92 コンプレックスはステータス?
大学生の夏休みって予定入れなきゃ、何にもすることないよな。
バイトばかりだった。
帰りの支度をしていると、安月さんに話しかけられた。
「よ、磯崎、もう上がり?」
「はい、今日はお客さん少ないので早上がりさせてもらいました」
「そっか。お疲れー。あー、今日は『VDPプロジェクト』の配信無かったな」
安月さんがジンジャエールを飲みながらスマホをいじっていた。
一瞬、スマホのロック画面が見えたんだけど・・・。
「てっきり、配信あるから早く帰ろうとしてるんだと思った」
「あれ? 安月さんってのんのん推しでしたよね?」
「そうなんだよー。でも、最近はゆいちゃ推しでさー、ほらロック画面も、ラインの背景もゆいちゃで」
「・・・・あ・・・そうなんですね」
ゆいちゃの座っている画像と、部屋着でウィンクしている画像だった。
俺でさえロック画面をあいみんにするのは避けてるのに、かなり堂々としたオタクだな。
「磯崎はあいみん推しだもんな」
「はい」
「Vtuberの良さを知るたびに、ゆいちゃに沼落ちしていくって言うかさー。にこにこ励ましてくれる嫁って言うの? のんのんみたいな、ちょっとツンデレもいいんだけど、ゆいちゃみたいな可愛くて元気な子に癒される気分なんだよな」
「はぁ・・・・」
安月さんが語り出してしまった。
「えっと・・・ゆいちゃの配信リアタイしてるんですか?」
「もちろん、この前水着回だったよな」
「そうでしたね」
「マジで可愛いんだよな。妹キャラで可愛いのに、水着になったらスタイルいいし。意外とおっぱいも大きいっていう、そのギャップがいいんだよな。あ、俺は紳士的なオタク目指してるから」
親指を立てて、にっと笑った。
Vtuberの話をしているとは思えないくらいのイケメンスマイルを向けてくる。
「あー安月さん、磯崎君お疲れ様です」
「お疲れ様」
専門学校に通う女の子が休憩で入ってきた。
少しギャルっぽい子で、話したことは無かったけど・・・。
「見て見て、これ、俺の嫁」
「へぇー可愛いですね。安月さんって意外とオタクなんですね」
「まぁな。Vtuber、全力で応援してるからよろしく」
「ふふふ、いいですね。最推しはこの子なんですか?」
イケメンなら何でも許されるのな。
押す気持ちは全然負けてないんだけど、俺にはできない芸当だ。
「特にゆいちゃ推しだから。ゆいちゃのいいところは・・・・」
「・・・・・・・・」
ゆいちゃの魅力について語り出していた。まぁ、そうだよな。
安月さんの好みは大人な女性だと思っていたから、まさかゆいちゃに沼落ちすると思わなかったけど。
「さとるくんは大きなおっぱいと小さなおっぱいだとどっちが好き?」
「えっ?」
今、推しにすごいことを問われてる。
家に帰って数分後、あいみんがドタバタ入って来て詰め寄ってきた。
りこたんが隣で必死にあいみんを宥めていた。
「ど、どっちって言われても」
「さとるくんもやっぱりおっぱいの大きさが大事なの?」
「え、何の話か・・・」
混乱して頭を掻く。
「あいみん、さとるくんそんなの急に言われても困るから」
「でもー、でもー」
あいみんが目を潤ませて眉を下げた。
「どうしたの?」
「水着配信コメで、あいみんのおっぱいが小さいってことが書かれたの。もっと大きい設定にしたほうがいいんじゃないかって。成長期に期待、とか」
「うぅ・・・大きくできるならしたいもん。設定とか言われても」
辛辣なこと書く人もいるな。
こんなに一生懸命頑張ってるのに・・・傷つけるようなことを書くなんて。
「そうゆう誹謗中傷ってAIロボットくん弾いてくれないの?」
「アンチコメ・・・にしてはグレーゾーンって判断で弾けなかったみたい。まぁ、私たちも普通のアンチは慣れてるんだけど」
「おっぱいのこと言うのは無し。コンプレックスなのに・・・ひどいよー」
「胸の大きさは関係ないって。あいみんはあいみんなんだし、可愛いんだから気にすることないよ。そいつらだって、ただ、なんか言いたいだけじゃん」
「そう・・・?」
「全然気にすることないって。そいつだって、絶対普段はあいみんのこと可愛いって思ったりしてるんだから」
「ほら、小さいのが好きって言う人もいるんだから、気にすることないって」
りこたんがあいみんの頭を撫でていた。
なんか、ちょっと違う気がしたけど、まぁ、いいや。
「わー、やっぱり二人ともここに居ました。おじゃましまーす。今日は配信オフデーなのです」
ゆいちゃが勢いよく入って来た。
あいみんとりこたんの前で、きょとんと首を傾げる。
「あれ? みなさんどうしたんですか?」
「あいみんがおっぱい小さいって言われたの気にしていて・・・」
「でも、さとるくんは小さいのが好きだよって話してたの」
「!!」
小さいのが好きってのは言ってない気がするんだけど。
いや、別に胸の大きさなんて関係ないし。
せっかくあいみんが立ち直ったんだし、このままにしておくか・・・。
「ふーん。さとるくんって小さいおっぱいが好きなんですね」
「・・・・・・」
嫌な目つきで、こちらを見ている。
絶対、何か企んでる。
「ん? なんか、ゆいちゃがおっぱい触ろうとして来てる気がする」
危険を察知したあいみんがりこたんの後ろに隠れた。
「あっ、あいみさん鋭いです」
「もう、私を巻き込まないでってば」
「捕まえた」
「きゃっ」
ゆいちゃがりこたんに抱きつくと、あいみんがささっとかわした。
「ふっ、ゆいちゃの行動パターンは読めてるの。さとるくんの前ではしないって約束したのに」
「ちょっとツンツンしたいだけです。素早さなら私も負けてないですから」
「わ、わ、私は部外者だからね」
3人がきゃっきゃしながら騒いでいた。
たぶん、ゆいちゃが全面的に悪い。
「はぁ・・・・・・」
「ふぅ、いい運動になりました」
あいみんとりこたんがゆいちゃに体力負けして、帰ってしまった。
俺も見ているだけで疲れた。
テレビに集中して、なるべく見ないようにしてたけどな・・・。
「で、さとるくん、小さいおっぱいが好きなんですか?」
ゆいちゃがソファーに座りながら、お茶を飲んでいた。
「私はいいと思いますよ? あいみさん小さいですしね」
「そうだなー」
「・・・・・・」
ゆいちゃがするっとじゅうたんの上に降りてきた。
隣に座ってじいっとこちらを見てくる。
「あいみさん小さいですしね」
「なんで2回言うんだよ」
「大事なことなので2回言いました」
頬をぷくっと膨らませていた。
「で、でも、大きいほうだっていいと思うんですよ。私個人の意見ですけどね。例えば、例えばですけど、私くらいの大きさも、人気なんですよ」
「ゆいちゃって何カップなの?」
「そんなこと女子に聞くなんて」
「自分で言ってきたんじゃん」
「・・・・・・」
ゆいちゃが少し目を逸らして、自分の胸を押さえた。
「アルファベットの7番目です。でも、今太ってるからです。もうちょっと小さくなる予定です・・・・」
自信なさそうに言う。
Gカップか・・・。かなり大きいな。小柄なのに・・・。
「胸の大きさとか関係ないって」
「そうですよね。私もさとるくんが小さいのが好きって言ったこと気にしてるわけじゃないですよ。全然そうじゃないです」
前髪をぐしゃぐしゃさせていた。
「・・・・・」
「じゃあ、じゃあ、プチ情報を教えてあげます」
ゆいちゃが耳に口を近づけてくる。
「・・・・ってこともあるんです。私の場合は・・・だから・・・になっちゃって」
えっ・・・・・。
「・・・・となって・・・になってしまいます」
「!?!?!?!?」
息を止めて、後ろに下がった。
全然プチじゃない。大砲だろ。
毎回、ゆいちゃのこの暴露話ってなんなんだよ。
「想像しちゃ駄目ですよ」
「しないって」
「へへへ、じゃ、おじゃましましたー」
すっと立ち上がって、家から出ていった。
「・・・・・・・」
何言ってるんだよ。想像するに決まってるだろうが。




