勇者の微笑み
アナパウラの穴(つまりは、温泉施設にある酒場)に集まる治癒者の話を片耳に聞いているだけで、海外旅行に来た気分になった。
聞いたこともないし、見当がつかないような言葉があちらこちらで飛び交っている。
見たこともない料理や表現しがたい味の飲み物や、謎の食感のものを口にしていると、本当に全身の細胞が若返るようだった。
前いた世界では、海外旅行なんて、夢のまた夢だった。
転生すると、こんな良いことがあるのだ。
何度か死にかけた代償が、温泉旅行だと思うと、ハイリスクではあるが、結果的にこうして生きているのでよしとしようではないか。
ウリによるハリムシャの討伐凱旋祭りの高揚もあって、アナパウラは、ますます熱気で満ちていた。
ネリさまの魔法で出された花びらが、みんなの頭に乗る光景は、なんだか平和ボケして笑えてくる。
命がけで、血まみれになりながら戦ったウリ。
ズィズィミには、それほどまでに命と引き換えにするほどの価値があるのか。
「はーい!これが、ズィズィミに来たら絶対食べてほしいナマグサ丼とイソクサ鍋だよ!」
エチノダーンが、嬉しそうに配膳してくれた。
「ナマグサ…?!イソクサ…?!」
どうも美味しそうな名前には見えないが、名前以上に胃を刺激するような匂いと涎が出るような美味しそうな見た目の鍋と丼が出てきた。
名前インパクトのわりには、普通の鍋と丼に見える。
「食べて食べてー!これを食べたら、あとには戻れないカラー☆」
「…ごくり」
私の戸惑いをよそに、ヒルナとクロノは物怖じせずに、パクパクと口に運んでいた。
「うむ!おいしいな!これはウカにも食べさせたいぞ」
「悪くないのぅ。父やヤァヤァたちにお土産にしてもよいくらいじゃ」
(ナマグサでイソクサの鍋と丼だよ…!美味しいわけ…)
「あれー?イズミさまは、食べないの~?お腹すいてないー?ハリムシャの死体とか見ちゃったからねー」
「…うーん…」
別にハリムシャの死体の影響ではなく、現に食わず嫌いなだけだ。
しかし、出されたものは全部食べきるという人生をおばあちゃんの頃からやっていた。
ここは、食べないと…。
「…ぱくっ」
珊瑚で出来たようなスプーンを上に、一口だけ乗せて、舌の上に運んだ。
「…?!!これは!?!」
「ミー?!」
「お姉ちゃん?!」
思わずヒルナもクロノも驚いて、私を凝視した。
「…これ…これ…」
私は全身が震え始めた。
大量の唾液も口内にじわじわと広がる。
「…やばい…っ。うますぎー!!!!!!」
私は、悶絶した。
異世界生活、何日目かはもう数えるのをやめてしまった。
こんなに中毒になるほどの食べ物が世の中にあるなんて…!
異世界って、意外といいところなんじゃ?
そのあと、私はナマグサ丼とイソクサ鍋を合計5人前一気に平らげた。
「あ!ウリさまの討伐凱旋が始まったよー!
アナパウラの穴が終点になって、ズィズィミを練り歩いてくれるんだよ~!
ウリさま、今日も美しいね~☆」
広いアナパウラの酒場でも余裕で入るくらいの大きさの朱色の絨毯の上に、特大のオタマヒコに乗ってウリがやってきた。
にこにこと笑顔を振り撒き、トレードマークのメイドカチューシャを着けて、まるで貴族の装いのような正装を纏っていた。
豪華な荷馬車のようになったオタマヒコに優雅に座る姿は、男には見えず、高貴な令嬢にしか見えない。
まるで、勇者の凱旋のように、周りの治癒者も盛大にウリを称え、そしてウリも治癒者の声に応えていた。
さながら、どこか西洋の軍人のように紺色のサッシュを肩からかけ、胸元には勲章がたくさんつけられていた。
豪華な肩称が、動く度に揺れ、それが優雅なウリの雰囲気に良く似合っていた。
下はズボンではなく、広く膨らんだ白のスカートで、華奢な白い足をちらりの覗かせた。
こんな細い足から、あんなに早いスピードが出せるなんて、やはり“運命の力”は、凄まじいものなのだ。
ウリの速さは、チーターよりも弾丸よりも風よりも早い。
まるで、そう。
「光みたいだったな…」
花吹雪の中で微笑むウリは、遠くにいて、なんだな少しだけ距離を感じた。
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