赤目の野獣
当たり前だが、ユニコーンをこの目で見たのは生まれて初めてだった。
本や空想の中だけに住む架空の生き物だと思っていた。
しかし、今目の前にいるのは、紛れもなく立派な角をしなやかに生やした真っ白な一角獣のユニコーンだった。
音もなく、森の闇から姿を表したので、“高性能な何か”を感じざるを得なかった。
空気の揺らぎも、風の動きも全くなく、それはゆっくりとクロノに近づいていった。
クロノは当然怯えていた。
震えていた。
クロノは、ユニコーンの存在を知っていたし、過去に何度か見たことがあると言っていた。
しかし、やはり目前にしたユニコーンの威圧さや存在感は、幼いクロノにとっては耐えがたいものなのだろう。
それでも私とヒルナはクロノを助けにいくことはできない。
寧ろ、助けに行ってはいけない。
ユニコーンの敏感な感覚で、この作戦が囮だとすぐに気づかれてしまう。
私たちの目的は、ユニコーンを殺さずに、あの日の理由を聞き出すことだ。
アロゴの手を罪には染めない。
そのためには、今は我慢だ。
(クロノ…頑張って)
今は祈るしかない。
私はとことん非力なんだと思わされる。
何者かになんてなれなくてもいい。
自分の身近な者たちくらいには、幸せになってほしい。
ヒルナの光魔法では、モニター越しにも音声は届く。
それなのに、風の音や葉が刷れる音すら全く聞こえない。
ただ分かるのは、クロノはすぐに命が狙われているわけではなく、じっと見つめられているということだけだ。
それもかなり至近距離で。
まるでクロノが本当に処女かどうなのか、自分を騙しに来ていないのかを見定めているようだった。
クロノは瞬きをすることも忘れ、目の前のユニコーンの存在に圧倒されているようだ。
気を抜くと、額から立派に伸びている一本の角で、次の瞬間体を射ぬかれそうな雰囲気さえ、離れていても感じる。
決して気づかれないと分かっていても、自分自身で唾を飲むのさえ躊躇われる。
「あ…」
クロノが唇から言葉を漏らした。
「あ…あなたが…ユニコーン…?」
森全体が薄暗くどんよりとしたところなのにも関わらず、ユニコーンはその真っ白な体から柔らかな光を発していた。
そして、目は真っ赤な色をしていた。
私が見てきた赤よりも深く、おぞましく、毒々しい赤だった。
まるで、血のようにー。
クロノに話しかけられたユニコーンは、頷きもせずに頭を垂れた。
そして次に膝を折り曲げて、完全にクロノの前に膝間付き、そして地面に腹をつけて、休む姿勢を取った。
「え…うそ…」
思わず目を疑ったのは、ユニコーンがクロノに頬擦りを始めたのだ。
いつ鋭利な角が刺さってもおかしくはないのだが、ユニコーンは器用にも角がクロノに当たらないように上手く避けながらすり寄っている。
さながら猫のようだ、と思った。
聞いていたような獰猛さは全くと言っていいほど感じさせず、人によく懐く優しい生き物のようにしか見えない。
ユニコーンは完全に目元を緩めて、白いドレスに身を包むクロノにもたれ掛かっていた。
当のクロノも少し慣れたのか、肩の強ばりを少しだけ緩めて、両手で持つ白い蕾の花束を膝の上に置いた。
「これは…いけるか…?」
手に汗握るヒルナも、息を漏らしてひとときの安堵を噛み締めた。
「よし…ミッションスタートだね」
私は小声で作戦開始の合図をした。
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