91 ヴァンパイアになってみる?
「ヴァンパイアになった女の子が、色々葛藤しながら、クラスメイトの子の血を吸って次々ヴァンパイアにしてしまうのです。私が考えた話なのです。すごくないですか? いいと思いませんか?」
「・・・いいっつーか・・・」
「ん? 何か変ですか? いい話すぎてびっくりしましたか?」
「・・・・・・」
頬杖を付いて、パソコンの椅子を回す。
ゆいちゃが家に入ってくるなり、自慢げに『ヴァンパイア』のフリのストーリーについて語り出した。
「なんかどこかで聞いたような話というか・・・普通すぎて」
「えっ、どこがですか? とてもオリジナリティがあると思うんですけど。クラスメイトをヴァンパイアにしてしまうなんて、私しか考えられません」
「・・・・・・」
なんだ? この自信満々で馬鹿な感じ。
一切の曇りもないような声で言ってるんだけど・・・。
「本・・・とか読んだことある?」
「活字は苦手です」
堂々と言って、ソファーで足を組んでいた。
「むむ・・・じゃあ、こうならどうです? クラスメイトの女の子が友達の男の子の血を吸って、ヴァンパイアにして、二人で逃亡する話。新しく考えました」
「なんか・・・・もっとひねりとか無いの?」
「ひねりって・・・例えばなんですか?」
首を傾げていた。
「例えば・・・か」
「はい」
「そうだなぁ・・・・」
頭をフル回転させる。
ちょっと前のめりになってじーっとこちらを見つめてきた。
「ヴァンパイアが教師だったりとか・・・ほら、最初に女の子の血を吸った黒幕が教師で、次々ヴァンパイアに変えていくとか」
「はっ、教師が生徒を襲うだなんて・・・」
口を大きく開けてオーバーリアクションしてきた。
「さとるくん、日ごろからそんなこと考えてるんですか?」
「た、例えを聞いてきたのはそっちだろ?」
ペットボトルの蓋を落としそうになる。
ゆいちゃがちょっと不機嫌になりながらソファーに座り直した。
「ふうん。さとるくん、年上の女の人が好みなんですか・・・」
「いや、好みっていうか・・・年上とは・・別に・・・」
頭を掻く。
「じゃじゃーん、あいみん登場。あ、ゆいちゃもここにいたんだ」
あいみんがぺたぺた歩いてきて、ゆいちゃの横にちょこんと座る。
「何話してたの?」
「今、さとるくんが女教師に襲われてヴァンパイアになりたいから、どうすればいいかって話してたんです」
「えぇ!?」
「違う違う、全然、これっぽっちも、そんな話してないから」
慌てて、否定する。何もかもが違う話になっている。
あいみんが女教師、ヴァンパイア・・・と小さく呟いていた。
「ゆいちゃが『ヴァンパイア』って曲のフリのストーリー考えたって言うから、聞いてたんだよ。ありきたりだって言ったら、ゆいちゃに例えを出してって言われて」
「女教師が出てきました」
「女とは言ってないだろ? 教師だよ、教師」
むきになって反論すると、あいみんがまぁまぁと止めに入った。
なんか、ゆいちゃが機嫌悪いんだよな。
自分から聞いてきたくせに、変な妄想まで始めるし。
「じゃあ、みんなでヴァンパイアになりきってみよう。踊ってみたのために」
「えっ?」
俺とゆいちゃが同時に声を出した。
話す人間違えた。そういや、あいみんもド天然だった。
「踊ってみたやるんだから。はーい、じゃあ、私、ヴァンパイアの教師役やるから、二人は生徒ね」
にこにこしながら決めていった。
「・・・・・・・」
マジか、俺まで巻き込まれんの?
踊るつもり無いんだけど・・・。
あいみんが咳ばらいをして、立ち上がる。
「くくく、この学校には美味しい血の人間がたくさんいるわね」
「・・・・・・・」
「みんなヴァンパイアにしてあげるわ」
スイッチが入ったようだ。歩き方も、全然違う。
完全に、役になりきっていた。
「まずは、そこの、君・・・」
「っ・・・・・・」
さらっとした髪が、頬にあたる。あいみんがすうっと首を撫でてきた。
「美味しそうね、血を吸ってあげるわ」
「あいみん・・・」
悪い顔で、視線を落とす。
すごい。さすが、人を惹きつけるだけあって、女優みたいだ。
「あいみ先生でしょ?」
「っ・・・・」
あいみんが首筋に顔を付けようとして口を開けた。
エロいのに、か・・・可愛い。これなら、喜んでヴァンパイアになるだろ。
ゆいちゃが、ジト目でこちらを見ている。
「っと・・・・」
「あ・・・わー、なんかなんか、役になりきっちゃったけど、なんだかやっぱり恥ずかしい」
あいみんが急にはっと我に返って、体を離した。
顔を覆って、体をふるふるさせる。
「・・・えっと・・・私、も・・・戻るから・・・あ、さとるくん、配信ちゃんと見てね」
さっきまでの色気とかどこ行ったのかわからないくらいの、慌てようだ。
謎に、腕とか伸ばしていたし。
「よし、じゃあまた後で」
「う・・・うん・・・」
耳まで真っ赤にして、転びそうになりながら家から出ていった。
びっくりした。あいみんがあんな風に演じ分けできるなんて・・・。
「随分楽しそうでしたね」
「・・・・ゆいちゃが仕向けたんだろ?」
「はいはーい。ストーリーでは、可愛い女教師に血を吸われて、ヴァンパイアになったさとるくんが私をヴァンパイアにするんですよー」
俺が『ヴァンパイア』って曲を聞く限り、そうゆうストーリー性は全くなかった気がするが・・・。
てか、こんなのが本当に踊ってみたに反映されるのかよ。
「もういいだろ。あいみんもいなくなったし」
「あいみさんにかぷって齧られて、満足しちゃったんじゃないんですか?」
「違うって・・・」
実際に、あいみんは首には触れていなかったんだけど。
ゆいちゃの位置からはそう見えてもおかしくなかったか。
「私をヴァンパイアにしなきゃ話が終わりませんよー。早く早くー」
足をぱたぱたさせながら両手を広げた。
「できないんですかー? 臆病なヴァンパイアですね」
「・・・・・・」
こうやって、すぐに挑発してくるんだよな。
「わっ」
ゆいちゃの横に座って、ソファーに手を付く。
「さとるくん? あっ・・・」
「ゆいちゃもヴァンパイアになるんだろ? じゃあ、俺が血を吸ってやる」
「え・・・あ・・」
小さな声を出していた。
髪を触りながら、首筋に顔を近づけると、びくっとしていた。
「んっ・・・・」
いい匂いがする・・・が、ちょっと震えてるな。
ちらっと見ると、身を硬直させていた。
こんな怖がるなら、何も言ってこなければいいのに。
体を離す。
「わかったか? こんな感じだ。懲りただろ?」
「えっと・・・」
ゆいちゃがシャツを抓んできた。
「いいよ。吸っちゃっていいよ、もう無理もう無理だって言わせてほしい」
「は?」
「えーっとあと、きみ以外では絶対にいけない、絶賛させてよ」
「!?」
な・・・急に何言ってるんだ?
視線をじっと合わせてきた。
頬をピンクにさせて、いっぱいいっぱいなところとか、めちゃくちゃ・・・。
「歌詞です。そうゆう歌詞があるのです。歌詞を言ってみました」
「あ・・・あぁ、歌詞ね」
「わ・・・私が、考えたわけじゃないですから」
「わかってるって」
心臓止まるかと思った。なぜ、このタイミングで?
冷静になってみると、おかしいことに気づくけどさ。
文才なさそうなゆいちゃに、そんな言葉思いつくわけないんだから。
軽く息を付いて背もたれに寄り掛かる。
「さとるくん、ここかぷってしてもよかったのですよ?」
ゆいちゃが短い毛先を避けて、首を見せてきた。
「いいって」
「へへへ、さとるくんのヴァンパイアはちょっとくすぐったかったです」
にこにこしながら、こちらを覗き込む。
まんまと、ゆいちゃに乗せられるところだった。
「ふぅっ、いい練習になりましたー」
ゆいちゃが伸びをしながら立ち上がる。
「じゃ、踊ってみた楽しみにしててください」
「あぁ」
少し跳ねながら、家から出ていった。
お茶に口を付ける。
最近、ゆいちゃが推し越えしようとしてくるから、困るんだよな。マジで。
 




