死への残虐な執着、そして選んだ死
宇宙世界大戦は、それこそ、それぞれが作った武器同士の自慢ようなそんな不毛な闘いでした。
いかにして自分の力を見せつけるのか、いかにして死という最後の門出を派手にするのか、戦争に参加した人々は皆そう思っていました。
もちろん、戦争を反対するものもいました。
ボクの父がそうでした。
母はボクたちが生まれて間もなく亡くなったと聞いています。
そのため、双子のボクたちを養うために、朝から晩まで仕事を掛け持ちしていました。
その仕事のひとつというのが、今回の戦争の発起人である“主要人物”の暗殺だったと、関係者から聞きました。
ボクたちは、毎日ごはんを食べられるほどの余裕はなかったのです。
それは、ボクたちだけではなく、皆がそうでした。
戦争という夢の中にいれば、ごはんを食べなくてもいいと勘違いしていたのでしょうか。
スーパーマーケットもやっていない。
八百屋も狙撃された。
店員も誰かにやられてからだ全身に穴が開いて道端で倒れている。
そもそも農家もありとあらゆる生産者も標的になっていました。
そんな状況だからこそ、父はボクたちにごはんを食べさせるために、裏ルートで仕事をするようになったのです。
はじめはパンの一切れが、高級車1台分の価格でした。
そのうち、マンションの最上階ほどの価格になり、すぐにお金なんて意味がないことを知るのです。
大事なのは、“命”だと。
人々は、生きるために、ごはんを食べるために、“命”を差し出し始めたのです。
生きるために、自らの死を差し出す。
この矛盾は、いまならすぐに分かります。
しかし、当時はその考えが当たり前になってしまっていたのです。
全員が狂っていたのですね。
命を差し出すと、お腹一杯ご飯が食べられる。
死に対する欲望は、見境がありませんでした。
大人も子供も、老人も赤ちゃんも。
そして、動物も。
命があり、生きて動くものが、全て死の対象でしかなかったのです。
中には、家族を助けるために、家長が身を差し出したと聞きました。
また、中には、家長を救うために、生まれたばかりの赤子を取引したとも耳にしたことがあります。
そのため、人々は生きるために子作りをして、生きるために生まれたばかりの赤子たちを、交換条件にしていたものもいたのは、戦争が生んだ最悪ですね。
しかし、事態は終息することななく、過激派は、もっともっとと新しい死を求めました。
そのうち、道端でヒトが倒れているのは、道路に雑草が生えるくらいに当たり前のことになってしまったんです。
そのくらい、ボクたちも感覚が麻痺していたんですね。
父は、戦争の主要人物を暗殺することで、子供に一生分のごはんを貰えると言う報酬のために、奴等の前で散ったのです。
呆気ない最期だったみたいですね。
見るも無惨に絶えないと思います。
一緒にバディを組んでいた男が、父の歯と爪と人差し指をひとつずつ薄汚れた布に包んで持ってきてくれましたよ。
その男の顔なんて覚えてないです。
覚えているのは、血の生臭ささと鼻をつく悪臭と刺激臭です。
せめて、父のメガネくらい形見で持ってきても良かったのに。
しばらくしてから、食べ物が入った小箱が家の前にありました。
中には手紙が入っていて、父のバディだった男が、罪悪感に勝てず、自らの命を代償に私たちに食べ物を贈ったそうです。
奴等はそうしたところは、律儀なのです。
もちろんボクたちは、その食べ物には手を出しませんでした。
そのうち、お腹が空いて眠る時間が多くなりました。
そして、口の中がカラカラになって、喉が乾いて痛くて、体に力が入らなくなって、目が見えなくなって、息ができなくなって、死にました。
最期は、口の中に入るハエさえも、払うことができなかったことを、最後の記憶として覚えていますよ。
幸いなのは、誰かに殺されたのではなく、銃撃や拷問や尋問や人体実験をされたわけではなく、食べ物に目が繰らんで命を差し出したわけではなく、自らの意思で死ねたことだと思います。
その後、ボクたちは生まれ変わり、いまこうしてまた双子として、ネリとウリになれました。
これが、ボクたちと両親の死の過去です。
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