93 妹、夏期講習のため、連泊決定
「お兄ちゃん、アイス取ってー」
「・・・・・・・・」
「クーラー効きすぎじゃない? 寒いんだけど」
「・・・・・・・」
「あっ・・・新しいノート買ってこなきゃ」
なぜか、妹が家にいる。
「ねぇ、お兄ちゃんってば」
「うるせーな。そっちが勝手に乗り込んできたんだろ?」
「だって、東京の塾の夏期講習受けるのに、泊るところないんだもん」
確かに実家の近くには有名な塾はないが・・・。
俺は行かせてくれたことなかったのに。親父は妹には思いっきり甘い。
・・・・といいながら、アイスを取って、クーラーの温度を下げてるんだけど。
「ほら・・・」
「ありがとう」
「で、勉強のほうはどうなんだ? ん? 英語か・・・」
「数学は先生の言ってることわかるんだけど、英語はなかなか上がらないのよね」
シャーペンを回して頬杖を付いた。
「でも、模試はA判定なんだろ?」
「もちろん。でも、お兄ちゃんの大学の受験性が受ける●●模試とかはB判だし、数学では冊子に名前が載ってるんだけど、英語は載ってないし。物理と数学に頼り切っちゃって」
「・・・・・・・・」
嫌味に聞こえるんだが。
全然、集中力無いように見えるんだけど、天才的に頭がいいんだよな。
英語だって、ぶっちゃけ俺が現役のときよりもいいし。
「別にこっちの塾来る必要ないじゃん」
「違うのっ・・・別に、XOXOの夏休みイベが秋葉原であるから来てるわけじゃないからね。本当に、勉強に来てるんだから」
アイスの袋を開けながら言う。
オタクの本性を現したな。
「どう考えても、それだろ。目的は」
「いつも、勉強ばかりだからちょっとくらい息抜きが必要なの」
「前もプールに来たばっかだろ?」
「お兄ちゃんだって、受験生のとき佐倉みいな追いかけてたじゃない。XOXOのハルは勉強を教えてくれるんだもん」
「・・・・・・」
それを言われると、言い返せない。
「モチベーション維持には目標が必要なの。あ、お兄ちゃん明日、秋葉原に連れて行ってね」
「はぁ? それくらい、自分一人で行けよ。行き方わかるだろ?」
「どうせ暇でしょ? バイト休みだって言ってたじゃない」
琴美のために休みにしたわけじゃないんだが・・・。
もっと、従順で性格のいい妹だったらよかったのに。
舞花ちゃんみたいに・・・。
「それに・・・」
「なんだよ」
「もし、どうしても連れて行かないって言うなら、『もちもちサークル』の踊ってみたにお兄ちゃんが出ていること、親族中に言いふらすから」
妹から、やばい単語出てきた。
「っ・・・・見たのか?」
「たまたま見たら、お兄ちゃん出てきたからびっくりしたよね。共感羞恥っていうか、こっちが恥ずかしくなってきたもん」
「・・・・・・・」
「安心して、毎日見てるから。再生回数、もう15万回突破してるし。本当、こんな世紀末みたいな踊ってみたが15万回いってるなんて、みんなどんだけ病んでるんだろうね」
それな。
冷蔵庫から麦茶を出して注ぎながら、肩を落とす。
最悪だ。妹に弱みを握られてしまった。
「あーあ、お兄ちゃんがYoutuberかー」
「ノリだよ。学生のノリ」
「なんか、面白そう。私もお兄ちゃんと同じ大学入ったら、『もちもちサークル』入ろうかな」
「残念だけど、女子はいないからな」
「冗談に決まってるじゃない。お兄ちゃんと一緒とか、寒気がする」
ぶるっと身を震わせた。
俺だって、琴美があの空間にいることを想像するだけで、悪寒がする。
「お腹すいちゃった。夕食の材料買いに行こうかな」
「勉強しなくていいのか?」
「じゃあ、お兄ちゃんが作ってくれるの?」
琴美が赤シートで仰ぎながら言う。
いつも適当に野菜炒めたり、肉炒めたりするくらいだからな。
料理っていうなら・・・。
「・・・カレーとかなら・・・」
「仕方ないな、作ってくれるならカレーでいいよ。よろしく」
「・・・・・・・」
なんでこいつはこんなに偉そうなんだよ。
「そういえば、舞花がお兄ちゃんに会いたいって言ってたよ」
「えっ?」
麦茶をこぼしそうになった。
「今年の11月に新曲を出して、Vtuberとしてデビューすることが決まったんだけど・・・『VDPプロジェクト』今、すっごく人気でしょ? Vtuberのこととか話したいんだって。お兄ちゃんオタクだから、界隈のこと詳しいでしょ?」
「あ・・・あぁ・・・」
11月っていったら、もう半年ないだろ。
どんな曲でデビューするんだろう。
「舞花ちゃん、東京来てるの?」
「これからたまーに来ることになるって。あ、来週来るんじゃないかな? 聞いてみよ」
スマホを触っていた。
琴美の中で、俺と舞花ちゃんの間は何もないんだろうけど、舞花ちゃんに告白されてるんだよな。
なんとなく気まずいと言うか・・・。
別に返事を急がれているわけじゃないから、あまり意識しすぎるのも変だけど。
「おっじゃましまーす。あいみん登場」
「続いて、ゆいちゃも登場」
あいみんとゆいちゃが勢いよく入ってきた。
「はっ、あいみさん。これは女ものの靴です」
「えーって、あれ? 琴美ちゃん来てたの?」
「琴美ちゃん、久しぶりー」
「あいみさんとゆいちゃ」
琴美が急に背筋をピンと伸ばした。
「すみません、散らかってて。あー、この辺も汚い」
「いいよいいよ。そんな細かいところ見ないよ」
「2人とも、よくお兄ちゃんの家に来るんですか?」
「うん。夜中とかね」
誤解を招きそうな言い方を・・・。
「夜中!?」
「配信の感想聞きに来るんだよ。な」
「そう。この企画よかった? とか、こうゆう企画やるんだよ、とか」
あいみんがソファーに座ってにこにこしていた。
ゆいちゃがだぼっとしたTシャツの裾を結びながら、琴美のノートを覗き込む。
「わ、お勉強中だった?」
「大丈夫、休憩してたから」
「すごーい、こんな英文読めるの?」
「大したことないよ。そんなに難しくないから」
さっきまで苦労してたくせにな。
パソコンの椅子に座って、足を組んだ。
「私、一行も読めません」
「それはやばいだろ」
「え・・・・」
「ゆいちゃは、夏休み補修なんだよね。赤点取り過ぎて」
「・・・・はい・・・ちゃんと勉強します」
「マジか・・・赤点って存在するのか?」
俺と琴美が呆然としていた。
珍しく、兄妹でシンクロしたと思う。
「えっと、でも、ほら、私だって古文とか漢文は勉強してないから読めないし。ね、お兄ちゃんだってそうでしょ」
「そうだな。古文と漢文は切り捨てたしな」
慰めになってないと思うんだけど・・・。
「うぅ・・・私の場合、全教科赤点なのです」
「えっ、得意な教科、無いの?」
「体育なら得意ですよ。あと、音楽も得意です」
腕を振って訴えてきた。
「勉強は頑張れるなら頑張っておいたほうがいいと思うけどな。今すぐ使わないにしても、勉強する過程が大事というか・・・」
「そうですよね・・・でも、壊滅的にわからないんです。まず、数学の三角関数からわかりません」
・・・・・・。
結構序盤だ。所々、おバカな気がしていたが、ここまでとは・・・。
「私も、あまり勉強はできないけど、赤点っていうのは取ったことないし」
「うぅ・・・どうしましょう。私、人として失格なのかもしれません」
「わわっ・・・、よしよし。大丈夫、ゆいちゃは頑張ればできる子だよ」
ゆいちゃがあいみんに抱きついて、頭を撫でてもらっていた。
うーん・・・俺が教えれば・・・。
「お兄ちゃんに教えてもらったら?」
「え?」
「頭だけはいいから。頭だけはね」
「そうだよ、さとるくんに教えてもらいなよ」
あまり人様に教えられるくらい、説明が上手くないんだが・・・。
「でも、さとるくんに悪いです。私、本当に頭が悪いので」
「いいよ。この前まで受験生だったから知識はあるし、今は夏休み期間で、特に授業が忙しいわけじゃないからな」
「い、いいんですか?」
「あぁ」
ゆいちゃがぱっと明るくなってこちらを見上げる。
「嬉しいです。じゃ、はりきって勉強しますね。頑張ります、期末テストの結果持ってきますね」
立ち上がって、ぱたぱたしながら家を出ていった。
「私も今日は琴美ちゃんの勉強の邪魔したくないから、先帰ろうかな」
「あ、お兄ちゃんがこれからカレー作ってくれるんです。よかったら食べていきませんか?」
「さとるくんが料理!?」
「あぁ、まぁ・・・」
一気にハードルが上がった。
琴美に食わせるくらいなら適当でいいと思ってたのに。
「じゃあ、お言葉に甘えて・・・へへへ、楽しみ」
「俺、材料買ってくるから」
「いってらっしゃーい」
家の鍵と、財布をポケットに入れて玄関のほうに向かった。
推しに食べさせるカレー。推しに食べさせる・・・。
カレーだけは作れるんだが・・・しばらく作ってないから。心配になってきた。
最悪、琴美に味見させて、どうにかしてもらうか。




