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清廉

作者: ユリウス卿

たまにはラブコメを描きたいと思ったので、ぐっと来る女の子を定義付けるために描きました。

 普段は見ない癖に今日は早起きしているからかテレビの前に陣取った体操座りの女がいる。ニュースの途中に挟まれた天気予報では、今日から雪が降り始めるらしい。すでに窓はミシミシと音を立て、甲高い叫び声のような風が余計に身震いしたくなる気温の低さを演出していた。


「そろそろこたつでも出そうか?ストーブだけじゃ足りないかな」

「・・・。別に寒さに震えて体操座りをしているわけじゃないわ」


 肌寒いだけで気がめいるのに、対応も冷たい。まぁ、彼女は元々こっちの生まれらしいし寒さには慣れているんだろうとは思っているけど。


「僕がこたつ欲しくなってきたんだよ。こっから冷え込むんでしょう?準備は早いに越したことはないんじゃない?本格的に寒くなってきたら、それこそこたつ布団を引っ張り出してくるのが億劫になるよ」

「この時期になると大抵の人はストーブの前から離れなくなるものね、猫じゃあるまいに」


 うるさい。寒さは耐性が付くものじゃないんだよ。寒さに強いやつは大抵、生まれつきその気候に慣れているやつか、諦めて痩せ我慢しているやつかの2択しか存在しないと思っている。脂肪がついているほうが寒さに強そうには見えるけど、我慢するときだけダイエットするのはなんだかおかしい気もするが。見栄張ってお腹を凹ませている状態に近いのかな。僕は転勤でこっちほうに移動してきただけで元々雪とは無縁の環境だったんだから仕方ないだろう。


「また訳わかんない妄想モードに入ってるんだね、ちょっとは会話のキャッチボールくらいしてくれてもいいのに」

「あ、いや、ごめん。とにかくこたつは出すよ」

「手伝って欲しい?」

「別にいいよ、案外重たいから、持たせたくないかな」

「あっそ」


 冷たい。僕の対応の何が気に食わないのか。言いたいことは沢山あるが、男らしくないと思われたくもないので放っておく。思わずため息が漏れそうになる。


「今日は仕事?」


 いつになく饒舌だな。いや、これでも口数が多いほうなんだ。基本的にはこちらが会話を進めていくことがほとんどなので、少々戸惑い、返答をしなければならないことに当分気が付かなかった。


「日曜なのに」

「え?」

「返事くらいしてよ。いつも勝手にマウント取って話し進めるから、会話の仕方忘れちゃった?」

「ああ、いや、ごめん。珍しいなと思って」

「私だって人並みにコミュニケーションを求めているのよ」

「そっか、いや、なんだか新鮮で、その、こういうの嬉しいな」

「私を何だと思ってたの?」


 ただの都合の良いセフレ。つい口に出そうになる。我ながら下衆なことは理解しているつもりだが、長らくこういう気分を忘れていた。お互いに利用しあうだけの、吹けば飛ぶような関係性。だからこそいつもは相手の機嫌取りに終始していて、それ以外は仕事に明け暮れていた。単純にそっちのほうが疲れないからだ。人間の営みの中になぜ仕事が組み込まれているのかと聞かれれば、僕は間違いなく隙間を埋めるためだと答える。人間は何か課せられたことがないと、基本的に怠惰な道を進んでしまう。目標とかは別にどうでもいいけど、やることがなくなったとき、退屈すぎて死にたくなる。仕事をしている間は実に楽なのだ。見栄とかプライドの上で塞がれている社会の隙間に舌を入れて濡らしてやればいい。そうすりゃ大概のことは案外にすんなり行く。隙間を埋めてやれば、あとは惰性で前後なり上下なり


「気持ち悪い顔してるわよ」


 うるさい。


「またいかがわしい妄想でもしていたんでしょう」

「ち、違うよ。何言い出すのかな、急に。清廉を絵に描いたような君に見惚れていただけだよ。だから、そんな言葉を使うのはやめなよ」


 綺麗なのは間違いない。誰もが眼を引く清楚さを持ち合わせている。黙っていれば、の話だが。いや、実際にこんなに黙っているだけとも思わなかった。何処で出会ったかすらもう覚えていないが、確か人気の無い公園の大きな池の近くで歌っているところを僕から声をかけた気がする。人が清楚から何を連想するかといえば、家庭的で献身的な姿勢だ。蓋をあけてみればそれがまるでない、ほぼ座敷わらしだ。出会った日から居付いているし、相手が何処に住んでいたかも聞くタイミングを逃した。


「はぁ・・・。とにかく、私だって一人の人間なの。あなたの妄想だけで完結する存在でもないし、そんなのは嫌なの」

「ごめん、そんなつもりじゃないんだ。君がここまで、その、朝から話しかけてくれることが、えーと、嬉しくて」

「語彙力が急激に低下して、口がもごもごしてる。そういうときって大抵言いたいことを抑えてる妄想モードなのよね。あなた、よく時空を飛ばすから」

「へぇ」


 素直に驚いた。確かに僕は机上の空論に当てはめていたのかもしれない。虚を突かれるとはこういうことを指すんだろうか。でも、時空は飛ばしてないように心がけているつもりだったのに。昔から『間を3秒空けたら放送事故』、とテレビの芸人が言っていたのが鮮明に脳裏に刻まれていて、それだけは意識して言葉を繋いでいたつもりだったのに。


「確かに無音が続くときはほとんどなかったから、間を繋いでるつもりなのかもしれないけど、大抵そういうときは言葉に中身が伴ってないというか、接続詞でごまかしてその間に言葉を考えていたり低俗な妄想をしているかどっちかなのよね」

「え?」

「あ」


 今まで見せたこともない、妙にしおらしい横顔に写った。彼女はどちらかというと、かなりマイペースで他人に興味がない性質だ。相手の気持ちとか考えたこともない、ダウナータイプだと感じていた。そんな彼女が見せる憂いに、正直、少しドキッとしてしまった。明らかに僕を意識している証拠である。心臓が少し冷えて芯から身震いする感覚が襲ってきて、下心が肥大化していくのが分かった。


「とりあえず私も素直になりたいときがあるのよ。仕事が休みなら、天気も良いしたまにはどこか出かけましょうよ」

「正気か?」


 思わず忖度なく言葉を発してしまった。口に出してから気付いた。そういうときの言葉に限って、芯から思っていることだから語気も冷たく感じる。空虚な沈黙だけが流れたが、意外にも相手はダメージを受けている様子は感じ取れない。意外と討論が好きなタイプだったのか?


「あー、そうね。天気が良いは訂正するわ。何を言ってるんだろう私、こんなに吹雪いているのに」


 明らかに自分の失言を取り繕うとする見方のほうが強い。虚を突かれた感じはしなかった。


「とにかく、あんまり外に出掛けることなんてこの3ヶ月間一緒に居て、まるで無かったんだから。たまにはいいんじゃないの?」


 アフレコで尺を合わせるかのごとく、言葉のペースが次第に速くなっていく。


「別に外で雪遊びしようだなんて思うわけもないじゃない、いい大人なのよ私たち。でも、ホワイトクリスマスっていうか、こう、雪の日にお出かけするのも悪くないんじゃない?ええ、付き合っている男女ならそう思うのも当然よね」

「ホワイトクリスマスか。そういえばもうすぐだったね」

「でしょう?女の子はそういうイベントごとが一番大切なの。そう、男は大抵、普段の過ごし方とか、家庭的なのがタイプとか、日常にフォーカスしすぎなのよ。年齢を重ねれば重ねるほど落ち着ける相手を探しがちだと、何かの雑誌で読んだことがあるけど、私は普通の女の子なの。一瞬一瞬のために普段の日常を頑張っているといっても過言ではないわけ」


 どこに今まで頑張ってくれた痕跡があるんだよ。


「あ?」

「・・・えっと、なに?」

「おほん、一つ忠告しておくけど。あなた、相当顔に出やすいタイプなのよ。口をもごもごさせるし、言いたいことが顔にはっきりと書いてある」


 これが女の勘というやつなのだろうか。とにかく僕は今度こそはっきりとした恐怖を覚え、怒らせたらまずいタイプだという男の直感は当たっていたことに少し感心していた。それこそ、大抵は仕事をやらなければならないことだと前提を置いた上でそれに逃げ、イベントごとはほぼすっ飛ばしてきた付き合いだから、気持ちや言葉でぶつかることはなかった。それこそ、出来る男の嗜みとして言葉遣いだけは懇切丁寧に気をつけてきたつもりだったので、ポーカーフェイスが自然と出来ていると思っていた。今までの女たちも合わせてくれていただけなのか、この女が特別に勘が鋭いのかは分からないが、とにかく正面からぶつかってはいけない女であることは確信が持てた。こういうパラメータを心に振り切ったやつには理詰めすると地獄しか待っていないことは経験が教えてくれている。どの道僕の分が悪いのは明白だ。


「ごめん、とにかく、僕は君に日ごろから恩を返したいと思っているのは間違いないと信じて欲しいんだ。そりゃまぁ、普段から仕事が忙しくて構ってやれてないのは事実だけど」

「私は動物かなにかか」

「あ、えーと、違う違う、構うって言い方は悪かったね。あー、君の相手、というかその、時間を作れて居なかったと言い換えるよ、ごめんね、えと、ところでなんか寒くなってきてないか?こたつ布団取りに行ってくるよ」

「もういいわよ。あなたは薄っぺらで、言葉に込められた思いがそもそも無いんだから、いくら言い換えても変わらないわ」


 結構ぐさぐさ来るな。ここまでフラストレーションを溜めてしまっていたのか。それは本当にすまない。下手に取り繕っても意味がないことを悟ったということで、諦めよう。・・・。はい、諦めた途端に沈黙ですか。


「3秒以上間を空けてはいけないルールというのは、案外あなたの独りよがりなものかもしれないのよ」

「あ、あれ?そんな話したことあったっけ?」

「放送事故なんでしょ?よく言っていたじゃない。でも、私は生きている人間なの。あなたという番組のオーディエンスではないのよ」

「言葉のセンスあるね、今のは良い例えだ、おかげで目が覚めたよ。本当にごめん」

「わ、分かればいいのよ。別に謝罪を求めているわけではないし、暗い顔されたいわけでもないの。ただ・・・。ねぇ、いい加減気付いてよ」

「そ、そうだね。僕らも、もう30手前なんだもんね」

「何の話?」

「え、いや、その、結婚を意識する年齢なのに、いつまでも真剣に向き合ってないってことじゃ」

「あははははは、あなたも可愛いところあるのね。今はそんな話微塵も思ってないわ。逆に、私とは真剣に付き合っているつもりではなかったってこと?」

「え?いや、な、なんでそうなるんだよ、いやいやいや、いつだって僕は真剣だよ。綺麗だっていつも誉めてるじゃん。好きじゃなかったら一緒に暮らさないし、本当はもっと先のことだって真剣に考えたいと思ってる。でも、こういう話するのもちょっとタイミングが難しいというか、そういう話嫌いそうだし、そう、結局僕は独りよがりだったのは認めるよ。あまりに君のことを知らなすぎた。そうか、ごめん。僕なんか君とは釣り合わない男だよね。君の大切な時間を僕に使う必要はないよ、悔しいけど、僕も男だ。君を縛るつもりもない。君にはちゃんとした全うな人生を歩んで言って欲しいと思ってる。だから、そろそろ」


 そろそろ潮時、だな。


「あんた、馬鹿じゃないの?それともなに?今まで面倒くさいと思ったらすぐにそうやって逃げてを繰り返してたの?メンヘラの彼女が今まで多かったとか良く話してくれてたけど、結局あなたが一番メンヘラなんじゃなくて?」


 う。もう何とでも言え。お互い合わなかった、それでもういいだろう。


「合うとか合わないとか、そういう話じゃないじゃん、なんなのよもう、こんな暗い話する気なんてないって言ってるし、私はそもそも別れる気なんてないから!」


 とうとう彼女は泣き出した。僕の胸に向かって突進してきて、顔を埋めてシャツを濡らした。何だこの展開は。お互いに腹を探り合った結果がこれか。それとも感情に訴えかける戦略か?それにしても冷たい体してるな。あまり意識したことはなかったけど、今日が妙に寒いからなのか。


「こんなときまで心理戦きどってないでよ。私はあなたのそういうところも分かった上で一緒に居るのに。無理ならとっくに自分から別れを切り出しているっていうのに」

「君を泣かせるつもりなんてなかったんだよ、ごめんよ、ほんとに」

「こういうイベントも、今までなかったんだもんね。あなたの前で泣いたことすらなかった。体にこうやって触れていられるのだって、だ、抱いてくれるときだけで。どれだけ普段から寂しいのか分かってんの?」

「せっちゃん、ごめんね」


 なぜだ。今までこんな強引なルートの入り方は無かった。それに、可愛い。この女にしおらしさを感じてドキッとしたり、今日はいったいなんなんだ。盛大なドッキリか何かか?僕に恥をかかせようと思っているんだろう。


「人肌って、こんなにもあったかいんだね。忘れてた」

「忘れてた?」

「いや、大丈夫、こっちの話。私こそ、ごめん。女の子はね、本当に好きな人の前でだけ泣くの。直感で、離れたがってるのが伝わってきたときはパニックになるの。そのあたり分かってね」

「でも、なんで僕のことが好きなの?」

「うわ、面倒くさ、そういう質問は嫌い」

「そ、そう」


 良くこのムードで言えたな。マイペースな女王め。セフレとしか思ってなかったけど、でもそういうこと言えるなら、まだ様子見てやってもいいか。それに、こんな目を腫らしながら上目遣いされたら、そういう気分になるだろうが。


「ん。・・・ぷは。こういうときでも見境いないのね。やっぱり別れようかしら」

「あ、お、おい。ごめん、冗談だって」

「冗談なの?」

「う」

「私は本能といってくれたほうが嬉しいんだけど」

「え?嬉しいの?」

「当たり前じゃない。求められるのはそりゃ嬉しいわよ。不潔だとも別に思わないし。冗談だと一蹴されたほうが悲しいわ。一人で盛り上がって、みじめじゃない」

「そ、そうなんだ。いや、まぁその、今日はやけにしおらしくて、可愛いところあるなって思ってるんだけど。これは本当だよ!いや本当だよって強調すると普段が嘘みたいに聞こえちゃうけどこれは、本当なんだ、今はリアルな感情なんだ」

「分かってるわよ、ばか」

「あなたの下半身が一番正直なのは、私が一番わかってるつもり。例えスタートがセフレだと思われていたとしても、それが本当に変わるんだから、別に気にしてないわよ」

「せ、セフレだなんて!」


 さっきからおかしい。女の勘にしてはいやに正確だな。まるで僕の心を読み取られているみたいに。


「やっと気付いたのね」


 な。

 なんていった?


「心が読めるといっても、あなたの心の文章が見えるわけでもなくて、強い心の声がかすかに聞こえてくるだけ」


 何言ってんだ?この女。


「人は嘘をつくとき、隠したい事柄に布を被せるように別の言葉で濁そうとするわよね。でもその隠すものが大きければ大きいほど布はくっきりと形を残しているもので、隠したい思いが強いほど、より心の中の意識は大きくなる。だから知られたくないと思っている思いほど聞こえてきてしまうの」


 えっと、これは夢?・・・痛!夢の世界だとしても痛いものは痛いか。えーと、冗談だよね?

 体の芯から寒くなってきた。


「私はそもそも正確には人ではないの」


 ごめん、頭がボーっとして、何を言っているのか上手く、聞き取れなくて。


「寒さで眠くなってきているだけよ。雪も強くなってきて、私の魔力が戻ってきているのを感じるわ。でも、安心して。別に私の目的はあなたを取って食おうとか、そういうことじゃない。あ、変な妖怪とかだと思ってるでしょう。あんなのと一緒にしないでね」


 いや、でも、ま、まりょく、とか、ひとじゃない、とか、ふつうそんなこと


「ふふ。ねぇ、安心して。私は本当にあなたを愛しているの。こんなきもち、はじめて」


 そりゃあ、よかった、 へへ おとこは そういう せりふに よわいんだ


 そのあと、気付いたら僕は、吹雪のこんな夜に、見たこともない大きな池の前に一人、ぽつんと佇んでいた。

 子守唄のようなものが池の中から響いている。

 池を覗き込むと、一糸まとわぬ男が映った。でも、それでいてちっとも寒くなかった。

 ぼーっと、ただ池を見つめていると、近くの水面が揺れ、徐々に大きな波紋をつくっていった。

 大きな水を割る音とともに飛び出してきた魚影に、僕は抵抗する間もなく、中に引きずりこまれた。

 冷たくなかった。むしろ、心地よかった。池のヌシかなにかに食べられたと思ったが、足が魚の綺麗な裸の女に抱きかかえられながら、ふかく、ふかく、まっくらな底に潜っていった。

 本当に心の底から愛してくれる人を、ずっと探していた人生だったのかもしれない。

 気持ちいい。

 子守唄のせいだろうか。

 沈んでいるのに、意識は軽くなっていった。

清廉=セイレーン=人魚 雪女っぽい人魚って、かなりアリじゃないかなぁと思ったので、こうなりました。

本当はモンスター娘的な愛らしさ100%の胸キュンラブコメを書くつもりが、ホラーになっちゃいました。

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