83 踊ってみた参考動画
「でさー、ラブコメの主人公ってあり得ないくらい、女の子に好かれるんだよな。中には積極的な子もいたりして」
「はぁ・・・」
「ラッキーでスケベな状況になったりするんだよな。主人公属性っての? あんなの現実じゃ起こりえないんだけど。羨ましくて」
『もちもちサークル』の部室に行くと、がんじんさんが急に今季アニメのラブコメについて語りだした。
Pythonちゃんを作り出しただけあって、かなりアニメに入れ込んでいる。
「可愛い子に一気に迫られるってどうゆうことだよ。な、磯崎」
「・・・えっと・・・」
あくまでアニメの話だよな。
「がんじん、磯崎、夏休みの予定立てようや。みんなテストも終わったことだし」
花澤さんが口を出した。
「夏休みなぁ、動画上げたいな」
「せや、今月動画1本もあげてないねん。なんかいいのない? 磯崎とかさ、フレッシュな感性で俺たちがまだやってない企画とかない? ほら・・・」
花澤さんがパソコンを操作しながら言う。
動画っていっても、あいみんの動画くらいしか見てないし・・・。
「踊ってみた・・・とか流行ってますよね」
ふと、口に出す。
「踊ってみた。それ、『もちもちサークル』が避けてきたやなんだけどな」
がんじんさんが噴き出した。
「あっ・・・そうだったんですか。じゃあ、別に俺も踊れないんで」
「いや、それにしよう。あとでみんなにもラインしとくわ。Youtuberとして遅かれ早かれ乗り越えなきゃいけない壁や。俺ら3人と・・・2人で5人がちょうどいいかな」
「了解。磯崎が好きだって言ってたVtuber、『VDPプロジェクト』だっけ? あの子たち最近踊ってみた出してたじゃん」
「そうですね・・・」
「決めた。『テストから解放された陰キャ男5人、Vtuberのフリで踊ってみた』って動画上げよう」
「え・・・・・」
想像する限り、地獄絵図だ。
「はははは、絵面が絶望的だな。でも、いいじゃん。絶対目立つって」
「せや、ダンスって見せ方でかっこよくなるらしいで。知らんけど」
恐ろしいくらいに、とんとん拍子に話が進んでいく。
すごい、ノリがいい。これが、Youtuberのスピード感なのか。
あいみんたちの踊っている姿が自分に置き換わるとか・・・あれ、俺が編集したんだよな。
まさか、こんなことになるとは思っていなかったんだけど。
「磯崎君、久しぶり」
食堂でアイパッドを見ていると、結城さんが話しかけてきた。
「あぁ、テストお疲れ。どうだった?」
「なんとか単位は大丈夫。1つギリギリだったけどね。受験時の感覚思い出した」
「俺も。休んだところノート送ってくれてありがとう。本当、助かったよ」
「ううん」
野菜ジュースにストローを差して隣に座る。
「あれ?」
メガネを触りながら、覗き込んでくる。
「ゆいちゃの動画? 珍しいね、磯崎君があいみん以外の動画を見てるなんて」
「あ、いや・・・別に何か変わったことがあったわけじゃなくて」
「ん?」
反射的に焦ったけど・・・何も焦ることないんだよな。後ろめたいことがあるわけでもないし。
「『もちもちサークル』っていう、Youtuberサークルに入って、踊ってみた動画を出すことになったんだよ」
「磯崎君、踊るの?」
「流れで・・・・・」
「いいじゃん。あいみんたちに教えてもらいなよ」
結城さんの表情がぱっと明るくなった。
「でも、踊ってみたとかやったことないんだよね・・・まさか、ぱっと口に出した企画がどんどん進むなんて。しかも、俺がフリ覚えてくるって言う」
「最重要課題じゃん」
「自信ないんだけど。そもそも、ダンスなんて小学校のよさこいくらいしかやってないし」
「ふふふ、いいなぁ。『もちもちサークル』、楽しそうだね。女の子もいるの?」
「女子はいないんだよ。男ばっか」
「そっか、残念」
結城さんがバッグからりこたんクッズを出していた。
「ところで、みんなで海に行くって話だけど・・・この前、りこたんに水着選んでもらって」
「そうなの?」
少し照れながら頷く。
この前、プールに行ったばかりだからすっかり忘れてたな・・・。みんなには内緒ってことになっている。
「湘南は混んでるから、逗子のほうに行かない? って。ファミリーも多いしね、海の家のBBQも楽しそうだよ」
「うん。そうしよう。それがいいよ」
食いつき気味に頷いてしまった。
「磯崎君は湘南派だと思ってたのに。あー、あいみんがナンパされないか心配なんでしょ?」
「そ・・・・そうじゃないけど。家族連れが多いと安心じゃん。あいみんたちにも伝えておくよ」
「うん、よろしくね。日程とかも、決まったら教えて」
結城さんが楽しそうにしながら、逗子の海の家を検索していた。
あいみんが海に行ったら目立つだろうな。
赤い水着だということはわかってるんだ、絶対めちゃくちゃ可愛い。似合わないわけがない。
今日の『VDPプロジェクト』配信で、みんなの水着披露か・・・。あと、3時間・・・。
「やほー」
あいみんが家の中に入ってくる。
「あいみんっ」
「あー、ゆいちゃの動画見てる。まさか、お、お、推し変?」
衝撃を受けながら口をパクパクさせていた。
「違う違う違うって、Youtuberの『もちもちサークル』で踊ってみた動画出すんだよ。ほら、ゆいちゃは反転のフリ動画載せてるだろ?」
「あっ・・そっかそっか。踊ってみたね・・・って」
あいみんが、息を吸い込む。
「えーっさとるくん、踊れたの?」
「全くの初心者だよ。しかも男5人で踊るっていう・・・」
会ったことない2人も、XOXOのようなビジュアルを持ち合わせているとは思えない。
再生回数100回行くかどうかの動画企画だけどな。
「すごいじゃん。私が教えてあげるよ」
「えっ・・・」
「任せて。私、ゆいちゃの次に教えるの得意だから」
あいみんがにこにこしながらこちらを覗き込む。
推しに教えてもらえるなんて・・・緊張して動けない気がするんだけど。
「おじゃまします。あー、やっぱりあいみさんここに居ました」
「もう、すぐさとるくんの家に来ちゃうんだから」
ゆいちゃとのんのんが入ってくる。
「だって、楽しいんだもん」
「今日は水着配信なんだからね。ファンもみんな楽しみにしてるし、ちゃんと着替えしなきゃ」
「もう着てるよ、ほら」
「!?」
あいみんがTシャツを捲り上げた。赤い水着に小さな胸が収まっていて。
心臓が止まりそうになった。
水着なんだけど・・・そうゆう見せ方はちょっと・・・。
「あ・・・あいみさん・・・さとるくんの前です」
「水着だもん。ね、さとるくん。変じゃないよね」
顔を真っ赤にしながら訴えてくる。
「えっと・・・うん・・・・」
「っ・・・」
慌ててシャツを下ろしていた。
あいみんがのんのんの背中に抱きついて隠れる。
「さとるくん・・・配信ちゃんとリアタイしてね」
「えー、あいみ。私もさとるくんと話したいのに・・・・」
「のんのんに配信用のメイク教えてもらうの。海で使うようなナチュラルなやつ」
あいみんがのんのんにぴったりくっついたまま戻っていった。
すごくすごく可愛い。動きが小動物みたいで、天然であんな姿を・・・配信が楽しみで仕方ない。
「あいみさん、可愛いですね」
ゆいちゃがポツンと取り残されていた。
「ゆいちゃは帰らないの?」
「あからさまに帰ってほしそうに言わないでください」
「・・・・・」
ゆいちゃがいるとゆいちゃの動画が見れないんだよな。
あくまで、踊ってみた動画の参考で見てるだけなんだけど。
「ねぇ、さとるくん。今日の配信は、前の水着と違うんですよ。白じゃなくて、ちょっと濃い目のピンクなのです。見たいですか? 私も着てるんですよ」
「いいよ。配信で見るし」
「先行で見せておこうかな? って思ったのです。デザインも結構可愛いんです」
ゆいちゃがTシャツを抓んでいた。さっきのあいみんみたいに見せられるとか・・・。
「い・・・いいって・・・あとでリアタイするから」
「むぅ、もうっ・・・」
頬を膨らませて、ぷいっと背を向けてきた。よくわからないところで、機嫌が悪くなる。
「じゃあ、配信でちゃんと見るんですよ。あいみさんだけ見て、見てなかったってのはナシですからね」
「わかったわかった」
ゆいちゃ対応の模範解答がほしい。
居なくなったのを確認してから、パソコンに動画を映す。
定点撮り、反転で三原色のフリを笑顔で踊っていた。
水着もまぁ・・・この距離じゃなければ、見たくないわけじゃなかったんだけどさ。




