あなたの名前を聞かせてほしいな
「帰ってきた…」
この地を離れたのは、今朝早くで、今はもう12時間以上経っている。
さらに言えばここには一泊しか滞在していないものの、この懐かしさや居心地の良さは、実家以上の包容力かもしれない。
「お帰りなさいませ」
馬顔の執事であるアロゴが、深々とお辞儀をして私たち三人を出迎えてくれた。
忠誠を示すかのように胸には手袋で覆われた手を当てて、鍛え上げられた筋肉質な体が執事服越しにも感じ取れる。
「イズミさま…そんなお姿に…」
「あぁ、これ?大丈夫よ。意外と快適なものよ。どこに行くにも歩くより自由だし、お腹も空かないし、トイレにも行かなくていいし」
私はヒルナとの約束である帰還時間を越えてしまったがゆえに、肉体に戻れなくなくってしまったのだ。
私の体は空っぽの肉の塊になってしまっている。
クロノが移動魔法で先にこのヤァヤァとアロゴの館に肉体だけを移動させていた。
(幽体離脱ってこんな感覚なんだろうな…)
ベッドに横たわる時分の姿を見るのは、なんていう感覚なのだろう。
仮に死んだときに、魂が体体抜けると、眼下に自分の遺体を見ることがあると聞いたことがある。
しかし私はまだ死んでいない。
さらに言えば、精神だけが体から抜け出したので、魂は体の中に留まっている状態である。
生卵から、黄身だけが抜け出したということだとクロノは分かりやすい例えで教えてくれたが、私には例えはしっくり来なかった。
ヒルナ曰く、基本的に一度精神と体が分離してしまうと、二度と元には戻れないらしい。
精神が体から抜け出ると、しばらくは抜け出た穴が開いているらしいが、体が他所の精神を誤って取り入れないように、唯一の扉であるその穴を塞いでしまうのだそうだ。
その穴をこじ開けることは並大抵の魔法などではうまくいかず、肉体を離れて外の空気に毒された精神を体が受け入れることを拒んでしまう。
その結果、肉体は捨てて、精神のまま過ごすことになる。
「ミーの体は必ず私が直して見せる」
「クロノだって直せるもの」
私の体を囲って二人が言葉を交わした。
光の集合体の私は、今は私だと分かるのはここにいるメンバーだけだ。
あと、一人を除いては。
「ユニコーンの正体が分かったそうですね」
アロゴは、私に向き直って言った。
「うん…でも、アロゴさんの村を襲った犯人ではなかった。ごめんなさい」
「いいんです。少しでも、事実が判明されたのであれば私も報われます。それに、彼も被害者だったのでしょう」
アロゴさんは廊下へと視線を移した。
そして、アロゴさんはゆっくりと執事服が乱れないように歩き、廊下にいる人物に向かって話しかけた。
「そこにいては、イズミさんのお体は見えませんよ」
「でも、僕…」
「お話は伺いました。というよりも、イズミさまの視線をお借りしておりましたので、すべて認識いたしました。
今はあなたのことは恨んではおりません。あなたも同じく大切な人を亡くした仲間なのでしょう」
「う…う…っ」
白の少年は崩れ落ちるように泣き出した。
「あぅ…うぅ~…っ」
「どうされました?」
「僕、こんなに優しくされたこと、ないんです。イズミに出会ってから、たくさんの優しい言葉をかけてもらって、僕、どうしたらいいのか…」
泣きじゃくる姿は、どこにでもいる普通の少年だった。
この少年が優しさをもっと知っていたのなら、今は別の結末を迎えていたのかもしれない。
「礼は形にして返すとよいぞよ」
廊下の奥からヤァヤァが優雅に歩いてきた。
「まぁ、それは私が言うことではなく、“本人が決めること”だがな」
ケンタウルスの角を立派に頭部から生やしながら、豊満な肉体を思いのままにして怪しく金色の瞳を光らせながら、また廊下の奥へと消えていった。
「僕ができること…」
白の少年は、泣きながら考えていた。
目からは涙、鼻からは鼻水を滴しながら、アロゴを見つめていた。
「まずは、休みましょう。精神の核から出てきたということは、精神的にも肉体的にも相当な疲労をしているはずです。
ごはんは腕によりをかけて作りますので、楽しみにしていてください。そして、もしよければ、私の村を大火に追いやった犯人を見つける手助けをしていただけませんか。
私はそれだけで、充分に恩を感じます」
「…あり…がと…う…」
再び白の少年は泣きじゃくりながら言った。
とてもきれいな涙だと思った。
白の少年の恋人であるラトゥリアさんも、きっと彼のそこに眠るこの純粋さに誰よりも気づいていたのかもしれない。
「そういえば、まだお名前をうかがっていませんでしたね」
「そうね、私も聞きそびれちゃったわ」
「僕の名前…?」
「そう、あなたの名前を聞かせてほしいな」
「僕の名前はロキ。トリックスターとも言われている」
そのとき、全員が固まった。
「ロキって、あのロキか?いたずら好きで頭がキレるあのロキか?」
「昔話の人ではなくて、巨人族にいたあやつか?」
「そう、僕はロキ。僕もなかなかに長生きなものでね」
「えー?!!!!!!」
その場にいる全員が白の少年の正体に驚いた。
なんと白の少年は、ダークヒーローの名を物にするあの有名なロキだったのだ。
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