交渉決裂、惨憺たる姫の指先が向かうところ
「心臓って、私の心臓のことですか?それを…差し出すって…」
「そうだ?他意はない。イズミ、お前の心臓を捧げよ。そうすると、お前を元のからだに戻してやろう」
ネモフィラさまは青色の瞳を真剣に向けて言った。
「いや、でも、心臓がなかったら私死んじゃいますよね…?」
「そうだが?」
ふわふわの耳を羽となった両手で毛繕いしながら答えた。
「だが、元のからだには戻れる。望みは叶うだろう?そうでなければ、お前は一生その姿のままか、そのうち空気中の塵芥になるだろう」
「そ、そんな…」
心臓を捧げよと言われても、そうそう「はいそうですか」と言って渡せるものではない。
しかし、ネモフィラさまの雰囲気を察するに大真面目であることは変わらない。
「無理ならば話は進められない。今日は忙しいのだ。立ち去ってもらおう」
「え、まだ話は終わってないです」
「なんだ、心臓を捧げる気になったか?」
「いえ、心臓は無理なので、別の方法をお願いしたいんですが…あの、ネモフィラさまが再誕されてるのってどうしてなのですか?獣化されたり、ちょっと不思議だなって…」
ここで引き下がっては、ここに来た意味がない。
「あ?諸々はパラに聞いてくれ。対外対応はパラの家の役目だ」
「いえ…そうではなくて…」
回りくどく言っても埒が明かない。
ここはストレートに言うしかない。
「100年前、誰かと取引をしていますよね?長いローブを被った人物と。そして、誰かと会うために、取引をしていましたよね、洞窟の奥で。
それがこの村の災いのきっかけなんじゃないですか?たくさん人が亡くなった…」
「黙れ」
言いきらないうちに、ネモフィラさまから制止された。
どこまでも冷たく尖った言葉と視線を感じた。
「やっぱり本当なんですよね?そのとき、心臓を取られましたよね?それが契約の印ってことですか?」
「もう一度言う、黙れ」
地に響くような声だった。
「最後の警告だ。言うことを聞かないと大きな声を出してパラを呼ぶ。
この村では、お披露目前の私に会うことはご法度とされる。いくら私がロキと知り合いでも、お前の罪は許されない。
この意味が分かるなら、すぐにそこの窓から立ち去れ」
この威圧的な雰囲気は、紛れもなく“魔法使い”のものだった。
いくら擬獣化しているとは言えども、相手は魔法使いだ。
私の何百倍の魔力を持っていて、それでいて大魔法使いとも言われるほどに強大である。
潜り抜けてきた場数なんて、私の非ではない。
次の瞬間には、命がないとも思えるほどのさっきも感じた。
「…ごめんなさい」
一旦はこの場を立ち去ることにした。
相手が心に壁を貼っていては、どんな言葉も訴えも届かない。
入ってきた窓の隙間に向かって真っ直ぐに飛んだ。
「でも、ネモフィラさま。勘違いだったらごめんなさい。
なんだか、あなたがとても悲しそうに見えたの。とても、とても悲しい目をしているように見えたの。
だから、助けてあげられたらなって。
迷惑なところすみませんでした。お披露目の儀、楽しみにしていますね。失礼します」
そして振り返らずに、真っ直ぐに縦穴式の寝床に向かっていった。
ネモフィラさまはどんな顔をしているのかは分からなかった。
ただ、あの殺気は感じなかった。
そして、あんなにも澄んでいた空は、厚い雲に覆われ、灰色の影を村全体に落としていた。
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