生まれ変わった八枝子の新たな人生
八枝子はどこにでもある農村の娘として生まれ変わった。
私は大いに喜んだ。
卑弥呼のときの両親も大層良かったが、神事につくものだったので、結果として私が女王に君臨してしまった経緯もある。
農村の娘であれば、どこか適度な年齢にそこそこの男と結婚して、子供をもうけるという未来が果たせそうだ。
私は卑弥呼の時代の記憶や、転生しても引き継がれた自分の“能力”については、黙っておくことにした。
これだけ守れば、私には“普通の人生”があると思っていたのだ。
しかし、誤算だった。
考慮にいれるべきは能力や記憶などの内側のことではなく、この時代は外側だったんだ。
私の両目は、生まれながらにして湖のような色をしていた。
髪は墨のように真っ黒なのだが、瞳の色だけは水色で、これは卑弥呼のときからそうだった。
卑弥呼のときは、それこそ“神童”という扱いだったので、特に何も外見に気を配る必要はなかった。
それに、基本的に社の中にいて、一日中占いをするような日々だったので、ひと目につくことはほぼ無かった。
身の回りは顔が知れた侍女がやってくれていたし、謁見は暖簾越しだったので、特に瞳の色なんて気にしたことはなかった。
しかし、農村の娘ではそうはいかない。
侍女もいなければ、暖簾もない。
貧しい村ということもあり、兄弟は上に4人、下に6人もいた。
肥沃な土地でもないので、外の畑で働かなければならない。
どんなに隠しても目は隠せない。
瞳の色を誤魔化すことは、できなかった。
卑弥呼の時代に称賛されたものは、八枝子の時代では悪になった。
私は幼少期からいじめに遭い、石を投げられるのはまだまだ優しいくらいで、死んだ動物の死骸や虫の脱け殻を投げられたり、馬や牛の糞を浴びるのは毎日のことだった。
その様子を見かねた母は、八枝子が六歳の頃に「失明をしたことにしよう」と提案をした。
母は白のたすきで私の目を覆ったのだ。
そして、「八枝子は昔からの視力が悪く、そのおかげで瞳の色もおかしかった。今はもう失明をしたので、たすきで覆っている」と事あるごとに村人に言って廻った。
母の甲斐性もあって、逆に私は“可哀想な者”として扱われるようになった。
目が見えなくてどれほど不便か、不運な娘だという立場になった。
おかげで、もう石や死骸、糞を投げられることは無くなった。
外に出るときだけ、白いたすきを目に当てて、家に入ると外すという生活をした。
見よう見まねで、盲目なふりをした。
それまで村人は盲目の人を見たことがなかったので、すぐに村人は信じた。
そうして、平和なときが10年過ぎた。
八枝子が16歳の時、前例がないくらいの大飢饉に襲われたのだ。
雨が一滴も降らない月が何ヵ月も続き、蓄えも無くなり、村の皆がいよいよ自分の墓のことを考え出したそんなときだった。
無論、私は自分の能力で、その大飢饉は予期していた。
しかし、口は災いのもとである。
私は誰にも口外せずに、ただただ黙っておくことにした。
そのうち、「八枝子は視力も言葉も失った」と言われるようになった。
でも、それくらいがちょうどよかった。
毎晩自分を殺しに来る刺客も居なければ、生き埋めにされることもない。
わたしにとっては、幸せな日々だった。
飢饉のことは事前に予知していたので、予め蓄えを多めにしておいたので、両親と10人の兄弟は誰一人として飢え死にせずに済んだ。
そして、八枝子が17歳の時、遂にお見合いの話が舞い込んできた。
八枝子は普段はたすきをしているが、それをしていても、村では美人だと、顔立ちは美しいと言われていた。
濡れたように黒光りする黒髪は、健康の象徴であり、元気な子供を埋めそうな印象を与えた。
特に大きな病気もせず、視力がないだけで、他は嫁に出しても問題はなさそうだった。
しかし、この時代はまだ医療も科学も全くもって発展していなかったので、盲目が生まれた子供にも遺伝すると思われていた。
それもあって、八枝子は美人でいながら、貰い手がなかった。
だが、そんな八枝子を貰いたいという若造が一人だけいた。
それが、武政である。
後に、ネモフィラとして、そして毎年生き死にを繰り返すきっかけとなる重要人物である。
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