愛する者を失う瞬間
翌日に、恋人であるカブイーラにプロポーズをすることもあって、興奮ですぐには寝付けなかったが、仕事と旅の疲労で次第に深い眠りについていた。
そして、目が覚めて、悲劇が起こった。
まず、耳をつんざくような大きな叫び声が聞こえて、ベッドを飛び出した。
真っ暗な夜だが、外は妙に騒がしく、鼻を掠める臭いですぐに家事が起こっていることが分かった。
慌てて自分の部屋を飛び出した。
家族は?親戚は?友人は?そして、カブイーラは?
頭の中がパニックになりつつも必死に冷静さを取り戻すために思考に集中させた。
ただ、意識が散漫になっていたこともあり、自室を出たときに躓いて転んでしまった。
「痛…っ」
父も母も寝ている時間だった。
まだ二人は起きていないのか。
とりあえず我が家にまだ火は移っていないようで安心したのも束の間。
暗闇に眼が慣れ始めたときに、自分がつまずいたものの正体が月明かりと共に照らされた。
「…母さん…?…父さん…?」
そこには床に倒れる二人の姿があった。
母と父は抱き合うようにして倒れ、そしてどしゃ降りの雨に打たれたかのように全身血だらけで倒れていた。
「母さん、父さん、どうしたの?大丈夫?すぐにお医者様を連れてくるよ!」
僕は二人を抱き寄せて、なんとか助かる道を探した。
「アロゴ…もう…いいんだ…。父さんたちは助からない…逃げろ…命を…カブイーラを守るんだ…」
それが最後の父さんの言葉だった。
母さんは、すでに事切れていた。
その顔は痛みの強さと死の辛さを物語っていて、とても言葉でなんか表せないほど、僕が知っている母さんの顔ではもうなかった。
父さんと母さんの血が全身についたことも分からず、僕は外に走り出した。
頭の中は大混乱で、何も考えられないくらいだったが、それでも、そんな状況の中でもカブイーラの身の安全を一番に考えていた。
(カブイーラ…カブイーラ…どうか無事でいてくれ…)
僕の唯一の生きる理由。
たったひとつの僕の光。
家の外に出ると、辺りは業火の炎に包まれていた。
どの家々からも火の粉が上がり、屋根よりも高く炎が立ち込めていた。
火の熱が体をじりじりと焦がしていく。
この火事に気がついた者たちが、僕と同じように家から飛び出してきた。
誰もがこの突然の出来事に混乱し、助けを求め、叫び声を上げながら逃げ惑っていた。
しかし、既に時は遅かったようで、家を出たすぐのところにある広場には、真っ黒に焦げた遺体がいくつも転がり、間一髪家から逃げた者たちも背中に炎をまといながら走り回っていた。
地獄絵図とはまさに、このことだった。
僕の家は炎の中心から幸いにして遠かったので、炎の被害はなかった。
とすると、何故父さんと母さんはあんなにも大量の血を流して床に倒れていたのか?
そんなことを考える暇もなく、僕はただカブイーラを探した。
「カブイーラ!カブイーラ!どこにいる?!」
血からのかぎり叫ぶも、辺りの者たちの絶叫や炎が村を焼き付くす音で何も聞こえない。
僕の耳に残るのは、火が燃える音と誰かの断末魔だけだった。
カブイーラの家に近づくも、火の気が強く、彼女の家まではたどり着けなさそうだった。
唯一できるのは、地面に転がっている同志達の中から彼女を探すだけだった。
しかし、真っ黒な煤に近くなったその遺体は、誰が女か男かも分からず、大人か子供かも分からないくらい酷い状態だった。
「…カブイーラ…」
火事の熱で体から汗が止めどなく流れ、服も焼け焦げ、体のあちこちに火傷を負った。
朦朧とした意識の中で、僕はカブイーラの最悪な結末を覚悟した。
しかしー。
目の前にいたのは、真っ赤な炎の中でも一際目立つ真っ白な髪だった。
見間違うことはない。
この村であんなに綺麗な髪を持っているのは、カブイーラ以外いない。
良かった。
なんとか命からがら生き延びたのだ。
「カブイーラ…」
僕は眼前を歩く彼女に手を触れようと、右手を伸ばした。
指の先端に僅かばかり彼女の髪が触れた。
彼女は僕の存在に気がついたのか、ゆっくりと振り向いた。
次の瞬間。
僕の右手は彼女の心臓を捻り上げていた。
自分の腕の中で息を引き取る瞬間を目の当たりにした。
なぜか僕は愛する彼女の胸を右手で突き刺していた。
血で真っ赤に染まった右手の上には、まだドクドクと脈打つ恋人の心臓があった。
僕も彼女も呆然と見つめ合っていた。
しかし、彼女の意識はとうにない。
僕は彼女を殺していた。
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