96 衝撃の答案用紙
外から蝉の鳴き声が聞こえていた。
「さとるくんの、今の推しって、本当に私?」
「もちろん」
あいみんがクーラーの前に立って、頬を膨らませている。
「さとるくんとゆいちゃ、最近仲いい気がするし・・・。さとるくん、ゆいちゃばかり目で追っている気がするの」
「そ、そうゆうんじゃないって。気のせいだよ」
「じゃあ、どうゆうの?」
「えっと・・・・・・」
ゆいちゃに勉強を教えに、あいみんの家に来たら、ゆいちゃが来る前にあいみんに問いただされていた。
ややこしいけど。
「推し変しちゃったの? 私のこと、嫌いになっちゃった?」
「なるわけないじゃん。あいみん推しだよ」
「そう・・・・?」
あいみんが眉をぴくっとさせていた。
推しは間違いなくあいみんだ。いつも可愛いし、癒してくれるし、どう考えても最推しだ。
「はっ・・・でも、最近、さとるくんの家で私のグッズとか見かけないなーって思ってるんだけど・・・もしかして、今はゆいちゃのグッズばかり持ってるとか?」
「違うって」
頬を押さえていた。
「私のグッズが見当たらないのは・・・実は捨てちゃったからとか?」
「そんなんじゃないよ。隠してるからだって」
「隠してるの?」
首を傾げていた。
「そりゃ・・・・」
見せられないような物ばかりだからな。
あいみんが目をくりっとさせて、こちらを見上げる。
絨毯に座って、筆記用具を出した。
「琴美が来たりするからな。さすがに、推しのグッズを妹には見せられないだろ」
「じゃあ、琴美ちゃん帰ったら、確認しに行こうかな?」
「え!?」
あいみんが隣に座って、詰め寄ってくる。
「なんか反応が怪しいんだけど」
「いや、だって・・・」
ちょっとエッチな、ポスターとかタペストリーとかあるんだけど。
もちろん、健全な範囲内のものだし・・・。
「フィギュアとかもあるの?」
「フィギュアは無いよ」
「ふうん・・・フィギュアはどれもかなりセクシーだから、恥ずかしいなって思ってたんだけど」
金銭的な理由で、フィギュアには手を出していなかった。
社会人だったら、多分持っていた。
「こんにちはー」
「うわっ」
びくっとして、後ろに手を付いた。
ゆいちゃが顔だけモニターから出して、こちらを見つめている。
「ゆいちゃ!」
「何やってるんだよ。こえーよ」
心臓止まるかと思った。
夜中だったら、止まってたかもしれない。
「なんか、おじゃまかなって思いまして、出てくるタイミングを見計らっていたのです。さっきからずっといたのですけど・・・」
「・・・そ、そんなことないよ。今、さとるくんに、えっと・・・グッズの話とかしてただけだから」
「ふわっ・・・」
あいみんがパソコンの前に行って、ゆいちゃの腕をぐっと引っ張り上げた。
「じゃ、さとるくん、ちゃんとゆいちゃに勉強教えてあげてね」
「あ、あぁ、うん・・・」
「えっと、また、配信、ちゃんと見てね。待ってるからね。コメントも、見つけたらすぐに読むようにするから」
「うん」
頬をぱんぱんと二回たたいてから、こちらに微笑みかけてくる。
「じゃあね。頑張って」
机のキーボードを避けて、手を振ってから画面の中へ戻っていった。
「答案用紙持ってきましたが・・・」
クリアファイルから、5教科分の答えを書いたルーズリーフを出してきた。
受け取ろうとする前に、取り上げられる。
「・・・なんだよ」
「あいみさんと、今、何しようとしてたんですか?」
「べ、別に何もしてないって。グッズの話してただけで」
「何か誤魔化してますね? ちゃんと正直に言ってくれないと、私、怒ったままですから。嘘つかれるの嫌いなのです」
ツンとしていた。
んな、理不尽な。ゆいちゃの勉強見るのに来てるのに・・・。
「言えないようなこと話してたんですか?」
「言えないっていうか・・・」
ゆいちゃ推しになったんじゃないかって疑われてた・・・なんて、こいつに言ったらどうゆうふうに、からかわれるかわからない。
しばらく、何か言われそうだし、黙っておくのが・・・。
「もしかして、キスしようとしてたんですか?」
「え!?」
「だって今にもキスしそうな体勢でした」
瞼を重くしながらこちらを見てくる。
「そんなんじゃないって」
「ふん、別にいいですけど。私には関係のないことなので」
「・・・・・・・」
単純にあいみんに詰め寄られてただけなんだけど。
他からはそう見えるのか。
いや、まさかな。ゆいちゃが斜め上に勘違いしてるだけか。
「さとるくんがキスする度胸なんてありませんもんね。ファーストキスもまだでしょう?」
あからさまに、機嫌が悪くなっていた。
「・・・そうゆう、ゆいちゃはキスしたことあるのかよ」
「ありますよ。あいみさんが酔っぱらったときに、ほっぺにちゅーされたりしますもん」
「そうじゃなくて」
「異性とですね。もちろんありますよ、妄想の中で」
堂々としていた。どこから、そんな自信が出てくるのか知らないが。
「昨日もしてきたのです」
「へぇ、ゆいちゃも意外とオタクっぽい趣味あるんだな」
「え?」
「何推しなんだ? ゲームとかアニメとかで妄想してるのか?」
「あっ・・・」
気を取られてる間に、答案用紙を抜き取る。
一瞬でわかる。全く解けてないやつだ。
「妄想、妄想って、夢女子的なやつか? アニメの主人公になって、中の人とキスしたりする、とか。ゴリラみたいな奴とか、想像してるんだろ?」
「・・・・・・・・」
言いながら、答案用紙に気を取られていた。
散々書いてた、オスマン帝国の位置ずれてるし。数学なんて、過程の式をざっと見る限り、正しい部分がない。けど、最後の答えだけあってるっていう奇跡が起こったりしていた。
こうゆう奇跡を連発すると、勘違いするんだよな。
ちゃんと復習しなくなるし・・・。
「も、妄想の対象を、探そうとするのはナシです。あくまで妄想は妄想なのですから。そんなの、プライバシーです」
「ふうん」
「じゃあ・・・・さとるくんは、ゲームとかアニメとかで妄想するんですか?」
「違うって。俺は今は・・・って、はぁ?」
あぶねー。
今、俺、すごくまずいことを言うところだった。
「何聞こうとしてるんだよ?」
「最初に聞いてきたのはさとるくんじゃないですか」
「・・・・そうなんだけど」
答案用紙がすごすぎて、意識が完全に持っていかれてた。
ゆいちゃがこめかみを触りながら座り直す。
「うー・・・あとちょっとで、さとるくんの妄想について聞けたのに」
「そんなもの知ってどうするんだよ」
「興味があるだけです。さとるくんには、エチエチな妄想するときに、特定の誰かを想像しているような言い方だったので。ま、あいみさんでしょうけど」
「そうじゃな・・・・・いや、いい・・・」
「?」
答案用紙の衝撃で、何度も墓穴を掘りそうになるんだけど・・・。
本当に、まずい方向に、口を滑らせることだった。
というか、こんな答案用紙出してきて、なぜ冷静でいられるのか疑問なんだが。
「んなものに興味を持つなら、英語に興味を持て」
英語の答案用紙を突き出す。ほぼ、空白だ。
「想像している以上にやばいからな。世の中の高校3年生、受験生じゃなくても、もっと英語勉強しているからな」
「はぁ・・・・」
ぽかんとしていた。
舞花ちゃんも海外進出するVtuberになるために英語勉強するって言ってたし。
英語は特に厳しくしてやらないとな。せめて、英語のコメントを読めるくらいには・・・。
「大丈夫ですよ」
「何が大丈夫なんだよ?」
「へへへ、これからちゃんと勉強するのです。私、さとるくんが言うことはちゃんと覚えますから、大丈夫なのです」
ふにゃっとした笑顔をこちらに向ける。
「・・・・採点するから、静かにしてろよ」
「はーい」
赤いボールペンを出す。
ペットボトルのお茶を飲んで、答案用紙と解説を見比べていた。




