”惨憺の姫”の秘密、謎の儀式
ネモフィラさんがいるという場所に向かった。
そこは、村長がいた高床式の住まいと同じ作りだった。
木や蔓で作った階段を上るときに、ネズミ返しが建物に施されているのを見て、本当に歴史の教科書の世界に来た気分だった。
異世界転ではなく、まるでタイムスリップのようだ。
切った木と蔦で作られたはしごをみんなで登ると、上にネモフィラさんのお付きのような方が待っていた。
「ネモフィラさまは、こちらでお休みされています」
その女性は真っ黒な髪を豊かに伸ばして、おしりの辺りでひとつ結びにしていた。
おでこには、縄を結ったような髪飾りをしていた。
麻の着物を切って簡単に縫った衣装に、腰に長い巻き物をしている。
民族の象徴を感じさせる独特の刺繍がしてある。
異世界のイメージは、なんとなく西洋のような雰囲気があるが、こうしたアジアを感じさせるような場所もあるのだとなんとなく思った。
そして自分がこうしてあまり物事の本質と関係ないことを考えているのは、自分に余裕がないからだと悟り始めた。
今自分は、光の粒の集合体だ。
顔なんてなく、光る玉が宙に浮いているだけだ。
それもあって、みんなが登る梯子も登らなくていい。
もっと言えば、自分の情けない顔が表情に出ない。
それが何よりも救いだった。
強がってはいるものの、もう二度と自分の体に戻れないと言われるのは、なかなかに衝撃的で絶望的だ。
一抹でも、元の世界に戻れるかもしれないと淡い期待を抱いている自分を本気で殴って現実に引き戻したくなるくらいの心の落ち様だ。
もう二度と手足を動かしたりできない。
ずっとこの無機質な体のままなのだ。
「ネモフィラさまはいま安らかに眠っていられますので、どうかお静かに」
「もちろんだ」
ヒルナは全員を代表して、付き人に言った。
「先ほどのお姿と少し違いますが、ネモフィラさまでお間違いありません。どうか驚かれずに」
付き人はそう言うと、入り口に戻って、次の来訪者の案内のために待機を始めた様だった。
高床式のこの空間はとても広かった。
木で作られた天井は高く、成人男性が肩車をしても天辺には届かないくらいに開放的だ。
全体的に茶色の木の色がぬくもりを感じさせてくれて、灯の代わりにつけている炎のオレンジが、さらに雰囲気を作っている。
その部屋の奥にネモフィラさまは眠っている。
体の周りにたくさんの花びらを散らして、食べきれないほどの食べ物の御供物がある。
果物や肉、木の実や魚、お米やパンの様なものがある。
さながら本当のお葬式のようだ。
「いける?ロキ」
私はロキを気遣って、声をかけてくれた。
「うん。大丈夫だよイズミありがとう。さっきは動揺してしまってすまない。大切な人をなくすのはらトゥリアで最後だと思っていたんだ。まさら不死身のネモフィラがこんなにあっけなく亡くなると思わなかったんだ。昔よくね、先に死ぬのはどっちだなんて賭けをしていたんだよ」
ロキの顔は笑っていたが、心からの笑いではなかった。
心は雨の涙で溢れている。
切ない、笑顔だった。
「ねえ、お姉ちゃん、このおばあちゃん、なんだか変じゃない?」
クロノがネモフィラを覗き込む様にかなりの近距離でじっと観察している。
「クロノ、あんまり近くで見るものじゃないよ。敬意を払わないと」
そう言って、クロノからネモフィラさまに視線を私も移した_。
クロノが言っていることが理解できた。
祭壇の上に横になっているのは、老婆ではなかった。
「なにこれ・・・?まるで、木みたい。黒い木・・・」
なんとネモフィラの肌は木の皮の様に硬くざらざらとしていた。
白い肌は浅黒くくすみ、次の瞬間には木になってしまうのではないかと思うほどの硬直ぶりが離れていても分かる。
さらに腕や脚など露出が見えるところからは、木の枝の様な細長い何かが生えているのが見て取れる。
「何が起こっているの・・・?」
「ミー。これは何かありそうだぞ」
ヒルナも何かを察したらしい。
「私、見たことがある。この色、どこかで・・・あ!」
「イズミ、何か分かったのか?」
「うん、これ、この色、この村に来るときに通った森林に生えていた木々に色がそっくり。そっくりというよりも、むしろ・・・」
そこまで言うと、後ろから声がした。
「さすがネモフィラさまのご友人の方ですね、察しが早い。そうなのです。森や村を囲むこの木々はすべてネモフィラさまなのです。もっと正しく言えば、ネモフィラ”だったもの”。すべては、ネモフィラさまの尊い犠牲の上に、この村は成り立っています」
付き人は節目がちにそう言った。
「詳しく、聞かせてもらえるかな?」
ロキが言った。
「ねえ、ロキ。これって、ネモフィラさまの別名である”惨憺の姫”の儀式と関係あるの?」
「ううん、違う。”惨憺の姫”の儀式ももっと酷いが、こっちの方がたちが悪そうだ」
風が吹いて、炎が揺れる。
重い空気の中で、ネモフィラさまの儀式の話が始まった。
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