惨憺の姫、死に至る病、そしてー
「急いで。とにかく、安静な場所に連れていきましょう」
この状況は、誰が見ても危険であることは明白だった。
血を吐くネモフィラさまの顔は蒼白しており、白目を向きながら痙攣をしていた。
「?!」
赤黒い血の中に、何か個体のようなものが入っているのが見えた。
「これは…?」
見てみると、それは先が鋭く尖った固い物質だった。
釘のような、でももっと石器のようにも見える。
「お姉ちゃん、移動魔法でネモフィラの寝室まで飛ばすから、一緒に来てほしいのじゃ」
見た目は小学生くらいだが、中身は何百歳も重ねている玄人で、時の神クロノスを父に持つクロノは、冷静に状況を判断していた。
「うん、行くわ」
私はネモフィラさまが吐いた血の中にある物体が気になったものの、まずは彼女の命を優先させるのが先だ。
クロノガ魔法でネモフィラさまの体を宙に浮かべた。
そして手を差し出すクロノの手の中に乗って、移動魔法で転移をした。
広場には心配そうな視線を送る村人ばかりだった。
そんな人々の視線を背中で感じながら、私はクロノが出してくれた魔方陣と共に光を放ち、姿を消した。
「ハァハァ…ッ」
荒い呼吸が部屋の中で静かに響いた。
「…ゴフッ…」
寝床に横たわるネモフィラさまの額は汗でぐっしょりと濡れて、息をするのも辛そうだ。
「パラ、ネモフィラさまに何が起きているか分かる?」
動揺するパラをなんとかなだめようと、話しかけてみた。
そして、何か対策が打てるかもしれない。
「あ…あぁ…そうですね…数年前からよくこうして体調は崩されるようになりました。
でも今回はいちばん大変です。
今までは鼻血がよく出たり、息が切れやすかったり、脂汗が出たりでした。
それでもネモフィラさまは、“待てば治る”と言うので、私たちは従うまででした。
どうしましょう。ネモフィラさまが…不死のネモフィラさまが、亡くなられてしまったら…」
パラは崩れるように床にしゃがみこみ、そしてわんわんと大きな声で泣き始めた。
(なだめようとしたのが、仇になってしまった…)
「ミー、待たせた。ネモフィラの様態は大丈夫か?」
暖簾の奥から急いでヒルナとロキが姿を現した。
「見ての通り、かなり深刻なの…。
ねぇ、ヒルナは回復魔法が使えたわよね?なんとか、できないかな?」
ヒルナは寝床の上で痙攣を起こし、口から泡のような涎を出し始めたネモフィラさまを確認した。
「…できる限りやってみよう」
ヒルナはマントを翻して、すぐにネモフィラさまの処置に当たった。
「パラ、服を脱がさせてもらうぞ」
「あ、はいっ」
パラは返事をしたものの、腰が抜けて動けないでいた。
そのため、ヒルナが率先してネモフィラさまの服を脱がせた。
豪華に纏ったこの服は、着物に似ていた。
それに、漫画やアニメで見たような花魁道中が着るような本当に手の凝った派手なものだった。
何枚も重ね着をしている服を剥ぎ取り、胸が露になった。
小高い丘のようにそびえるネモフィラさまのその両乳房はとても形がよく、陶器のようにすべらかな肌をしていた。
「…?!」
しかし、皆がある異変に気づいた。
「…これは…」
どう説明をつけようか。
そこにあるはずのものが、“ない”のだ。
「…できることはやる…!」
ヒルナも困惑をしていたが、ネモフィラさまの胸に両手を添えて光を彼女の体の中に入れていった。
金色の光が部屋中を明るくする。
この回復魔法は相当の体力と集中力を必要とするのか、ヒルナはいつになく真剣な眼差しで、そして額に汗をにじませていた。
しらばく経つと、血を吐いていたネモフィラさまの呼吸が整い、そして顔色が戻ってきた。
痙攣も収まり、口から泡も吹かなくなった。
「…ヒルナ…やったね!ありがとう!すごいよ!」
「…ミー。なんとか一命は取り止めたと思う。しかし、私は医者ではない。あくまでも一時的処置にしかならない。
なぁ、パラ、この村の医者を早く呼んでくれないか」
「…それがですね…。ネモフィラさまがお医者様なのですよ。魔法で私たちを治療してくれるんです」
パラは申し訳なさそうに言った。
「なるほど。それでは、この胸の謎も本人にしか分からないな」
「…はい」
私たちは、すーすーと息をして眠るネモフィラさまの胸に注目した。
“胸がえぐれている”とでも言った方がいいのだろうか。
ないのである、心臓が。
ぱっくりと地面のそこが見えるのだ。
まるで穴の空いたドーナツのように、ネモフィラさまの心臓は貫通して向こう側が見えていた。
そんなこと、ありえるのだろうか?
「まぁ、これで仮はできたわけだし、命も助けたから、言うことはないよね、ネモフィラ?」
ロキは少し嬉しそうに旧友の寝顔を眺めていた。
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