愛おしい貴女に
学園青春ドラマです。
主人公とヒロインの成長を描いた作品です。
駅の改札を抜け外に出る。
電車を降りた時は降っていなかったのに改札を抜ける間に急に夕立ちが降り始めた。
『これからバイトなのに…』
独り呟く。
今年、高三となった晶は予備校近くのスーパーで短時間のバイトをしている。
友人の両親が経営する商店街の中のちっぽけなスーパーだ。
予備校までの時間潰し丁度良かった。
都会でもない商店街にアーケードなどなく、今は傘を持っていない。
同じ電車から降りた数人が同じように並び、電話で迎えを呼ぶのであろう人もいた。
バイト先は歩いて5分程だか、客商売の為ずぶ濡れで行く訳にも行かない。
辺りをキョロキョロすると知った顔が見えた。
予備校のクラスメイトが傘を開こうと広げている。
『彩音』
『晶君こんにちは』
中学時代の同級生で生徒会をしていた時の仲間だ。
『今日は予備校の日だね』
と彩音は夜の予備校の話題をしてきた。
『そうなんだけど…その前に』
『ん?どおしたの?』
『その前にバイトがあって…』
素直にそこまで送ってくれと言う勇気が出ない。
何故なら初恋の相手で最近、予備校で再会し恋心が再燃している。
『晶君は予備校までの時間はハイマートでアルバイトだったね』
『うん…』
『もしかして傘無いの?』
『もしかしなくても傘無いです』
晶は照れくさそうに視線を逸らして答える。
『帰り道だから一緒にどうぞ』
入れてもらうつもりで声をかけたのにしどろもどろとなる晶。
『お願いします』
そんなに大きくも無い傘に憧れの人と隣に歩く。
当然、密着する勇気の無い晶ば半分以上傘からはみ出てるので傘がないのと変わらない。
『もっと寄らないとびしょ濡れだよ?』
彩音は優しい子なので他意はないのだかついつい意識してしまう。
他にも彩音が何か言っていたが耳に入らずにバイト先に到着した。
『ありがとう、助かったよ』
(なんかいい匂いがしたな)
逃げるように店に入ろうとする。
『また予備校でね』
小さく手を振り立ち去った。
ロッカーにエプロンを取りに行く。
『晶君びしょ濡れじゃない』
副店長の弘子さんがタオルを渡してくれた。
それを受け取り少しでも水分を拭き取った。
『今日は降らないって天気予報で言ってましたから』
『梅雨なんだからアテにならないよ』
『そうですね』
『今日は予備校の日だったかしら?』
『そうです』
『じゃあバックヤードの整理をお願いしようかな』
『その間に濡れた制服をエアコンの前に干したら乾くでしょ?』
『いつも良くして頂いてありがとうございます』
『晶君がうちの子なら良かったのに』
『翔太がいるじゃないですか』
小さい頃からよく一緒に遊んでいて、家族ぐるみで付き合いがあったのだが高校は違う所に通っているので最近はあんまり会っていない。
『あの子は遊び呆けてて帰ってくるの遅いから』
『学校も少し遠いから仕方がないですよ』
晶は隣市にある進学校に通っているが、翔太は大きな街の私立高校に通っていて、進学はしないとの事だった。
『あの子進学はしないけど、遊びたいから専門学校行くって言い出したのよ』
実に翔太らしい。
とりあえず苦笑いで答えておく。
散らかったダンボールや袋を整理して、明日の品出し準備をした所で上がりの時間となった。
『お疲れ様でした、お先に失礼します』
タイムカードを押して外に出た。
服は乾いていたが、まだ小雨が降っている。
『晶君』
呼ばれた方向に視線を向けると、彩音が傘をさして立っている。
予備校の鞄と傘がもう一本握られていた。
彩音の家からは予備校は反対方向となるのだか、傘が無い事を知っていたので持ってきてくれたらしい。
『えっ!どうしたの?』
『晶君、傘無かったから』
『女の子用のだけど良かったら使って』
『わざわざ持ってきてくれてありがとう』
『行こっか』
先程と同じ制服姿だが、長い髪はお団子に纏められていた。
湿気でボサボサにならないようになのか、首すじ露となりドキッとする。
『今日は模試の結果がでるね』
『今回は何となく頑張ったからいい判定貰えると思う』
『晶君は成績良いし、バイトもしてエラいよね』
『流石に小遣いくらいは自分で稼がないとな』
『うちは余り裕福とは言えないから』
『私も見習わないと』
彩音が感心した眼差しを向ける。
予備校に入ると同じ高校に通う誠が同伴出勤ですか?と茶化してきた。
『私が晶君に傘を届けに行ったので一緒にきただけですよ』
誠がいつの間にそんな関係になったのかと疑ってくる。
『彩音は優しいから哀れな俺に優しくしてくれただけだよ』
高校は違えど中学生の時はお互い生徒会で仲間だったのでそこそこ仲は良い、予備校で彩音と再会した時は学生証を見せてもらうまで気づかなかった。
中学生の頃はおかっぱでメガネと真面目女子の代表みたいな子だったのに、高二の冬に予備校で初めて会った時はどこぞのお嬢様と思う程華麗な女子高生と転身していたので気がつかなかった。
私立の進学校に通う彩音は、制服姿も可愛らしくすれ違う人が殆ど振り向く可憐な女子高生となっていた。
『答案と成績表返却するから呼ばれた者から取りにくるように』
今日の成績次第で第一志望が確定する大事な日だった。
今回は自信があったがやはり心臓が高鳴る。
別に日本一の国立大学を目指してる訳ではないけど、県で一番の国立大学は目指している。
成績表にはA判定とある。
『ヨシ』
予備校内の順位も2位だ。
小さく握りこぶしを作り気合いが入る。
誠がどうだったと聞いてくる。
『まあまあだね』
『またまた』
ガッツポーズしてたのによく言うと目で言われた気がした。
学部は違うものの志望校は同じだ。
彩音も同じ志望校なので必然的に3人で集まる事が多くなる。
『彩音はどうだった?』
誠が尋ねる。
人差し指を立てて目だけで答えた。
『やっぱり彩音には勝てないなあ』
『晶君はバイトしながらで2位なんて凄いよ』
誠はバツが悪そうに5位だったと告げる。
『クソ!俺も言い訳の為にバイトするかな』
『なんだよそれ』
毎日6時間は勉強してると言ってたのに、授業と予備校だけで済ましている晶に負けているのだから。
授業も終わり、誠と教室を出る後から彩音も追いかけてきた。
『お疲れ様』
『おう』
『あたしダメだったぁ』
誠の彼女である栞が合流する。
そもそもクラスが違う為、志望校も違うのだが。
『まこちゃんはどぉだった?』
『A判定だった』
『いいなぁ』
『あやちゃんとあきらんもAだよね』
誠が不機嫌そうに
『何でだよ』
『だってまこちゃんより成績いいじゃん』
『栞さんは東京の私立志望でしたか?』
『そぉなんだけど志望校は厳しいかもって』
『追い込み頑張りましょう』
晶はキラキラした笑顔で話す彩音に見とれていた。
『帰って間違えたとこに重点を置いて復習するか』
『あきらんマジメすぎぃ』
『次は彩音に勝ちたいからな』
『私も負けませんよ』
次への意気込みをお互いに確認していたら彩音の母が車で迎えにきた。
『晶君も一緒に帰ろ』
彩音が母に頼んでいる。
彩音の母は綾子と言い顔立ちも良く似ている。
『近所だしいいわょ』
『いつもお世話になります』
誠と栞に手を振り車に乗り込む。
5分もせず家に着く。
『ありがとうございました、おやすみなさい』
『また予備校でね、おやすみ』
互いに小さく手を振って別れた。
玄関を開けて家に入る。
『ただいま』
誰もいない家に響いた。
母親の名前は文香、病院の看護師で夜勤に行っている。
父親は5歳の時に交通事故で亡くなった。
作り置きされた晩御飯を電子レンジで温めて食事を摂る。
食べ終わったら、食器を洗いシャワーを浴びる。
(今日の復習するかな)
母親を少しでも楽にしたいと地元の国立大学工学部を目指し努力をしていた。
誠の家は開業医で医学部を目指している。
彩音は旧家の家系で多くの政治家も排出している家柄で父親が裁判官だ、それに憧れて法学部を目指していた。
今は誠は同じ学校に通っているが、また同じ大学に通う為にお互いを励まし頑張っている。
彩音は晶に対してはすごく優しいのだが仲間として扱われているだけなのだと思っている。
駅から出て学校に歩いていると後ろから誠が走ってきた。
『うす』
『おはよ』
『昨日はどうだった?』
『何がだよ』
『一緒に帰っただろ』
『すぐに着いたから何にもねぇよ』
ちょっと苛立たしげに答える。
『誠は大学行っても栞と付き合うのか?』
『俺はそのつもりだけど、東京だもんなぁ』
距離が離れると自然消滅ってよく聞くし難しいかもと話した。
『医学部って忙しいからキャンパスライフって感じでもなさそうだしな』
『晶だってどっかの研究室に潜り込んで就職有利にするって野暮あるじゃん』
『まぁね』
『もうすぐ夏休みだな』
『遊んでる暇無いぞ』
『少しくらいは夏らしい事しようぜ』
『高校最後の夏休みなんだぞ』
『考えとく』
クラスは違うのでまたなと言って別れる。
席に着いて単語帳をめくり授業が始まるまで自習をする。
『あきらんおはよー』
『おはよう』
栞が隣に立つ、無視して単語帳に集中する。
『あきらん無視とか酷い』
『なんだよ?』
『昨日、あやちゃんと何かあった?』
何を言い出すかと思えば誠と同じような事を
『傘貸してくれた』
『そぉじゃなくて』
『帰りだよ?』
『手紙貰ったな』
『なんて書いてあった?』
『まだ見てない』
昨日車を降りる時に彩音がポケットに手紙を入れて来たことを思い出した。
『すぐ見なきゃ』
『すぐ見なきゃ』
『帰ったらみるよ』
『内容教えてね』
『気が向いたらな』
『お昼いつものとこね』
『了解』
そして単語帳に目を落とした。
栞とは誠が付き合ってから友達となり、いつの間にか彩音とも繋がっていた。
あいつらお節介だよな。
昼になると栞が部長をしている文芸部の部室に集まり昼食をとる。
『もうすぐ部活も引退だな』
『秋の文化祭が終わってからね』
『勉強の合間に執筆活動か?随分余裕だな』
『まこちゃん晶が意地悪言う』
『栞が成績上がってないからな』
『ぶー』
『地元の女子大でも目指したらどうだ』
『そしたら近くにまこちゃんがいるから勉強の邪魔しちゃいそうだし』
『誠は愛されてるな』
『羨ましいか?』
『べつに…』
『近くにいてくれた方が安心だけどな』
『志望校変更しよっかな?』
『そんな軽い気持ちでどうする』
誠に叱られている。
『小説家志望ならどんな環境でも出来るから東京に拘る必要なくないか?』
『あきらんが庇ってくれた、雨降るかな』
『言ってろ』
『次の日曜日に予備校が始まるまで勉強会するか?』
『あやちゃんも誘っていい?』
『好きにしろ』
『じゃあスケジュールは栞に任せた』
『任された』
胸を叩いてふんぞり返った。
『決まったら場所と時間はラインするね』
寝る前に手紙の事を思い出し、封をあけた。
[また一緒の学校に通おうね♡約束だょ]
最近、小悪魔色出てないか?俺を誘惑してもいい事無いのにな…思いつつも嬉しい。
眠れない夜になった。
金曜日の夜にメッセージがきて午前9時に彩音の家に集まることになった。
晶は昼からバイトがあるのでそれまで参加すると返した。
日曜日にの朝は文香が夜勤から帰宅してきて入れ違いで彩音の家に行く。
『行ってらっしゃい』
『母さんもおやすみなさい』
玄関を出て自転車で彩音の家を目指す。
途中コンビニにより飲み物とお菓子を買った。
インターフォンを鳴らす。
『おはよう、早かったね』
『おはよう』
門が自動で開く、玄関に到着すると出迎えてくれた。
『栞達はまだだよ』
『あいつら時間厳守って知らないのか?』
『出掛ける訳じゃないし』
『上がって』
『お邪魔します』
用意されたスリッパを履く。
彩音の部屋に案内される途中で母親に遭遇した。
『晶君いらっしゃい』
『おはようございます、お邪魔してます』
『お昼用意するから食べてってね』
『ありがとうございます』
丁寧に返事を返す。
『晶君、前はグイグイきてたのにのに、最近は他人行儀だね』
『それいつの話だ』
『中学生の時かな』
『俺だって成長するからな』
『ふふふ』
悪戯な微笑みでドキッとする。
やばい顔が紅くなってないか心配になる。
『彩音も女子校通ってお洒落になったよな』
『周りに合わせてたらいつの間にかね』
『コンタクトのほうが可愛いと思う…』
聞き取れないような小声で褒める。
『ありがと…』
聞き取れていたらしい、彩音の頬が若干紅くなった。
心臓がドキドキしていたら栞達が到着した。
『おっじゃましまあーす』
元気よく栞が入ってくる。
誠は従者のように荷物を持たされて後ろを着いてきた。
『おはよう』
『おっはよー』
挨拶を交わす。
『なんかあきらん顔紅くない?』
誠が熱があるのかと疑ってくる。
『気のせいだろ』
『で、なんの教科からやるんだ?』
早々に話を切り替える。
数学と物理を重点的にやる事になった。
俺も誠も理系なので割と得意だ。
彩音に至っては不得意な教科自体が無いので栞の先生は彩音が務めた。
1時間もしたら栞が根をあげたので、数学の問題集で時間を潰す。
彩音のノートを覗くと女の子らしく可愛い付箋が貼られ要点が分かりやすく纏めてある。
『栞も彩音のノートを見習ったらどうだ?』
誠も医学部を目指すだけあってびっしりとノートを使っている。
『あきらんはノート取らないじゃん』
晶は節約の為になるべくノートを取らずにその場で記憶するという方法を実践している。
『晶君は余りノートを使わないのにその成績って凄いですよね』
彩音が褒めてくる。
『晶は母親に気を使って節約してるんだよ』
誠がフォローを入れる。
『でも彩音には敵わないからお勧めは出来ないな』
『栞は物覚えが悪いから真似するなよ』
『栞も英語の成績は良いからやれば出来るよ』
誠が栞の手を取り励ます。
『まこちゃん大好き!』
『他所でやってくれるか』
彩音が羨ましそうな表情で見ていた気もした。
お昼になり昼食をご馳走になり先に切り上げる。
『ご馳走様でした』
『どういたしまして』
『またいらっしゃい』
母親に笑顔で言われて家を出る。
前から優しくしてくれていた。
彩音はいってらしゃいと手を振る。
バイトが終わり予備校へと向かう。
入口で彩音と誠、栞が出迎えてくれた。
『あやちゃんのお母さんに送って貰ったの』
夕方まで勉強してた割に元気がある。
『今日の小テストで勝負な』
『えー』
勝てるわけないと文句を言ってきた。
『晶君は私と勝負ですね』
彩音が満面の笑みで言う。
『望むところだ』
誠がヤレヤレと表情で訴えかけた。
トイレに寄ると誠も隣に立つ。
『あれくらい積極的になったらどうだ?』
恋愛となると奥手な晶の背中を叩く。
『今は受験に集中する』
『同じ大学に行くんだからまだチャンスはあるし…』
『頑張れよ』
『お互い様だ』
テストの結果は彩音が満点で晶はケアレスミスで99点だった。
『まだまだですね』
『次は勝つ』
引き分けは狙えるけど勝つのはかなり難しい、彩音はミスが少ないからほぼ満点だ。
周りの男子からは彩音と仲良くしてて羨ましいと批判される。
『ガリ勉野郎の晶が彩音さんと仲がいいんだ?』
『中学の時からの付き合いだしな』
『別に特別にされてる訳ではないぞ』
『傍からみてると羨ましいんだよ』
『話しかけたらいい』
『高嶺の花だから無理』
『そうなのか』
あくまで気が無いフリをする。
帰りに彩音から嫌味を言われる。
『晶君は私には興味無いんですね』
『そんな事は無い、ライバルだし』
『それだけ?』
『それだけだ』
歩いて帰ると15分は二人きりの時間が作れるのでゆっくりと歩く。
『夏休みなんだけどさ』
彩音が急に切り出した。
『勉強合宿しない?』
『は?』
『自分の学校の友達としないのか?』
『女子校って表面だけの付き合いであんまり溶け込んで無いんだよね』
『なんかあったのか?』
『なんかギクシャクしてる』
『受験ストレスかな?』
『最近、学校楽しくないんだよね』
『いじめられてるのか?』
『具体的には何もされてないけど…』
『そっか』
色々あるんだなと空気を読む。
『善処するよ』
『うん…』
家まで送ると作り笑顔で手を振ってくれた。
『おやすみ』
家に帰ると母が待っていてくれた。
久しぶりに2人て食事をする。
『受験勉強頑張ってるみたいね』
『余り迷惑をかけないようにするから』
『そんな事言ってないよ』
『入学金はお願いします』
『お願いされました』
色々と気を使ってくれる母親に感謝しながらご飯を食べた。
二学期の期末テストが始まった。
普段から勉強をしている晶はわざわざテスト勉強などせずに望む。
受験に向けた実践テストに集中するためだ。
『晶テストどうだった?』
『手応えはあったよ』
『流石だな』
『誠はどうだった?』
『いつも通りかな』
栞も疲れた感じでうつ伏せていた。
『あたしダメかも…』
何とか元気を出させようと彩音の言ってた勉強合宿の話をした。
た。
『えっどこでやるの?』
『おそらく彩音のとこの別荘じゃないか?』
『それどこなの?』
誠があそこかと顔を輝かせた。
『まこちゃん知ってるの?』
『中学の時に1度行った事がある』
『ずるい』
『栞は違う学校だったからな』
『いつやるの?』
さっきまでの落ち込みはなんだったのか?と思うほど回復している。
『彩音に聞いとく』
夜に彩音にメッセージを送った。
合宿なんだけど何時やるのか?
盆は忙しいらしいので終業式終わった次の日から3日間でどお?との事だった。
翌日学校で栞と誠にその話をした。
テストの返却で落ち込んでいた栞が既に復活している。
『あたしは大丈夫、まこちゃんは?』
『問題無いと思う』
『晶のほうこそ大丈夫なのか?』
『母さんは行っても良いって』
誠は母親が寂しくないか心配したのだろう。
『誠って性格もイケメンだな』
『なんの話し?』
『こっちの話し』
『でも赤点あったら補習だよな?』
『あきらん意地悪言わないで』
『俺と誠は心配無いからな』
『あたしだって大丈夫だよぉ』
『なら問題無いな』
午後から成績上位者が張り出される。
『そろそろだよな?』
『ああ、見に行くか』
晶は学年1位で誠は3位だった。
『栞は圏外か』
『フーンだ』
全教科の答案が返却された、幸いにも栞は赤点がなかった。
『それよりさ』
『何だ?』
『この前の手紙なんて書いてあった?』
覚えてたのか。
『大した事じゃ無いよ』
『へー』
『…』
顔を覗き込んでくる。
『授業始まるぞ』
『誤魔化した』
誠もジロジロ見てくるが無視して教室に戻った。
放課後は教室に残り掃除をしていた。
『晶ちょっと良いか?』
担任に呼ばれる。
進路指導室まで来てくれと言われた。
『なんかやらかした?』
栞がニヤニヤしながら言う。
『心当たりがないな』
『行ってくるわ』
何かと思えば、志望校の変更をしないかとの事だった。
日本一の国立大学を目指して見ないかと。
正直、冒険をしたく無いので今のままでと答えておく。
(母親にこれ以上の負担かけれないよ)
地元の国立大学でも十分偏差値は高いので問題無いと思っている。
終業式が終わり昼から彩音を呼びファミレスで落ち合う。
『お疲れ様』
『夏休みに乾杯!!』
『あきらん先生に呼ぼれてたけど何だったの?』
『日本一の国立大学を目指さないか?って』
今年は志望する人がいないからと伝えた。
『凄いですね』
『彩音が言うと嫌味だな』
『晶君は断ったんでしょ?』
『まぁな』
『母親に負担かけれないしな』
『大切なのは何処で学ぶかではなく何を学ぶかですからね』
『何か高尚な話をしているな』
誠がちゃちゃを入れる。
何故だか栞がウンウンと頷く。
『じゃあ栞も地元の学校にしたらいい』
『もぉ諦めて変更したよ』
誠がニヤニヤしている。
よっぽど嬉しいのだろう。
『栞は将来の為に医療事務でも目指したらどうだ?』
それもいいかもと笑っている。
合宿に向けて買い出しに行く。
何故だか山に合宿に行くのに水着を見ている。
『合宿といったら水着でしょ』
さも当たり前のように栞が言う。
『勉強に行くんだぞ』
『近くの川で泳げますから』
『甘やかしてどうする』
『それより肉だな』
誠は食い物に夢中だ。
『お前ら』
お菓子や花火を沢山買い先に別荘に宅配で送る。
管理人が受け取れるから大丈夫と着替えとかも一緒に送る。
夏期講習が始めるまでの3日間を合宿にあてた。
午前8時に駅に集合する。
『今回は車で行かないのか』
『母の都合がつかなくて』
『電車でのんびりもいいよね』
栞は浮かれている。
誠が高校最後のチャンスだなと背中を叩いてくる。
彩音も明るい表情で嬉しそうだ。
何度か乗り換え目的に着くと管理人が車で駅まで出迎えてくれた。
『すごーい、とても綺麗だね』
十分に手入れが行き届いていて、彩音の家は裕福なんだなと実感した。
中学の時には無かった広々としたウッドデッキにバーベキューコンロが備え付けてあり、深緑を楽しめるジャクジーまで増えていた。
『凄いな』
『去年改築して増築したの、父の趣味で色々増えてます』
地下にはカラオケルームやビリヤード場まで設置されていた。
広いガレージには見たことが無いスポーツカーがピカピカに磨かれて停めてある。
『これは?』
『父がここに来た時だけに乗る車ですね』
『その割に綺麗だな』
『管理人さんが手入れしてくれているので』
『晶君は車お好きなんですね』
『見たことないやつだから』
各自部屋に案内され荷物を解いた。
30分後にリビングに集合との事なのでテキパキと行う。
元教師という管理人が教鞭をとり指導してくれた。
『なるほどね』
栞が遊びたそうにソワソワし始めた頃にいつの間にかやってきた管理人さんの奥さんがバーベキューの支度を完了していた。
『わぁーい、ご飯ご飯』
栞が真っ先に席を立つ。
複数のランタンで彩られたウッドデッキが華やかな食卓を照らす。
『肉だ肉』
誠が食欲マックスで食らいつく。
移動と勉強でお腹が空いていたので何時もより沢山食べた。
食後は名産のマスカットを頬張り満足した。
食べ終わったらまた勉強が始まる。
管理人さんが用意してくれた小テストを行うことになった。
彩音は流石と言うしか無い集中力でペンを走らせる。
それに負けるもんかと集中する。
誠もそれに続いた、栞は眠そうにしていた。。
2時間程で終わり解答をする。
やはり1番は彩音だった。
『彩音こそ日本一の国立大学を目指したらどうだ?』
『可能ですが興味はありません』
『何でだよ?』
『晶君と同じ理由ですかね』
『彩音のとこは金銭的な理由無いよね』
『違いますよ』
『何処で学ぶかではなく何を学ぶかですよ』
『そっちね』
『それに将来学歴で物を言う人に実力で物を言いたいですから』
『なるほど』
『それ面白そうだな』
『明日も早いですから順番にお風呂に入って寝ましょう』
管理人さんも帰宅したようだった。
風呂に浸かりボーっとする。
疲れているのだが気分は高揚している。
気分を変え変えようと火照る身体を冷やす為に散歩に出た。
少し歩いただけで街灯もない道は闇に包まれる、木々がざわめく。
しばらく目を閉じて闇に慣らしていく。
薄らと辺りが見えるようになってきた時だった。
『晶君ここにいたんだ』
懐中電灯を持った彩音が近づいてきた。
『ちょっと眠れそうになくて』
『彩音こそどうかした?』
『部屋にいなかったから』
『誠と栞は?』
『カラオケしてるよ』
『せっかくだから一緒に散歩するか?』
『…うん』
歩き出すと彩音がシャツの裾を掴んできた、その手を摘むように遠慮がちに手を繋ぐ。
河川敷まできたら街灯があり、ちょっとした公園になっていた。
ベンチに座り持っていたスポーツドリンクを口に含んだ。
『さすがに夜は肌寒いな』
『地元とは大分違うね』
『学校はどうなんだ?』
『どうって?』
『余り弱音を零さない彩音が前に不安そうにしてたから』
『受験が迫ってくるにつれてギスギスしだしたかも』
『彩音の学校って大学の系列だからそのまま上がれるんじゃないの?』
『やりたい事がある人は受験するよ』
『そうか、愚痴なら何時でも聞くからさ、何でも言ってよ』
『ありがとう』
学校なんて小さい箱で全てを考えるべきでは無いのに学校という閉鎖された空間だけで全てを考えるのは馬鹿らしい。
晶はそう考えているので神経は太い方なのかもしれない。
『そろそろ戻ろうか』
『うん』
手を繋いで歩きだす。
内心、暗くて良かったと晶は思った。
部屋に戻るが、まだドキドキして眠れそうに無いので参考書をめくる。
得意な物理の問題を解き心を落ち着けた。
朝も6時に目を覚ます。
まだ、物音は聞こえない。
リビングに降りて行くと彩音がパジャマ姿で洗面所から出てきた。
少し照れた表情で挨拶をする。
『おはようございます』
彩音が恥ずかしがるからこっちもつられる。
『おはよう…』
入れ替わりで洗面所に入る。
(可愛かったな)
鏡に写る自分の耳が紅くなっているのに気づく…ダメだ意識してる。
ちょっとランニングでもしてくるかな。
軽く汗を流し別荘に戻ると、ダイニングに皆集まっていた。
『晶元気いいな』
『おはよう』
『涼しくて気持ち良かったぞ』
『うわっリア充がいる』
栞が嫌そうな顔をした。
朝食は彩音が用意してくれた。
トーストにスクランブルエッグとサラダ、ウインナーが添えてある。
『美味そう』
『ドレッシングはお好みで』
『栞は料理とかするの?』
『あきらん疑ってる?』
誠が答える。
『焼きそばは美味かったぞ』
『ほれほれぇ』
焼きそばはが気になるが突っ込まないでおこう。
『コーヒーどうぞ』
『あやちゃんは良いお嫁さんになれるね』
『そんな大した事してないよ』
『いただきます』
卵の火加減が丁度よくフワフワで美味しかった。
『洗い物は俺がやるから』
誠が言うと栞も手を上げて
『あたしが拭き取りやる』
『あきらんはテーブル拭いといて』
『はいょ』
彩音は栞が拭いた皿を片付けていく。
『楽しいなぁ』
彩音が嬉しそうだ。
『終わったら勉強しますよ』
栞から笑みが消える、そして大笑いとなった。
午前中は各々自習をする。
『あやちゃんここ教えて』
『ここはですね』
それぞれが栞の質問に答えていた。
『あたしも皆と一緒の大学にしよっかな』
『それいいですね』
『学部によったら追い込めば行けるかもな』
『頑張ってみよっかな』
『誠良かったな』
誠も嬉しそうだ。
『夏期講習明けのテストで結果残さないとな』
『皆さんよろしくお願いします』
何故か他力本願だ。
『お昼までびっしりやらないとな』
10時前に管理人さんがやってきて庭の手入れを始めた。
『疲れたぁ』
『珍しく集中してたな』
『目標が出来たからね』
本当はやれば出来るタイプなのかもしれない。
『昼ご飯食べたら少し観光しませんか?』
避暑地といえど日中は暑い。
『さんせー』
『いいな』
『決まりだな』
管理人さんに自然公園まで送ってもらい散策した。
『上のほう雪が残ってるね』
『あそこまで歩くか?』
『いやん』
『冗談だけどな』
こんな軽装で行ったら怪我しますよと彩音が言った。
帰りにはバスに乗る。
途中野生の鹿が窓から見えた。
帰ってくると勉強の続きをする。
眠くなってきたので熱いコーヒーを容れ気を引き締める。
晩御飯は管理人さんの奥さんが郷土料理を振舞ってくれた。
食後は花火で盛り上がった。
『記念撮影しませんか?』
『なんの記念だ』
『そりゃ別荘記念でしょ』
栞がよく解らない事を言った。
女の子が中心に入り誠が自撮り棒でスマホを構える。
『晶もっと寄らないと入らない』
仕方なく彩音の肩を抱えるように近づく。
『撮るぞ』
シャッター音が鳴る、皆で覗き込んだ。
『いいね』
『うんうん』
誠と栞は満足そうだ。
晶と彩音は照れくさそうにしていた。
写真を共有する。
『あたし待ち受けにしよ』
『それいい』
『おそろにしようょ』
しょうがないなと言いつつ晶は喜んで待ち受けに設定した。
『明日には帰るのか』
『あっという間だったね』
『今度は大学に合格したらまたこようね』
彩音が提案する。
『1人も欠けることなくこよう』
『『賛成』』
束の間の楽しみも終わり寝るまでの間は栞の勉強に付き合った。
この日は皆早目に起きた。
早朝ランニングを行う。
4人で走り出す。
河川敷の遊歩道を軽く流した。
途中コンビニに寄り朝ごはんを買う。
別荘に戻り朝食を済ませ1時間ほど揃って勉強する。
心做しか栞の学力が上がってきたと思った。
昼前に各自部屋を片付け、帰り支度をした。
宅配で送るものをまとめ管理人さんに預ける。
『確かに預かりました』
『短い間でしたがお世話になりました』
『また来てください』
『もちろんです!』
『彩音ちゃんは盆に』
『はい』
帰りは寄り道しながら歩いて駅まで向かった。
途中でお土産を買って軽く昼食をとり駅に着く。
『あやねー』
ロータリーで彩音と呼ぶ声、母が駅まできていた。
『お母さんきたの?』
『驚かせようと思って』
うふふと笑っている。
『電車に乗ってたらどうする気?』
『そりゃ落ち込んで帰るわよ』
綾子のサプライズ好きにも困ったもんだ。
『こんにちは、わざわざお迎えに来てくれてありがとうございます』
『晶君はしっかりしてるわね』
誠と栞も挨拶を交わす。
『さ、帰るわよ』
車に乗り込む。
栞は早々に寝てしまった。
遅くまで勉強していたので仕方ない。
誠は栞の頬をつつき遊んでいる。
『仲が良いわね』
誠の指が止まり照れくさそうだ。
『そんなに照れるならイチャつくなよ』
便乗してからかっておいた。
『彩音も寝たら晶君がしてくれるかもよ』
『なんて事言うの!』
彩音が慌てて否定するけど耳が紅い。
何故か自分も紅くなっていた。
綾子は悪戯に笑っている。
途中、寄り道したいと大型アウトレットモールにくる。
夕方なのに沢山の人がいてかなり蒸し暑い。
1時間後にゲート付近集合と言ってそそくさと行ってしまった。
誠と栞もデートしてくると言って行ってしまう。
『彩音は行きたいお店ある?』
『とくに無いけど、歩こっか』
とりあえず中央を目指した。
人混みでぶつかりそうになり彩音の肩を引き寄せる。
『はぐれたらいけないからと』
そっと彩音の手をとった。
軽く掴んでいたら彩音が指を絡めてきた。
恋人繋ぎというやつだ、初めての経験に心臓が跳ねる。
なるべく意識しないようにしかっかり握った。
(細くて柔らかい指だな…)
スポーツブランドのショップに入るがさしあたって欲しい物も無い。
隣の店に移動する、外観はウッド調の厳かなたたずまいだった。
中に入ると雑貨やアクセサリーが売られていた。
『いらっしゃいませ』
女性店員が落ち着いた挨拶をする。
彩音は可愛らしい付箋を見ている。
手が離れたので店をぶらぶらしていると店員が話しかけてくる。
『何かお探しですか?』
『見てるだけです』
いつの間にか彩音がアクセサリーを見ている。
店員さんは小声で彼女さんにプレゼントですか?と聞いてきた。
無言のまま彩音の隣に移動した。
『いいのあった?』
『このネックレス可愛いかな』
『良かったら試着しますか?』
彩音は迷っていた。
『着けてみたらいいよ』
『それならお願いします』
店員さんは俺に手渡してきた。
綾音も空気を読んだのか後ろ髪を持ち上げた。
(付けろということか…)
なれない手つきで金具をとめる。
首筋に触れないように注意をした。
『とてもお似合いですよ』
綾音も満更ではなさそうだ。
『晶君、似合う?』
花柄の中に何かの石が輝いている。
清楚系美少女の彩音にはとても似合っていた。
『すごく素敵です』
晶は自然と財布を出し幾らですか?と尋ねていた。
『税込で9800円です』
『晶君いいよ』
『プレゼントさせて欲しい、いつも世話になってるし』
『素敵な彼氏さんですね』
『えっ、はい…』
彩音が照れた様子で返事をした。
着けたアクセサリーはそのままでケースを受け取り、彩音に手渡す。
『晶君ありがとう、大切にする』
『うん』
店を出て集合場所に戻る。
『さて、帰りましょうか』
再び車に乗り込み帰路に着く。
栞が異変に気付く。
『あやちゃんそれ?』
後ろから首筋にネックレスが見えたらしく尋ねた。
『買ったの?見せて』
胸元から手を添えてアクセサリーを見せた。
『かわいいね』
『すごく気に入ってる』
聞いてる晶が照れている。
『なるほど』
『あきらんグッジョブ』
『は?』
『俺は選んでない』
確かに選んだのは彩音自身だ。
彩音はニコニコと緩い笑を浮かべているだけ。
晶に耳打ちをしてくる。
『告ったの?』
『いや…』
誤魔化すように外を流れる景色を見ているがトンネルに入ると隣でボーっと紅らんでいる彩音が映り込む。
ますます目のやり場に困った。
(俺が好きな事バレてるのかな?)
ガラス越しに微笑んだようにも見えた。
地元に戻り順番に家に送り届ける。
比較的家の近い自分は最後だと理解している。
『明日、予備校で』
『じゃねぇ』
栞が最初だ。
誠も降りる。
『じゃあな』
『ここからだと電車乗らないと帰れんやん』
『栞の部屋に忘れ物』
『またな』
3人になった車内。
『うちでご飯食べてく?』
綾子がが誘ってくれたが母が待ってると悪いからと断った。
『ありがとうございました』
『彩音おやすみ』
『晶君も朝からバイトでしょ?』
『うん』
『寝坊しないようにね』
予備校は夕方からだ。
『今日はありがとね』
ネックレスを手に取り握りしめた。
『喜んでくれて光栄だ』
手を振って別れた。
車が見えなくなるまで手を振っていた。
玄関を開けると母が出迎えてくれた。
『疲れたでしょ』
『彩音のお母さんが送ってくれたから大丈夫』
『お風呂貯まってるから先に入りなさい』
『ありがとう』
部屋に荷物を置き風呂に浸かった。
母と一緒にご飯を食べる。
『晶は楽しかった?』
『うん』
『母さん忙しくて余りかまってあげられないから』
『ガキじゃないんだから』
晶は笑顔で続ける。
『母さんには感謝してる、ありがとう』
『今の目標は大学合格していい会社に勤めて家を買って母さんと一緒に住む事だから』
文香は目を細めて涙をこらえる。
『晶は父さんと同じ道を目指すのね』
『別に意識してって事ではなく物理が好きだから将来に活かしたい』
将来を語る晶を誇らしく思う文香。
『でも、彩音ちゃんはいいの?』
バレてる…
『彩音はほら友達だから』
『へー』
『母さんは彩音ちゃん好きよ』
『今は受験に集中したい』
『頑張りなさい、勉強も恋も』
なんて事言ってくるんだよ…
(頑張って何とかなるなら苦労しない)
ご飯を食べ終わるとそそくさと部屋に逃げた。
部屋に入り机につく。
参考を取り出し問題に取り掛かる。
解らない事を調べる為にスマホを手に持った。
待ち受けに設定されていたグループ写真に目がいく。
彩音の優しい笑顔にドキドキしていると、彩音から着信がある。
『もしもし』
『晶君こんばんは』
『こんばんは、なんかあった?』
『なんかないとダメ?』
『そうじゃないけど』
『ネックレス眺めてたら晶君の声が聞きたくなった』
(なんて事言うんだ)
『ま、俺も合宿で撮った写真見てたけど』
『通じたのかな』
『偶然だろ?』
気持ちの高揚を抑えるように励む。
『でね、私も晶君に何かプレゼントしたい』
『別にいいよ』
『私の気持ちを届けたいの』
思わず声が裏返る
『何言ってんだ』
心臓がバクバクしている。
『一緒に合格しようねって願掛けだよ』
(ビビったぁ)
『それなら』
『次のバイトの休みは何時?』
『明後日だな』
『9時に図書館の前ね』
『家の方が近くないか?』
『デートだから待ち合わせしないとね』
『謹んでお受けします姫君』
『どぉしたの?』
『気にするな』
『約束ね』
『わかってる』
『おやすみなさい』
『おやすみ』
(やばい、嬉しすぎて勉強が手につかない…)
ベッドに転がりのたうち回る。
(最近、彩音が積極的だな)
仲が良いのは理解してるが恋となると違う気がしていて晶は今の距離から踏み込めない。
考えているうちにそのまま寝てしまった。
バイト先では弘子さんに合宿楽しかった?など聞かれた。
夏休みともあって翔太も店に出ていた。
『晶は相変わらず勉強か?』
『翔太は受験しないのか?』
『八百屋に賢さは要らんだろ?』
『経営学とか勉強しないのか?』
『手遅れだ』
『両親に迷惑かけるなよ』
『なるようになるさ』
『お気楽だな』
『いいだろ?』
既に夏らしく日焼けしている翔太は元気良く接客していた。
バイトも終わり予備校に向かう。
教室に入り彩音の隣に座った。
『おつかれ』
彩音が先に声を出した。
『よぉ』
昨日の事を思い出し目を逸らす。
今日の彩音は髪をアップにしているので首元のネックレスがこれみよがしに見える。
(わざとやってるのか?)
誠もやってきた。
『晶うす』
『うす』
『こんにちは』
『今日も暑いな』
誠は走ってきたのか汗だくだった。
これから毎日4時間の過密スケジュールが始まる。
『疲れたぁ』
初日ともあり終わったらクタクタとなっていた。
『腹減ったな』
誠はそそくさと帰って行った。
『栞ちゃん来なかったね』
クラスが違うから来てたのかも知れないが見かけなかった。
『後で誠に聞いてみる』
『うん』
『彩音、帰りは迎え?』
『今日は歩きだよ』
目で訴えかけてきた。
(遅れと言うことかな)
『送っていくよ』
『ありがとう』
満面の笑顔。
『今、言わせただろ?』
『なんのこと?』
とぼけているが確信犯だろう。
並んで予備校を後にする。
人気が無くなった所で手を繋いできた。
『明日のデート遅れないでね』
『分かってるよ』
『何処行くんだ?』
『内緒』
『お手柔らかに』
『何それ』
(手は柔らかいな)
『晶君も変な格好してこないでね』
『変なのってどんなのだよ』
『ジャージとか』
『それなりの格好するよ』
送り届け家に帰る。
途中、コンビニ寄り整髪料を購入した。
早朝ランニングを終えシャワーを浴び髪を整えていると出勤前の文香が覗いてきた。
『あら珍しいわね』
『たまには』
『あらあらデートでもあるの?』
『そんなところ』
『彩音ちゃん?』
『他にいないだろ』
『青春ねぇ』
『…』
『母さんいってらっしゃい』
無理やり送り出した。
選ぶ程服を持っていないが清潔感のある服装を選んだ。
約束の30分前に図書館に着いた。
『おはよう』
既に彩音はきていた。
『おはよう、早いね』
白のワンピースに日傘と実にお嬢様らしい服装だった。
『似合ってるね』
『晶君も格好いいですね』
『期待されてたからな』
彩音が持っていたバッグを奪う。
『重たいからいいよ』
『デートだからな』
日傘を片手に腕を絡めてきた。
(近い…)
彩音から爽やかないい香りがする。
それだけでクラクラする。
『晶君はウブですね』
『仕方ないだろ初めてなんだし』
『行きましょう』
どうやら駅に向かうようだ。
近隣で1番大きなショピングモールに着いた。
『ここならお気に召すものがあるかと』
『色々ありそうだな』
手を繋ぎ見て回る。
『本屋寄ってもいいか?』
『参考書ですか?』
『いや、たまには小説』
彩音が読書好きなのを知っているので一緒に見たかった。
『あっ新刊でてる』
中高生で人気の作家の新刊があった。
『面白い?』
彩音は得意げに頷く。
『この作家さんの心理描写が好きなんだ』
『読み終わったら貸してくれないか?』
『女の子向けだよ』
『女心も知りたいからな』
『わかった、買ってくるね』
レジに並んでる間に物理学書のコーナーに移動し超ひも理論と題した本を手に取り開いていた。
『晶君ここにいたんだ』
『案外早かったね』
『また難しそうな本見てるね』
今はデートにお金を残しておきたいので本棚に戻した。
『買わなくていいの?』
『似たような本は持ってるから今度でいい』
彩音のバッグに詰める。
『なんか私が行きたい所チョイスしてくれてるね』
『たまたまだな』
これといって物欲の無い晶だが彩音と釣り合う為に少しお洒落したいなとは思っていた。
靴屋に入り、普段は機能性重視なのだかデザイン性で選んでいた。
『晶君にしてはシャレた物を選ぶんですね』
『ダメか?』
『今の服装になら合ってると思います』
『ならコレにしよ』
レジに向かう。
荷物が増えるがここは余裕そうな表情をする。
フードコートで軽くお昼を済ませお目当ての店に向かった。
そこは彩音がよくくると言う雑貨屋さん。
『晶君ってアクセサリーってイメージでわないので実用的な物がいいかと』
『イメージじゃないな』
これなんかどうでしょ?と勧めてきたのはファッションウォッチ。
学生らしく大人しめのデザインで電波時計と記してある。
『今のは中学生から使ってるしな』
小傷も多くベルトも傷んでいた。
『でもこれ?』
同じデザインの腕時計が大小並んでいる。
『ペアウォッチですね』
学生にしたら値の張るものだ。
2つで35000円もする。
『悪いよ』
『私がしたいのです』
心臓が跳ね上がる。
(告白してるのと同じしゃね?)
『その代わりお願いがあります』
『何?』
『大学に合格するまでちゃんと着けておいてください』
内心ホッとした。
(付き合ってくださいかと思った)
『約束するよ』
お会計を済ませると腕に巻かれた。
綾音も腕を出すので着けてあげる。
(傍からみたら完全にカップルだよな)
彩音はとても嬉しそうな表情をする。
晶には彩音しか見えなくなっていく。
(彩音ってこんなに可愛かったかな)
『まだなんか見るか?』
『服をみたいです』
ファストファッションの店に入る。
『これなんか似合いそうだな』
『晶君はこういった感じのが好きなんですか?』
『彩音なら似合うと思っただけだ』
サイズを探している。
『試着してみます』
店員さんに伝え試着室へと向かった。
前のベンチで座って待っていると扉が開きこっちを見ている。
『どうですか?』
ワンピースなのだが裾が短く白い脚が顕となっていた。
『とても可愛いです』
『コレにします』
実際は目のやり場に困っていた。
『次のデートで着てきますね』
『生脚は勘弁してください』
『そんなに太いですか?』
『そんな事は無いです、目のやり場に困るので』
『晶君は可愛いですね』
『どこがだよ』
『ちゃんとストッキングを履きますから』
(からかわれてるな)
夕方の予備校に備えて早目に帰宅した。
予備校で再会する。
『約束守ってますね』
『約束したからな』
栞が合流した。
『大丈夫か?』
栞は体調を崩していた。
『ちょっと知恵熱かな』
誠から聞いていたが風邪らしくマスクをしていた。
栞が晶と彩音の腕をとる。
『これは?』
(目ざとい奴だな)
『気にするな』
『願掛けです』
彩音が説明した。
『一生一緒に居られますようにって?』
『あやちゃん可愛い』
『違います』
『大学に合格出来ますようにだよ』
『ふーん』
『あきらんあやちゃんを幸せにね』
『違うって言っただろ』
『説得力無い』
『言ってろ』
誠が遅れてきて何かあったのか?と尋ねてきたが栞は何でもないと答えていた。
『教室行くぞ』
『勉強勉強』
栞は元気を取り戻していた。
彩音と同じ席に座った。
周りからヒソヒソと付き合ってるのかな?と聞こえていた。
1人の女子が近づく。
『彩音さんと晶君は付き合ってるの?』
『付き合ってはいないな』
正直に答える。
『腕を組んで歩いてたでしょ?』
(げっ見られたのか)
『ノリですよ』
ふふっと彩音は言った。
晶はバレないように腕を隠した。
『お似合いだと思ったんだけど?』
『そうか?』
彩音は美少女だが晶は普通の男子だと思っている。
確認が終わると席に戻っていった。
『お似合いですって』
小さな声で言ってきた。
晶は照れるしか出来なかった。
気持ちを切り替えて講義に集中した。
7月も終わり夏本番、受験生に夏休みなど無い。
バイトと夏期講習、空いた時間は自習と追い込んでいく。
(いくらやっても足りない気がするな)
机に置いた腕時計は深夜1時を過ぎていた。
スマホのメッセージが届く。
『晶君まだ起きてる?』
『勉強してた』
『私も』
『こんな時間に何かあった?』
『通話に切り替えてもいい?』
『いいよ』
着信がなる。
『こんばんは』
『遅くにごめんね』
『どうしたの?』
『声が聞きたかったの』
『悩み事か?』
『今日ってもう昨日か学校に行ったんだけど』
『うん』
『クラスの子から嫌な事言われて』
『何言われたんだ?』
『この前、晶君とデートしてたの見られてたみたいで…成績良くて彼氏まで作って余裕だなって』
『気にするなよ』
『晶君を否定されてる気持ちになって嫌だったの』
『いっそ付き合うか?』
『お情けで付き合うとか言って欲しく無いよ』
(女心はよく分からん)
『ごめんな』
とりあえず謝っておく。
(好きなんだけどな…)
『明日少し時間貰えるか?』
『バイトは?』
『明日は休み』
『あっ定休日だったね』
『昼から図書館で一緒に勉強しよう』
『それだけ?』
『内緒だ』
『わかった』
『もう遅いからおやすみ』
『うん、おやすみなさい』
心做しか声のトーンが明るくなった気がした。
早目に昼食を済ませ図書館へと向かう。
エントランスで彩音が来るのを待った。
『お待たせしました』
『こっちが早く来ただけだし』
自習室には向かわずに隣接するカフェへと向かった。
『勉強しないの?』
『するけど焦らなくてもいいだろ?』
『うん』
『電話の事なんだけどさ』
『気にしてるの?』
『そりゃするさ』
『彩音ってそんなにメンタル弱いほうじゃなかったから』
『そんな事は無いよ』
『でもさ好きな子が悩んでると気になる』
『晶君?』
『何回も言わせるな』
『嬉しい』
『彩音の最近の猛アタックに比べたら大した事ないだろ?』
『うふふ』
店員さんを呼び、アイスコーヒーとクリームソーダを頼んだ。
『彩音はいつからなんだ?』
『何時からって?』
『その、好意を持ってくれたの?』
語尾につれて声が小さくなる。
彩音が何か言おうとした時に注文の品が運ばれてきた。
『ごゆっくりどうぞ』
『ありがとうございます』
アイスコーヒーをストローで口に含む。
彩音はアイスを頬張る。
『何時って生徒会の時かな』
『えっそんなに前から?』
『あの時はまだ子供だったしよく分からなかったと思う』
『どちらかと言えば友達と言うか仲間だったよな』
『高校になって会えなくなってから気持ちに気づいたって感じかな』
『ごめん、俺予備校で再会するまで忘れてたかも』
『そぉなんだ』
『でも、生徒会の時は彩音に憧れてたぞ』
『よくイタズラされたよね』
『ガキだったからな』
『今は?』
『どうかな?少なくとも自分の気持ちに気付くくらいには成長したよ』
彩音が照れくさそうにクリームソーダを飲む。
『彩音の事が大切だし力になりたい、付き合って欲しい』
『離さないでよ』
『もちろんだ』
『悩んでたのって転校しようかなって思ってたの、母にも相談して好きにしたらいいよって言ってくれた』
『何処に?』
『晶君と同じ学校の編入試験受けるつもり』
『彩音なら楽勝だな』
『この時期にって思うけどストレスは少しでも減らしたいし』
『転入してもいい事無いかもだぞ』
『晶君が助けてくれるでしょ?』
『全力で、誠も栞もいるし大丈夫だろ』
『よろしくね』
『任せろ』
『お母さんに報告して2学期に間に合うようにする』
『焦るなよ』
『誠君と栞には内緒ね』
『わかった』
コーヒーを飲み干して会計を済ませる。
図書館に戻り自習室で勉強をした。
予備校が終わる時間に綾子が迎えにきていた。
『晶君送って行くわよ』
『ありがとうございます』
『彩音から聞いた?』
『はい』
『こんな時期にと思うかもだけど支えてあげて』
『もちろんです』
『お母さん余計な事言わないで』
『忙しくなるわね』
何だか楽しそうだ。
『送っていただきありがとうございました』
『どういたしまして』
『彩音おやすみ』
『晶もおやすみ』
ん?と思ったが恋愛関係なら当たり前かと浮かれていた。
朝起きて、昨日の事を思い出すと浮かれてしまう。
『晶は良い事でもあった?』
隠すことでも無いと話す。
『彩音と付き合う事になった』
『今まで付き合ってなかったの?』
『告白はしてこなかったから』
『お父さんに報告しなきゃね』
『うん』
仏壇に線香をあげて報告した。
8月も盆に差し掛かる。
5日間ほど夏期講習も休みとなる。
バイトはあるものの朝から14時まで。
時間が空いたので彩音にメッセージを送信した。
[今日、14時以降で時間作れますか?]
直ぐに返事は来なかった。
とりあえずバイトに行った。
正午過ぎに返信があり、大丈夫との事。
[迎えに行く]
今度は直ぐに返事があり
『待ってます』
彩音の家に着きインターフォンを鳴らす。
先日購入したワンピースを着て出てきてくれた。
『いらっしゃい』
『待たせたね』
『待ってた』
『服、とても似合ってるよ』
『ドキドキする?』
『そんなのするに決まってる』
『上がって』
『お邪魔します』
奥から彩音の母親も出てきた。
『晶君いらっしゃい』
『ゆっくりしていってね』
『ありがとうございます』
リビングに案内された。
そこには新聞を読む父親がソファーに腰掛けていた。
名前は廣重、高等裁判所の裁判官をしていてるせいか常に凛としている。
『お邪魔してます』
『晶君か久しぶり、大きくなったな』
『ご無沙汰しております』
『まぁ座りなさい』
向かい合わせのソファーの対面に座る。
綾音も隣に座った。
綾子がアイスティーを持ってきて廣重の隣に座った。
揃った所で廣重が切り出す。
『彩音から聞いたんだが』
父の言葉を遮るように言う。
『彩音さんと正式にお付き合いさせていただく事になりました、今後ともよろしくお願いします』
『晶君なら安心だよ』
『僕には勿体ないくらい素敵な娘さんです』
彩音が隣で真っ赤になっている。
『なんか結婚の挨拶みたいね』
母親が茶化してきた。
『そうなる様に努力します』
真面目に答えておいた。
『受験勉強頑張りなさい』
『もちろんです』
『彩音も晶君のお母さんにちゃんと挨拶しなさいよ』
『分かってるよ』
『明日からお墓参りも兼ねて別荘に行くんだが君も来るか?』
『明日は父親のお墓参りに行きますので』
『それは何時からだい?』
『母が夕方からの勤務ですので朝早目に行こうと思ってます』
『彩音も行ってきなさい』
彩音がキョトンとしている。
『晶君いいの?』
『構わないよ、報告するつもりだったし』
『もし良ければその後から一緒に行こう』
『母に聞いておきます』
『お父さん強引』
『今日中に返事します』
晶は無事に挨拶を済ませてホッとしている。
『晶君部屋に行こ』
『わかった』
彩音に手を引っ張られリビングを後にする。
『親公認だね』
『なんか嘘みたいだ』
『嘘なら良かった?』
『良いわけ無い』
彩音の部屋にある2人掛けソファーに座る、密着するように彩音も座る。
(近ずきないか?)
彩音が肩に頭を乗せてきた。
(いい匂い)
『午前中は何してたんだ?』
『何で?』
『返信が遅かったから』
『ちょっと病院行ってたの』
『何処か悪いのか?』
『たまに貧血気味になるから検査してもらった』
『彩音は頑張り屋さんだから無理してるんだろ』
『それより転入試験合格したよ』
『そうか!』
『同じクラスだと良いな』
『うん』
彩音が抱きついてきた。
『彩音さん?』
心臓が跳ね上がる。
『晶は付き合ってるのに何もしてこないから』
『それは…』
『それは?』
『恥ずかしいだろ』
『恥ずかしい事なの?』
『違うけどさ…からかうなよ』
『可愛い』
彩音にホールドされて身動きが取れない、何か抵抗しようとおデコにキスをした。
彩音が今度は怯む。
『ね、おデコだけ?』
頬を染め目を閉じる。
(キスしろって事だよな)
軽く肩を引き寄せる。
彩音の背中がビクッとした。
撫でるようにそっと唇を重ねた。
(心筋梗塞になりそう)
『なんか短くない?』
おかわりを要求してくる。
『じゃもう1回』
今度は少し長めにした。
『ファーストキスしちゃった』
『俺もだ』
お互いに視線を外し真っ赤になっている。
『母さんに明日の事聞いてみる』
そう言って立ち上がる。
電話をかけ墓参りの事、その後の事を言った。
『母さんが良いって』
『今お家にいるの?』
『夕方からだからな』
『今から行っても良い?』
『構わないよ』
文香に今から彩音を連れて帰るとメッセージを送る。
『行こっか』
『この格好て変じゃないかな?』
『夏らしくていいだろ』
もう一度キスをした。
2人で手を繋いで帰る、自分の家なのに緊張した。
『ただいま』
『おかえり』
『こんにちは』
『彩音ちゃんいらっしゃい、上がって』
『お邪魔します』
彩音は丁寧に靴を揃えてスリッパに履き替えた。
『女の子っていいわね』
『男で悪かったな』
『お線香あげさせてもらっても良いですか?』
『あの人も喜ぶと思います』
彩音と一緒に手を併せた。
『明日なんだけと朝6時に行こうかと』
『私は大丈夫です』
『晶もちゃんと起きるのよ』
『いつも起きてるだろ』
『彩音ちゃんを迎えにいくのよ?』
『あっそうだな』
歩いて5分程の距離なのでいつも通りで良いなと思った。
『お母さんに報告なんですが』
『なになに?』
『晶君とお付き合いさせてもらうことになりました』
『晶から聞いてるわよ』
『不束者ですがよろしくお願いします』
『お嫁さんにきたみたいね』
何だか嬉しそうな母。
『不甲斐ない息子ですがよろしくお願いします』
『明日から何日まで行くの?』
『15日には帰ってきます』
『盆の送りには参加出来るわね』
『うん』
『楽しんでらっしゃい』
『ありがとう』
綾音も一緒に頭を下げた。
『これから誠と栞も呼ばないか?』
『用事あるの?』
『やっぱり隠し事って性にあわないから』
『転入の事は内緒だよ』
『約束する』
駅前のカフェで待ち合わせた。
『よっ、突然何かあったか?』
『栞が来たら話すよ』
『暑いから中で待とう』
『先に入っててくれ、俺は栞待ってる』
『わかった』
彩音と手を繋ぎ中に入る。
『やっほー』
『突然ごめんね』
『で、何があった?』
『実は付き合う事になった』
誠と栞が顔を合わせる。
『今更か?』
『あたしはとっくに付き合ってると思ってた』
『何でそう思った?』
『最近ラブラブじゃん』
彩音が恥ずかしそうにした。
『そんなに分かりやすかった?』
『バレバレだよ』
誠もニヤニヤしている。
『これで堂々とダブルデート出来るな』
『そん時はよろしく』
『記念にアレ頼まない?』
栞がメニューを指さす。
『ジャンボパフェお願いします』
確認を取る前に頼んでいた。
『初ダブルデートだな』
誠が笑っている。
晶はやけくそになってパフェを口にした。
『ねぇ、キスはしたの?』
栞が爆弾を投げてきた。
晶は無言を貫く。
『想像にお任せします』
彩音は頬を染めてる。
『想像しました』
声に出さなくてもしたって言ったようなものだった。
『あきらんあやちゃん泣かせたら承知しないからね』
『する訳ないだろ?』
『晶は意外と紳士だからな』
『公然イチャイチャカップルに言われてもな』
『愛し合ってるもんね』
『はいはい』
何とかパフェを平らげた。
『お腹いっぱいだね』
『栞は勉強はどうだ?』
『良く聞いてくれました』
自信満々に答える。
『皆さんのお陰で調子良いよ』
『分からない所あると直ぐに電話あるよ』
彩音が暴露する。
文系は彩音、理系は誠に教えてもらっている。
物理担当が晶だ。
『盆明けのテストが楽しみだな』
『期待しといて』
次が最後のクラス編成となるので気合いが入っていた。
翌朝、彩音を迎えに出る。
玄関先で待っていた。
一旦家に戻り文香と車でお墓に向かった。
『悪いけどお掃除手伝ってね』
『はい』
『晶は水汲んできて』
お墓を丁寧に掃除し花を活ける。
盆提灯を盛り手を併せた。
『お父さん彩音ちゃん可愛いでしょ?見守ってあげてね』
『母さん聞こえてる』
『聞こえるように言ったからね』
綾音も手を併せてよろしくお願いしますと言った。
お供えをお墓の前で食べる。
『彩音ちゃんありがとね』
『家族のお邪魔しちゃってすみません』
『帰りましょ』
『父さんまた来るね』
晴れた気持ちて家に戻った。
そのまま旅行カバンを持って彩音の家まで歩く。
ガレージで廣重がトランクに荷物を積んでいた。
『おはようございます、よろしくお願いします』
『おはよう、付き合わせて悪いね』
『そんな事無いです』
『荷物貰おうか』
『お願いします』
『晶君は礼儀正しいな』
綾子がいかにもバカンスみたいな格好で出てきた。
『母さん派手たね』
国産の高級セダンに乗り込む。
初めて乗る車にワクワクした。
『晶君は工学部志望だったね』
『はい、最先端テクノロジーの研究がしたいです』
『目標のある若者は頼もしいね』
『お父さん偉そう』
『はははっ』
途中、渋滞に遭遇したが昼過ぎには目的地に着いた。
『管理人さんは?』
『盆で休みだよ』
『この前のお礼したかったな』
『晶君荷物降ろすの手伝ってくれ』
『は、はい』
荷物を玄関に運び込む。
『母さんと彩音は家の方を頼んだ、晶君と宅配便の受け取りに行ってくる』
『ついでにお買い物もよろしくお願いします』
綾子が頼んでいる。
『ワインで良かったな?』
『お任せします』
再び車に乗り込み営業所に行った。
『沢山ありますね』
『しっかり食べてくれないと困るよ』
『頑張ります』
トランクに積み込む。
また走り出す。
ぶどう農園に隣接したワイナリーに到着した。
『赤と白1本づつ頼む』
『フルボトルでいいですか?』
『それでいい』
『ありがとうございました』
車に戻り落とさないようにと持たされる。
『フルボトルのワインって初めて見ました』
『ハーフが主流だからね』
『全部飲むんですか?』
『いくらなんでもそれはないだろ』
『晶君は将来技術者になるのかな?』
『はい、父と同じ道を歩みたいと思っています』
『しっかりした目標があるんだね』
『彩音さんだって弁護士目指してるじゃないですか?』
『あれは女だ、一生の仕事でもないだろ?』
『良いんですか?裁判官が女だからって』
『ははっ、そうだね失言だった』
『もし君が妻に娶ったら仕事して欲しいか?』
『いつも傍に居て欲しい気持ちはありますが本人の意志を尊重します』
『良き理解者になってあげてくれ』
『気が早くないですか?まだ高校生ですよ』
『でもね、高校で不遇な事があっても先ず君を頼った、彩音は君を信頼している』
『僕にとっても大切な存在です』
『娘を嫁に出す気持ちがわかった気がするよ』
『早いですって』
距離がグッと近くなった気がした。
『ただいま』
『おかえりなさい』
『晶君ご苦労さま』
『キッチンに運べば良いですか?』
『私も手伝うよ』
『彩音は片付けていって』
『なんか格好良い』
『力仕事は任せて、バイトで慣れてるから』
母にワインを手渡した。
晶は格好良いと言われたので張り切って荷物を運ぶ。
『これで全部』
『ありがとう』
『箱開封したら良いのか?』
『うん』
発砲スチロールので箱を開けると高級食材が沢山現れる。
『誰が調理するの?』
『今晩は私が作るよ』
『彩音は料理上手だもんな』
『お母さんが上手だからね』
『楽しみだな』
空き箱を片付け、ガレージからお墓の清掃道具を持ち出した。
『先に済ませちゃいましょうか』
『そうだね、晶君もいいかい?』
『はい』
元々こちらの出身らしくお墓は共同墓地の一角にある。
他の墓より規模が大きく年季も入っていた。
テキパキと掃除を終える。
『やはり男手があると早いね』
順番に手を併せた。
晩御飯の支度を始める。
『僕も手伝います』
『今日は私にやらせて』
『晶君はお父さんの相手してあげて』
キッチンは女性陣に任せた。
『晶君ドライブに行かないか?』
『お付き合いします』
『たまにはアレも乗ってあげないとな』
ドイツの高級スポーツカーの事だなと察した。
『いいですね』
エンジンが回り出すと低音が響く。
2人乗りの割に車体が大きい。
シルバーメタリックの輝かしいボディーが外に出てきた。
『とりあえずガソリン入れに行こう』
低いナビシートに腰を沈める。
フロントガラスから見える景色が違って見えた。
『晶君はこういうの好きかね?』
『男のロマンですよね』
『最近は若者の車離れって聞くが喜んでくれて嬉しいよ』
夕暮れ時の山道を颯爽と流した。
正直、どんな話題をしたら良いか迷ったが次々に話をしてくれたので話題には困らなかった。
別荘に戻った時にはご飯が出来ていた。
食卓を囲む。
伊勢海老やら牛肉のステーキなど豪勢な物が並んでいた。
『今日は奮発したから沢山食べてね』
『いただきます』
どれもこれも非常に美味しい。
『盆と正月とクリスマスが一緒にきてもこんなの初めてです』
『お父さんが浮かれて色々頼んでたからね』
『こら、余計な事言うんじゃない』
『女世帯だから息子が出来たみたいで嬉しいのよ』
廣重が咳払いをして誤魔化す。
『ジャグジーに温泉容れて貰ったから後で入って』
『何から何までありがとうございます』
『彩音、一緒に入っても良いのよ』
『ブハッ!』
思わず吹いてしまった。
『母さん何言い出すの!』
『冗談よ』
『ほら晶君が困ってるだろ』
楽しい食事は早く感じた。
『父さんと呑んでるから散歩でもしてきたら?』
『公園の奥に行くと蛍が見れるぞ』
『行ってみよう』
『そうだね』
上着を1枚羽織って外に出た。
2人で手を繋いで歩き出す。
空を見上げると満天の星空、天の川がよく見えた。
『前もここに来たけど景気が違って見えるね』
『そうか?』
『前は不安でいっぱいで余裕なかったから』
無言で抱きしめた。
綾音も身を委ねる。
『俺が守る』
『うん』
そのまま唇を重ねる。
車のヘッドライトが見え、慌てて離れた。
お互い照れながらも手を繋ぎ歩いた。
『すごい』
『綺麗だね』
辺り一面に淡い光が束になり幻想的な空間を作り出していた。
暫くは呆然と光の行方を見つめていた。
他にも数人がホタルに見入っていた。
『明日ね近くの神社で盆踊りがあるの』
『へぇ』
『浴衣着て一緒に行きたいな』
『ごめん浴衣持ってない』
『明日買いに行こ』
『そんなにお金持ってない…』
『心配しないで、母さん連れていくから』
『悪いよ』
『きっと着せ替え人形にされるよ』
『ははっ』
(綾子さんならやりそうだ)
『戻ったら少し勉強してもいいか?』
『一緒にやろ』
いつもの日課としてやっているのでやらないと気持ちが悪い。
『ただいま』
『おかえり、先にお風呂入ってきなさい』
『晶からどうぞ』
『お先にいただきます』
この前来た時はジャグジーは使わなかったので初めて入る。
天井がガラス貼りとなっていて星空が降ってくる。
室内の照明を落としてプラネタリウムを楽しんだ。
さっき見た蛍と重なり自然が織り成す神秘を感じる。
風呂を上がると綾子が飲み物を渡してくれた。
『最高に気持ちよかったです』
『晴れてるから星がよく見えたでしょ?』
『はい、照明を落として入ってました』
『それ正解』
部屋に戻って勉強を始めた。
しばらくすると風呂上がりの彩音が部屋をノックする。
『どうぞ』
パジャマ姿の彩音が参考書を持参して入ってきた。
シャンプーのいい匂いが部屋中に広がる。
『パジャマなんだな』
『ダメ?』
『ダメじゃないけど初めて見たから』
『中学の時も見てるよ』
『そうだったか?』
『入院した時にお見舞い来てくれたよ』
『そんな事もあったな』
その時とはスタイルが違いすぎる。
隣に座り互いに苦手な分野を補足した。
『晶』
突然呼ぶと目を閉じて顔を向けている。
とりあえず頬を摘んでおいた。
『何するのよ』
『つねって欲しいのかと思って』
最近スキンシップの要求が激しい。
『照れ屋さんなんだから』
『その言葉、そのまま返そう』
『彩音、大丈夫か?無理してないか?』
『大丈夫だよ』
『嫌な事から逃げてもダメだぞ、ちゃんと向き合わないと』
『晶が居てくれるから平気』
おデコにキスをしておいた。
彩音がもたれかかってくる。
『あの、何と言うか…』
『何?』
『襟元から下着が見えて目のやり場に困る』
ビクッと離れて襟元を直した。
『見た?』
『見たな』
『もっと見たい?』
『見たいけど今は我慢する』
『晶君は真面目ですね』
クスクスと笑っている。
『俺が何もしないって安心してるだろ?』
『何かする気ですか?』
『まぁ、しないけどさ』
『晶君はヘタれですね』
『親といるとこではしないだろ?』
『賢明です、でもキスくらい良いよね?』
『わかったよ』
彩音が目を閉じる、唇を重ねる。
今回はディープなのをしてみる。
綾音も受け入れてくれる。
初めての感覚に溶けていく。
これ以上続けていると抑えが効かなくなりそうなので離れた。
『ごめんな』
『なんで謝るの?』
『なんて言うか…』
『嫌じゃなかったよ』
『今日はもう休もう』
『おやすみなさい』
(自分でしておいて後悔なんて、情けないな)
興奮して眠れそうになかった。
いつも通り朝6時に起床する。
日課のロードワークに出る。
無理やり頭を起こした。
着替えを済ませて参考書に目をやる。
いつも通りだ。
余り眠れなかったので眠気が襲ってくる、
うとうとしていると部屋にノック音が響く。
『どうぞ』
『おはよう』
『おはよう』
『昨日は眠れた?』
『あんまり、今うとうとしてた』
『私も眠れなかった』
『…』
『ほんとごめん』
『そのうち慣れるよね』
『それはそれで嫌だな』
慣れて雑になるのを恐れた。
『朝食だよ』
『わかった、ありがとう』
一緒に部屋を出る。
『おはようございます』
『ちゃんと寝れた?』
『まぁそれなりに』
『コーヒーは冷たいのと温かいのどっちが良い?』
『温かいのでお願いします』
ベーグルサンドとサラダ、マスカットと洒落た朝食。
カリっと焼いたベーコンに目玉焼きとレタスが挟んであり食欲をそそった。
『美味しいです』
ちょっと良い喫茶店のモーニングみたいだった。
『コーヒーもいい香り、酸味もあってすきっとしますね』
『わかる?』
『ブルーマウンテンですか?』
『当たり』
『コーヒーの違いが分かる高校生なんて珍しい』
感心したように廣重に言われた。
『前に喫茶店でバイトしてた時に教えて貰いました』
『おかわりあるからね』
『いただきます』
コーヒーが苦手な彩音は紅茶を飲んでいる。
2杯目はシュガーレスのカフェオレにして飲んだ。
『ごちそうさまでした』
『お粗末さまでした』
眠気も飛んでスッキリした。
『今日は母さんとドライブに出掛けるから自由に遊んでくるといい』
『夜に盆踊りあるから浴衣を買いたいんだけど』
『お小遣いあげるから2人で行ってきなさい』
『わかった』
食事の片付けを終えると夫婦でドライブに出掛けた。
『晶タクシー呼んで駅の向こうにあるショピングモールに行こ』
『開店まで時間あるし歩かないか?』
『歩きたいの?』
『知り合いのいない所なら堂々と手を繋いで歩ける』
『それも良いね』
少し時間はかかったが1時間程歩いて店に着いた。
『浴衣あるかな?』
『吊しのやつならあるでしょ』
店舗案内を見る。
着物レンタルの店を見つけた。
『レンタルでも良いね』
『明日の帰りに寄って返せば良い』
店に入る。
近くに古民家の並んだ街並みもあるので観光客にも利用される店舗だった。
店員さんがサイズを計り、すぐご用意出来るのはこの5店ですと告げる。
『どれが似合うと思う?』
『この淡い水色の花柄のなんて似合いそうだね』
『合わせてみますか?』
帯と下駄は店員さんが見繕ってくれた。
『どうですか?』
『写真のモデルさんより綺麗だよ』
『着付けはされていきますか?』
『着るのは夜なので自分でやります』
『晶も選びなよ』
『いいのか?』
『ちゃんとお母さんには言ってあるから』
『自分ではよく分からないから選んで欲しい』
『この藍染の絞りなんて似合うと思う』
『彩音のセンスを信じるよ』
『履物は下駄か草履どちらにします?』
『この柄だと草履が良いかもね』
和装な草履が用意された。
代金と保証金を支払って店を出る。
『随分早く目的が達成されたな』
『お小遣い少し多めにくれたから遊びに行こ』
『甘えちゃって良いのか?』
『お父さんが晶を気に入ってるから大丈夫だよ、絶対放すなって』
『普通、嫌がられるものじゃないのか?』
『お眼鏡に叶って良かったね』
(嫌われるより良かった)
『行きたい所ある?』
『そうだな、お城行かないか?』
『城跡だよ』
石垣が残っているだげて建物の復元はされていないと教えられた。
『うーん、とくに無いかな』
『前にも来たしね』
『彩音と一緒なら何処でも良いかな』
『神社行こ』
『合格祈願でもするか』
タクシーに乗り神社に移動する。
『意外と近くだったね』
荷物を預けておけば良かったと後悔した。
綺麗な杉並木の参道を歩く。
急に凛とした空気に包まれたような気がした。
御手水で手を清め本殿へと向かう。
礼儀に従い参拝をした。
『おみくじ引こ』
彩音に手を引かれる。
『せーのだな』
お互いに見せ合う。
2人とも吉だった。
『微妙だな』
『でも願い事は努力をすれば叶うって』
『俺のは良縁があるだって』
『良いとこだけ信じよう』
『絵馬書いて行く?』
『受験生らしくて良いね』
晶は志望校合格祈願とだけ書いた。
彩音の絵馬を覗く。
『見ないでよ』
『合格祈願だろ?』
『渋々見せてくれた』
そこには大切な人と一緒に合格出来ますようにと書いてあった。
『欲張りだな』
『本心だもん』
(とても可愛い笑顔で言ってるな)
『お腹空いたね』
神社を出て、街の方向に歩く。
古民家を改装したパスタ屋が目についたのて入った。
『すごい建物だね』
『立派だよな』
店長のおすすめコースを頼んだ。
生パスタのカルボナーラとマルゲリータ、高原野菜のサラダが並ぶ。
どれも美味しかった。
『モチモチで美味しかったね』
『ピザも本格的だったな』
食後のアイスコーヒーを飲みながら談笑をした。
店を出る時にタクシーを呼び別荘へと戻った。
『疲れてないか?』
『平気だよ』
荷物を部屋に運ぶ。
『これからどうする?』
勉強でもと言いかけたが昨晩の事を思い出し言葉を止めた。
『そこの川に行かないか?』
『うん』
河原に丁度良い岩があったので並んで座る。
『せせらぎが心地いいな』
『なんか落ち着くね』
『ちょっと水触ってくるね』
『危ないから一緒に行くよ』
『過保護なんだから』
川べりにしゃがみ水をすくっている。
『冷たい、気持ちいい』
『余りはしゃぐなよ』
傍で見守る。
彩音が立ち上がる時、足元の石がぐらつき、バランスを崩す。
『危ない!』
咄嗟に駆け寄り彩音を支える。
しかし持ちこたえれなくて2人して転び川に浸かる。
『大丈夫か?』
『晶のほうこそ』
何とか身体を回り込ませ彩音のクッションにはなれた。
お互いずぶ濡れだ。
彩音を起こして立ち上がる。
『痛い』
『どうした?』
『足捻ったかも』
『見せてみろ』
外傷はないものの軽く捻挫でもしたのだろう。
ザンダルの紐はちぎれている。
『帰って手当しないとな』
彩音を見上げると服が透けて下着が見えている。
『足もだけどスケスケだぞ』
慌てて胸元を隠しているが表情は痛そうだ。
『ほれ』
後ろ向きにかがむ。
『恥ずかしいよ』
『歩けないだろ?』
流石にお姫様抱っこで歩ける程力は無い。
彩音が後ろから抱きつく。
『しっかり捕まってろよ』
『うん…』
思ったよりも軽かった。
500メートルくらいの距離をおんぶして歩いた。
そのまま部屋に連れていき着替えを持たせる。
またおんぶして浴室まで連れて行った。
『1人で着替えれるか?』
『手伝って貰うのは恥ずかしい』
『なら頑張れ、俺も着替えてくるから、直ぐに戻る』
脱衣場の外から声をかけた。
ダッシュで着替えを浴室の前に戻る。
『きゃっ』
『大丈夫か?』
つい、ドアを開けてしまった。
裸でタオルを持った彩音が転んでいた。
瞬く間に彩音の顔が紅くなっていく。
『ごめん』
慌ててドアを閉める。
『今見たよね?』
『見ました』
正直に答えた。
『入っても良いよ』
『いやいや』
『もう服着たから』
恐る恐るドアを開ける。
そこには下着姿の彩音がいた。
『着てないやん』
『手伝って』
『上は着れるだろ?』
『そっか』
スウェットを履くのに踏ん張れないらしく支えを要求した。
なるべく下を見ないように肩を支える。
『履けたぁ』
『救急箱どこだ?』
『リビングにある』
今度はお姫様抱っこをしてソファーに降ろした。
湿布があったので足首に貼りテーピングをする。
『どうだ?』
『前より痛くない』
文香に処置の仕方は教わっていたので綺麗に出来た。
『ありがとう、格好良すぎでズルい』
『最近、性格変わったな』
『何が?』
『もっとお淑やかだった』
『猫被ってただけ』
『栞みたいになってきてるぞ』
栞に対しては失礼だなと思った。
『晶の前でしか見せないから』
『喜んで良いのか?』
『良いんじゃない?』
何故か浮かれている。
『盆踊り行くの中止したほうが良いな』
『せっかく浴衣借りたから行きたい』
『とりあえず安静にしてろ』
一先ず説得をしてみるが聞いては貰えなかった。
『晶、部屋から参考書持ってきて』
『わかった』
ついでに自分の分も持ってくる。
『晶、喉乾いた』
『何が良いんだ』
『アイスティー』
『姫様、どうぞ』
『何よ』
彩音が我がまま入院なっているが逆に構ってくれて楽しくなる。
『ここにお姫様がいるから』
『その割に嬉しそうなんだけど』
『嫌ではないかな』
ちょっとムッとしていたが直ぐに笑顔になった。
『今度、お礼しなきゃね』
『お気遣いなく』
ふふふっ、嬉しそうだ。
『結婚したらこんな事なんて良くあることだろ?』
『お互い様って事?』
『そうだな、俺に何かあったら助けて貰わないとだしな』
『プロポーズ?』
『みたいなもんだな』
彩音に仕返ししてやったとニンマリする。
彩音は固まっていた。
しばらくすると両親が帰ってきた。
『おかえりなさい』
『帰ってたのか』
綾子がが彩音の足下に気付く。
『あなたどうしたの?』
『転んじゃって』
『晶君が手当てしてくれたの?』
『母が看護師なのでこの位は教わりましたから』
『ドジねぇ』
『反省してるよ』
『盆踊り行けるの?』
『浴衣借りてきたから行きたい』
『無理はダメよ』
『分かってる』
『晶君迷惑かけたね』
『いえいえ』
『彩音は八方美人で我儘な所があるから大変だったね』
『お父さん!』
『最近知りました』
『晶まで』
ぷいっと顔を背けた。
『僕は部屋で勉強しますので何かあったら呼んでください』
名残惜しそうな顔で見てきたが参考書を纏めて部屋に移動した。
夕暮れになり部屋をノックされる。
『晶君ちょっと良いかしら』
『直ぐに行きます』
リビングに降りる。
浴衣に着替えた彩音がいた。
髪は浴衣に合うように束ねられている。
『足は大丈夫なのか?』
『浴衣の感想はないの?』
『とても似合ってるよ』
それだけ?と不満そうだった。
『何とか歩けそう』
『言っても聞かない子だから晶君お願いね』
『わかりました』
『僕も着替えてきます』
帯の締め方はスマホで調べて真似した。
(こんなもんかな)
草履を持ちリビングに降りる。
『晶君似合うじゃないか』
『彩音に選んで貰いました』
『近くまで車で送ろう』
『晩御飯は屋台で済ませるつもり』
『痛くなったら直ぐに電話するのよ』
『はぁーい』
『よろしくね』
会場近くに降ろしてもらい、彩音の手を引いて歩く。
普段よりゆっくり歩いた。
『痛くないか?』
『少し痛いけど晶がいるから大丈夫』
思ったより会場は広く、所狭しと屋台が連なっていた。
『写真撮ろ』
彩音が巾着の中から自撮り棒を取り出しスマホにセットする。
(抜け目ないな)
『晶が撮って』
『あいよ』
飛びっきりの笑顔でフレームに収まる。
『いいんじゃね?』
櫓をバックに提灯の明かりで綺麗に撮れた。
『それ送ってな』
『うん』
受信を伝える振動がした。
『帰ったらフォトフレームに入れよ』
貴重な浴衣の写真を貰えて嬉しかった。
『何か食べるか?』
『先ずはたこ焼きかな』
空いてるベンチがあったので彩音を座らせる。
『そこで待ってろ』
『うん』
たこ焼きを買って戻ってくると地元の高校生らしい2人組に声をかけられていた。
『お待たせ』
『遅いよ』
『連れに何か用ですか?』
『彼氏持ちかよ』
ぶつぶつ言いながら去って行った。
『ちょっと怖かった』
『彩音が可愛いすぎるからな』
照れ笑いをして濁していた。
『食べるか』
彩音が口を開けて待っている。
『あーんするのは良いけど熱いぞ』
『やっぱりやめとく』
『賢明な判断だ』
やっぱり熱かったらしく口を抑えてハフハフしていた。
『ほれ』
ペットボトルのお茶を渡す。
『助かった』
『ゆっくり食べろ』
そこに落ち着いたいつもの彩音の姿ではなく、妙に子供っぽい浮かれた彩音に愛おしくなる。
(こんな姿、他の人は知らないんだろうな)
『射的やりたい』
『行くか』
彩音の代わりにバネを引いてあげる。
コルクが飛びぬいぐるみに当たったがビクともしない。
『おじさんズルい』
『上手く当てれば落ちるよ』
残念賞の飴を貰っていた。
『りんご飴』
『欲しいのか?』
お金を渡し彩音に好きなのを選ばせた。
なんだか満足そうだ。
『焼きそば』
『子供か?』
『彼女じゃなくて姪っ子を連れてる気持ちになるのだが』
彩音の頬が膨らむ。
『甘えたい気分なの』
『さよですか』
焼きそばを買い座る場所を探す。
ついでに唐揚げも買った。
目の前のベンチが空いたので彩音を座らせる。
『こぼさないようにな』
楊枝に刺さった唐揚げを食べていると彩音があーんの口をして待っている。
これなら熱くないから口に入れてあげた。
『おいひい』
(油断しすぎだろ)
『彩音の可愛らしい一面を見れて幸せです』
棒読み口調で言った。
『晶って優しいけど意地悪だよね』
『誰にでも優しい訳ではないぞ』
『晶は困ってる人がいたら手を差し伸べられる優しい人だよ』
『それは困ってるからだろ』
さり気なくそれが出来る晶を褒めている。
『晶と出会えて良かったよ』
『俺も』
『晶が居なかったら今頃どうしてたか』
『居るだろ』
『そうだね』
『満足したか?』
『うん』
嬉しそうに頷いた。
『足が痛いから歩きたくなぁい』
『わかった』
彩音をおんぶして帰路に着く。
途中、小さい子にお姉ちゃんおんぶされてるって笑われていた。
『ただいま』
玄関を開けると母が心配して出迎える。
『ヨイショっと』
『ここまでおんぶしてきたの?』
『彩音は軽いんで助かりました』
降ろしても背中には彩音の胸の感触が何時までも残った。
(着痩せしてるけど結構あるよな)
『彩音は着替えたら湿布変えるからいらっしゃい』
『晶君はお風呂入って』
『ありがとうございます』
『あなたどんだけ迷惑かけてるのよ』
聞こえないフリをして部屋に戻り風呂に行った。
風呂から上がりリビングに行く。
『お風呂いただきました』
『晶君お腹空いてない?』
『少しすきましたね』
『軽く作るから待ってて』
残り物の煮物と卵焼き、ソーセージを焼いたものが振る舞われる。
『簡単な物だけどどうぞ』
『いただきます』
煮物がとくに美味しかった。
『彩音の面倒見てくれてありがとう』
『あの子強がりだから弱音とか言わないから』
『僕の方こそ感謝してます』
『どうして?』
『彼女の前だと素直になれます』
誇らしげに言う。
『お母さんに言う事では無いかもしれませんが自分が護りたい、幸せにしたいって気持ちにさせてくれます』
『彩音は幸せね、何時でも貰ってあげて』
『貰うだなんて、一緒に歩んでいけたらいいですね』
『青春ねぇ』
『僕の母も彩音の事は気に入ってるので心配はしてません』
笑いながら答えておいた。
(今日は沢山甘えちゃったな)
彩音は湯船に浸かりながら少し反省していた。
(好きすぎて我慢出来ない)
気持ちを抑えられず頭の中が混乱していた。
(嫌われてないよね…)
自分をさらけ出し受け入れて貰えたのか不安で仕方ない。
『彩音、何時まで入ってるの?』
外から母が声をかけてきた。
『もう上がる』
脱衣所の外に心配して様子を見に来た綾子が立っている。
『足は大丈夫なの?』
『今は痛くない』
『晶君の処置が良かったのね』
『そうだと思う』
『念の為に湿布貼るわよ』
丁寧に処置してくれた。
『晶は?』
『部屋で勉強するって、心配してたわよ』
『いっぱい我儘言っちゃった』
『いいんじゃない?』
『嫌になってないかな?』
『彼なら大丈夫でしょ、ちゃんとお礼言っときなさいね』
『分かってる』
扉がノックされる。
『晶、入って良い?』
『良いよ』
『その…今日は色々迷惑かけたね』
跛をひきながら入ってきた。
『どうした?』
『ありがと』
『気にしてるのか?』
『そりゃするよ』
少しおどおどしていた。
『俺はなんて言えばいいかな…放って置けなくなった』
『どういう意味?』
『今まで無理してたのかな?って』
『周りの期待に応えなきゃって頑張ってた』
『優等生だもんな』
『でも転入をきっかけにやめるよ』
『中学の時の同級生は何人かいるぞ?』
県下でも有数の公立進学校なだけあって少ないけど数名いた。
『こんな時期に転入してきたら察してくれるよ』
確かに賢い人は多い。
『晶に守ってもらうから』
『任せとけ』
胸を叩いてむせた。
『げほっ』
『今のはかっこ悪い』
『自覚ある』
『ねぇ』
『ん?』
『大好き』
少し大きな声で言った。
『バカ、聞こえるぞ』
何か問題でも?って言いたそうな表情で微笑んでいた。
部屋を出ようとしてた所を後ろから抱きしめた。
彩音の鼓動を腕で感じた。
『何ドキドキしてんだよ』
『そっちだってしてるよ』
背中に鼓動が伝わっている。
『ずっと捕まえててね』
『あぁ』
『ずっとだよ』
『ずっとだ』
時間が止まったように錯覚した。
『明日帰ったら私の部屋に寄って欲しい』
『何かあるの?』
『内緒』
『わかった』
『足が痛いから部屋まで抱っこして』
彩音を抱え上げ部屋まで行く。
(隣なのにな)
ベッドに優しく降ろした。
『本当に痛いのか?』
『さあね』
目を細めて笑っている。
(小悪魔降臨だな)
頬に手をあてた。
その手を上から被せてくる。
『愛してる』
『私も』
ベッドに腰掛ける。
手を握り他愛の無い話をした。
寝不足のせいかうとうとしてしまった。
彩音は眠りに就いていた。
『おやすみ』
頬にキスをして灯りを消すと部屋を出た。
部屋に戻り眠りの海に沈んだ。
ノックがしたような気がした。
『晶起きて』
彩音に呼ばれた気がしたが夢かと思い起きるのを躊躇う。
頬に柔らかい何かが触れた。
それでも睡魔が解放してくれない。
隣でモゾモゾ動く、とりあえず目を開く。
目の前に彩音の顔がある。
『やっと起きた』
『おはよ』
『何で潜り込んでるんだ?』
『中々起きないから』
『理由を聞こうか』
『近くにいたかったから?』
『抱き枕にするぞ』
『やれるものなら』
抱きしめようかと思ったがやめておいた。
『起きるか』
ベッドからでる。
彩音は寝転がったままだ。
『着替えたいんだが』
『どうぞ』
『…』
パジャマ代わりのシャツを脱いだ。
『晶って割と筋肉質だよね』
『バイトで鍛えてるからな』
そのままスウェットも脱いだ。
『本当に着替えるの?』
『了承は貰った』
彩音は顔を背けた。
『終わったぞ』
彩音を引っ張りあけベッドから降ろす。
シーツを外して布団は畳んだ。
洗濯物を袋にしまい荷物をまとめる。
忘れ物が無いかチェックをした。
『掃除はしなくて良いか?』
『明日管理人さんがやってくれるからそのままで』
『ホテルだな』
『明日から親戚がここ使うみたいよ』
『使わないと勿体ないね』
荷物を持ちリビングに向かう。
綾子は掃除をしている。
『おはようございます』
『おはよう』
『今朝はゆっくりだね』
『疲れてたんですかね』
『彩音のせいね』
『そうですね』
否定する理由も無いので肯定した。
『足は大丈夫そうだな』
『もう平気』
朝食は外で済ませるからと荷物を車に積むように指示された。
残った食材は親戚への寄付になるらしい。
恒例だと玄関前で写真を撮る。
家族写真なのに入るように促された。
『大学生になったら2人でくると良い』
『ありがとうございます』
2人で使うには広すぎる気もするが礼を言った。
喫茶店でモーニングを食べ、浴衣を返却し家路についた。
何事もなく家に着いた。
『お疲れ様でした、ありがとうごさいました』
『色々迷惑かけたね』
『楽しかったです』
『ちょっと事務所に顔を出してくるからゆっくりしていきなさい』
公務員に盆休みは無いとの事で出掛けて行った。
『晶、部屋に行こ』
『はい』
『入って』
小さいソファーに腰掛ける。
彩音はクローゼットに入って行った。
着替えを済ませて出てくる。
ラフな装いになっていた。
『開放感』
『で何があるんだ』
写真立てを持って隣に座る。
『これ』
中学の時に撮ったツーショット。
『この前は隠してたの』
『この頃の彩音は真面目なガリ勉だったな』
『晶だって同じだよ』
『まあな』
『初恋が叶うなんて嬉しい』
『俺もだな』
『そんな風に見えなかったけど』
『前も言ったけどガキだったから仕方ない』
『これを見せたかったのか?』
『そうだよ』
ずっと机に立てかけてあったらしい。
いつの間にか写真にしてある浴衣の写真に入れ替えていた。
『急に垢抜けたな』
『これはアルバムに入れとく』
丁寧に写真を机に置いた。
『もうすぐ模試だな』
『模試終わったら夏期講習も終わりだね』
『解説はあるそ』
『終わったような物だよ』
『彩音は成績優秀だから必要ないな』
『晶もね』
『夏休み中にもう一回デートしたい』
彩音が甘えてくる。
『プールでも行くか?』
『水着見たいの?』
『まだ見てないからな』
この前、栞と一緒に選んでいた水着はまだ見てない。
『裸見たじゃん』
『あれは事故だ』
『でも見たよね?』
『しっかりとは見てない』
『次はしっかりと水着見てください』
『写真撮らせて貰う』
『却下』
『プールサイドはカメラ禁止だしな』
『何なら今撮る?』
『着替えてくれるのか?』
『晶が見たいって言うなら』
『部屋で水着って変だろ?』
『晶が言ったのに』
不満そうだった。
『そろそろ帰るな』
『うん、メッセージ送るね』
家に帰るとキッチンに土産を置き、洗濯をする。
全部干し終わった所で力尽き眠った。
夏期講習最後の模試が終わった。
『疲れたね』
周りからも聞こえた。
『晶どうだった?』
誠が声をかけてきた。
『バッチリ』
『俺も多分大丈夫だ』
『沢山頑張りましたからね』
彩音が話しに入ってきた。
最近聞いてなかった丁寧な口調に懐かしさを覚える。
教室を出ると栞もきた。
『今までで1番出来た』
『それは良かった』
『明日が楽しみ』
『栞らしくない』
『そうだな』
誠も肯定した。
予備校にくると順位表が張り出されてある。
1番最初に晶の名前があった。
次は彩音だ。
誠も3番目に書いてある。
驚く事に10番目に栞の名前があった。
『おいおい、色々出来すぎだろ?』
『表彰台独占だな』
『今回は負けてしまいましたね』
『晶頑張ってたからな』
『あたしも頑張ったよ』
『MVPは栞だな』
『本番でコケるなよ』
上位者が集まっていると敵視する視線も注がれるが何時もの事なので気にしない。
『次から栞も同じクラスだな』
『まこちゃんの隣に座る』
『志望校変更するのか?』
『するよ』
『春から皆一緒だと良いね』
彩音と栞が手を取ってじゃれあっていた。
二学期が始まる。
『あきらんおはよう』
『おはよう』
『今日、転校生来るらしいよ』
『へー』
『こんな時期に珍しいよね』
『そうだな』
『興味なさそう』
『ほらHR始まるぞ』
担任が彩音を連れて入ってきた。
周りからは可愛いとか綺麗とざわめいた。
『あやちゃん』
栞が手を振っている。
澄まし笑顔で応えていた。
彩音と目が合う。
少し照れてしまった。
簡単な自己紹介が有り点呼となった。
授業開始の僅かな時間に彩音の周りに女子生徒が集まる。
『彩音ちゃんって予備校あそこだよね』
『一緒だった?』
『そうだよ』
『あやちゃんはあきらんと付き合ってるんだよ』
『えー』
一斉に晶に視線が集まる。
『余計な事言いやがって』
その分溶け込み易くなると我慢した。
聞かれたくないだろう質問もされている。
彩音が困った顔をしていた。
『彩音ちょっと良いか?』
2人で教室の隅に行く。
『困ったら何時でも逃げてこい』
『ありがと』
先生が教室に入り静まりかえった。
お昼は文芸部室に逃げ込む。
4人で食事をとる、
『誠と栞には理由話しとかないか?』
『そうだね』
『あやちゃん言いたくなかったら言わなくて良いよ』
彩音が話し出す、
『私クラスで浮いてて嫌がらせみたいな事されるようになって、受験のストレスとか発散口にされてた感じで』
彩音の表情が暗くなっている。
『2年まで仲良しだった子も疎遠になって耐えれれなくなっちゃった』
だいぶオブラートに包んで話しているがもっと酷いのであろう。
『女子校のいじめは陰湿って聞くけどそうなの?』
『確かに裏でコソコソだった、でも夏休み前は表に出てきてた』
正義感の強い誠は真剣な眼差しだった。
『それであきらんの元に着たのか』
『うん、相談して決めた』
『うちらが護るね』
『ありがとう』
彩音は今にも泣きそうな表情、それを温かい眼差しで見つめる。
『女子はあたしが誘導しとく』
『男は任せろ』
晶が力強く言った。
『流石、学年トップ』
『彩音がきたから怪しいけどな』
『皆と一緒になれて良かった』
放課後は4人で集まって一緒に帰った。
8月の半ばになると文化祭が近づき、クラスでも出し物をする。
放課後にクラス委員がアンケートを回収した。
『模擬店、劇、論文発表会、あとは白紙でした』
正直、受験勉強でそれどころでは無いといった空気だろう。
『とりあえず劇は体育館を使用する事になるので難しいと思います』
『論文発表会って誰だよ』
『とりあえず論文発表会はスルーの方向で良いかと』
『模擬店で何をやるか意見ありませんか?』
『ちなみに火は使えませんので、IHコンロは2台まで使用可能となってます』
『歌うアイスクリーム屋さんとかは?』
『男子は可愛く歌えますか?』
可愛く歌う男子を見たい人がいるのだろうか?謎である。
『ちなみに使える冷蔵庫はありませんのでクーラーボックスとなります』
『英国茶屋なんていかがでしょうか?』
彩音が発言した。
『それはどんな内容ですか?』
『アフタヌーンティーみたいな物なら火を使いませんし当日にお菓子は持ち込めば良いので手間は少なく出来るかと』
簡単なら良いかもと声があがる。
『予算からだとお菓子はどこかに集まって作ると言うことでよろしいでしょうか?』
『そうなりますね』
『食器はどうしますか?』
『レンタルでいいんじゃない』
『後は茶葉ですね』
『卸売り業者なら紹介出来ます』
『ではそれで検討します』
クラス委員と文化祭実行委員が話をまとめた。
クラスの半分はやる気がなさそうにしていたて少数での話し合いになっている。
『最後に彩音さんと栞さんはサポートお願いします』
『良いですけど、晶君も一緒ではダメですか?』
『多い方が良いので認めます』
(俺の意思は無しかよ)
ダメですか?と言わんばかりの視線を送ってくる。
(彩音は委員長体質だから結局まとめるんだろうな)
解散となり、5人だけ残った。
男は晶だけだった。
『メニューを予め絞り込んで見積もりを取ったほうが楽ですね』
彩音が切り出す。
『単品ドリンクとケーキセット、スコーンくらいに絞り込むのが妥当だな』
晶も補足する。
『紅茶の種類は?』
『ダージリン、アッサム、セイロンかな』
『ケーキタワーは4人からのオーダーにしとけば数減らせるよね』
文化祭実行委員の美咲は企画にノリノリになっている。
『そこで問題なんだけど誰がどこで作る?』
晶がプロセスに入る、関わった以上はやる気を出さないとと思っていた。
『持ち込みは問題ないんですよね』
『製造日、保存方法が明確になっていれば認められます』
クラス委員の奏は真面目な性格で大人しいが責任感が強く信頼もあった。
『スコーンは既製品を買えば良いかと、ある程度日持ちもしますし』
『ポットは何台まで可能ですか?』
委員長体質の彩音が仕切り始めている、晶は懐かしく思えた。
『基本2台ですがコンロは要らないと言って増やす交渉をしてみます』
栞が珍しく静かだった。
『栞は何か無いのか?』
『あたし紅茶ってあんまりわかんないから』
『英国ならミルクティーだよな?』
『牛乳ならクーラーボックスに入れたら問題ありません』
メニューの話はある程度かたまると次の議題が上がる。
『衣装はどうするの?』
栞が意見した。
『男はスラックスに蝶ネクタイか?』
『あたしはメイドさんが良い』
男子が喜ぶ提案をする。
晶も負けじと発言をする。
『何着用意するの気だ?』
『レンタル衣装でいいんじゃない?』
『8着くらい借りて回せば問題無い』
『持ってる人がいたら持参して貰う』
『いるのか?』
『あたし持ってくる』
『私も持ってます』
彩音が意外な趣味を暴露した。
(見た事ないぞ)
すんなり役割分担も決まった。
晶は彩音のサポートで落ち着いた。
予備校で誠に文化祭何やるか聞かれた。
『栞がメイド喫茶と答えていた』
『間違いではなけどな』
『楽しそうだな』
彩音は講義が始まってから少し遅れてきた。
少し不安そうな表情に見えた。
講義の合間に彩音の手を握りしめた。
『何かあったのか?』
『うん、終わったら話すよ』
『わかった』
予備校も終わり並んで歩いて帰る。
彩音は落ち着かない様子だ。
晶はそっと手を取った。
公園に立ち寄りベンチに座る。
『あのね』
『無理に言わなくてもいい』
『聞いて欲しい』
『わかった』
『今日、学校から帰ったら家に前の学校のクラスメイトが来てて』
『そっか』
『何で転校したの?って問い詰めてきた』
『で、どうしたんだ』
『裏へ回って裏口から家に入った』
彩音は少し怯えた様子にも見えた。
『後は母に頼んで帰ってもらいました』
『賢明な判断だね』
『何できたんだろ?』
『その子達はどんな立場だった?』
『クラスのリーダー格の取り巻き』
『彩音が司法に詳しい事は知ってるの?』
『父は公務員とだけしか知らない筈』
『調べたらバレるんじゃないか?』
『うん』
『知ってるなら余計に手を出さないか』
法律の専門家が身近にいるのに違法行為は考えにくい。
『もし、次に来てたら話をしてみたら?』
『え?』
『俺も同席するから』
『それなら』
『あればの話しだけどな』
『そうだね』
『推論をしてても仕方ないし、現実を見つめよう』
『晶は私の事信じてくれるんだよね』
『当たり前だろ?嘘を言うメリットもないし』
『帰ろ、話して良かった』
『明日から一緒に登校しよう、迎えに行くよ』
『うん!』
『帰りは彩音を家に送ってからバイト行くよ』
『ありがとう、甘えるね』
『甘えてくれ』
再び手を繋いで歩き始めた。
放課後になると文化祭の打ち合わせが始まる。
奏、美咲、栞、彩音と晶が招集されていた。
担任は少し離れて見守っている。
あらかた計画が決まった。
『では明日、クラスメイトに展開で意義は無いですか?』
全員挙手をした。
『満場一致で可決します』
解散となったが栞を含めた3人はまだ話をしていた。
晶は彩音と教室を出た。
『彩音の家でケーキ作りだな』
『手伝ってくれるんでしょ?』
『サポート役だからな』
『種類絞り込んで材料費とか洗い出さないとね』
『割と手間だな』
『会計役を申し付けます』
『御意』
顔を合わせて笑った。
家に着くとそこには2人の女の子がいた。
『あっ』
『任せろ』
彩音を裏口に回して晶が前に出て対応する。
『こんにちは、この家に何か用ですか?』
『あのっ彩音さんと話がしたくて』
『ご要件は?』
『その前に彩音さんとの関係は?』
『婚約者です』
『嘘っ』
『信じないなら構いませんが、お取次ぎ出来ないだけです』
『わかりました信じます』
『で話しとは?』
『私達、彩音さんに謝りたくて』
『理由を聞かせてくれませんか?』
『わかりました』
『ここではなんですから移動しましょう、着いてきてください』
近くの喫茶店に向かった。
歩きながらバイトの休みをお願いした。
彩音には自宅で待機するようにメッセージを送る。
『飲み物は何にしますか?』
『アイスティーで』
店員さんに注文する。
『単刀直入に聞いても良いですか?』
晶が本題に入る。
『あの、彩音さんが突然転校したって聞いて私達のせいかと思いまして…』
『実際、そうですね、彼女はかなり落ち込んで悩んでましたから』
『ごめんなさい』
『謝罪は本人にしてください』
『はい…』
『僕は彩音からの情報しかありませんから貴方たちの言い分も聞きたいです』
『リーダーの子に逆らうと私達も居場所がなくなってしまいますので』
『正義より保身ですか?わかりやすい構図ですね』
『彩音さんは人を攻撃するような子では無いので言いやすかったんです』
『それを伝えて彼女がどう思うか考えましたか?』
『それは…』
『オブラートに包んではいますが私達の為に犠牲になってと報告しているような物ですよ』
『そんな事無いです!』
『では、何故手を差し伸べられなかったのですか?』
『弁解の余地もありません』
『謝罪して終わらせたいだけですよね?それって自分が楽になりたいだけなのでは?』
『そうかも知れません』
『彼女の心の傷が癒えるまではそっとしておいてください』
『そうですか』
『貴方たちが思っているよりも彼女は傷ついています』
『はい…』
『次の犠牲者が出ないようにしてあげてください』
晶は伝票を持ち席を立った。
振り返らずに会計を済ませて外に出た。
『もしもし、話は終わったから今からそっちに行く』
玄関前に着くとインターフォンを鳴らす前に彩音が出てきた。
『玄関前で待ってたの?』
彩音が飛びついてくる。
しっかりと受け止めた。
『大丈夫だよ』
頭を撫でてあげる。
『俺の言ったことを理解しているのなら突然来たりはしないと思う』
『何言ったの?』
『状況整理をしただけだよ』
『それで?』
『今やっている事は自分の為の偽善ですよって教えてあげたつもり』
彩音の震えが止まらなかった。
『それより何時まで玄関?』
『そうだね部屋に上がって』
『お邪魔します』
彩音の部屋に入る。
窓から見ていたのかカーテンに隙間があった。
震える手を包み込む、そして優しく抱きしめた。
『晶』
『なんた?』
『もぉ大丈夫なんだよね?』
『あぁ、何も気にする事は無い』
『ねぇ、今日予備校行きたく無い』
『1日くらい休んでも平気だろ?』
『頼みがあるんだけど』
『なんだ?』
『海見たい』
『砂浜がある海岸だと厳しいぞ』
『無くても良い、見渡せるとこなら』
『わかった』
『とりあえず着替えるね』
『俺も家に帰って着替えてくる、すぐ戻るから待ってて』
ダッシュで家に帰ると着替えて自転車で彩音の所に戻った。
『早いね、10分しか経ってないよ』
『今は少しでも離れたく無いからな』
綾音も出掛ける用意は出来てる。
『私、サボりなんて初めて』
『彩音は真面目だからな』
『晶はあるの?』
『中学の生徒会はサボったぞ』
『晶も真面目だよ』
とりあえず予備校に行く振りをして家を出た。
駅から電車に乗る、色んな路線が乗り入れる大きな駅を目指した。
『何かワクワクする』
『ちょっとした冒険だな』
空港に直結した電車に乗り換えた。
街の景色が離れて行き工業地帯に入る。
あまり見ない景色なので車窓から外を眺めた。
やがて田園風景に変わる、たまに海が見えた。
『海見えたね』
『空港に行けば遮る物が無いからよく見える』
空港に近づくと大型ショピングモールや大きめの商業施設が増えた。
『この橋渡ったら到着だな』
『電車で来るの初めて』
『車の方が早いからな』
終点の空港駅に着いた。
この地方では比較的大きな空港の為、発着カウンターも航空会社別に沢山あった。
日が暮れる前に展望デッキに行く。
そこには滑走路腰に海が輝いていた。
『潮風だね』
『まぁ、海だからな』
飛行機が轟音と共に飛び立って行く。
『音大きいね!』
当たり前の事を言っている。
『せっかくだから下のレストラン街行かないか?』
『スイーツ食べよ』
色々あったがインスタ映えのする店を選んだ。
『これ可愛い』
『彩り豊かだな』
『迷っちゃうね』
『そうだな』
『こんなの学祭で出したいな』
『出来るのか?』
『頑張ってみる』
少しは元気が出たみたいで一先ず安心する。
帰る前にもう一度展望デッキに上がる。
すっかり日も落ち滑走路が綺麗にライトアップされていた。
『帰るか』
『うん』
駅に着いたが予備校が終わる時間には少し早かった。
時間を潰す為に本屋に立ち寄る。
晶は自然に専門書のコーナーを目指す。
この前迷った超ひも理論の本を手に取った。
『それ気になるの?』
『欲しいと思ってる』
『どんな内容なの?』
『相対性理論と量子論を矛盾無く立てた仮説かな?』
『難しいね』
『素粒子を1つの点ではなく弦であるとたてた仮説で自分達が認識出来ない次元があるのでは無いかという研究かな』
『ますますわかんない』
『ブラックホールがどこに到達するのかとか未知を追い求めた科学かな?』
『それを証明してるの?』
『仮説から抜け出せてないけどロマンがあるだろ?』
『壮大過ぎて何が何やら…』
『それを研究したいなら理科学部とかじゃないの?』
『量子論は工学部でも出来る』
『晶楽しそうに話をするから』
『未知の分野を追って大学の研究室に入っても正直お金にならないだろ?』
『晶は現実も見てるもんね』
『自分が解明出来るとも思わないからな』
『ねぇ、それ私が買ってあげる』
『いいよ、悪いし』
『お願い、私も晶に何かしたい』
『何時もして貰ってるよ』
『なにを?』
『彩音といると幸せな気持ちになる』
『それって私は何もしてない』
『才能だな』
『良いから』
彩音が本を奪い取っていった。
『ありがとう、終わったら読むか?』
『うーん、無理』
流石に読書好きな彩音でも難しいと苦笑いした。
彩音も欲しい本があるとティーンズ文庫の棚に行く。
恋愛小説を手に取り一緒に会計をした。
『はい、どうぞ』
『ありがとうございます』
『今日のお礼です』
予備校まで歩く。
誠と栞が出てきた。
『おす』
『愛の逃避行は終わったのか?』
『進行中だ』
『ごちそうさま』
2人で茶化してきた。
彩音は栞にケーキの写真を見せていた。
『これ作るの?』
『こんなに綺麗にはならないけどやる』
『栞も手伝いだぞ』
誠もやりたそうにしている。
『当然誠もだ』
『やった』
何故か喜んでいた。
『料理って科学だから晶は得意だよね?』
『知識だけでは無理だな』
『あきらん指切りそう』
『混ぜるくらいなら出来る』
詳しくは明日と言って別れた。
彩音を家に送る。
『また明日な』
『いい子で待ってるね』
家に帰ると今日やらなかった分の勉強はするかなと机に向かった。
とっくに深夜2時になっていた。
ベッドに入り本を開く、読もうと思ったが寝る時間が無くなるから枕元に置いて寝た。
放課後にクラスメイト全部に模擬店の内容が明らかになり、役割分担が決められた。
既に2週間後ということもあり、一致団結する。
ケーキ班は彩音、栞他に女子3人と晶、そしてクラスが違う誠も手伝ってくれる。
残りの男子は教室の小道具作り、他の女子はメニューや衣装を作る事となる。
既に茶葉の手配は済んでいて入荷待ちとなっていた。
レンタル機材は前日の準備日に搬入される手筈になっている。
実に手際の良い手配だった。
ケーキ班が集合し10種類のケーキから5種類に絞り込む。
当然だが仕切りは彩音になる。
『なるべく彩りのいい物にしたい』
パステルカラーの抹茶クリーム、むらさい芋クリーム、オレンジクリームは採用された。
『甘い物が苦手の人の為にバスク風チーズケーキなんてどうだ?』
晶が提案する。
『それなら作れるよ』
他も賛成し決定した。
『色合い的に水色とか欲しくない?』
栞が提案した。
『水色だと合成着色料になるから避けたい』
『手に入る食材では難しいね』
それならと他の女子がレモンクリームを提案する。
『無難で良いかもね』
次の土曜日に彩音の家に集まって試作会をする事になった。
『皆よろしくね』
『頑張ろうね』
女子が盛り上がっている。
清々しく思えた。
土曜日になる。
食材は予め買っておいたので製作時間と工程の把握がメインとなる。
目標としては1口サイズのケーキを格200個予定しているので作り置きが出来る物は先に用意するという作戦だ。
彩音の母も協力してくれるので、何とかなりそう。
生地はホットケーキミックスを使って調合を短縮した。
晶と誠は生地作りをする。
栞は他女子とパステルカラーのクリームを作った。
彩音は昨日作っておいた生地をオープンで焼いている。
『テキパキやらないと終わらないな』
昼ご飯はピザをデリバリーして適当に済ませる。
『このクリームって先に作って冷凍しといたら使えるよね?』
栞が提案した。
『食材あるだけ作っちゃぉ』
本番に向けて作り始めた。
『冷凍庫はガレージに業務用があるからそこ使って』
彩音の家は不意の来客が多い為冷凍庫がガレージにもあった。
試作が出来て写真を撮影し感想を書いた。
高校生が作ったにしては上出来だ。
『本番いけそうだね』
『明日、仕込むだけ仕込んで冷凍しちゃいましょう』
『何としても土曜日の本番に成功したいからな』
後片付けをしてその日は終わった。
皆で家を出たが、晶は引き返す。
『どうしたの?』
『散らかして悪かったな』
『粗方、片付けたよ?』
『掃除するんだろ?手伝う』
『気にしなくて良いのに』
綾子が言ってくれた。
『やらせてください』
『じゃあ、お願いするわね』
晶は床の拭き掃除を始めた。
『晶はマメだね』
『少しでも一緒にいたいからな』
『嘘でも嬉しい』
最近は彩音に対する思いを素直に言えるようになっている。
掃除が終わると一緒に予備校へ向かう。
途中、晶の家に教材を取りに行った。
日曜日の朝早めに彩音の家に行った。
栞が既に来ていた。
『おはよう』
『今日は頑張りましょう』
『やれる事をやっていこう』
順次仕込みを終えると袋に詰めて冷凍していった。
全員集まった頃には工程の3割程が終わっている。
『遅くなってすみません』
奏と美咲は学校に寄ってから来たので遅くなっていた。
『どんどん手分けしてやろう』
栞が衣装チームに電話している。
『そっちどう?』
『ミシンはほぼ終わったから後は手縫い』
『順調だね』
『こっちも仕込みの7割は終わったかな』
前日の準備日に追い込めば間に合うだろう。
『冷凍庫いっぱいだから後は分量だけ分けて止めておこう』
『了解』
冷凍庫に入らなかった分は各々持ち帰り家で保管する事になった。
昼過ぎには終わったので皆でファミレスにご飯を食べに行く。
『本番が楽しみだね』
『うん』
『最初はめんどくさいと思ったけど』
栞が白状する。
『で、誠はクラス違うけど手伝ってくれてありがとな』
『うちのクラス書の展示会だし、俺やる事無いから』
『準備日も手伝いたいけど流石に無理だから』
『凄く助かったよ』
女の子からの賞賛に誠は照れていた。
『まこちゃん、鼻の下伸びてる』
『そうか?』
『浮気は許さないよ』
栞が笑いながら言っていた。
ファミレスでご飯を食べ終わったらそこで解散する。
当然、晶は片付けに彩音の家に行く。
誠と栞も着いてきた。
『大学の学祭ってもっと凄いんだろ?』
『企業とかと協賛もあるみたいだそ』
『何かすげーな』
『合格してからだな』
『だな』
『そうだね』
『頑張るー』
それぞれ決意を固めた。
準備日の朝がきた。
一旦教室に集合しHRだけ行った。
その後は各自持ち場へ行く。
ケーキ用のクーラーボックスが届いていたので先生に頼んで彩音の家に運んでもらった。
『さて、行くか』
ケーキチームが彩音の家に向かう。
彩音の母がもうケーキを焼いていると思う。
家に着いた頃には50個程焼きあがっていた。
『デコレーションしていこ』
彩音は焼きに回った。
『俺、ドライアイス買ってくる』
『お願い』
自転車で出かけて行った。
ちょうど先生が来たので買ってきたドライアイスをクーラーボックスに詰めていった。
『昼過ぎに1度取りにくる』
学校へ戻っていく。
栞のスマホに教室の様子が映っていた。
『なんかいい感じだよ』
『ほんとだ』
ケーキ用のミニタワーもあった。
『衣装可愛いね』
『彩音は自前だろ?』
『ちょっと浮いちゃうかもね』
『ほら遊んでないで』
母に叱られた。
昼には約半分程出来上がった。
『このペースだと6時くらい?』
『チーズケーキが少し時間かかる』
慌ただしく作業する。
『先生来たよ』
『晶運んで』
『了解』
先生が彩音の母に挨拶していた。
『この度は協力していただきありがとうございます』
『楽しませてもらってますので』
社交辞令的な挨拶を交わしていた。
『ほら先生早く』
美咲が急かした。
『わかった』
『次は終わる前に電話するね』
『頼むぞ』
先生は美咲と学校に戻る。
『これで最後っと』
クーラーボックスが足りなくなり、彩音の家のクーラーボックスも使った。
『終わったねぇ』
『本番は明日だけどな』
学祭の保護者の参加が認められているので彩音の母は絶対行くと言っている。
『先生来たよ』
『積み込めー』
栞は元気いっぱいで走り回る。
手際良く積み込む。
『1度学校行こう』
先生の車に奏が乗った、彩音の母が車を出してくれたので残りはそっちに乗った。
『母さん待っててくれる?』
『いいわよ』
教室に移動した。
テーブル席が出来ていて間仕切りの裏にクーラーボックスが積まれていた。
ポットもスタンバイされている。
明日はきっと成功すると確信出来る。
全員で激励し解散となった。
『彩音帰ろうか』
『うん』
待たせてあった車に乗り込む。
『お待たせしました』
『母さんありがとう』
何時もながら仲のいい親子だなと思っている。
家に帰り風呂に入っていると文香が帰ってきた。
『母さんおかえりなさい』
『ただいま』
『ご飯は俺がやるから母さんも先にお風呂入ってよ』
『あら、珍しい』
『たまにはね』
キッチンに行き冷凍のご飯を解凍すると野菜をみじん切りにして炒飯を作った。
ついでに豆腐の味噌汁も作った。
『簡単で悪いけど』
『息子が作ったんだからご馳走よ』
思わず照れてしまった。
『明日は休みを貰ったから学祭行くよ』
『えっ』
『晶張り切ってたから行きたいじゃない?』
『そっか、ありがとう』
明日は早いんでしょ?早く寝なさいと背中を押された。
『母さんありがとう』
『いい子に育ってくれて母さん嬉しい』
照れてしまい何も返さずに部屋に篭った。
学祭当日は生徒たちの登校が早かった。
晶も朝5時に起きて彩音を迎えに行った。
『こんなに早く学祭行くの久しぶりだね』
『中学の時はたまにあったな』
土曜日の早朝なので人も殆ど歩いていない。
『ね、手繋いで』
彩音の手を握る。
駅まで殆どすれ違う人はいなかった。
学校に着くと既に沢山の生徒がいた。
生徒会メンバーが正門を飾り付けていた。
教室に入る。
『おはよう』
あちこちから挨拶が帰ってきた。
奏の指示が飛んでいる。
ケーキの写真を飾り値段を書いている物、机にテーブルクロスをかけていく物、何も言わないでも協力出来た。
ティーポットに入れる茶葉を小分けにする。
円陣を組み気合いを入れた。
学祭開始を伝える校内放送が流れた。
4班に別れて店を回す。
彩音と晶は先発だった。
『いらっしゃいませ』
10分もすると列が出来ていた。
『ケーキ可愛いし紅茶も美味しい』
嬉しい声が聞こえる。
『店員さんの衣装も可愛い』
華やかなケーキタワーが飛ぶように売れた。
『彩音の衣装可愛いし似合ってるぞ』
『ありがとう、晶も決まってるよ』
お互いを称え合う。
交代の時間がきた。
彩音と学祭を回る為に廊下に出る。
『彩音ー』
『母さん来てくれたんだ』
『もちろんよ』
晶が後ろから声を掛けられた。
そこには文香がいる。
『母さんありがとう』
お互いの母親が挨拶を交わす。
『何時もうちの彩音がお世話になってます』
『こちらこそ彩音ちゃんに仲良くしていただいて』
『母さん達ゆっくりしていって』
彩音は晶と一緒に出し物を見て回った。
2人の母が同じ席に座った。
『ちゃんとお話するのは初めてでしたね』
『晶の母で文香と申します。』
『私は彩音の母で彩子です』
『彩音ちゃんはお母様から名前をいただいているんですね』
『主人がどうしてもと言いまして』
『気立ての良さはお母様譲りなんですね?』
『またそんな』
彩子は嬉しそうだ。
『晶君も優しくて誠実でお母様の育て方が良かったのですね』
『私はご存知の通り、あの子が小さい頃に主人を亡くしてしまいまして、仕事をしないといけないのでそんなに構っていません、優しいのはあの子の本質なのでしょう』
『うちの主人も息子が出来たみたいに嬉しそうに晶君と話をするんですよ』
『家族旅行に晶を連れて行ってくれてありがとうございました』
『こちらから頼んだ事ですし』
『私は病院勤務なので中々休みも取れなくて助かります』
『立派なお仕事です、私にはとても』
『私は将来晶が彩音ちゃんと世帯を持ってくれたらと思っています、親バカですね』
『私達もですよ、彩音が悩んでいる時に彩音を支えたのは晶君ですから』
『彩音ちゃんは確か私立の学校と伺っておりましたが?』
『文香さんにはお話していなかったのですね』
『何かあったのでさか?』
『学校でいじめと言うか嫌がらせを受けていまして今学期から編入したんです』
『そうなのですか、そんな素振りは見せなかったので気丈に振舞っていたんですね』
『この事は内緒にして下さいね』
『分かってますよ』
紅茶とケーキが運ばれてきた。
『可愛らしいケーキですね』
『彩音が監修したんですよ』
『才能豊かですね』
『お紅茶もいい香り』
文香は1口サイズのケーキを少しづつ勿体なさそうに食べた。
『この後はどう致しますか?』
『そうですね、文香さんは今日はお休みなんですよね』
『はいそうですが』
『あの子達は打ち上げでご飯食べてくると言っていたので私達でお食事など如何でしょう』
『宜しいんですか?』
『主人には外食してきて貰うので女2人で飲みに行きましょう』
『良いですね、若い頃に戻ったみたいで』
『長い付き合いになると思いますし』
『そうだと良いと思います』
では、夕方にタクシーで伺います。
『ありがとうございます』
それではと言って文香は帰って行った。
校庭を歩いていると彩子の姿があった。
『母さん紅茶どうだった?』
『とても美味しかったわよ』
『良かった』
『晶君のお母様とお話しながら堪能させていただきました』
『母さんは何か言ってましたか?』
『気になるの?』
『その、彩音と結婚なんて言い出さないかと』
綾子がクスクス笑った。
『直接は言ってませんがそんな感じの話はしましたよ』
『マジか』
『その件に関しましては私も同意見ですし』
『お母さん悪ノリしてないでしょうね?』
彩音が綾子に意見をする。
『今晩、ご一緒に食事の約束をしましたの』
『『はっ?』』
『お互い親交を深めるべきと判断した結果です』
『母を宜しくお願いします』
『こちらこそ彩音を宜しく』
彩子は帰って行った。
『何だかとんでも無いことになってるかも』
『彩音は嫌か?』
『嫌じゃないけど』
『親同士も仲良くしてくれると接しやすくなる』
『多感になるかもよ?』
『許嫁になったと思うさ』
彩音の顔が急に染まっていく。
『不束者ですが宜しくお願いします』
小声で言った。
『どうしたんだ?』
『だって今のプロポーズでしょ?』
『何でそうなった?』
『だって許嫁って…』
『言葉のあやだろ?』
彩音がムッとしだした。
『晶の馬鹿』
頬が膨らんでいたので指でつついておいた。
『あっやねー』
栞がやってきた。
『どうしたの?喧嘩?』
『何でも無い』
『ま、夫婦喧嘩は犬も食わないって言うしほっとくね』
『ちょっと栞』
(今の彩音にその話題は)
彩音は真っ赤になっていた。
『誠はどうしたんだ?』
『今、探してる』
『ちゃんと捕まえておけよ』
『あははは』
誠は結構モテる、恐らくどこかで女子に囲まれている。
『まこちゃんモテるからね』
『栞も黙ってればモテると思うぞ』
『どういう事?』
『そういう事』
『晶は栞に謝りなさい』
『ごめんなさい』
棒読みで謝った。
『あきらん尻に敷かれてる』
晶は彩音の尻になら何時までも敷かれいたいと思っている。
『光栄な事にな』
『何それ?』
笑って誤魔化した。
『今日の打ち上げってどこでやるの?』
『カラオケって言ってたよ』
『栞はどうするの?』
『あたしはまこちゃんと居たいからパス』
『あたし達もパスして2人でご飯デートしようよ』
『俺は構わないが今回の功労者は彩音だろ?』
『じゃあ挨拶したら抜ける』
『2人でか?』
『付き合ってるの皆知ってるんだし平気だよ』
『姫の仰せのままに』
彩音は気分が高揚している。
学祭も終わり後片付けをする。
レンタルの品は明日先生が返却してくれるとの事なので整理してまとめた。
生徒会から発表されたクラス別の優秀出し物に選ばれた。
『今日はご苦労さまでした、また受験生に戻って頑張ってください』
先生が余計な事を言う。
『来週からテスト期間ですのでくれぐれも羽目を外さないように』
釘まで刺してくる。
『お疲れ様でした』
各々予約してあるカラオケ店に行く。
栞は誠と違う方向に行ってしまった。
1つ駅の離れたカラオケ店に行く。
『乾杯!!』
美咲の音頭でグラスが鳴り響く。
『今日のスポンサーは担任ですので月曜日にお礼を言ってください』
『『おー』』
パーティーセットが運ばれてくる。
奏がマイクを持ち視線を誘導した。
『今回のMVPは彩音さん』
拍手で盛り上がる。
『発案からケーキ作りまで頑張ってくれました』
彩音にマイクが渡された。
『二学期から入ったのにも関わらず皆さんが協力してくれたお陰でいい思い出になりました、とても感謝を致します』
深深と頭を下げた。
『それで頭を下げたついでと申し上げますが晶君と途中退場をしますのでお許しください』
晶に対して罵声が飛んだ。
『こんな可愛い子と羨ましい』
『泣かせたら承知しねぇ』
クラスの男子が言いたいことを言っている。
晶がマイクを取った。
『ご賞賛ありがとうございます、そういう事なのでこれにて失礼します』
マイクを丁寧に机に置いた。
まるで昭和のアイドルが引退宣言をした時みたいに。
『彩音行こう!』
『うん!』
彩音と手を繋いで部屋を出た。
『あいつら青春しやがって』
聞こえてきたが後戻りはしない。
外に出ると喧騒から離れる。
『これからどこ行く?』
『晶は何が食べたい?』
『そうだな、彩音の手料理かな?』
『そんなんでいいの?』
『お金出しても食べられないぞ』
『分かった、スーパー行こ』
2人でカートを押す。
その姿は新婚夫婦のようだ。
『晶ってカツ丼好きだったよね?』
『おう大好きだ!』
彩音の目を見て言った。
晶は好物に目を輝かせている。
『今のは反則です』
『何がだ?』
『何でも無いです』
彩音は顔が紅くなっている。
晶も自分がした事に気づく。
『カツ丼がって意味だから』
『改めて言わなくても分かってます』
ちょっと良い豚ロースをカゴに入れる。
『ここで問題です』
『クイズ番組みたいだな』
『違います、何方の家で作りますか?』
『彩音の家じゃないのか?』
『私は彼氏の家のキッチンを使ってご飯を作ってあげるのをやりたかったんですよ』
『それはまたなんで?』
『好きな小説にそんなシーンがありまして』
『うちは構わないが』
『冷蔵庫に何があるか把握してますか?』
『それは…してない』
『では一通り買って行きましょう』
卵、パン粉、三葉、玉ねぎ、かまぼこ、念の為に小麦粉も買う。
『油と麺つゆはあるぞ』
『では、それは使わさせていただきます』
乾物のワカメ、豆腐も入れる。
他にお菓子やソフトドリンクなども入れレジに並んだ。
晶が財布を出すと、私がやりたいのですからと拒否された。
『今度ご飯奢る』
『デートの約束ですね』
嬉しそうに言った。
晶は良い口実が出来たなと思った。
家に帰るが当然誰もいない。
『ただいま』
『お邪魔します』
『誰もいないけどな』
『お父さんがいるじゃない』
『ずっと留守番してくれてるな』
2人で線香をあげた。
『キッチン借りるわね』
『その前にさ』
『何?』
晶が少し照れくさそうに言う。
『キスしても良いか?』
『そう言えば久しぶりかも』
彩音が顔を持ち上げ目を瞑る。
晶は肩を優しく引き寄せ軽くキスをする。
少し長めに感触を味わった。
『うふっ、晶可愛い』
『可愛いのは彩音だな』
もう一度軽くキスを交わした。
『晶はご飯炊いてくれる?』
『分かった』
彩音が手際良く肉の下ごしらえをしている。
『晶ボウルはどこ?』
『流しの下』
『揚げ物は何時も何でやってる?』
『フライパンだな、油はコンロの下』
そう言うと晶はフライパンを用意した。
『この油受けの使って良い?』
『どうぞ』
ごま油とラード。サラダオイルをブレンドしている。
ご飯が炊きあがる時間を確認する。
小さい丼用の雪平鍋を取り出す。
麺つゆ、砂糖、みりんを入れて丼つゆを作っていた。
『うん、いい感じ』
それをボウルに移す。
もうひとつのコンロでワカメと豆腐をだしで煮ていた。
火を止めてから味噌をとく。
『手際良いな』
味噌の風味を活かした作り方だった。
ご飯が炊きあがる時間を見計らってカツを揚げている。
1枚多く作っていた。
『文香さん帰ったら食べるかもだから』
『すまないな』
1枚は切らずにアルミホイルでくるんだ。
カツを切る音がサクサクと心地よい。
丼つゆ火にかけカツと薄切りにした玉ねぎを入れた。
少ししてから卵でとじていく。
蓋を開けたらいい香りが広がった、ご飯をよそって上に盛り付ける三葉の彩りが食欲をそそった。
手早くもうひとつ作る。
味噌汁を添えてダイニングに運んだ。
彩音は油を処理して鍋を洗っている。
『いいお母さんになれるな』
『何が』
『実に手際が良くて感心する』
『普段からやってるからね』
彩音が席に着くまで待つ。
『『いただきます』』
どんぶりの蓋をあけるといい感じに卵に火が通り実に美味しそうだった。
『もはやプロだな』
『食べてから言って』
肉は柔らかく、丼つゆも濃すぎず晶の好みの味付けだった。
『うまいっ』
一気にかきこんでしまう。
彩音がクスクス笑っている。
『美味いんだから仕方ない』
彩音が箸で肉を持ち上げてこっちに差し出す。
『あーん』
餌付けされた雛のように口を開けた。
『晶は美味しそうに食べるね』
『実際美味しかったぞ』
『胃袋は掴めましたか?』
『鷲掴みだな』
こんなに幸せな事なら毎日作って欲しいと思ってしまう。
『洗い物は俺がやるから』
『はい、お願いします』
しばらくリビングでくつろいでいた。
『晶の部屋が見たい』
『良いけど見ても面白く無いぞ』
『良いの』
『どうぞ』
部屋に案内する。
『へー思ったより片付け出来てる』
『どんなイメージだったんだ?』
『ちょっと散らかってる感じ』
本棚の物理に関する本を眺めている。
その中に異彩を放つ本を見つけて手に取った。
『バカそれは…』
女の子の口説き方と題した本だ。
『こんなの参考にしてるの?』
『買ったけど読んで無い』
『こんなの読まなくても晶は素敵だよ』
『恥ずかしいな』
フォトフレームには彩音の写真が飾ったままだった。
『机の1番目につくとこに私がいるんだね』
『宝物だからな』
『今はこっちを見てね』
『当然だ』
彩音はキョロキョロしている。
『あんまり漁るなよ』
『えっちな本とかないのかな?ってね』
『そんなの持って無い』
疑いの眼差しで覗き込んでくる。
『彩音以外に興味が無い』
座っていた晶の前に立ち頭を取って胸に抱きしめる。
『あのっ彩音さん』
『いいからじっとしてて』
胸の間に顔を挟まれた。
柔らかい感触を顔面で味わっている。
『離して欲しいんだが』
『もう終わりですか?』
『その…』
彩音は隣に座りもたれかかってきた。
指で太ももを撫でてくる。
『興奮してしまいましたか?』
『そりゃ俺も男だし』
『手を出してくれても良いんですよ?』
彩音に悪魔が乗り移っている。
晶もそんな事を言われるとお返しがしたくなった。
そのまま押し倒し、上から見おろす。
彩音は頬を赤らめ目を瞑る。
(やばい、策にハマったかも)
彩音の胸に手を当てた。
手を振り解かれるかと思ったけど身体がピクっと跳ねただけだった。
(これ以上我慢出来なくなる)
手をどけると彩音にデコピンした。
『痛っ』
おデコを押さえる。
『何でデコピン?』
『俺を挑発した報いだ』
彩音が首に飛びついてくる。
咄嗟過ぎて支えきれずに彩音の上に覆いかぶさった。
暫く抱きしめあっていた。
『ただいまー』
文香が帰ってきた。
慌てて部屋から出て迎え入れた。
『おかえり、早かったね』
後から綾音も部屋から出てきて挨拶をする。
『お邪魔してます』
『何?あんた達何かしてたの?』
ニヤニヤしながら言ってくる。
『晶君に部屋を見せて貰ってました』
『それだけ?』
『それだけです』
文香のニヤニヤが止まらない。
『お母さん出掛けたほうが良い?』
『酔ってるだろ?』
『彩子さんと飲んでたの』
アルミホイルに包んであるカツを見つけた。
『何これ?食べて良いの?』
『彩音が作ってくれたんだ』
『カツ丼を作って食べました』
『良いなぁ』
『直ぐ作りますよ』
『やったー』
とりあえず麦茶を飲ませた。
『スッキリする』
『飲みすぎなんだよ』
彩音がカツ丼を持ってくる。
『どうぞ』
『もう出来たの?』
『直ぐ作れるようにしといたので』
文香は橋で摘むと香りを確かめてから口に頬張った。
『うーん美味しい』
『お口に合って良かったです』
『彩音ちゃんお嫁さんにきてね』
『はい!』
『彩音、酔っ払いの戯言だ』
『俺、彩音を家に送って行くから』
『彩音ちゃん送り狼に気をつけて』
『その狼は息子何だが』
嫌味を返し席を立つ。
『行ってらっしゃい』
『お邪魔しました』
『また来てね』
玄関を出ると手を繋いだ。
『お母さん元気だね』
『余程楽しかったんだろうな』
『帰ったらお母さん酔ってるかな?』
『お酒強いのか?』
『飲む時は沢山飲んでる』
『別荘でも結構飲んでたな』
彩音の家に着いた。
『ただいま』
『あーんおかえり』
そう言って晶を抱きしめた。
『ちょっとお母さん!』
『あら、可愛い子がいたから』
『晶は私のです』
(物扱いだな)
『あがっていって』
『少しだけ』
『彩音お茶いれてあげて』
『晶こっち』
リビングにはワイングラスがあった。
『帰ってから飲んでたの?』
『今日は楽しくって』
『はいはい』
もすっかりお友達よと言っていた。
『晶君泊まっていっても良いのよ?』
『何言ってるのよ』
『まあまあ』
小声で彩音とそっくりだなと言ったら彩音が膨れていた。
『泊まってく?』
『彩音まで何言い出すんだ』
『一緒に寝たら良いじゃない』
(この親子は…)
『僕はこれで失礼します』
『残念』
逃げるように玄関を出た。
『晶、帰りは気をつけてね』
『ありがとう、おやすみ』
『おやすみなさい』
そう言って頬にキスしてきた。
(慌ただしい1日だったな)
日曜日は起きたら勉強を始めた。
来週からのテストに向けて追い込みをする。
気がついたら昼を過ぎていた。
文香は仕事に行っている。
流しを片付けカップ麺を食べた。
ふと見ると彩音のエプロンが置いてあった。
(忘れたのか)
メッセージを入れる。
直ぐに返信がある。
[また使うから置いといて]
[分かった、洗濯しとく]
[うん、ありがとう]
彩音は栞と勉強会をしている。
栞は文系は比較的得意なので数学を中心に進めていた。
『あきらんは何だったの?』
『えっ何で晶って分かった?言ってないよね』
『あやちゃんはあきらんの時は表情が柔らかいの』
『そんなに顔に出てる?』
『めっちゃ出てる』
指摘されて恥ずかしくなる。
『あやちゃん可愛い』
『もぉ恥ずかしい…』
教えていた筈の彩音が勉強に集中出来なくなった。
栞がそんな彩音の姿を撮影した。
『な、何?』
『これで良し』
『何したの?』
『あきらんに送った』
直ぐに返信がくる。
[一緒にいるのか?]
[いるよ]
[写真サンキュ]
『あきらん喜んでるよ』
『もう』
『あやちゃんって前はもっとクールだったよね』
『自分では変わってないつもりだけど』
『猫ちゃんだったよ』
『最近は感情出してて今の方が好き』
『ありがと』
晶はバイトに出掛ける。
途中、銀行に寄って残高を確認した。
余り無駄遣いをしない晶は25万円程貯金があった。
(これならクリスマスまで頑張れば)
晶は決意を固めた。
『よぉ』
『おす』
『可愛い彼女とは仲良くやってるか?』
翔太にからかわれる。
『お陰様で』
『商店街でも有名だぞ』
『なんでた?』
『ハイマートのバイトの子が美人と手を繋いで歩いてるってな』
ケラケラ笑っていた。
『翔太も知ってる子だぞ』
『そうなのか?』
『今度紹介する』
『翔太、晶君の仕事の邪魔をしないでおくれ』
弘子に助けられた。
予備校の時間まできっちり働く。
初執筆となりました。
まだまだ未熟ですがこれからも書き続けたいと思います。