97 勉強のご褒美
「わかるか? ここがSVで、『私は見つけた』、『彼女を』、この『彼女』にかかるのが以降の文だ」
「ふむふむ」
間違えた部分の説明をしていた。
中学生レベルの英語・・・といいたいところだけど、仕方ない。
教えながら、高校生の模試の問題が解けるわけないってことに気づいた。
基礎から勉強しないと、長文なんて読めるわけないし、英語嫌いになってしまうからな。
「なんかわかってきた感じがします」
「それ、絶対わかってないから、復習しろよ」
「はーい」
ゆいちゃがノートをとっていた。
ノートだけは綺麗なんだよな。
「さとるくんって、数学だけじゃなくて、英語もできたんですね?」
「受験科目だからな」
「どうしてそんなに勉強してたんですか?」
「うーん、そうだな・・・。受験勉強は楽しいもんなんだよ」
「べ、勉強が楽しいですか? そんなに高校生活楽しくなかったんですか?」
「そうじゃなくて・・・」
あからさまにドン引きしていた。
「俺にとっても、琴美にとっても、受験勉強って確かにしんどいけど、地方の人間が、日本の首都圏の学力に対抗できる手段でもあったんだ。元々、地方のほうが首都圏より学力が低いって言われているしな」
「・・・・・・」
ぽかんとして聞いていた。
「大学に行ったらどうするとか、その先の将来のこと思い描いて勉強すると、楽しくなるんだよ。まぁ、俺の場合こうやって一人暮らしさせてもらえたし、親のおかげもあるけどさ」
「・・・そうゆうものなんですか?」
「少なくとも俺にとってはね」
麦茶に口を付ける。
受験期はきつかったけど、振り返ってみるとやってよかったと思うことばかりだった。
俺は元々怠けるタイプの人間だし、受験っていう何かが無いと勉強しないしな。
もしあのとき勉強していなかったら、あいみんのHPだって途中で諦めて、『VDPプロジェクト』のみんなともこうやって話せなかっただろうし。
「さとるくんが東京に来たかった理由って何ですか?」
「そりゃ・・・・・・・」
佐倉みいなに会うつもりだったんだけど。
東京のイベントに通って、会話をして、認知してもらうところまで妄想して勉強していた。
「佐倉みいなに会いたかったとかですか?」
「っ・・・・・・」
最近、ゆいちゃが俺の心の中を読んでいる気がする。
「ま、まぁ、別にいいだろ。もう、最推しはあいみんなんだし。勉強して上京できなければ、ゆいちゃにだって会えなかっただろ?」
「はっ、そうですね」
ゆいちゃが髪を結び直していた。
「頑張りますね。私もさとるくんと同じ世界を見てみたいです」
「それは難しいかもしれないけど・・・まぁ、頑張れ。こっちの類似問題解いてみろ」
「はい」
ぐっと気合を入れて、勉強していた。
ゆいちゃの切り替えは早かった。こうやって、音楽やダンス、配信も全力なんだろうな。
「ここは・・・・」
「うーん・・・」
目をしょぼしょぼさせていた。
さすがに集中力も限界か。今日はここまでだな。
初日から、詰め込み過ぎてもよくないし。
「じゃあ、ここは宿題な。ちゃんとやって来いよ」
「はーい。なんだか、頭が働かなくなってしまいました」
ソファーまで両腕を上げて伸びをしていた。
「よくやったよ。英語の一文は理解したようだしな」
「へへへ、私教え込めばすごいのですよ」
「変な言い方するなって」
「・・・はっ・・・眠くなってしまいました」
少しうとうとしながら話していた。
ペンがぱたんと落ちる。苦手なことだもんな。
「俺、そろそろ戻るから。日も暮れてきたし」
「まだ、もうちょっと」
服を引っ張ってきた。
「ゆいちゃももう疲れてるだろ? 勉強はここまででいいって」
「さとるくん、早く帰ってあいみさんの配信アーカイブを見るつもりじゃないですか?」
目を擦ってから、口を尖らせていた。
Tシャツから胸が見えそうになってるんだけど・・・。
視線を逸らす。
「何でもいいだろ。それに、あと1時間くらいで琴美が夏期講習から帰ってくるんだよ」
「時間まであいみさんの配信見るつもりですね?」
「・・・・・・・・」
そうゆうつもりは無かったけど。
見るだろうけどさ。
「もう、さとるくんがあいみさんのことばかり考えるから目が覚めてしまったじゃないですか。どうしてくれるんですか?」
上目づかいで睨んできた。
すごく、理不尽だ。
「あいみさん最推しですもんね」
「そうだな」
「あいみさん最推しですもんねー」
「どうして二回言うんだよ」
「二回聞いてほしそうだったので」
むすっとしながら言う。
ゆいちゃの考えてることはよくわからん。
「じゃあ、勉強したご褒美に私の質問に一つ答えてください」
「は? どうして俺が」
「さとるくんは、あいみさんのどんなところが推しなんですか?」
「どんなとこって・・・」
びしっと指で突いてきた。
「・・・・可愛くて、元気で、癒してくれるところだよ」
「ふうん。そうですかそうですか。いつも癒されてるんですね」
「そうだな、最推しだからな」
「へぇ、よかったですー。さとるくんが楽しい推し活しているようで」
腕を組んで頷いていた。
こんなこと定例化されたら、どんな質問来るかわからない。
「じゃあ、俺もご褒美に・・・そうだな」
「え?」
「勉強教えたご褒美だろ?」
「・・・・・・・」
口をもにょもにょさせて、戸惑っていた。
「ちゅうしてほしいとかはナシですよ。え、エッチなこともナシです。そうゆう恥ずかしいのは、えっと・・・こうゆうところでは・・・」
「んなこと言わないって」
俺をなんだと思ってるんだよ。
ゆいちゃが顔を真っ赤にしていた。
「・・・・ゆいちゃって、今、好きな人とかいるの?」
「えぇっ!?」
答案用紙を持って、後ろに下がった。
「どうしてそんなこと聞いてくるんですか?」
「驚きすぎだろ。いるのか?」
「い、い、い、いいい、いないですよ。いきなり変なこと聞いてくるからびっくりしただけじゃないですか」
明らかに目が泳いでるし、前髪をぐしゃぐしゃっと触っていた。
嘘ついてるな。
「・・・ふうん、ま、いいけど。それだけ反応するなら、そいつに勉強教えてもらえばいいんじゃないか?」
「へ・・・?」
筆記用具をケースに仕舞った。
「好きな人から教えてもらうほうが、成績伸びるらしいよ。俺よりそいつのほうが適任じゃないのか?」
「・・・ひょっとして、さとるくん、やきもち妬いてるんですか?」
「違うって」
手を絨毯について、詰め寄ってくる。
「本当ですか? 動揺している気がするのです」
「・・・あぁ。深い意味は無くて・・・ただ、言ってみただけだ」
「そうですか」
「・・・・・・」
なんだか、カウンター食らった気分だ。
でも、さすがにここまで動揺させれば、次から質問とかしてこないだろ。
「勉強はさとるくんに教えてもらいたいのです。さとるくん、先生よりも教え方がうまいのです」
「・・・そりゃどうも」
「まだ、膨れてます?」
「膨れてないって」
ふふふっと笑っていた。
最推しのあいみんだったら・・・ありがとうって頭撫でてくれたり、お菓子くれたりするんだろうけど。
自分から、ご褒美要求してくるところあたり、ゆいちゃはやっぱり子供だよな。
まぁ、さっきのは俺も少し幼稚だったか。
「今日は、ありがとうございます。勉強少しだけ、楽しくなってきました」
「よかったな」
「英語はSVって書いて訳すんですね。大問6以降の長文も読めそうな気がしてきました」
「まだ、長文まではいかなくていいから。あまり先走るなよ」
「はい」
満面の笑みをこちらに向けてきた。
丸い顔をほんわかさせて、可愛いくて・・・。
「次のご褒美質問は、もっとすごいこと聞いちゃおうっと。勉強、頑張ってきますね。あ、配信も手を抜いたりしないので安心してください」
「・・・・・・」
機嫌よく鼻歌を歌いながら、ルーズリーフを閉じていた。
全然、懲りてないし。
なんか、あまりよくない方向を向いている気がする。また、からかってくるつもりだな。
頭を掻いた。
次はどうかわそうか、考えないとな。




