85 苦手なダンスの練習
代々木でダンススタジオを借りていた。
バイトの先輩の知り合いが経営しているところを、念入りに掃除する約束で2時間無料で貸してもらえた。
ラッキーだったと思う。これで、思いっきり練習できる。
家だと全身鏡が無いし、自分でも踊れているのか踊れていないんだか、よくわからないんだよな。
ベストは尽くしてきたつもりだけどさ。
「さとるくん、気になってた質問なんだけど」
りこたんと結城さんが、ジャージ姿でそうっと入ってきた。
「どうしてあいみんじゃないの? 私なんかより、あいみんのほうがダンス上手いのに・・・」
「えっと、それは・・・」
「あいみんにかっこ悪いところ見られたくないんだって」
「あぁ、なるほど」
結城さんが言うと、りこたんが納得した様子で、靴を履き替えていた。
軽めのスニーカーだ。
「あれ? でも、それならゆいちゃてもよかったんじゃない?」
「確かに・・・ゆいちゃが一番ダンス上手いしね」
結城さんが荷物を端に寄せていた。
「それは、い・・いいだろ」
「?」
別に意識してゆいちゃを避けたわけじゃないけどな。
「とにかく、りこたんと結城さん、付き合わせて本当申し訳ないんだけど、ちょっとダンスが苦手で。かなり無様な様子を見せると思うけど」
「もちろんいいよ。私もりこたんと同じフリ踊れるようになりたかったから」
「結城さんはダンス経験者なの?」
「中学校までヒップホップやってたの。だから、こう見えて、ダンスは得意なんだよ。体はすっごく硬いんだけどね」
「えっ・・・・」
ゆいちゃから教わったストレッチ方法で、だいぶ柔らかくなったんだと言う。
急に、裏切られた気分だ。
ダンスできるなんて、言ってたか? 俺が聞き逃してしまったのか?
結城さんは俺たち側の人間だと勝手に思ってしまっていた。りこたんの応援と勉強ばかりしている印象だったし・・・。
未経験者は、俺だけか。
「りこたん、ここのサビのところのステップが・・・」
「そうそう、ここは私も苦労したの。1,2・3みたいな感じで」
「なるほど、右、左右、みたいな?」
「すごいね。結城さん」
「だって、何回もリ何回もピしてるもん。自然と覚えちゃうよ」
2人で和やかにフリ合わせをしていた。
結城さんが隠していた特技を発揮してきている。
「いったん、曲かけて、体軽く動かしてみましょ」
りこたんが髪を一つに結んで腕を伸ばしながら言う。
とはいえ、俺だって練習してきたからな。まぁ、恥をかかない程度には。
「あぁ、いいよ。じゃあ、曲かけるね」
「磯崎君はあいみんパート?」
「うん・・・一応」
あいみんパートを名乗れるほど、踊れていない気がするが・・・。
「私りこたんパートなの。りこたん・・・その・・・」
「じゃあ、私のんのんパート踊ろうかな。できるか不安だけど」
3人鏡の前に並んだ。イントロがかかって、軽く踊る。
「磯崎君、そんな落ち込むことないって」
「そ、そうよ。結構難しいところたくさんあったから、音取れなくて当然だし」
「・・・・・・・」
曲が終わった瞬間、、なぜか慰めてきた。
何も落ち込んでいない。むしろ、どや顔で2人反応を待っていた。
「え、そんなに変?」
「変とかじゃないの。えっと・・・そう、独特なだけ」
独特って・・・・。
ぶっちゃけ、どこが悪かったのか自覚すらない。
むしろ、今までで一番上手く踊れた気がした。
「今、踊ったの、あいみんパートだったよね?」
「パートとか気にしなくていいよ。まずは、音を正確に取るところからいってみよ」
「はい・・・・」
「1,2,3,4・・・」
りこたんが手を叩きながらゆっくりステップを踏む。
自分のことでいっぱいだったけど、カウントで踊ると、結城さんがかなり綺麗に踊れていることに気づいた。
俺は足がもつれたり、腕が上がらなかったりするんだよな。
「ふぅ・・・・私、ちょっとトイレ行ってくるね」
「あ、そこを右に曲がったところだったよ」
「ありがとう」
りこたんがハンカチを持って、部屋から出ていった。
「結城さん上手いね」
「推しの前で踊れる程度には練習してきたからね」
「やっぱり・・・・」
得意げな顔をする。
「私の中では今の時間も、推しへのアピールタイムだから。どれだけ、推しを応援しているかって見てもらうための。ふひひひひ、りこたんと同じダンスを見せられるなんて・・・」
「・・・・・」
ペットボトルの水を飲みながら、タオルで汗を拭いていた。
結城さんはりこたんが居なくなると急にディープなオタクになる。
「推しを応援してるか・・・か・・・」
そうだよな。あまり、生半可な気持ちでフリを真似るなんて失礼だよな。
「磯崎君、あいみんパートを練習してきたの?」
「一応ね。わからないかもしれないけど」
「ゆいちゃパートだと思ったんだけど? ほら、後ろ向きになるところとか」
「えっ?」
ペットボトルの蓋を落としかけた。
「あー、練習はゆいちゃの動画見てたからそれかも。定点撮りの手本動画上げてたじゃん」
「なるほど」
結城さんがメガネを拭いてからかけ直していた。
「とにかく、今日は誘ってくれてありがとう。推しとダンスを踊れるなんて夢みたい」
嬉しそうに体を動かしていた。
「よーし頑張らなきゃ」
結城さんが勢いよく立ち上がる。
曲を流しながら、カウントを取って、ステップを踏んでいた。
「だいぶマシ・・えっと、すごく上手くなったと思うわ。独特が薄れたっていうか、こう進化した感じ」
「・・・・・・・・」
結城さんが満面の笑みで言う。
どうゆうことだよ。独特が進化って。
「これならサークルの先輩に見せても恥ずかしくないよ。だって、最初のほう、小鹿みたいになってたもん。それに比べたら全然」
「・・・・・・・」
俺、最初小鹿みたいだったの?
そっちのほうの、衝撃がでかいんだけど。
「後ろのここに、スマホ動画置いて撮影できるんだよ。今日の練習の成果撮っておいたら?」
「あぁ、そうだな」
後ろの壁の窪みにスマホを設置して、電源を入れる。
動画で客観的に自分を見ると、2人に比べて表情が硬いし、ロボットみたいな動きになってるし・・・。数時間前、小鹿のダンスをしていた頃の自分は、どんな感じだったんだろうな。
これでも、かなり真面目に練習してきたんだけど・・・。
もちろん全身鏡も、カウントで踊るっていうのも無しで。
「りこたん、今日は本当ありがとね」
「ううん。結城さんと踊るのも新鮮で楽しかった。結城さん何やっても褒めてくれるから、調子乗っちゃったけど」
駅から家まで、りこたんと2人で他愛もない話をしていた。
「私も4人の中で一番覚えが悪くて、何回も何回もゆいちゃとあいみんに教えてもらったの」
「そうなの?」
ゆいちゃが何気なく踏んでいたステップは、実際やってみるとかなり難しかった。
表には出さないけど、相当練習したんだろうな。
「うん。だから、本当は教える立場になんて無いんだけど」
「いやいや、りこたんの教え方すごく上手かったし、覚えやすかった」
「ふふ、よかった」
結城さんが言う通り、りこたんは努力家だと思った。
苦手なことでも、真面目にこなしていく姿とか・・・。
受験前、結城さんは本当に勇気づけられたんだろうな。
「実は、最初の小鹿みたいだったさとるくんの動画も撮っておいたんだけど」
「え!?」
「試し撮りしただけよ。ちゃんと消しておくから安心して」
「よろしく。闇に葬っておいて」
あいみんに教えてもらいたかったけど・・・教えてもらわなくて正解だったな。
推しに見せるなら、やっぱりかっこいいところだろ。
「さとるくん最近変わった気がする」
「そうか?」
「うん、なんとなく、雰囲気かな? あ、この動画ゆいちゃには見せていい?」
「いやっ、それは・・・・」
つまずきそうになった。
「冗談だってば。そんな焦らなくても大丈夫。ちゃんと誰にも見せずに消すから」
「・・・・・・・」
髪を耳にかけてほほ笑んだ。俺、そんなに、焦ってたか?




