94 得意、不得意
「・・・・ゆいちゃって文系なの? 理系なの?」
「わかりません」
だろうな。この点数じゃ、何が得意なのかもわからない。
一つ言えることは、満遍なくできていないということだ。
--------------------------------
数学Ⅰ・A 8点 /100
国語 5/100
理科 10/100
英語 25/200
世界史 8/100
--------------------------------
ゆいちゃが持ってきた点数は、見たこともないような点数だった。
ざっと問題文を見る限り、特別難しい問題があるわけでもない。
琴美が固まって、俺の反応を見ている。
「えっと・・・そんなに驚くような点数ですか?」
「あはは、一般から見ると、ね。私もそこまで頭よくないから言えないけど」
あいみんが笑って誤魔化していた。
「これは、誰が見ても驚くだろ・・・」
「どの辺が・・・でしょうか?」
「国語5点っていうのも衝撃的なんだけど。小論文も選択式の1つあってるだけだし、小説は0点じゃん、本読んだことあるの?」
「漫画なら読みます。試験の問題の文章は難しくて何書いてあるのかわかりませんでした」
「あと、この世界史の8点って、全部”オスマン帝国”って書いて、4点取ってるだろ。次の”ゲルマン民族大移動”は全部外してるけどな」
「はい。なんか、それだけ覚えました」
「・・・・・ゲルマン民族どれだけ移動させるんだよ」
重症だ。堂々と言ってきた。
これはツイッターでよく流れてくる、面白答案用紙に近いものがある。
中国の後漢の歴史って書いてあるのに、ナポレオンが出てきてるし。
百歩譲って何もわからなくても、三国志にカタカナが出てくるわけないだろ。
頭の中どうなってるんだよ。
「お兄ちゃん、カレー煮込み過ぎてるよ」
「うわっ・・・・」
慌てて、火を止めに行く。
じゃがいもが崩れてしまった。せっかく気を付けてたのに。
「味見させて」
琴美がスプーンですくって、冷ましてから口に運ぶ。
「ん、まぁまぁってところね。牛乳入れた?」
「少しな」
「うん・・・正直全く期待してなかったけど、これなら食べれるわ。早く持ってきて。麦茶と福神漬けも忘れないでね」
「・・・・・」
えらそうなんだが・・・。
まぁ、口うるさい琴美のOKが出たってことは、美味しいんだろう。
「いただきまーす」
「美味しい、さとるくん料理上手いんだね」
あいみんがぱぁっと笑みをこぼす。
「たまたまですよ。お兄ちゃん、家にいるとき全然家事しなかったし」
「一人暮らしして自炊するようになったんだよ」
「すごいじゃん。豚肉も甘くて美味しいし、ありがとう」
推しが自分の手料理を喜んでくれている。
じゃがいもも小さすぎたけど、あいみんの一口にはちょうどよかったっぽいな。
「ゆいちゃ、食べないの?」
「あっ・・・すみません、食べます」
ゆいちゃが答案用紙を置いて、手を合わせた。
「いただきます」
「点数のこと気にしてんのか?」
「だって・・・そんなに驚かれると・・・」
大きな目を下に向けて、しゅんとしていた。
まず、堂々とこんな点数見せてくることがおかしいんだけど。
「大丈夫、お兄ちゃんが何とかしてくれるよ」
「えっ・・・俺・・・?」
「だって、言ったでしょ?」
琴美が珍しく頼ってくる。
自分が言った手前、後に引けないだけだろうけどな。
「ね? お兄ちゃん、教えられるって言ったよね? ゆいちゃも点数上がるよ」
「そんなに言うなら、お前が教えたら?」
「私が教えてもいいんだけど、舞花曰く、全然言っている意味わからないらしくて・・・」
「・・・・・」
それはそうだよな。
こいつの場合、天才肌だから、細かい説明を省いてくるんだろう。
「・・・・・・・・」
正直、ここまで悪いとは思ってなかった。
「ここまで悪いとは思ってなかったって思ってますよね?」
「いや・・・」
一言一句その通りなんだが。
「大丈夫、さとるくん、教えてくれるから」
あいみんがぽんとゆいちゃの背中を叩いていた。
「本当ですか・・・?」
「お・・・おう・・・」
琴美とあいみんが真剣な目で訴えてきたら、断れないだろうが。
でも、これは時間がかかりそうだな。
「よかったです。あ、カレーとっても美味しいです」
ゆいちゃがくるっと表情を変えて、笑顔になっていた。
麦茶を飲んで喉を潤す。
気合入れて、教えるか。まず、俺も受験時期の記憶を呼び覚まさないとな。
あいみんの家で、もう一度ゆいちゃの答案用紙を見直していた。
すごい。どう見ても、わかっている感じが無い。
世界史もすごかったけど、英語もなかなかだな。中学レベルもわかっていないのかもしれない。
でも、そんなの責めてばかりじゃ、始まらないし・・・。
1つずつわからないところを潰していくしかないな。
「ど、どうすればいいでしょうか?」
「まずは、全く同じ問題をもう一度解いてこい」
ゆいちゃのルーズリーフに点数と日付を書いていく。
「え? 同じ問題でいいんですか?」
「答えは俺が持っておく」
「あっ・・・」
答案用紙と解説冊子を取り上げた。
「ちなみに、今回の試験で間違えたところ復習したのか?」
「いえ・・・してないです」
だよな。そうゆう勉強の仕方していたら、こうゆう点数は取れない。
ゆいちゃがソファーで膝を抱えながら座っていた。
「すみません、頭悪すぎて呆れてしまいますよね」
「まぁ・・・・驚きはしたけど・・・」
「勉強しても、よくわからないんです。高校生になってから全くついていけなくなっちゃって、もう3年生になっちゃいました。Vtuberの活動に力を入れて、どんどん勉強が後回しになってしまって・・・」
「そうか」
試験用紙の端をいじっていた。
「悪い・・・さっきは言い過ぎたよ。あまりに見たことない点数だから、衝撃的だっただけだ。誰にでも得意不得意はあるもんな」
「え・・・・」
「大丈夫だよ。ちゃんと、頑張れば赤点回避できるって」
ゆいちゃが足を下ろして、こちらを見上げた。
「・・・・今からでも間に合うと思いますか?」
「赤点回避くらいならな。『VDPプロジェクト』の活動と両立も大変だろうから、あまり無理しないようにな」
「ありがとうございます・・・」
「まだ、何か不安か?」
「いえ・・・えっと、頑張るのはわかったのですが、私の点数見てさとるくん引いちゃったりしませんでしたか?」
少し目を伏せがちに言ってきた。
「こんなに馬鹿だったんだなーって・・・」
「そもそも、ゆいちゃが頭いいと思ったことないし」
「むぅ・・・そ、それは、その通りなんですけど」
「まぁ、引きはしないよ。ゆいちゃは、その他で尊敬できる部分たくさんあるしな」
「尊敬できるって?」
「えっと・・・・・・」
口が滑った。咳払いをする。
「と、とにかく、引いてないからちゃんと勉強すること。採点は俺がしてやるから」
「はい、宜しくお願いします。心を入れ替えて勉強しますね」
「無理だけはしないように」
「はい。私、体力あるんで大丈夫です」
満面の笑みをこちらに向けてきた。
『ゆいちゃー、AIロボットくんが呼んでるよー。あれ、そこにいるよね?』
あいみんがモニターの中からこちらに手を振っていた。
「いますよ。今行きます。じゃあ、さとるくん問題解いて持ってきますね。戸締りはあとでりこたんが来るので気にしないでください」
「あぁ・・・」
ゆいちゃが机に乗って、画面の中に入っていく。
「あ、試験問題の時間は測らなくていいから・・・」
聞こえなかったな、多分。
時間測る段階の点数じゃないから、測らなくてよかったんだけど・・・。
わざわざ、測るわけないか。
答案用紙と解説を眺める。真新しくて、高校3年生の解説冊子とは思えないな。
まぁ、どんな答案用紙がくるのか・・・興味半分、怖さ半分って感じだ。
軽く受験生に戻ったような気分だな。




