星を拒んだリッピー
(流れ星よ来るな。僕に願い事なんてないのだから)
静けさの夜。小さなアリンコのリッピーは折れた足でそう思っていました。このまま誰にも知られずに朽ちていく。愛もなければ友情もない。彼は女王アリの分身。役目を終えた存在。死ぬことなど怖くない。
――本当に?
何者かがリッピーに囁きます。落ち着いた大人の女性の声でした。
「本当さ。思う事。考える事は僕には必要ないんだ。僕が生きたことによって世界が大きく変わることなんてないし、これからも世界は続いていく。僕の命は軽いんだよ」
突風。砂ぼこりと共に吹き飛ばされるリッピー。抵抗することも出来ずにただ砂の嵐に呑み込まれていきます。
――リッピー。もし生まれ変われるとしたら何になりたいですか?
「あなたは誰。僕は僕以外の生き方を知らない。だから何度でも同じ生き方をするよ」
――それではあなたが可哀そうです。人間なんてどうですか。
「ニンゲン?」
――あなたよりも大きくて、甘いものをたくさん食べて、働いた分の幸せを感じられる者たちです。
リッピーは初めて考えました。それらは一つ一つが独立していて、自分の意思で働くのかと。しかし、いったい何のために。人間には女王アリがいないのかと不思議に思いました。彼らの生きる目的は何なのだろう。
「幸せって何ですか」
――わかりません。
「ニンゲンは何のために生きるのですか」
――わかりません。それ故に自由なのです。
体が凍えてきたリッピー。そこに一筋の光が差します。流れ星です。まるでリッピーを見送るかのように、その数は増えていきます。
「よくわからない自由は要らないや。女王様の分身として働いて働いて死ぬことが、僕の役割。役割のない僕は僕じゃないんだよ」
輝きが消えたとき、リッピーの魂はぬけて、再び女王アリの腹の中へと宿りました。
(――おかえりなさい。そしてありがとう。リッピー)
巣の中で女王アリは、一滴の涙を流しました。
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