元魔法使いとの交渉:交換条件 心臓
ネモフィラさまが目覚めたのは、夕方と夜のちょうど間くらいの時間帯だった。
空の橙色が紺色と混じり、星がうっすらと輝きを増し始めたとき、「ん…」という寝言と共に、ゆっくりと瞼を開けた。
ネモフィラさまの寝顔は、女神さまのように美しかった。
長いまつげは、琴の琴線のようにピンと張りがあり、上向きに自然にカールされている曲線は色気すら感じるものだった。
私たちはネモフィラさまを囲むようにして座っていた。
「ネモフィラさま…!」
開口一番はパラだった。
パラは思わずネモフィラさまに勢いよく抱擁をした。
「よかった…よかったです…本当に…!」
目から鼻からいろいろな液体を垂れ流しながら、パラは喜んでいた。
「パラありがとう。早速だが、頼まれごとを受けてくれないか?
ジゾウソウとクギョウダケ、そしてマンダラの実をできる限り取ってきてくれないか。まずは私のからだの修復をさせてもらいたい。
村のものには、私は無事だと伝えてくれ。大丈夫。なぁに、毎年のことよ。ネモフィラは不滅だ」
パラの両肩に両手(両翼)を優しく置き、優しい瞳で言った。
「わ、分かりましたぁ…」
パラは嬉し泣きで顔をくしゃくしゃにしながら、ふらふらと走って部屋から出ていった。
「…さて」
しばしだが、しんと静まり返りピリッとした緊張感が空気を伝わった。
その中言葉をいちばん最初に発したのは、ネモフィラさまだった。
まるで椅子の背もたれに体重を預けているかのように、すらっと腰から直角に折り曲げて、姿勢よく布団から起き上がっていた。
ウェーブした水色の髪は豊かに背中をつたい、扇状に枕の上に広がっていた。
「命を助けてくれたことにはお礼を言おう。感謝する。
お前たちの望みは何だ?」
パラに言ったときとは異なり、冷たい雰囲気を感じた。
「別に好きであなたの命を助けたわけではないが、その言い方はどうなのだ?
ミーに頼まれたこともあり、こちらも必死になっていたが、何だか誉められたものではなさそうだな」
いつになく珍しくヒルナが、怒りの色を出している。
「ほう。イズミには奴隷契約を結んだ奴が入るのか?
異世界から来て早々に運が良かったな」
「ミーの話は関係ない。我々は、あなたに徐魔法を依頼しに来ただけだ。それだけ済めばすぐに立ち去る。この村のことは関与しない」
「私はすでにイズミに交渉条件を伝えた。飲まないのであれば、交渉決裂なまでよ」
「心臓を渡せと?正気か?
大魔法使いとも吟われていたあのかの有名なネモフィラさまが、どうしてそこまで心臓にこだわる?
心臓くらい作るのは容易いだろう。生命に関わることは難しいかもしれないが…」
「心臓なんていくらでも量産できる。私がほしいのは、“生きた心臓”なのだよ」
「あなたは心臓を得て、何をする気だ?」
ヒルナとネモフィラさまは淡々と言葉を交わしながらも、冷たい戦いを続けていた。
「エルフには関係はない。その先は私の私的事項だ」
「言い方がよくないのは予め断りをしたいが、村人の中には熱狂的にあなたを慕っているものがいる。心臓を捧げてくれるものがいるのではないか?」
「なんでもいいわけではないのだよ、赤髪のエルフよ。
やはり交渉は決裂だな。さぁ、帰ってくれ。そしてこの村から立ち去るがいい。
ロキよ。昔は世話になったな。しかし、もう私は“昔の私”ではない。また何か実りがある話があれば、顔を見せてくれ。旧友の顔を見るのは悪くないよ」
ネモフィラさまはそう言ったっきり、布団に潜り込んで寝てしまった。
話しかけても返答はなく、ネモフィラさまが病み上がりなこともあり、私たちは泣く泣く場を後にすることにした。
村の奇病、ネモフィラさまが毎年生き死にを繰り返す理由、そして裏で手を引く謎のローブの人物。
知りたいことは山ほどあるのに、分かったことは塵芥にも満たなかった。
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