8 Vtuberりこたん
配信が終わると、ピンポーンとチャイムが鳴って、出るとあいみんが立っていた。
「ごめーん、さとるくん」
「どうしたの? まだHPできてないけど・・・」
「忙しいのにごめんね。コンビニに行く用事とかないかな?」
「え?」
「もしあったら、ワッフル2つ買ってきてほしいな・・・とか。来客が来るの忘れてたの、配信後の機材トラブルで・・・私、家にいなきゃいけなくて」
袖を掴んで、うるうるしながらこちらを見上げる。
「・・・あぁ、俺もちょうど行こうと思ってたし」
「ありがとう。このお礼はいつか必ず」
500円玉を渡してぎゅっと手を握りしめてきた。
後でね、と言って、隣の家に戻っていく。
あいみんと手が触れたのは2回目なんだけど、ちっちゃくて柔らかかったな。
この500円玉は記念に取っておいて、他の500円玉を使おう。
ま、来客ってなんだろう・・・。
あいみんのためだし、いいや。
こうやって頼ってきてくれるし、推しが隣の家に住んでることを楽しもうと思った。
頼まれたワッフルと、チョコレート菓子と自分用のお茶を買ってあいみんの家の前に立つ。
深呼吸をして、自分のお茶だけ抜いておく。
チャイムを鳴らすと、すぐにあいみんが出てきた。
「ありがとう。チョコレート菓子もいいの?」
「うん、嫌いじゃなければ」
「わぁ、ありがとう!」
あいみんは笑顔が一番だ。
「あいみんのプロフィールに好きな食べ物はプリンとチョコレートって書いてたじゃん」
「へへ、嬉しい」
「そういえば、機材トラブルは大丈夫だった?」
「AIロボットくんに任せちゃった」
ペロッと舌を出した。
んなことより、こんな遅くに客人だなんて誰だ?
まさか、男? いや、あいみんがそんなことするはず・・・。
今、あいみんに男の影があったら立ち直れない。
玄関を見ないようにしながら、じゃあ、と立ち去ろうとすると引き留められた。
「上がっていいよ」
「え・・・? うん・・・」
ほわほわとした笑顔でこちらを見る。
白い簡易テーブルの下に、座布団が3つ並べられていた。
え、男を呼ぶとかだったら、ベランダから飛び降りそうだ。あいみんに限ってそんなことないと思うけど。
「きゃ・・客人って誰が来るの?」
「あれ? 言ってなかった? りこたんだよ」
「神楽耶りこ?」
座布団に正座して背筋を伸ばす。
りこたんってあの・・・結城さんの推しのVtuberだよな・・・。
「なんかね、さとるくんがHP作ってくれるんだって話したら、会いたいって言われて」
「え・・・そのモニターって、そんな行き来できるの?」
「みらーじゅプロジェクトのモニターはすごい技術が搭載されているからね。あ、来るって」
「り、りこたんが・・・」
ぐっと緊張感が走った。
あの知的で真面目なVtuberがどうやって出てくるんだ?
モニターの電源がばちっと点く。
りこたんが映画リ○グの貞○みたいな感じで出てきて、飛び上がりそうになった。画面から這いつくばって出てくるやつだ。
うっすら「きっとくる」ってBGMも鳴っている。
完全にパロディだな、これ。
「もうーりこたん。私、そんなの怖がらないって」
「前は怖がってたのに。ほら、逃げ出しちゃったじゃない」
「いつの話し? もうっ・・・・」
髪をまとめ直して、よいしょよいしょ、と出てきた。
あいみんがキーボードを避けている。
「・・・・・」
もっとクールなイメージだったんだけど・・・。
意外な感じだった。
ぼうっと眺めていると、目が合った。
「お、お、男?」
机に座って、こちらを指してきた。
「どうゆうこと? あいみん、ねぇ、さとるくんって男なの?」
「へ?」
「男だよー」
「私てっきりさとるくんって女かと思ってたのに」
頬を包んで首を振る。
さとるくんってどう考えても男の名前の気がするんだけど。
「あいみんが男といるなんて信じられない。私のあいみんに何したの?」
睨まれた。
「な、何もしてないって」
「りこたん落ち着いて。さとるくんそんなんじゃないって」
あいみんが背中をさすってなだめていた。
「これじゃあ、女子会にならないじゃない」
「・・・・・」
居にくい。
本当に仲良かったんだな。
「うーん、じゃあ、さとるくんを女だと思えばいいよ」
「え・・・・・」
「ま、仕方ないわね。そうしましょう」
神楽耶りこが目の前に座る。
何気にすごいこと言われたけど、推しが言うんだからそうゆう感じでいこう。
あいみんがお茶をついで、テーブルに並べた。
「あいみんとは本当に何もないのね?」
お茶をむせた。
「お、推しだよ。推し。それ以上でも以下でもない」
「へへへー推しだって」
体を左右に揺らしながら喜んでいた。
「ところで、さとるくん?」
「なんでしょうか」
「HP、どう?」
このひきつった表情は・・・・・・。
あいみんのHPがダサいとわかってて聞いてるんだと判断した。
「え・・・とわからないこと(LinkのフォルダもCSSのフォルダも階層がめちゃくちゃで)もありますけど、勉強なんで」
「(あの階層は何も考えずに勝手にたくさん作ったものだから)・・・自由に使っていいからね」
「(ぶっちゃけ一から作るつもりで)頑張ります」
「(あいみんのソースが無くなってちゃんとしたものになってから)何かわからないことがあったら聞いてね」
「ありがとうございます」
「むむ? 今、私のわからないところで何か会話があった気がするんだけど」
「気のせいよ」
りこたんがワッフルをあいみんの口に突っ込むと、美味しいと言ってへらーっとしていた。
神楽耶りこ、確かに頭がいいな。
行動がスムーズだし、隙が無い。
「俺の大学の子にりこたん推しがいるんだけど、なんか女子にもてるのわかる気がするな」
「え、私の推し?」
急に動揺していた。
「私も自分の推しに会ってみたいな、女子なの?嬉しいんだけど大学に行けば会えるの? 私も行ってみたいな、情報系の大学に言ってるんだっけ? パソコンから覗けたりするのかな? 今度やってみようかな?」
「・・・・・・」
「とか、私がこんな口調で話し出したら引いちゃったりするのかな。どうしよう推し止めるとか言われたら立ち直れないんだけど。でも、会ってみたいって気持ちはあるの。すごいあるんだけどどうしたらいいかわからないの」
髪で顔を隠しながら超高速早口で言う。
「さとるくんはあいみんの推しだもんね?」
「え・・・も、もちろん」
あいみんのほうを見る。もふもふお菓子を食べてる。何してても可愛い。
「じゃあ、よし。りこたんにその子、会わせてあげよう」
「え?」
「本当?」
「うん」
「ちょっと待って、ちょっと待って」
声を張って止めた。
結城さんとりこたんが会うことが、テンポよく決まってしまった。
「ど、どうやって? 俺が家に誘うのは無理だよ、ここで会うことはできない」
「それもそうね」
「じゃあ、学校に行ってみよっか? 私、行ってみたいんだよね。だって、覗いたことしかないでしょ?」
「そうしましょ。私も一度、大学っていうものを見てみたかったの」
「・・・・・・」
うちの学校の食堂なら、一般開放してたな。
ランチに来る子供連れの主婦もいたし・・・いいんだろう。
「一応、大丈夫けど・・・・・二人とも、ちゃんと変装してね?」
「もちろん、ふふ、楽しみね」
「任せて。コスには定評があるんだから」
コス求めてないんだけど。いや、見たいけどさ。
あいみんがにやっとすると、心配でしょうがなかった。
配信で使ってる猫耳とか付けてきたらどうしよう。
学校では絶対に浮くな。比較的変人の多い大学ではあるけど、猫耳は見たことがない。
「・・・・・・・」
「私がちゃんとしてるから大丈夫よ。任せて」
りこたんがすかさずフォローしてくれた。
安心してお茶を飲んでいると、学校行く服装決めたいからって追い出されてしまった。
もじもじしているあいみんが可愛すぎたから、それはそれでよかったんだけど・・・。
マジで二人が学校に来るのか・・・。大丈夫か?
変に緊張するな。
でも、結城さんはりこたんガチ勢だし、会えたら死ぬほど喜ぶだろうな、と思っていた。