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俺の推しは裏切らない!  作者: ゆき
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98 お風呂あがりって危険

「来週、舞花が来るんだって。そこまでに、勉強片づけなきゃ」

「え、来週までいる気?」

「夏期講習1週間あるんだから当然でしょ」

「・・・・・・・・」

 妹がいると、せっかくの夏休みなのに伸び伸び過ごせないんだけど。

 琴美がペンを回しながら、数学の参考書に線を引いていた。


「どうせ家にいたってあいみさんの動画ばっかり見てるんだから、どこか行って来たら?」

「え・・・なんで俺が」

「夕食は作っておいてあげるから」


「お前がカフェや図書室で勉強すればいいだろ?」

「この量の参考書持っていけるわけないでしょ?」

「・・・・・・・」

 目をキッとさせて山積みされた5教科分の参考書を叩いた。

 絞って持っていけばいいだろって言いたかったけど、こいつの場合マルチタスク型だ。

 数学やっていたと思ったら英語やってるし、現文やっていたと思ったら物理やってるし、訳わからないんだよな。


 成績がいいから何も言えないんだけど・・・。


「それにお父さんもお兄ちゃんの家で勉強することは了承してるんだから」

「・・・わかったよ。ちょっと出かけるだけだからな」

「うん。いってらっしゃい」

 親父っていう最強の切り札を出してきたら、もう俺が折れるしかない。

 文句言っても受験生なんだからって言い返されてしまう。

 確かに受験生だし、俺も妹には第一志望に受かってほしいしな。




「はぁ・・・」

 肩を落としてドアを閉める。

 なんでこのクソ暑い中、追い出されなきゃいけないんだよ。

 せっかくバイト休みなのに。

 

 俺の未来は啓介さんみたいな感じになりそうだな。


「・・・・・・」

 隣の家のドアを眺める。あいみんの家って誰かいるのかな。

『VDPプロジェクト』のみんなはよくうちに入ってくるけど、俺から行ったことはほとんど無いんだよな。


 チャイム・・・押してみるか。


 はっ・・・でも、これってプライバシーの侵害じゃないか?

 それに、あいみんの家に男なんて居たら立ち直れないんだけど。

 夢は夢のままのほうがいいか。ちゃんと、適度な距離を持つ、紳士的なオタクじゃないとな。



 バタン


 ドアがいきなり開いた。

「あれ? さとるくん、どうしたの?」

「あいみん」

 髪の濡れたあいみんが、ちょっと小さめの部屋着で出てきた。

 すっぴんだけど、ものすごく可愛い。けど、やっぱり部屋着が小さい気がする。


「あいみんこそ、どうして急に?」

「なんかドアの前でごそごそ鳴って、覗いたらさとるくんいたから」

 そんな音鳴らしてたか? 全然、紳士的なオタクじゃない。

 むしろ危ないオタクになるところだった。

「ごめん、実は・・・・」




「なーんだ、そうゆうことだったら言ってくれればよかったのに。琴美ちゃん、受験勉強大変だもんね」

「・・・急に来てもいるかなって。プライベートな時間邪魔しちゃ悪いし」

「さとるくんなら全然いいよ」

 明るい声が身に染みた。推しって尊い。


「今日は、みらーじゅ都市の私のお家、清掃入ってるの。だから、こっちの家にダイブしてた。ふぅ・・・お酒が欲しくなちゃうな。はい」

「ありがとう」

 あいみんが麦茶を注いで出してくれた。

 にこにこしながら隣に座る。


「花火大会、行きたくてみんなと計画してるんだけど、さとるくんも行かない?」

「あぁ、前見たいって言ってたな。こっちの世界の?」

「うん、来週の火曜日にある花火大会」

 舞花ちゃんが来る日の前の日か。


「いいよ。俺も行きたいと思ってたんだ」

「やったー。じゃあ、せっかくだから、花火の曲。えーっと、『打上花火』って曲歌います」

「え・・・うん・・・」

「ごほん」

 あいみんが咳払いしてから、いきなりアカペラで歌いだす。

 DAOKO×米津玄師の『打上花火』の曲だった。

 女性キーだけだったけど、声に伸びがあって、綺麗で引き込まれた。



 時折、あいみんは恋をしているんじゃないかと思う。

 あいみんはそうゆう歌い方をした。



「はぁーさっぱりしました」

 あいみんの歌が止まる。

 バスルームのドアを開けてゆいちゃが・・・。


「って、えー!?!?!?!?」

「わっ・・・」 

 目が合って大声を出していた。

 ゆいちゃが慌ててバスタオルを巻きなおす。


「な、な、な、なんでさとるくんが」

「違、あいみんがいて、偶然で」


「あ、ゆいちゃがお風呂入ってたの忘れてた」

「・・・・・・・」 

 後ずさりする。

 見えたっていうか、見えてないけど、いや、見えたんだけど、見えてないっていうか・・・全部は見えてないから見えてない。

 駄目だ。ぐちゃぐちゃだ。思考がまとまらない。



「だって、ゆいちゃ長いんだもん。1時間も入ってるし」

「お風呂で音楽聞いたり動画見たりしてたら時間経ってしまうのです」

「・・・・・」

 あいみんがちらちらこっちを見ていた。

 有罪か。いや、これはえん罪だと思うんだけど。


「ゆいちゃ、早く部屋着、着たら? さとるくんもいるし」

「この辺に置いておいたのですが、あ、あいみさんが着てるの私のです」

「え? あっ、そうかも。ごめん」

 目を逸らして、スマホをいじる。

 めちゃくちゃじゃん。

 どおりであいみんにしては小さい部屋着だと思ったんだよ。ちょっとお腹が見えてるし。


「・・・あいみさん、部屋着ぴちぴちですよ」

「いっ・・・言われてみれば。あ、ちょっと背中のほうまで見えてる」

 あいみんの視線が痛い。


「うぅー・・・き、着替えてくる、ごめんね、ゆいちゃ。ゆいちゃは・・・えっと、さとるくんに気を付けて端のほうにいて。うーん。部屋着どこにいっちゃったんだろう。置いてたのにな。AIロボットくん片付けちゃったのかな」

「・・・・・」

「あ、あいみさんここに・・・」

 あいみんが動揺したまま、モニターの中に入っていった。ワタワタしてて可愛い。あいみんっていっぱいいっぱいになると、すぐ周りが見えなくなっちゃうんだよな。

 が、俺に気を付けてってどうゆうことだよ。




「さとるくん、安心してください。あいみさんの部屋着見つけたんで」

「そ・・・・」

 スマホに集中しながら、後ろを気にしないようにした。ドライヤーの音まで気になって仕方なかった。


「見たんですか?」

「・・・・・・・」

「こっち向いていいですよ。もう着替えたんで」

 顔が熱い・・・。どうしてこんなことに。

 座り直すと、ゆいちゃがちょっとぶかぶかの部屋着を着て隣にいた。


「えっと・・・」

「さっきのは記憶から消去するのです。見なかったことにするのです」

 絨毯をいじいじしながら言う。

 できるかよ。ただでさえ、記憶力はいいほうなのに。


「もしかして、あいみさんだったらよかったのに、とか思ってるんですか?」

「思ってないって」

「怪しいです。あいみさんのバスタオル姿が見たかったな・・・って思ってますね」

 口を尖らせながら言う。


「違うって。んなわけないだろ」

「信用できないです。さとるくんは、すぐそうやって、あいみさんに結びつけようとするのですから」

 それは、外れだ。マジで思ってない。


「さとる・・・」

「待って、今日はナシ。からかうのはナシ」

「ん?」

 おでこを触りながらきょとんとした。

 濡れた髪から雫が滴り落ちていた。


「どうしたんですか?」

「えっとアレだ。今日のはちょっと・・・さすがにまずいし、危ないっていうか。よくないっていうか・・・色々と、変な意味とかじゃないけど」

 自分でも何言ってるかわからないくらい動揺していた。全身は見えてないし、水着よりも面積あるんだけど・・・バスタオルはまずい。


「とにかく駄目ってことだ」

「へっ・・・・」

「・・・・・・」

 ゆいちゃの顔がみるみる赤くなっていく。

 俺も俯いて黙っていた。




「ただいまー、ちゃんと着替えてきたよ」

 あいみんが画面から飛び出してきた。

 キーボードを落としそうになって掴んでいた。


「ふぅ・・・あ、ゆいちゃ、それ、私の部屋着」

「見つけたのでお借りしました」

「ごめんごめん、あったんだ。焦っちゃって」

 ぺたぺたと降りてソファーに座る。  

「二人ともどうしたの?」


 かなり距離を開けて座っていた。

「あいみんの配信アーカイブのチェックを・・・」

「私はストレッチを」

 ゆいちゃが体を伸ばしながら言う。かなり柔らかいんだよな。


「へぇ・・・」

「・・・・・・」

「・・・・・・」

 本当に何も変なことは無いし、実際何も変なことは起こっていない。

 普通の普通の日常だ。

 深呼吸して、推しの前だったけど、堂々と動画を眺めていた。

 平常心、平常心。



「へへへ、みんな熱心だね。私も柔軟しようっと」

 あいみんが純真無垢な20歳で救われていた。

 へらーっと笑って、ゆいちゃと一緒に前屈をしていた。

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