄では無いが、ふたりの間には、二人に良く似た赤子が顔を真っ赤にして泣きじゃくっている夢だった。
武政は男のままの姿だが、赤子に乳をあげながら、「よーくお飲みよ」と母性を感じずにはいられない光景が広がっていたのだ。
そして、赤子がお腹いっぱいにお乳を飲むと、「ちょっとだけ…」と言って、男物の着物をはらりと床に脱ぎ捨てて、ネモフィラ(八枝子)の着物を一枚ずつ丁寧に剥いでいった。
そのあとは、“普段外には見せないところ”をお互いに優しく撫でたり、触ったり、舐めたり、吸ったりして、お互いの愛を肌に刻み合った。
最後はふたりで汗ばんだ裸の体を強く抱き締め合いながら、乱れた息を整えて、押し寄せた快感の余韻を感じていた。
そうするうちに赤子が目覚めて、またほぎゃあほぎゃあと、泣くのだ。
それが合図となり、ネモフィラとして異世界でうふ声をあげた。
つまり、転生をする間だけ、ネモフィラは武政と現実ような逢瀬を交わすことができるのだ。
これを死の間際ではなく日常的に体感するために、ネモフィラは“精神分離の魔法”を開発したが、結果はそぐわなかった。
それでも、“いつかは”と願い生きることは、決して辛いことではなかった。
異世界を旅して、様々な人に出会い、自分の能力が直に感謝される喜びを感じていた。
そんなある日、転換期が訪れた。
ある村で行われている謎の熊を神とする儀式を止めたときだった。
突然長いローブを被った人物が目の前に現れてこう言ったのだ。
「永遠の生き死にに、興味はないか?」と。
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