95 推しは点P
うわー・・・。
XOXOの夏休みイベっていうか。
「同人販売会じゃん・・・」
「そうよ」
琴美が堂々と頷く。もちろん、会場に男はほぼいない。
「XOXO公式のファンメイド作品を持ち寄る販売会なの。もちろん、XOXOの公式グッズも売ってるし、ファン同士が仲良くなるイベントみたいなものよ」
「あ・・そう・・・」
活き活きとしながら話していた。
ステージ上のモニターではXOXOのライブ映像が流れている。
会場内は爆音でXOXOの曲がかかっているし。
『VDPプロジェクト』だったらテンション上がるんだけどな・・・。
「あぁ、ここに来ただけでハルに会えたって感じ。ハルアキと同じ空気を吸ってる感じがするの」
うっとりとしていた。
清涼な空気吸ってるみたいに深呼吸していたけど、吸ってるのオタクの空気だけどな。
「・・・そう・・・よかったな」
「あぁ、やっぱりブースも可愛いのばっか」
ファンメイドだけど、クオリティ高いな。
アクスタ、アクキー、クリアファイル・・・全部プロが書いたような絵だ。
風船で囲まれたXOXOメンバー4人の立ち絵もある。ファンメイドのインスタスポットまであるのか。
まぁ、販売しているものは、所々、BL要素があるけどな。
「これすっごく可愛い」
「一つ300円になります。セットで1000円です」
中央のあたりで販売していた缶バッチに飛びついていく。
正直、他のブースとの違いがわからんが・・・。
「じゃあ、セットでお願いします」
「かしこまりました。新しいの持ってきますね」
お姉さんが笑顔で中に後ろの女の人に話しかけていた。
「親父からお小遣い貰ってるの?」
「ううん。単発のバイト入れたりしてるの」
「受験生だろ? バイトして大丈夫なの?」
「成績は落としてないもん。むしろ、ハルアキを推すようになってから、数学の成績が上り調子なんだから」
「・・・・・・」
説教したかったが、それを言われると何も言えない。
オンオフの切り替えがすごいんだよな。認めるしかない。
「はい」
「ありがとうございます」
お姉さんがXOXOの缶バッチセットを渡していた。
「彼氏さんも、XOXOのファンなんですか?」
「彼氏? いやいや、兄です。兄はただついてきただけです」
「・・・・・・・・」
ついてきたんじゃなく、連れてこられただけなんだが・・。
「ふふふ、優しいお兄さんですね。羨ましいです」
「これは・・・薄い本もあるんですね」
「はい。これはPixivにも載せているので、あ、このURLで出てきます。BL嫌いじゃなければ、中身見てみてください」
ぱらっと開いたのを、ちらっと覗き込む。
マジか。ナツとフユのBLじゃねぇか。しかも、濃厚な・・・。
「わぁっ・・・これは、すごいですね。まだ在庫ありますか?」
買うのか!? 兄、横にいるんだが。
いや、こいつの中ではいないようなものなのかもしれないけどさ。
「それ最後の一冊で見本なんです。シールも貼っちゃってるし、売り物にならないんで、ただでいいですよ」
「いいんですか?」
「はい。新しいのも書いてるので、是非Pixiv見てくださいね」
貰うのかよ。腐女子隠す素振りもねぇな。
るんるんとしながら、薄い本を抱きしめていた。
ナツとフユのBLとか家に置いておくのも嫌なんだけど。
「まだ見て回るのか? もう何周してるんだよ」
「うるさいわね。お兄ちゃん、どっかに座ってて」
「じゃあ、入口のほうの椅子にいるから、終わったら来いよ」
「荷物持ってて」
XOXOの柄がプリントされたビニール袋を渡された。
「・・・・・・」
なぜ、俺が・・・って、琴美はもういないし。
「はぁ・・・・・」
ため息を付く。
妹がすっかり腐界の住人になってしまった。
1年前はメイク道具とかにしか興味なかったのに、な。
どこでどう、趣味が変わっていくかわからないな。BL本まで堂々と手にするようになるとは。
まぁ、俺もオタクだし、別に人の趣味をとやかく言うつもりは無いけどさ・・・。
「さとるくんじゃん」
「ん?」
顔を上げると、キャップを深く被ったナツが立っていた。
「ナツ!?」
「しっ・・・お忍びで来てるんだから」
キャップのつばを引っ張って、隣に座る。
「さとるくん、XOXOにも興味あるの?」
「妹の付き添いだって」
「なるほど。妹さんハルのファンなんだもんね。わ、俺のBL持ってるじゃん」
自分のBL見るってどんな気持ちなんだろうな。
「・・・中身見ないほうがいいと思うよ」
「はは、俺は慣れてるよ。ファンの思う通りのナツ像を描いてもらって構わないし」
笑い飛ばした。なんだかんだ、プロだよな。
「のんのん来ないかなって思ってたんだけど、見なかった?」
「来たら目立つし、来ないだろ」
「一度もイベントで見かけないんだよな。俺は『VDPプロジェクト』の現地イベントあったら全通するくらいの勢いでいるのに」
「まぁ、いつかそんな日が来るといいな」
「来るさ」
「・・・・・・・・」
一切の曇りのない声だった。
「だって『VDPプロジェクト』の勢いすごいじゃん。ハルなんて負けず嫌いだから、知名度抜かされるんじゃないかって、勝手に焦ってたよ」
「ふうん・・・・」
いつかあの大画面に『VDPプロジェクト』のみんなが映されて、室内にはあいみんの声が響き渡って、こんなふうにファン同士の交流ができるようなコンテンツになって・・・・。
百合の販売とかあるのかな。
BLがあるんだもん、百合もあり得るよな。
「さとるくん、今、百合の薄い本も出るんじゃないかって期待しなかった?」
「へ?」
「顔に出やすいね」
自分では全く気付かなかったが・・・。
「俺はそうゆうの興味ないけどね。のんのんの百合・・・・」
「・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
一瞬、妄想による沈黙が降り落ちた。
「やばい、なんかそそられる」
「だろ? ちょっと興味出てくるだろ?」
「りこたんとのんのん? ゆいちゃとのんのん?」
「あいみんとのんのん」
「・・・・・」
ナツと目が合って頷いた。
なんだろう。会場の空気にあてられているのか、すごく百合を欲してしまう。
琴美がXOXOのハルアキがプリントされた紙袋を持って戻ってきた。
ナツが腕を組んで座り直す。
「はい、お兄ちゃん、これ、持ってて」
「なんで俺が持たなくちゃいけないんだよ」
「だって、これを持って知り合いに会ったら気まずいでしょ」
俺だって、これを持って知り合いに会いたくないんだけど・・・。
「・・・わかったよ。で、もう終わったの?」
「ちょっと休憩してから、また行ってくる。見てるだけで楽しいの」
ナツがすっと立って、移動していった。
「ん? あの人・・・」
「え・・・」
琴美がナツの後姿を目で追っていた。
「お兄ちゃんの知り合い? さっきなんか話してなかった?」
「いや、えっと。あの人も付き添いで来てたんだって」
「なんかシルエットとか、ナツに似てる気がして、びっくりしちゃった」
「!?」
鋭い。さすがだ。
「はは、そうゆう感じじゃなかったよ。それより、何買ったの?」
「じゃーん、ねこまるまる先生の画集買っちゃった。すごいの。高校生だって言ったらおまけしてくれたりして、話も弾んじゃって・・・」
隣に座って、堂々と紙袋を開けていた。
相変わらずBLなんだが・・・今度はハルアキか・・・。
オタクモードに入って、説明していた。
テンション高くて饒舌になって、時折受験生混じるから、厄介なオタク語りになってる。
うるさいと思っていた、XOXOの音楽に大分助けられてた。
「聞いてた? ハルは私にとっての点Pなの」
「わかったわかった」
唐突な点Pに何もわからない・・・と言いたいところだけど、うっすら納得してしまう。
あいみんの薄い本って、誰と絡むんだろう。
推しが点Pなら、ゆいちゃと交わるのは何秒後だろうとか・・・。
ここにいると、『VDPプロジェクト』に置き換えて妄想が膨らんでしまう。
まずいな。帰りの電車で、踊ってみた動画見て、クリアな状態にならないとな。




