起こされた奇跡
大きな風が吹いていた。
それは、本当に強い風だった。
目も開けられないほどに、強く、大きく、そして温かく優しい風だった。
ビュフウウウウウウウッ
まるで風を大きくて鋭利なナイフで切ったような歯切れがいい音だった。
なんだ。
死ぬ前に、面白いものが始まるのか。
クロノ自身も、何百回とハリムシャヒャッキに刺されたり踏まれたり飛ばされたり食べられたりして、幾度となく命を落としてきた。
その回数が増えるだけ。
単純な話。
単なる足し算だ。
どうせ無くなる命なら、最後に見ごたえがあるものを見てから死んでも損はない。
記憶も痛みも五感にか変わるものは全て引き継がれて、次の世界線に持っていくことができる。
さぁて、死ぬ前の見物は…?
ふわっ
「…?」
唐突なこと過ぎて、何が起こっているのか、理解ができなかった。
いや。
理解するよりも早く、“その物”は動いた。
クロノのすぐそばのこめかみをかするようなギリギリに、何か刃のような重々しいものを感覚的に感じた。
そして、夕陽のように光輝く橙色の髪が目に入った。
そのつぎは、真剣で勇ましく力強いまっすぐ見つめる瞳がすぐ横を通りすぎた。
重厚な甲冑を身に纏い、肩や肘に保護具を装着し、それでも頭には布でできたカチューシャを着けている。
そうだ。
見たことがある。
“その物”は、風よりも早くクロノの脇を通りすぎて、そして瞬間移動のように更に遠くへ進んだ。
「…ハァッ」
息が漏れる音がして振り替えると、そこにはハリムシャヒャッキが大きな口を開けて待ち構えていた。
鋭い牙。
何千本もあるこの歯に噛まれると、それはもう痛いっていうものじゃない。
早く殺してと何度も願うほどに辛いのだ。
自分の内蔵を手に取ってみれるほどに何度も噛み砕かれる。
あばら骨も頭蓋骨もありとあらゆるものが簡単に砕かれるのだ。
そう言えば、過去には吹き出した自分の血で息が吸えなくて死んだなぁと、クロノはぼんやりと、死んだ目で思い返していた。
「ギイヤァアアァアアァァァアアァァッ!!!!!」
ハリムシャヒャッキの生暖かくて生臭い息と唾液が雄叫びとともに勢いよく顔にかかる。
そう言えば、そうだ。
ハリムシャヒャッキのこの口は、口と見せかけて“お尻の穴”なんだった。
この奇怪な生き物には、食べ物を接種する口がないのだ。
それなのに、排出する穴はある。
「ださいのう…」
最後にいう言葉がこれなのは、少々解せないが、まぁいい。
くれてやる。
こんな命。
クロノはめをつむった。
そして次こそ、“正しい世界線”に逝けることを祈った。
しばらく時間が経過した。
ハリムシャヒャッキが、クロノを食べない。
なんだ?
お腹一杯なのか?
それとも、もう丸飲みされて、胃の中なのか?
クロノは恐る恐る薄目で目を開けながら、目の前にいるハリムシャヒャッキの姿を確認した。
「…?」
目の前には、大きな建物のように聳え立つハリムシャヒャッキがいた。
白い悪魔。
白い死神。
通り名はいくつもあった。
しかし、あんぐりと口を開けたまま、ハリムシャヒャッキはピクリとも動かなかった。
「…なん…じゃ…?」
その時、突然の大雨に襲われた。
ザァアアァァアアァアァッ
その雨は生臭くて生暖かくて、どろどろと粘り気があって、とても不快で気持ち悪かった。
それに目に入るととても痛い。
「クロノさん!」
自分を呼ぶ声がする。
「クロノさん!クロノさん!良かった…間に合った」
その声は聞き覚えがあった。
ドンッ
目が痛くて開けられないので状況がよく分からないが、誰かが自分を抱き締めているように思える。
「うわぁあんっ!よかったぁ!間に合わなかったら、どうしようかと思ったよー!」
その声の主は、わあわあと耳元で叫び始めた。
「誰…じゃ?」
「誰って、ウリですよ。ヴァニッシングツインでハリムシャヒャッキを倒したんですよ。
1日に2回もでるなんて2000年始まって初ですよ」
「クロノは…死んでおるのか?」
「いいえ!こうして生きていますよ!」
目はまだ痛くて開けられなかった。
痛いのは目だけじゃなかった。
お姉ちゃんは死んだのに、自分だけ生き残った不甲斐なさと後悔で、“死にそうなほどに”痛かった。
クロノがお姉ちゃんのあとを追って死ねなかったのも、これが初めてだった。
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