無花果の出産、それはまさに人成らざるもの
黒く高い木の枝の先に大きくひとつだけ実るのは、これから産まれようとするネモフィラさまの卵のようだった。
しかし、それは卵と言う形ではなく、完全に無花果の形をしたものだった。
昔、私が元の世界にいたときに、おばあちゃんの庭先に生えていた無花果の木を毎年見ていたので、見間違えることはない。
「あぁ…ネモフィラさま…!」
村人の大半か集まっているのではないかと思うほど、この村はずれに集まった人々の数は多い。
そしてこの異常な熱気を私は何だか慣れないでいて、寧ろ居心地が悪いとも感じていた。
「人は、果実から産まれることもあるのね」
「そんな話は聞いたことはない」
「この世界では、こどもはどんな風に産まれるの?」
「それは、男女が愛し合って、女性が痛みを伴って命がけで生むのだ」
「なるほどね。私の世界とも同じだ」
ヒルナもこの景色に違和感を感じているようだった。
果実から人が産まれるわけはない。
産まれていいわけがない。
増しては、ネモフィラさまもかつて私と同じような異世界から来たものだ。
果実から産まれてしまったら、それはもうヒトとは呼べないのではないだろうか。
「あ!始まったぞ!」
村人の一人が叫んだ。
全員が無花果に熱い視線を送る。
私たちも息を飲んで、その光景を見守った。
無花果は、まるで生きているようだった。
過去にテレビで人間のこどもの出産シーンを見て、トラウマになったことがある。
無花果の出産も、まさにそれだった。
定期的に押し寄せる陣痛のように、大きな波があるときはその体を大きく揺さぶり、陣痛が過ぎたときには、穏やかな波に体を預けるように、枝からぶら下がっていた。
無花果には、口がない。
それがせめてもの救いだった。
もしも、無花果に口があったのなら、それはもう痛みで悶絶していることだっただろう。
ネモフィラさまを産み出すと言う無花果は、そのあと一時間ほど痛みに耐え、そして汗を長し、割れ目からドロッとした半透明な液体を出した。
そして、割れ目が枝の付け根から先まで通ったとき、ネモフィラさまが“産まれた”。
割れ目から卵の白身なようなドロリとした粘着質なものにつつまれて、無花果からゆっくりと地面に着地をした。
そのドロリとした白身が地面に着地するときの衝撃を和らげてくれたので、ネモフィラさまは傷ひとつつけることなく、産まれ落ちた。
無花果は役目を終えて、枝の先にブラブラと垂れ下がっているだけだった。
私たちの前にすでに30人ほどの村人の列があり、産まれ落ちたあとのネモフィラさまの姿は確認できなかった。
しかし、ぬるりと落ちるときに見た姿は、人間の姿そのものであり、真珠のように艶やかなからだの色が見えた。
「すみません、付き人のパラです。お世話いたしますので、みなさん道を開けてください」
パラは、人混みを掻き分けて、ネモフィラさまのもとへ向かった。
クロノもヒルナもロキもその場から動けないでいた。
こんなとき、私のこの光の集合体の体は便利なもので、人の頭の上を飛ぶことで、自由自在に移動できる。
「ネモフィラさま、おつかれさまです。ゆっくりお休みになってください。お世話はこのパラがいたします」
「…」
ネモフィラさまは何も言わなかった。
口にまだあの白身のような乳白色の半透明の膜があり、話せないでいるのかもしれない。
パラが優しく膜を拭くと、その中から出てきたのはー。
「これが、ネモフィラさま…?」
草の上の地面で横たわるその姿は、100年前と全く変わらない若々しい裸の女性の姿だった。
長くウェーブした水色の髪を豊かにまとったその姿は、人間を超越した、異界の存在ー。
そして、この村に災いをもたらした張本人。
ネモフィラさま。
あなたは、一体何者なの?
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
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