【第2章】”惨憺の姫”のいる村
真っ青な空はどこまでも澄んでいて、私が鳥ならこの青空を飛ぶ気持ち良さに、空と一緒に溶けてしまいそうなほどだった。
「よし、準備はオッケー。と言っても、もともと手ぶらできたから、準備もなにもないんだけどね」
商人であるウカの家を出て、ウカの遠い祖母に当たる魔女のヤァヤァからの依頼で、馬顔の執事であるアロゴのユニコーン殺しのために来たのが始まりだった。
その後、命を懸けた大狼フェンリルとの戦いや歴史にその名を刻むロキとの精神世界での戦いを経て、全員が無事に帰ってきた。
その後、ロキのもとの姿であるユニコーンの角から、アロゴの失われた両手を再生させた。
さらに驚くべきことには、魔女のヤァヤァは魔女法ギリギリの危険な“命(肉体)の再生”をやってのけ、アロゴのかつての恋人であるカブイーラの赤子までも再生に成功したのだった。
万病に効くと言うユニコーンの角には、強大すぎるほどの治癒能力があり、粉末にした角を元に、かつてアロゴが無心状態でカブイーラの胸から意図せず引き抜いた心臓から赤子の姿にまで魔術をやった。
こんなの、前にいた世界では絶対に体験できない。
パソコンの前でカタカタとキーボードを売っていたり、上司に形だけの営業報告をしたり、SNSで友人の勝ち誇った投稿を見ているときには絶対に感じることができなかった。
私はいま、異世界で生きている。
「ミー、準備はできたか?」
「うん、OKだよ」
それじゃあ、行ってくるね。
私はベッドの上で横たわる自分のからだに別れを告げた。
血色はとてもよく、一目見ただけだと、まるで寝ているようにしか見えない。
みぞおちの辺りで手を組み、寝ているのは私の肉体だ。
先のロキとの接触のときに、からだと精神を分離させたのだが、私が肉体に戻るのが遅かったがために、肉体の方の扉が閉じてしまい、戻れなくなってしまった。
しかし、ロキが徐魔法ができる魔法使いを知っていると言うことで、私たちは今からその村に向かうのだ。
部屋を後にすると、クロノとヒルナが先に玄関で待っていた。
「クロノ、もう不貞腐れるのやめよう。わざとじゃないからさ」
「ふん。クロノばっかり除け者にするとは。今回ばかりはお姉ちゃんもいじわるじゃな」
「クロノは二日酔いだったのだから仕方がない。朝まで飲んでいたところを寝床まで運んだのは私だぞ。それに回復魔法までしてやっただろう」
アロゴへのサプライズのときに、クロノは二日酔いでダウンしていた。
そのことを寝に持っているらしい。
「ふん。それでもクロノはヒルナ嫌いじゃ」
ぷいっとそっぽを向いて、緑の髪を揺らした。
何故かは分からないが、クロノはヒルナと初対面の頃から毛嫌いしている。
「ここからの旅はクロノがいないと立ち行かない。それに、ロキとの戦いの時は、クロノがいなければ何の手柄も得られなかった」
ヒルナがフォローするが、効果はなさそうだ。
「クロノは未来が見えるみたいだけれど、こういうのは先読みできないんだね」
後から玄関に来たのはロキだ。
「クロノが見えるのは大きい分岐点だけじゃ。こうした日常の些細なことは拾えぬ」
ふんっとまたそっぽを向いてしまった。
「まぁまぁ」
何とか宥めようとしても、箸にも棒にもかからないクロノだった。
「ほんぎゃあ!おぎゃあ!」
いきなり大きな声がして、全員が驚いて声の方を見た。
「カブイーラ、待ってください、お腹が空いたんですか?さっきミルクを飲んだばかりじゃないですか」
廊下の奥から歩いてきたのは、小さな白い子馬を追いかける顔が馬で体が人間のアロゴである。
「あひゃひゃひゃひゃー!」
その先を走るのは白銀の馬である。
しかし、アロゴとは正反対に上半身は人間で下半身は馬である。
白銀の髪を揺らしながら、楽しげに廊下を走っている。
「カブイーラ!もう走れるようになったのね!やっぱり馬ってすごいわね」
「育児は時間を忘れさせてくれるな。アロゴ、屋敷の仕事に育児に大変だが、行ってくるぞ。ヤァヤァによろしく頼む」
「ひゃはー!」
「じゃあ、クロノ、移動魔法よろしくね」
「みなさま、いってらっしゃいませ!お気を付けて」
「ふん、クロノがいないと何にもできないのじゃな」
賑やかな門出だった。
明るい未来を思わず期待してしまうような、楽しい時間だった。
名残惜しいこの瞬間に別れを告げて、新しい旅に出よう。
「いざ、徐魔法の魔法使いがいる“惨憺の姫”の村へ!」
物語は、異世界5日目である。
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