88 夏休みの海②
「で、何してんのゆいちゃ?」
「お腹が空いて我慢できなかったので、さくっと食べて戻ろうと思ってました」
なんつーマイペースな奴なんだよ。
「はぁ・・・・」
慌てて探しに行ったものの、ふらっと入った海の家で速攻ゆいちゃが見つかった。
フランクフルトを食べていて、口の周りにケチャップが付いている。
つい数分前までの緊迫感、返してほしいんだけど。
ナンパされたのかとか、溺れたのかとか、めちゃくちゃ心配したし。
家族連れが多いとはいえ、ゆいちゃも目立つからな。
「みなさんは?」
「探してたから、今、ゆいちゃが見つかったってLINEしてる。あとで謝っておけよ」
「・・・はい。申し訳なかったです」
スマホで結城さんに連絡すると、よかったーっと帰ってきた。
「どうして、一言も言わずに来たんだよ」
「だって、みんな楽しそうだったので・・・すぐに戻るからって思って。さとるくんも、あいみさんと楽しそうなの邪魔したら悪いですし」
「ったく・・・」
変なところを気遣うんだよな。
「心配するから止めろよ。ここはみらーじゅ都市みたいに安全じゃないんだからな」
「ごめんなさい」
しゅんとして頭を下げた。
隣の席に腰を下ろす。
「さとるくん、先、戻ってていいですよ」
「いいよ。それ、食べるくらい待ってるから」
「・・・・・・・」
小さな口でちょっとずつ食べていた。
時間がかかりそうだ。
「あいみさんといなくていいんですか? 推しの水着を間近で堂々と見られるなんて、めったにないチャンスですよ」
「まぁなー」
「むぅ・・・いつも配信で見てるのに、もっと見たいだなんて欲張りですよ」
「どっちだよ。自分で勧めてきたんだろうが」
「・・・・・ん? あれ? わからなくなってきちゃいました」
頬杖を付いて、海のほうを眺めていた。
そういや子供のころ、海に来たときも、琴美と舞花ちゃんが迷子になって探したことあったな。
あのときも青ざめだんだ。黙って、勝手に海の家に行くから。
まさか、この歳で同じような経験をするとは思わなかったけど。
「・・・・どうしたんです? 好みの女の子でも見つけたんです?」
「違うって、小さい頃、妹と海来たときのことを思い出してたんだよ。弟が小さかったから、母親がつきっきりで、俺が琴美の面倒見てたんだ」
「1歳しか違わないのに、ですか?」
「子供のころの1歳は大きいんだよ」
ゆいちゃがフランクフルトを食べ終わって、水で流し込んでいた。
すっと立ち上がる。
「ふぅ・・・ごちそうさまです。ゴミ捨ててきますね」
ゆいちゃが棒とプラスチックケースを捨てて戻ってくる。
「さとるくん、私は子供じゃないですからね。15歳を過ぎれば、女子のほうが精神的に大人なのですから」
「口にケチャップつけて言うなって。ほら・・・」
隣の席からペーパーを抜いて渡す。
「あっ・・・」
拭こうとした手を止めた。
「さとるくん、ちゅうして取ってくれてもいいのですよ」
「なっ・・・・」
「顔、赤くなってます」
にやりとして、上目遣いしてきた。
隙あらばからかおうとしてくる。
しかも、こんなに人が多い海の家で・・・。
ペーパーを口に押し付けた。
「っ・・・いいから、戻るぞ」
「へへへ、はーい」
コンパクトミラーで見ながら、ケチャップを拭きとって、駆け寄ってきた。
テントの位置に戻ると、みんながビーチボールで遊んでいた。
ぴょんぴょん飛び跳ねている。
「あー、ゆいちゃだー心配したんだからね」
あいみんが両手を広げてゆいちゃに抱きつく。
「ふへぇ、ごめんなさい」
「本当、駄目よ。ちゃんと言ってから行かないと、心配するでしょ?」
りこたんがゆいちゃの頭をぽんぽんと撫でていた。
みんなの妹って感じだよな。本人は女子のほうが精神的に大人って言ってたが・・・。
のんのんがビーチボールを拾って近づいてくる。
「ん? あいみ、ここの紐緩んでない?」
「え? うわっ・・・」
ゆいちゃから離れると、するするっと水着が解けそうになっていた。
ささやかな胸がちらっと見えそうになったとき・・・。
「はっ、あいみさんっ」
ゆいちゃが、ぱっと水着をあいみんの胸に押し付けた。
「危なかったです・・・」
「わっ」
神業的な対応だった。ものすごい反射神経だ。
少し惜しい気もするが・・・。
「あわわ、ゆいちゃありがと。びっくりした。さ、さとるくん、見えてないよね?」
「見てない見てない」
ちょっと、見えた。エロかった。
今日、目を焼かれるんじゃないかと思うほどの火力だった。
目線を逸らしながら、周囲を確認する。
こっちに注目している人はいない・・・と。
まぁ、みんな自分たちのグループで盛り上がってるよな。
「あっと、俺、あっちに行ってるから」
「う・・・うん」
あいみんが俯きながら声を絞り出す。
「結び直してあげるわ。ちゃんと、合わせてきたのに」
「ビーチボールのせいだよー。おっぱい揺れたから」
「揺れるほど無いでしょ。結び方が甘いの、前も注意したのに」
あいみんが胸を押さえながら逃げるようにテントの中に入っていった。
とても尊い推しの姿だったが・・・動画には残らないのが悔しいところだ。
アーカイブがあったら見たかった。とは、言えないが。
今のシーン見たのが俺だけってバレたら、ファンから海に沈められそうだな。
「私、のど乾いちゃったからジュース買ってくるね」
りこたんが手で首元を仰いでいた。
「あ、私も行くよ。磯崎君、この辺に自販機とか見かけた?」
「あぁ、海の家の裏にあったよ。あの、大きなかき氷売ってるところの裏側」
「ありがと。みんなの分も買ってくるね。水分補給しなきゃ脱水症状になっちゃう」
りこたんと結城さんが、長めのパーカーを羽織って、砂浜を歩いていった。
・・・・・。
「さーとーるーくん」
ゆいちゃが、じとーっとした目で見上げてくる。
「な・・・・なんだよ」
「動けなくなっちゃったんですか? こんなところでムラムラしちゃだめですよ」
「し、してないって」
「・・・・・・」
断言できないけど、あいみんの事件だけではない。
「普通なら、ペットボトルとか重いものは、男子が運ぶものじゃないんですか? すぐ動けなかったからじゃないですか?」
「違うって。そうゆうわけじゃないから」
「顔、真っ赤です」
「・・・・日焼け止めオイル塗ってないからな」
さっきまで遊んでいた浮き輪の砂を落としに、テントから離れていく。
危うくゆいちゃの空気に呑まれるところだった。
今のはセーフだろ。
まだ、今日はからかわれていないし、ペースに巻き込まれてもいない。
だけど・・・。
あいみんの水着が、思い返すほどインパクトがあった。
すごいものを見てしまった感がある。
家に帰ったら、あいみんのクッションは端に置いておこうと思った。
「ふぅ・・・・」
2人乗りの浮き輪を海水に浮かべながら、砂を落としていた。
しばらくビーチボールで遊びそうだし、いったん空気を抜いておくか。
「さとるくん」
「なんだよ。今度は」
「手伝いますよ。これ、洗えばいいんですね?」
「あ・・あぁ・・・」
小さいほうの浮き輪を取って、砂浜にしゃがむ。
「言い忘れてました。さっきは迎えに来てくれてありがとうございます」
「あぁ、もうするなよ」
「はい、ちゃんと一人行動するときは、みんなに言ってから行くようにします」
打ち寄せる波で濯いでいた。
「わ、砂がなんか変な感じですね。足がくすぐったいです」
「ゆいちゃはこっちの海は初めて?」
「もちろんです。すごく楽しいです、きゃははは」
満面の笑みで、波を蹴っていた。
バシャンバシャンと水しぶきが飛ぶ。
「・・・・・・」
「ん? さとるくん、どうしました? 固まってますけど」
「え・・・・・」
少し呆けていた。自分でも気づかないくらい・・・。
「いや・・・えっと、後でみんなでご飯買ってきて食べような」
「はい」
ゆいちゃが浮き輪を持ったまま、波を追いかけて戻ってくる。
子供みたいに無邪気にはしゃいでいた。




