落ちるところまで落ちた私の人生、どうなっちゃうの?(サービス残業と推しの結婚)
「おつかれさま~」
同僚が別れの挨拶を私にして、オフィスから退社した。
私は20時にして会社で一人残業をしていた。
派遣会社の営業職は思っていたよりもハードで体力的にも精神的にも来る仕事だった。
朝早く派遣スタッフの就業同行や状況チェック、なんとか業務を続けもらうためのメンタルケアやストレス緩和の面談、オフィスに帰ってきたかと思えば、今月のノルマという数値を上司に詰められる。
昼休みもなく、止めどなく訪れる派遣スタッフの面接を行い、事務所理作業に終われ、そしてまた派遣スタッフの現場に出向き、お客さま先である会社にご挨拶をしに行く。
平和な日々が続けばよいのだが、ある日突然派遣スタッフが音もなく無断欠勤することもあり、文字通り飛んでお客さま先にお詫びに向かう。
人員が不足した所にはすぐに別のスタッフを宛がうために、人探しに奔走するか、尻を拭って代わりに現場に入ったりもする。
毎日のように「給与が安い」「時給を上げてくれ」「あの人と一緒に働きたくない」「辞めたい」という相談を受けるが、全く同じことを私もこの仕事に感じているが、私の相談は誰も受けてくれない。
秋田にいる両親には、強気で「私東京さ出る!働きに行ぐ!」なんて方言全開で言い放ったものだから、弱音なんて見せられない。
「はぁ…私このまま年を取って一人で亡くなっていくのかな…」
デスクワークで霞み始めた目を酷使して、明日使うプレゼン資料をパソコンで作る。
「あー、疲れた。ビール飲みたい。でも独り暮らしだし、お金節約しないと。今日もまたコンビニブランドの100円のチューハイで自分にご褒美したい」
頑張る自分に、いつか光か届くんだと20代は信じてやまなかった。
努力は必ず報われるなんて、誰が言ったのか?
日本の義務教育がそう信じ込ませたのだ。
努力は必ず報われない。
有名な元野球選手が言っていた「努力は必ず報われない。しかし成功した人はすべからく努力している」って言葉を、せめて20代後半までに知りたかった。
しかし私はそれでも、もしかしたら自分には他の人にはないキラリと光るものがあるかもって、その考えだけは捨て切れなかった。
「あー、疲れた。暫し休憩。あ、今日の小説のアクセスどのくらいかな?」
セキュリティレベルがほぼ皆無である中小企業のネットワークなので、会社のパソコンで調べられないものはほぼ無い。
私は日々投稿している素人が投稿できる無料の小説家サイトを開いて、自分のページにログインした。
「どれどれ?昨日は15アクセスだったよね。もう2週間も書いてるし、さすがに今日くらいは30を越えたいなぁ」
しかし現実は厳しくて10アクセスもなかった。
「面白いと思うのにな。私の小説」
才能が無いのかもしれない。
でも、もしかしたらどこかの敏腕編集者が私の小説に気がついて、書籍化の話を持ってきてくれるかもしない。
淡い期待で書き始めた「転生したら、鉛筆だった?!転移で悪役令嬢になったが奴隷で無双でチートで成り上がり」は、2週間毎日連続投稿をしても、ブックマークはわずか1だった。
「私って、やっぱり才能無いのかな…」
落ち込んでいても今日中にやらなければいけない仕事は山ほどある。
そのとき、ふとパソコンの画面に表示されたひとつのゴシップが目に入った。
『国民的人気ボーイズユニット 五月雨純熱愛発覚!年内に結婚か?』
「え?五月雨くん…?」
五月雨純とは、日本国民であれば誰でも知っている有名な二人組ボーイズアイドルである。
私はその五月雨くんをテレビで初めてみたときから恋に落ち、密かな恋心を育んでいた。
(五月雨くんも、人の子だったのか…)
相手は有名雑誌のモデルで、八頭身のハーフ系は美女だった。
そもそも戦うつもりは全くなかったが、あんな美人が相手では私は土俵にすら乗らない。
(先週も、大好きなアニメキャラが結婚しちゃうし、別のアニメだといきなり伏線なしで殺されちゃうし、推しがどんどんいなくなっていく。推しロスで私のライフはもうゼロよ)
なんとか今の日終電までに終わる見込みだった仕事は、もうひとつも手がつかなくなっていた。
(私の人生ってなんなんだろう。この先、いいことって、楽しいことってあるのかな)
橘和泉は、静かなオフィスの中でひとりポツンと座り続けるのだった。
彼女の人生が大きく変わるのは、このあとである。
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